第5話 RM :異界化現象

 魔力暴走Psychological Self-Preservationにおける異常現象深度ステージⅢ〈異界化現象Kraken-Kraken Phenomenon


 一般的に魔法を扱う人々、魔力を扱う適正のある人々は政府または自治体の指導を元に制御石の所持が義務付けられている。

 魔力は生命を構築するために必要不可欠なエネルギーであり、適切な量であれば人体に害をなさない。

 更に適切量を吸収し循環させ続けることによって長く生きる健康的な肉体、或いはある種超人的な能力を発揮する肉体を手に入れることが可能である。


「ですが、何事も過ぎれば毒となります。魔力はそもそもが科学によって制御できるエネルギーよりも僅かに自然よりのエネルギーです。我々が制御できない位置に近い、ということなんです」

 どんなに良いことも過ぎれば毒となる。

 長年科学という自然とはある種相反する文化に従事していた人間にとって、魔力は毒でもあるのだ。


「魔力が暴走するきっかけは主に二つ。一つ目としては魔力の濃度や量が個人が扱える適正量を遥かに超過している場合ですね。制御におけない量を操ろうとしているのですから当然暴走します」

「ふむ……?」

「簡単にいうとすっげえ速い車の運転を街中でしろと言われるようなものです。しかもそれにはブレーキがついてません。当然事故ります」

 こちらの場合は肉体に害をなすステージⅡの被害が多い。何故ならば、基本的に制御石がその状況を引き起こさないように名のまま制御をしてくれるからである。

 それ以上の暴走は基本的に、未然に止められるのだ。


「で、二つ目。魔力及び魔法は精神の状態に強い影響を受けます。なので強い心理的負荷がかかった場合は制御を外れます」

 基本的にこちらも制御石を触媒に、心理的負荷のダイレクトな影響を阻害しているため滅多に起こらない訳だが。


「ふむ。なるほどな。で、その異界化現象ってなんなのかね?」

「簡単にいうとなんか現実的にあり得ない世界が魔法で突然現れる、そんな感じの現象です」

「……元も子もない説明ですねえ……」

 異界は現実を侵食し腐蝕する世界に対しての毒である。これは発生した地域に住む人々がなんらかの形で対処することを求められる。


「彼らの狙いはそこなんですよ。異界の対処が遅れたアゲハの責任能力を追求し」

「発言力を落とすつもりなのですね。一種の政治的な駆け引きと言うわけですか」

 天草の補遺に頷く。全くその通りだ。アゲハの権力及び発言力は絶大だ。武力をもってしての抑止力として、世界に君臨しているのも伊達ではない。

「加えて異界には二人以上での潜界が原則義務付けられています……が、私の右腕と呼べる魔法師が魔薬の効果で伏しているのです。他の幹部も戦闘向きではなく、言うなれば『詰み』と言うやつです」


 現在、アゲハで動ける幹部の二人は非戦闘要員だ。非常事態でもない限り、二人が戦うことはない。

 天草はにこにこと底知れぬ笑みをしばらく浮かべていた。そして。

「分かりました。では僕はそのバイヤーの方の捕獲に動きましょう。少なくとも異界対処は僕向きの仕事ではありませんので」

「え?」

「胡蝶さん。もし問題がないようでしたら僕に指揮権を与えてくれませんか?」

「え、いや、でも……」

「ご安心を。僕はこれでもそういうのに詳しいんですよ。それに、異界問題を解決できていないという表向きの目眩ましが必要でしょう」

 天草のいうことも、最もだ。

 恐らく領地内部に外部からのスパイが潜入しているのは確かなように思う。


「……分かりました。渋崎、そこにいるんでしょ? 魔薬対策班に彼を案内してくれ。その後はそのまま休暇に戻って構わない。それからこれは有給延長届けだ。今日出勤させた分、明日も休んでくれ」

「……お嬢様。その事なのですが……」

「なんだ?」

 渋崎はさっき駆けつけてきてくれた護衛隊長だ。ツヤツヤのスキンヘッドがチャームポイントである。

「ないとは思いますが、もしものこともございます。そこの先生と既存の対策班との摩擦が起こる可能性もあります。もしお嬢様が許可をしてくださるなら、今日一日、先生の護衛につきたいのですが……」

「…………」


 重い溜め息をつくと渋崎は困ったような雰囲気を出してきた。先程綴った書類を燃やすと別の用紙を出した。

「……これを勤務管理部に提出して。命令書は明日、貴方の部屋に届ける。それと、護衛が終わり次第二日有給を取ることと、そちらで有給の調製をして勤務管理部に届けること」

「配慮に感謝いたします」

「それと、一日有給増やしておくよう連絡しておくから」

「…………え?? なにゆえ???」

 なにゆえもなにゆえ。

 有給返上で働くのだ。それくらいの報酬を出しておかないと……アゲハ団員は何故か社畜根性で休日返上してくるのだ。やめてほしい。労基に訴えられる。

「では神之瑪さん、無礼のないように」

「……分かってる」

「成果はあまり期待しないでくださいね。できる範囲で、頑張ります」

 彼はそういうと渋崎に声をかけて部屋を後にした。アゲハの団員とも恐らく、打ち解けることが可能だろう。


「……では、獄幻殿。私達も行こうか」

「その前にもうひとつ、質問よろしいでしょうか」

 彼はきょとんと首をかしげる。ので胡蝶は己の右耳を示した。


「その右耳についているイヤーカフの飾り、それ、ヴァルハライドのコアですか?」


 彼は少し、動揺したように目を丸くする。

 彼が両耳につけているイヤーカフは金具部分は黒鉄でできており、右は瑪瑙のような石と房飾り、そして左は鈴と房飾りというようなアシンメトリーなものだったのだ。

「良く気がついたな」

「ヴァルハライドはそのまま持ち歩いても不便ですからね。私もこのようにタイピンに変化させて持ち歩いてます」


 ヴァルハライドは制御石の代用となるものだ。最も、より正確にいうのならばヴァルハライドの代用品が制御石なのだが。

 魂の情報を鉱石に転写し、それを核にし、より巨大な魔法を使用できるようにしたもの。或いは武器の形をした魔法。それがヴァルハライドだ。


 制御石と同じ魔力の制御防止から魔法式の演算、肉体の強化なども行えるのがそのコアである。


「ヴァルハライド持ちの傭兵と知り合えるなんて、本当に私はついてますね」

「ふふ。私の実力を見ればきっともっと驚く。是非、頼りにしてくれ」

 銀色の髪が光に透けて揺れた。赤みがかった黄金の瞳がすうっと細くなる。この青年を心から信頼している己に、彼女は気がついた。

「さあ、仕事の時間だ。レディ」

「……はい!」

 差し出された手を、胡蝶は己のうちに生まれた信頼に従うように、ためらいなくとった。

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