第4話 人間同士の愚かな対立

 蒼汰の案内で向かったのは予想通りの場所だ。

 バレー喫茶。

 それはバレーのユニフォームを着たウェイトレスさんがいる喫茶店だ。バレーのユニフォームとエプロンの組み合わせからは非日常を感じられ、実に素晴らしい喫茶店だ。

 ちょうど昼時であり、人気店のためか混んでいたいが蒼汰は当然のように列に並び、期待のまなざしをウェイトレスに向けていた。

 この熱の入り用はすごかったので、どうしてから聞いてみると答えは簡単だった。

「エロゲで出てきているエプロンと似てるから」だそうだ。

 ここで女子バレー部員にかわいい子がいたからとかが理由に挙げられるのならまだわかるが、ここでエロゲが出てくるあたり蒼汰である。

 無論、ウェイトレスたちの容姿のレベルもかなり高いのでそれの相乗効果ではあると思うけどな。

 売っているのはタピオカ入りの飲み物数種類とクレープだった。

 バレーは全く関係のないラインナップだと思うが、無理やりこじつけようとしてろくなものが売られていないだけましだろう。

 四人それぞれ別のものを頼み、俺たちは飲食のスペースが作られているところで食べることにした。

 簡易的なベンチに座り、俺は買ったストロベリー味のクレープを一口食べてみる。

 生地に包まれたホイップクリームの甘さとストロベリー味のソースが口の中で広がる。精神的に疲れた体を癒してくれる味だ。


「それにしてもさっきは凜が身分証を持っててよかったって感じだな。アレがなかったらどれだけ拘束されてたことか……」


 蒼汰が頼んでいたバニラアイス入りチョコバナナクレープを食べながら、疲れたような口調でそう言った。

 とてもくどそうなものだが、それをタピオカ入りアイスコーヒーで流し込んでいる。


「アレは公安に所属している人ならば身に着けているのが義務だから持っていて当然だわ」

「ああいうのって職務中に持ち歩くものだろ? いくらチルドレンでも学校にいる間は普通身に着けてないんじゃ……」

「いいえ、予備課だからこそ出歩くときなどは身に着けることを義務付けられているわ。そうやって『私たちは公安の者である』って意識づけをして自覚を促すのよ」

「なんか、一種の洗脳みたいで怖えぇ……」

「確かにその面もあるとは思うけど、やっぱり一番は私たちが学生であるってことかしら。若い人ほどちょっとしたことで力を使って解決しようとするでしょ? そういう状況に私たち予備課のほうが遭遇しやすいし、そういった場面では止める必要があるわ。だから、常に身に着けているほうがいいのよ。実際、さっきは役に立ったでしょ?」


 受肉同好会がやらかした一件を凜が解決して「はいおしまい」というわけにはいかなかった。

 逃げるようにあの場から出ていこうとした俺たちは案の定学園の生活を維持するための「生活委員会」の方たちに捕まったのだ。他校で言えば風紀委員といった感じか。

 凜が介入しなければ、彼らがそれを止めようとしていたようだが……彼らを見た感じあの召喚術を止められたとは思えない。その考えが合っていたのかは知らないが一言目に感謝をしたかと思えば、次には凜への当たりは強く八つ当たり気味に「人の魔術に介入するのは危険」だの「こちらの段取りがあったのに」だの「たまたまうまくいっただけ」だのとさんざんだった。

 挙句の果てには「エルフのくせに出しゃばりやがって……」という言葉がかすかに聞こえてきた。

 学園生活を維持するのを目的としている部活だけあって、能力的に秀でた者が多いのだろう。そして彼らは学生だ。彼らが持つプライドも能力に比例しているのかもしれない。

 だから、いきなり出しゃばってきた一年生にあっさりと解決されて、生活委員のちっぽけなメンツはずたずたなのだろう。

 それの腹いせの小言だと思えば聞き流せばいいのだが、それでも凜に対して「エルフのくせに」というのは非常識な発言だ。

 世界的に見ても種族間の対立は大きく、大体においては人種かエルフ種や猫種、鳥種などの人種以外――総称で亜人種と呼ばれる存在で対立している。

 大抵、各国それぞれの法律で差別の禁止は定めているが形骸化しているのが現状だ。 

 それは日本でも見られるが、各国とは少し特殊かもしれない。

 俺たちのいる本州では京都といった一部の地域を除き表立った差別等による対立は見られない。

 だがそれは、日本が島国によるところが大きい。

 人間第一主義者たちは九州方面に拠点を構え、「人種がすべての種族の頂点である」という主張を繰り返している。

 平穏を求めた亜人種たちは北海道へ逃れたが、今では「能力的の劣っている人種が従うべき」という主張をしている。

 こうして、本州を挟んで差別的な主張をする存在は分断されており、抗争といったものが起きにくくなっているだけだったりする。他国のように地続きでない分穏やかというだけだ。まぁ、見方を変えれば、本州には精力的に対立運動をしないような人が残っているということでもある。

