第7話 RM:魔法師のコミュニティ

 長い歴史の中、一般の人々が様々なコミュニティを築いてきたように、他人と違い歴史の影、政治の影に隠れてきた魔法師達も同じようにコミュニティを築いてきた。


 欧州に根をはる〈魔法師組合〉

 世界六大魔法師の血族による〈六花〉

 アメリカに拠点を持つ〈FWOA〉

 或いは日本の魔法師を保護及び管理する〈匣〉も、そういった組織に含まれるだろう。


 〈匣〉の最大の特色は主に三つの家が率いている点にある。世界でも類を見ないほど強大な規模と特殊を持つ血族である〈獄幻家〉。そして俗世における魔法師の統率を行う〈十文字家〉。

 それら二つと同格に数えられるのが〈神之瑪しののめ〉である。


 血に神は宿る。彼らは狼転じて大神を祖に持ち、常人ならざる肉体能力を持つ。

 高潔なる歯牙。

 偽りを見抜く瞳。

 裁定を行う爪。

 嘘つきを赦さず、罪を裁く者だ。魔法師からしてみれば地獄の裁判官よりも恐ろしい。


「っていう神之瑪!!?」

「その通り。異論はないとも」

「ていうか貴方、あのアホ時雨の息子なんですか!!? 欠片も似てないんですけど!」

「ははは、私もそう思う」

 彼の足は力強く海面を蹴った。狙われて放たれたはずの斬撃が遥か後方で水面を割る。


 ちなみに補足だが、時雨とは神之瑪家の当主で大変な放蕩癖がある。滑らかな銀髪に常に着流しを着ていて、ぶらぶらとしている。

 胡蝶としても何度彼に手を焼いたか、正直正確な回数は分からない。


「だが父様……もとい時雨には感謝してるんだ。まあ、そんな話は後にしよう。今は先に敵を殺すぞ」

 空を瞬くのは満天の星――ではなく無数の魔力でできた日差しの針だ。戒那は降り注ぐそれを鮮やかに回避しながら海原を駆け抜ける。

 それはこんな状況でなければ美しいと思えるような光景だった。


「っ、水平線、前方に敵影目視しました!!」

「よろしい。胡蝶。最後の踏み込みと奇襲をかける……防衛は任せたぞ」

「了承しました。迎撃体制に移ります」


 水平線の果て、輝くプラチナブロンドの男が足を引いた。その手には日本刀が握られている。

 人間由来の判断を棄てる。肉体を一時放棄し、精神と魂を周囲の魔力と同化させる。あの光速の斬撃の防御をするのは簡単なことではない。


 人間が反応するのに生まれる僅かなラグ、それが命取りになるのだ。ならばそれを棄てるしかない。

 本物の光であれば防ぐのは不可能だが、あれは魔力を媒介にあくまで表面上を再現した代物だ。


 演算装置となった理性が告げる。

 防げると。


 彼が足を引く。低くした体は抜刀の構え。

 戒那がおもいっきり跳躍した。喉がひゅっとなり高低差に肉体が揺さぶられる。けれども空間を手離さない。


 魔力が吸われる。

 空間を支配しようと異界が防衛反応を見せる。違う。違うだろう。ここは、この海は、どれ程端にあろうとも――。


「私の領域だ。故に汝、通るに能わず」


 放たれた斬撃は目映い光そのもの。

 戒那はされど躊躇わず、蝶が象った門に飛び込んだ。僅か数秒。異界の中に生まれた異界を通り抜け、彼は青年の前に躍り出る。

「……!! やっぱり……! 君たちはこの程度じゃあ死なないよねっ……!!」

 興奮したように男は笑う。戒那の瞳から、赤い色が消え失せ、黄金に変色したように感じた。


「……“簡易聖剣、顕現。へファイトスの炉心は決して絶えず”」


 巨大な焔の剣が六本、金属音をたてて落下した。海水が水飛沫を上げる、その中を戒那はまっすぐに飛び降り、剣にブーツのヒールをつきたてた。

「なっ」

 片手で胡蝶を抱えているとは思えないほど鮮やかに、そして踊るように足技を繰り出していく。男は刀でそれを防ぐのがやっとだ。


 右腕を蹴りあげ、完全に無防備になった男の腹に、容赦なく蹴りが炸裂した。海面を転がりながら、胃液が男の口からこぼれた。

「……相変わらず正義の側に立つと容赦がないね、神之瑪くん」

「やはり貴様か。不知火シラヌイ 白夜ビャクヤ

 白夜、と呼ばれた人物は黒い龍の刺繍された厳つい羽織を軽くはたく。あれは確か帝都の軍服だ。

 戒那は胡蝶を地面に下ろすと庇うように半歩前に出る。刀を抜いた彼は臨戦態勢に入った。

「ねえ、こーちゃんからもいってやってくれない? そんなんじゃあ愛想をつかしちゃうよってさあ」


 胡蝶はノーリアクションで青年を見つめる。違和感を感じたのだろう――白夜の表情が能天気な微笑みから、僅かにぎこちなくなる。


「…………貴方」


 白夜が瞬きをする。

 曇った薄紅色のヴァルハライドのコアは、輝いてはいない。白と黒の二色の髪をはためかせながら胡蝶は小さく首をかしげた。


「一体、誰ですか?」


 本当に心当たりがない。記憶のすみにも影がない。だから胡蝶は思いきって、当人に聞いてみることにしたのだった。

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