第2話 烏羽にて
『なっ……なにしてるんですかぁあああああああああ!!』
「うわ、うるせ」
『うるせえじゃねえですよ! あんた自分の身分分かってるんですか!? あんたは国際的な組織であるアゲハの長にして魔法師達に秩序を引く番人! ただでさえ魔法師組合と教会派から白い目でみられてるのに、そんなんなのに一人で出歩くなんて正気なんですか!? いくらあんたが強いからと言ってうんぬんかんぬんうんたらかんたら』
長い。
なんて長い小言なんだ。
運ばれてきたステーキを切り分けながらてきとーに聞き流す。美味しい。やはりステーキはわさび醤油に限るのだ。マジ美味。
付け合わせのコーンは苦手だがそこに目をつぶってもここのステーキは旨い。
「お兄さん、いいお肉仕入れてますね!」
「お? 分かるか? これは苦労して古都から手に入れた伝統的な牛肉だ。高かったが旨いだろ? さすがは嬢ちゃん、お目が高い!」
「もー、てんちょーほどじゃないですよ!」
『……あんたそれ何杯目ですか』
うるさいだまれ。さっきオムライスとカルボナーラとそばを食べたくらいでとやかく言うな。
『で? そんな危険侵して、、なにしてるんですか』
「んー? 今日は傭兵の入国が多いからもしかしたらいい傭兵がいるかなあって思ってさ」
『あー……』
普段なら傭兵を頼るなんてない。仕事をこちらから割り振ることはあっても、それは荒事を避けるため、治安維持での目的がほとんどだ。
だが今回は少し事情が異なる。
アゲハは現在、非常に屈辱的ではあるが類いまれなる人材不足に悩んでいた。本当にこの状況を招いた人達には尊敬の念すら抱く。
次にあったら必ずその気持ちを伝え骨を二、三本折るつもりだ。
でないと割に合わない。
『で? お眼鏡にかなう人はいたのか?』
夜蝶の言葉に意識は現実へと戻ってくる。
胡蝶はそっと先程の会話をしていた二人組に目を向けた。
二人とも汚れひとつない防砂布を着ている。
防砂布とは一般的に旅の必須アイテムである。数百年前、例えば烏羽が楽園だなんて言われるより前はそんなことはなかった。
かつてはそのほとんどが可住区域……それもセーフティ・ライフゾーンに分類される、物流や生命の安全が確保されている地域だった。
戦争や災害を経て、今や地表の多くは砂漠となり、魔力による水質汚染もある故に、地域によっては完全に非可住区域に指定されているところもある。
砂嵐が年中起こり、水は汚染され、体力だけが奪われていく〈死の砂漠〉を越えるために必要なのがあの防砂布だ。
糸と共に魔力で紡がれた特殊な糸を編み込み作り上げた布で、安いものでも最低限、布の隙間から砂が入ることを防ぐような効果がある。
彼らが身に付けているのは明らかに高級品だ。一切汚れがないのは布自体に砂を寄せ付けない効果があるからだろう。
そんな代物が買えるのは当然、胡蝶クラスの傭兵だけだ。実力がそれほどなければ、あんなものを買えるわけがない。身のこなしからして強奪などの可能性も低い。
彼らならばきっと、特に奥の銀髪の青年ならば、或いは。
……いや。
「…………よく考えたら傭兵に頼るなんてあり得ない。私はアゲハの指揮官。貴方達の長だ」
意に反して唇は勝手にそんな結論を紡ぐ。
だがそれも胡蝶は納得できた。
嫌な予感が胸の内を満たしている。
上手く言葉にできない。
なんだろう。なんというか。
触れてみたいと思う反面、触れれば後悔すると感じている。
背中を預けるに足ると見なしながら、そうすればやがて取り返しのつかない損失を経験すると思っている。
話しかけたいと思いながら、落胆を恐れている。
信用できると経験はささやくのに、直感はもうあんな傷を負いたくないと叫んでいる。
まるで。
「……ああ、そうだ。まるで、彼に前にあったことがある、みたい、な……?」
『ボス?』
確証にちかい言葉に唇をつぐみ、少し首をかしげる。だが残念ながら記憶のどこにも彼のことはなかった。影すら、覚えていない。
「……まあいいや。とりあえず、今すぐに帰るよ」
通話を切り、立ち上がった。
それから店主と二、三軽く言葉を交わし、店を出たのだった。
パトロールを兼ねて町を歩く。
この城下町……というにはあまりに簡素な町な上に、城ではなく胡蝶の祖父から強奪もとい譲り受けた屋敷しかない烏羽だが、それでもアゲハにとっては優れた要塞である。
なにせ住民の中にはアゲハの耳が多く含まれている。言うなればここは張り巡らされたクモの巣の上。彼ら彼女らと世間話を兼ねて語らうのは胡蝶の楽しみのひとつだ。
「危ない!!」
「え?」
警告の言葉と同時に大きな衝撃が走った。胡蝶の身体は魔力によって宙に浮く。投げ飛ばされたのだ、と理解するのにそれほど時間はかからなかった。
だが次に胡蝶はここがどこだか考えなければなかった。
烏羽は高低差のある入り組んだ街だ。
元々は歓楽街であり肥溜めと呼ばれるような貧民街だった。基礎部分から秩序も法もなく好き勝手に立てられた土地を胡蝶が新しく組み替えるような形で整備したのだ。
とは言え、住民の家を奪うわけにもいかない。彼らの家もほぼ無償でリフォームをしたものの、高低差は結局、そのまま残っていたのだ。
抗争や戦うのに都合がいいからと残した己の判断を今さら悔やむ。こんなことなら助言を聞き入れて、平坦な街を作れば良かったかもしれない。
まあ、後悔したところでもう遅いのだが。
諦めようとしたその瞬間、もう一人が飛び込んでくるのが視界に見えた。
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