エクスターナル・ゴッド 〈Ex-ternal god〉
ぱんのみみ
序章 地上の楽園・烏羽
第1節 海上異界・天照極夜
第1話 清廉なる黒死蝶の魔女
かつて大きな災害があった。
簡単に言うと隕石だ。それまで全くそう言った危険性を示唆されていなかったそれは、唐突に訪れて、人類に選択肢は無かった。
そんなもの、許されることはなかった。
脱出だとか、争いだとか、そんなことが起こるよりも前に人類は発展の代価を支払うことになった。
始めに隕石の影響で国がひとつ、ほとんど滅んだ。その余波で未知の物質がばらまかれ、水は汚染され、生きられるはずの地表にいずれ〈死の砂漠〉と呼ばれることになる不毛の丘が広がった。
そして天より神々が再臨した。
神々はいつかの誰かが告げたように、神秘のベールをすべからく暴いた。それにより秘匿され、隠されていたものが人々に与えられたのだ。それが――。
ブーツがコンクリートの地表を滑る。
「
普段なら夕焼けのような光を宿した右腕の瞳は濁っていた。黒いコートをはためかせながら飾り気の無いステッキを構える。
「ヨル。貴方は下がっていろ」
「だ、けど」
「足手まといに用はない。それに誰に物を言っている。私は」
心臓より流れ落ちる血潮は今、生命の持つ熱とはまた異なる熱をもたらす。少女のカラメル色の瞳が、深紅の色を煌めき、逃走者に標準を絞った。
「――地上最凶の魔法師だぞ」
沸き上がる冷気。透き通る冷気は色を持ち、無数の蝶が羽ばたきあっという間もなく路地を呑み込んでいく。霜がアスファルトを覆い、永遠の冬が訪れた。
息を吸い、杖を振る。
「“崩落せよ、高貴なる末光よ”」
「ッ、ぁあああああああああ!!」
響いた絶叫に夜蝶が顔をしかめた。氷柱が落ちたであろう音と共に氷の破片が幾つか、霜で覆われたコンクリートの上を飛び跳ねる。
白い息を吐きながら少女は杖で己の手を叩いた。黒い革手袋で覆われているその指先は恐らく霜焼けしているに違いない。
「うーん、上出来だね」
「嘘をつけ、やりすぎだろ」
「あはは、まさか」
体調が悪い部下をその場に置き去りにし、少女は己の霜で手足を凍てつかせた逃走者の前に立った。
白から黒に変わる風変わりな髪。自信に満ち溢れたカラメル色の瞳。黒いコートと、愛らしいシフォンのスカートはなんだか相反して見える。
だが、逃走者は口をつぐんだ。
「残念だったね、逃げきれると思ったかい? いや、逃げきれると思ってたんだろ。言い訳は必要ない。口を慎むといい」
蝶の意匠がちりばめられたそのワンピース。彼女のこの物言いはきちんと裏付けされた自信からだ。
「貴方の研究の全ては過ちだ。目的を誤り人々に害をなすそれを、奇跡の再現であると認めることは赦さない。それ以上立ち入るのは神秘の領域を侵すに等しい。故に、お前の二十年の歩みは過ちである」
「お前は……いや、貴方様は……」
「ましてや私の領地で魔薬に手を出すなんていい度胸じゃないか。恥を知り、無知を恥じ、そして死ぬがいい」
氷の中に閉じ込められた男は弾劾するように顔を上げた。
「ッ……何故ですか! そんな風に神秘を保護するだけでは神に守られてるだけの現状からなんも変わらない! 人類はなんの進歩もしない! 恥ずべきはその事実だ! それとも貴方は! それでいいのですか!? 〈黒死蝶の魔女〉――いいえ、
胡蝶はただ答えずに手を振り上げると空気を握った。その動作に呼応するように氷が男の首を絞めつける。
「かはっ」
「分かっていないのは貴方の方です。侵してはならない領域を理解せず、ただいたずらに神秘を広める貴方に、理の何を理解できると? それに……」
胡蝶は冷たい氷の笑みを浮かべた。魔女というのは魔法師という言葉が公儀で使用されている現在、侮辱の言葉以外のなんでもない。
「神とは現在、同盟関係。彼らに守られているのではなく、我らは彼らの良き隣人でなければなりません。貴方のような人がいる限り、私の平穏もまたない」
胡蝶は踵を返した。男は氷の檻の中で項垂れる。凍死するよりも前にと、無線で回収の指示を出した。
神秘とは、即ち隠しだてされたこの星の機構そのもの。
この星に記録された無数の幻想、無数の奇跡。これを魂を象るエネルギーでもって再現する技術――それを現代においては魔法と定義する。
***
烏羽とは旧日本国の旧関東圏における都市のひとつだ。
旧関東圏における自治国家は帝都があるが、その帝都から脱退し別の自治体による統治を公的に認められた都市。
その烏羽には恐ろしい魔女がいる。
彼女は死を振り撒き、他人を損なわせ、それでも春に咲き誇る花のように笑みを浮かべる。恐ろしい魔女が治める、法を持たぬ都市。
いわゆる、治外法権の街。それが烏羽だ。
「治外法権と聞くと治安が悪い印象ですが、そうでもないそうですよ。実際にほら、大通りも賑わってますし」
「そうだな。傭兵が多くいるにしては治安が落ち着いている」
「ええ。住みやすく治安も落ち着いているのでよく〈地上の楽園都市〉と呼ばれているそうですよ」
「ふうん」
銀髪の青年は連れの言葉をふうんと流す。
被った
そう、ここは烏羽。
胡蝶が率いるアゲハが納める都市である。幾つか細かいルールはあるものの、少なくとも帝都の憲法が及ばない、という意味では治外法権だ。
「ねー、嬉しいねえ。やっぱ心血注いで作り上げたものを褒められるのは嬉しいわ」
『……あんた、外でなにしてるんスか』
「え? お出かけ」
あっけらかんと答えた胡蝶に、どうせカメラ機能で見えていたはずのヨルこと
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