第5話 霧島彰という人物

 昨日、亜人種に対する強い差別思想をもたった生徒が、凜を侮辱したのは昨日の今日で記憶から風化させるのは難しいだろう。

 それに、あのような思想を持ったやつを俺は忘れることができない。少なくとも関りを持つ可能性がある、この高校在学中は。

 だから調べてもらった。

 依頼すれば、一言目には「めんどくさい」二言目には「だるい」三言目には「またいつか」としか言わない奴だが、頼み込みとある条件を飲めば大抵はやってくれる。……これでまた、俺の家にエロゲが送られてくると思うと憂鬱だが、致し方ない。どうしても俺だけでは、調べきることはできないからな。

 情報はドキュメントとして今朝方メッセージアプリに送られてきた。

 俺はさっそくそのファイルを学校で使っているのとは別のタブレットで開き、上から順に読んでいく。


「はぁ……やっぱりめんどくさい奴だな……。それも、最悪な方向で」


 あの生徒、名前は霧島彰きりしまあきらというようだ。男性の同い年。東京都在住。

 そこまでは普通なのだが、問題は家族構成にある。

 父親は霧島博文ひろふみ。国会議員であり、人種による日本の統治を主張しており、人間主義の先鋒だ。また、神岡学園に対して多額の寄付もしている。 母親のほう残念なことに昔事故で亡くなっている。だが、その事故というのが博文をここまで歪んだ思考に陥らせたのかもしれない。

 辻斬り事件。

 それは十年ほど前に日本で起きた有名な事件だ。

 ある朝、一人の女性が首を綺麗に斬られ亡くなっているのが発見された。そして、その一週間後には別の地域で同じような殺され方をした遺体が発見される。

 それが一週間ごとに続いていけば、それはもうれっきとした連続殺人事件だ。

 一週間の終わりに一人の女性が首を落とされて亡くなる。それは世の女性を恐怖に陥れた。

 不幸中の幸いとしては、次の殺しの現場が、前回の現場から約五百キロ圏内で行われていたこと。被害者は女性の人種だけであるということだろう。

 こういう背景もあり、少なくとも人種以外は恐怖の週末を過ごす必要はなかった。だが逆を言えば人種は週が終わりに近づいていくほどに恐怖を感じていただろう。

 事件当時も差別問題は存在した。ならば、加害者が亜人種であると予想されるのは当然のことだ。

「人種だけを殺すのは人種に対して劣等感を抱いている亜人種だ」という短絡的な思考を基にして、マークしていた亜人種に対してさらなる調べを進めたそうだ。

 だとしても日本の警察は優秀だ。結果として一人の容疑者を特定した。

 岸本源次郎きしもとげんじろう

 種族は吸血種、つまりは吸血鬼。予想通りの亜人種だが、その中でも最悪の種族だった。

 吸血鬼は身体能力等を人間と比較すると、桁違いに高いことが知られており、異常な回復力のため通常では殺すこともできず、人の倍以上の寿命を持ち、最強の生物といっても過言ではないだろう。見た目も人と同じ姿であるためその区別はできず、あるとしたら月一で来る吸血衝動くらいだ。

 警察、調査協力していた公安はこの事実に戦慄したという。

 それも仕方のないことで、殺人鬼と化した生物最強の吸血鬼を捕らえなければいけないとなるとどれだけの犠牲が出るのか見当もつかないのだ。いや、もう相手が吸血鬼というだけで捕縛については諦め、現場執行ということになっていた可能性が高い。そうだとしても犠牲は免れないだろうが。

 それでも彼らは抑止力としての威信にかけて何度も執行計画を練り実行した。だが、待っているのはいつも失敗の事実だけ。

 常に犠牲が出るが一度も追い込むことはできず、そのため毎週のように誰かが死んでいく。

 このような地獄が約一ヶ月続いたのだが、その一か月後に事件は加害者死亡ということで解決となった。

 殺したのは警察でも公安でもない、別の組織だった。

 聖人協会。

 九州に拠点を置く、人間第一主義の最大勢力であるカルト教団だ。

 岸本を殺した理由は何も人種の平穏を取り戻すためではない。

 ただ「人種こそが完成された生物であり神聖なる存在だ」という信仰を広めるためだけに殺したにすぎず、協会の利益のためでしかない。

 殺したタイミングを見ても、世論が恐怖に染められ始めそのピークに達したタイミングなので考えられているあたり質が悪い。

 この後の協会への入会者が増えたのでその戦略は成功したといえるだろう。

 こうして事件は幕を下りたのだがそれで終わるわけがなかった。

 当然の流れであるかのように人種の共生的論調から反亜人種の論調に傾いていき、亜人種に対する暴力・差別行為が増加した。

 当然その行為に亜人種たちは反発するわけだが、そのまま人種による行動が過激になっていけば最悪の場合日本は分断されていたことだろう。

 だが手遅れとなる前に一人の男が反亜人種の意思をまとめるかのように表舞台へ出てきたのだった。

 それが霧島博文だ。

 彼は妻を殺され怒り心頭ではあったものの、ただ怒りに任せているだけでは復讐は不可能と考え、合法的にそれを行おうと考えた。

 それが国会議員となり日本を変えること。

 憲法を改正し、人種の日本を作ることが彼の目指す場所となり、そうして人種以外を排除することが復讐となると考えるようになった。以来それだけが彼の原動力といってもいい。

 時期としてもちょうど選挙が行われる予定であり、彼は地元の名士という点、世論が反亜人種になっているという点、この二つによって見事国会議員となる。

 無論ほかの選挙区でも彼と心情を同じくするものたちが立候補し、いくらかは当選する事態となっていた。

 そして「新社会党」を結党し、今日も精力的に活動している。


 そうした背景を持つ親の元に生まれた子供である彰はそれはもう洗脳のレベルで反亜人種論を教え込まれたという。

 さらには狡猾さなども身に着けており、ただ馬鹿正直に差別するわけではなく、彼には手駒と呼べるような人間がいくらかいるようであり、彼のそばにはさながら側近のように国城雅と佐川真子が付きまとっているそうだ。

 もはや「新社会党」の青年連合のように感じてしまう。

 だから、昨日の凜に対して正面切って暴言を吐いた時でも止めに入る人がいなかったわけだ。

 霧島彰のシンパを使って何かしら魔術などを使ってこっちに注意を向かないようにしていたのだろう。それじゃなきゃ説明がつかないしな。

 全く、用意周到なことだ。そこまでして凜に対して文句を言いたかったのだろうか?

 ……まぁ、言いたかったんだろうな。人種より亜人種がいい意味で目立つことは彼らにとっては不本意なことだろう。

 亜人種たちには負のイメージがついてほしいだろうからな。


「本当にめんどくさい奴が入学したもんだな」


 不幸中の幸いは別クラスであることだろうか。

 ただそのクラスは誰も望まざなくても反亜人種のクラスになってしまうとみて間違いないだろう。

 霧島彰はそれだけの力を持っているはずだ。

 偵察するまではいかなくても、あいつの動向には注意したほうがいいだろう。

 こちらから積極的に関わることはないだろうが、あいつがどうかはわからないし、もはや凜は目をつけられたと思ってもいいだろうからな。


「まぁ、うだうだ考えていてもどうしようもないか……。んじゃあ、学校に行くとするか」


 霧島彰に関する報告書を読んでいたら時間はそれなりに経っていた。

 こんなことで学校に遅刻するのは馬鹿らしいだろう。

 俺はタブレットを閉じすでに準備を済ませてある鞄を持ち玄関を出た。

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魂のエクスキューショナー 宇宙未知也 @utyu_mitiya

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