第4話 願望の器と蜘蛛の糸
「ええ、ええ、ええ。その通り、その通りです。もし貴方がたが望むのであれば、私めはどんなことでも叶えましょう」
彼女はまるで歌うように、その口上を口にする。
「巨万の富、果てぬ称賛、朽ちぬ美貌、永遠の命、真実の愛、失われた人との再開、後悔のやり直し、未来予知……どんなことだって貴方の思うがまま。私に願えば、例えどんなものであろうとも、貴方のために世界がかしずく」
彼女の唇には艶かしい紅色がのっていた。それが妖しく弧を描く。 人を蠱惑するような視線にゾクリと背筋に甘い痺れが走った。
「さあ、貴方は私に何を望みますか? …………と……言えたら良かったのですが……」
胡蝶はあからさまに落胆する。
仕方がない。
胡蝶にとって他人の欲望に触れる瞬間は最も甘美で最も光悦なのだ。それがどんな理由であれ、できないのは悲しい。
「……先程も話した通りアゲハは未曾有の人手不足です。残念ながら願いを叶えるのはもう少し先になりそうです」
「いや、構わない」
戒那は手のひらを見せて制止してきた。
「私の願いはイマココで叶えられるものだ」
「? では、分かりました。聞くだけ聞きましょう。言っておきますけど、すぐに叶えられるのには限度がありますよ?」
「簡単だ。アゲハが何故、そんなにも困窮してるのかを教えてほしい。そしてもし君が良ければ……――その解消を、オレに手伝わせてはくれないだろうか」
「…………そんなことで良いんですか?」
差し出された手に首を傾げる。
正直、今の胡蝶にとって戒那の提案は魅力的だ。アゲハは、本当に、何度も繰り返すほど、人手不足だ。
彼は軽く咳払いをする。
「そうだな。物事の考え方のひとつに、こういう考え方がある。施しをされる側よりも、施しをする側の方が感謝すべきだ、という考えだ。施しを与える機会を与えられた、という考え方だな。ここは人助けと思って、私にその機会を与えてくれないだろうか、レディ」
「……分かりました。そこまで言われて断るのも不自然ですし……それに、私としても現状とても困ってるので助かります」
素直に伝えれば青年は笑顔を浮かべた。
そうと決まればやるべきことはひとつ。即ち、情報の共有だ。
そもそもアゲハとは国際的な組織である。
それ以外の形容は特にはない。強いていうならば犯罪に関わる多くの事業を手掛けている、というべきか。と言っても犯す側というよりかは犯したあと、しかるべき処置を下すための組織だ。
「アゲハの構成員の二割がなんらかの事件で有罪判決を下され改心をすると宣言した罪人。次の二割がヤクザやマフィアからの足抜け。それから三割が親族がそう言った裏家業に携わっていたもの。そして二割は元軍人または貧民街の人々です」
主な役割は魔法テロ及び魔法犯罪の早期解決だが……それ以外にも様々な仕事がある。
それが国同士、組織同士のいざこざの仲介だ。各国に支部をおき、都市の一部にアゲハが支配する中立地域を確立し、戦争などを早い段階で阻止する。
「そのためアゲハが人手不足になることは滅多にないことです。暇な支部から人を派遣し、全体的に過不足なく仕事を行う……それがアゲハの最重要任務ですから」
だがそれが滞った。
それが、一つ目の要因だ。
「現在、アゲハは重度の情報阻害攻撃を外部から受けています。アゲハの支部同士で連絡は取れているものの、団員が国を渡ることをなんらかの形で阻害されているという状態です」
「ふむ。理由は?」
「……各国で類を見ない異常現象が一斉に検出されたそうです。その現象の確認に手間取り、各国の支部が分断された状態にあります」
もしその異常現象がなければ問題はない。
だがあった場合、アゲハはその異常現象の解消に協力する義務がある。
「……だが、それだけではここがこんなにも人手不足になる理由にはならないだろう」
戒那の言葉に頷く。当然だ。
ここ烏羽は一応、現在胡蝶が滞在しているのもあり、アゲハ本部だ。ここに元々駐屯している部下にあわせて、胡蝶と共に移動をする部下達がいる。
何故、その彼らが出払っているのか。
「実は最近、タイミングを合わせたように都市内部で魔薬が流行していまして」
「……まやく?」
「違法薬物のことですよ、神之瑪さん。胡蝶さんがおっしゃりたいのは恐らく、中でも魔法が含まれている魔薬のことではないでしょうか」
「ええ、良くご存じですね、天草さん」
魔力を含有する特殊な成分を含む麻薬を、字だけ変えて魔薬と読む。それらは元来の麻薬よりもより危険な効能を発するのだ。
「今街で流行っているのはホワイトマダムと呼ばれる非公認の魔力増強薬でして。瞬発的に魔力を増やすことができるのですがその副作用として、自傷衝動、頭痛、目眩、発熱、幻聴幻覚、痙攣、魔力回路混線、興奮状態、吸血衝動、強い依存性があるんです」
「……あ、悪質だな」
「ええ。これを非合意で飲ませるという犯罪が流行してるんです。その被害者の手当てに屋敷の人々を貸し出していまして。治安悪化を阻止するために護衛もそっちに派遣してるんです」
だが未だに大本であるバイヤーを捕まえることができず、被害者の手当てにも限度がある。後手後手に回っているのはあまりにも手痛い。アゲハの失態だ。
「……と、まあ、そんな風に人手不足の中、先日匿名の密告を受けました」
アゲハの情報阻害はなにも団員同士の情報共有に限らなかった。領域内の、本来であれば共有されるべき情報すら遮断されていたのだ。
「……アゲハの領域境界線ギリギリで、意図的に魔力暴走が起こったそうです」
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