第8話 見知らぬ再開
「…………は? え、待って、まさか……覚えてないの?」
「残念ながら。ですが」
顕現させた槍を白夜の喉仏に向ける。
彼女は気高いアゲハの主。何者の指図も受けない。そして自分の心を動かす〈情〉など、この世のどこにも存在しない。
「構わないはずだ。私が旧知の仲という程度で手を緩めるように思うか?」
白夜はきょとんと目を丸くする。
「……あはは! 確かにそうだ。僕も元からそうだとは思ってたよ。だって僕の知る君も、戦闘となるとまるで体に鉄柱でも入ってるんじゃないのってくらいだったからね。今でも思い出して怖くなるよ」
鉄柱ってなんだ。芯が通ってるとかじゃないのか。
「はあ、レーヴァ。やっぱりこの作戦、ダメじゃないか」
「……レーヴァ?」
「んん、こっちの話だ。カイくんも、こーちゃんを守るんじゃないし。なんか僕が知ってる関係とずいぶん変わってるみたい」
殺りづらいね、正直。と白夜は心情を吐露した。
「まあでも、まとめて始末できれば関係ないから。ごめんね、二人には恨みもないしむしろ感謝すらしてるんだが……ま、私には関係ない話だ。悪いが死んでもらおうか」
彼が懐から出したのは濁った石、制御石だ。魔力の流れがおかしい。まるであの石によってこの異界が維持されているような――。
「ッ!! 戒那ァ!!」
「気が付くのが遅いよ、こーちゃん」
白夜が石を放り投げる。氷柱が彼の心臓を貫かんとする。が、白夜の一刀によって破壊された。戒那がその後ろで刀を振り上げる。 その表情は鬼気迫るなんてものではなくて。
「
「あはは、笑顔より似合ってるよ。黄昏の蒐集家サン」
石が砕け落ちた。
それと同時に震動が起こり――体のバランスが、大きく崩れる。
「え?」
「胡蝶ッ!!」
思わず漏れた声に戒那は驚いたように目を見開いた。状況を、把握しなければ。焦燥する視界がみつけたのは、奈落だった。背後で海にできた巨大な奈落が覗いている。
走ってきた戒那が手を伸ばす。伸ばされた手は……いや、あれは間に合わない。戒那の指先が触れるよりも遥か前に、その手を離した。
彼は傷付いたような顔を浮かべた。それだけが、心底、理解できない。
死ぬのは怖くない。
だけど――彼が、そんな顔を浮かべるのが、なんだか。
防御魔法を手離す。海の中では魔法は使うことができない。この大穴が閉ざすまでが勝負どころだ。
『……勘違いをするな。アゲハの責は誰もが幸福を疑わずにすむ世界を作ること。お前の呪いと同じだ。そこに、損害勘定なんてのは存在してない』
「『そう、だから』」
魂の境界線が崩れる。こちらとあちらが目まぐるしく入れ替わり、自我が止めどなく崩壊していく。黒色が白を飲み込み、鉛のような灰色の髪へ変じていくのが、最後、視界の端に映った。
「あいつを生かしておくのは今回ばかりは許可できねえな」
***
何故。
戒那は喉の奥で凝っている言葉を飲み干そうとした。だが、そんなことはできない。
手を伸ばした瞬間、もしかしたら間に合ったかも知れない可能性をどぶに棄てられた。自分が助かる可能性を彼女は真っ先に棄て、そして。
「……」
海水から伸びているのは無数の銀色の触手だ。白夜の全身を決して逃がすまいと引き留めている。
この水銀から逃げるには白夜の足は遅すぎた。例え光と同じほど足が早くても、夢の速度に追い付くことは決してできない。
「……君は……相変わらずだな」
「ま、待ってくれ、神之瑪さん、は、話し合おう。話し合えば」
「黙れ、レプリカント。その口を縫い合わせるぞ。オレは本気だ。お前をそうするだけの覚悟がある」
黒い砂鉄が足元から這い上がる。
〈それ〉が、戒那のヴァルハライドだ。
無数に砕けた死骸。無数に積み上げられた残滓。無限にこれからも蓄積されていく、ありとあらゆる死――その余韻。
「レプリカントとは死者の模造品。死者の威厳に泥を塗り、死を冒涜するもの。お前の大本の魂は最早眠りにつき久しいはずだ。何故ならば……オレは、お前の死もまた、記録している」
戒那は一歩踏み出した。砂鉄は手の中で、戒那の魔力によって鍛え上げられ、唯一無二にして使い捨てのための刀へと鍛え上げられていく。
彼は高名な傭兵だ。曰く、死を記録し、死を記憶し、死を蒐集する者。ありとあらゆる死を無為にしないため、死後をも救う者。
或いは、死を糧に生きる者。
「簡易魔剣、鍛造。ヴァルハライド、真名限定解放」
剣を魔力で浮かべる。そして、剣をおもいっきり、拳で打ち出した。魔力による加護を得た剣はまっすぐと飛ぶ。
当然だ。
その剣は死の記録を具現化した武具。
物理的距離も障害も関係ない。
死者においては逃れる術はなく、生者においては受け入れる他無し。
まっすぐと飛来したヴァルハライドは、白夜のコアを撃ち抜いた。血は、こぼれ落ちない。レプリカントはあくまでも人間の模造品。どこまでも人ではないのだ。
「ぅ……ぁ……」
白夜の体は静かに崩れ落ちた。
異界の崩壊は止まらない。剣を鞘から抜く。刀身に魔力を込めた瞬間、ふらりと目眩が走った。だが、構わない。
「彼女を救うまではっ……まだ……!!」
剣を突き立てる。覗かせた海の奈落を前に、戒那は躊躇い無く飛び込んだ。
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