 目立った動きをしない分陰湿といったものだ。先ほどの凜に対す言葉がいい例だろう。

 ああいうのは少なからずはいるものだし、親から子へと情操教育的に刷り込まれていることもある。

 どれだけ頑張ったって差別はなくなりはしないだろう。

 その中でできるとしたら、近くの者を敵意から守ることだけだ。そうすれば、その小さな世界では幸せになれる。

 俺にはもう人だ亜人だというのはうんざりだ。聞きたくもないし、そういう主張をする人を潰したくなる。

 だけどそうしたところで何も変わらないのは理解している。あるとすれば俺の自己満足だけであり、周囲に対してはむしろ悪影響を及ぼす。

 あの時の俺ならあの学生を殺していたかもしれない。

 だけど、もうあの時の俺ではない。なら大丈夫だ。

 俺は一息つく意味を込めてタピオカ入りミルクティーに口をつけて、タピオカを多めに吸い取り、ガムをかむがごとく口を動かす。

 一噛みごとに嫌な記憶を消していく。いつかまた記憶が再起するだろうが、今この瞬間では消えていただこう。

 …………消えないな。

 しばらく噛んでもなかなかタピオカはなくならない。

 いくらか吸い込みすぎたタピオカを食べるのに意識が持っていかれた。

 その分考えていた事は頭から消えてくれたのだが、こちらに誰かが近づいてきたことに周りとは少し遅れて気づく。


「さっきのは見事な手際だったな」


 傲慢な態度で座っている凜を高圧的に見下ろしながらそう言うのは一人の学生。どうやら、俺たちと同じ一年生のようだ。

 どう見ても友好的ではない態度に場の空気は一瞬にして重くなる。


「それはどうもありがとう」


 凜もその態度に応じるかのように、凍えるような声音でそれに応えた。


「さすがに学生が行った出来損ないとはいえ召喚術だ。それなりの実力がなきゃ対処は出来ないと思って見ていたけど、まさか出来るやつがいるなんて思わなくてな。その顔を一目でいいから見てみたかったんだよ」

「……」


 凜は彼の言葉に反応を示さないようだ。

 めんどくさいとでも思っているのだろう。確かにこういういきなり絡んでくるような輩はめんどくさいと相場が決まっているからな。無視するのが一番の最適解だろう。

 俺たちも彼らの間に割って入ることはできないでいた。

 理由としては同じようなものだろう。

 この一方的な会話に介入したところでデメリットしか生まれないのだ。


「でも、答えは簡単だったな」


 それでも少年は一方的に話しかける。

 これは凜との会話が目的ではないな。

 言葉のキャッチボールで親睦を深めるというものではない。一方的に叩きつける行為だ。


「種族がエルフならばあれくらい当たり前だよな。魔力が多い事しか脳がない種族にはあれくらいできて当たり前。逆にできなきゃ存在する意味がない。だからうぬぼれないことだな。お前は当たり前のことをやっただけなんだから。もし、こんなことで自慢だのしたりしだしたらそれは滑稽だからやめておけ。それは呼吸できることを自慢するようなもの。当然のことを自慢している悲しい存在ってわけだからな。くっくっく……それはそれでお似合いだな」


 叩きつけるのは侮辱の言葉。

 それも貶すだけでなく、凜に対して言い聞かせるように言うそれは、どこか警告めいている気がした。まるで「これ以上目立つことはするな」と言っているかのように。


「……はぁ。仕方ないから聞いてあげるけど、あなたはさっきから何が言いたいのかしら。要領を得なくて全然頭に入ってこなかったわ」

「ふふっ……確かにお前のような頭の奴にはわからないよな。それはすまなかった。なに、エルフのおまえにもわかりやすく言うとだな……身の程をわきまえろってことだ。俺がお前に言ってやれるのはそれくらいだ」


「じゃあな」と言い、名も知らぬ彼はその場を離れていく。

 荒唐無稽であり、どう見ても屁理屈でるそれは単なる暴言だ。

 無視すればいい代物だが、それでもこの場の雰囲気は最悪になった。

 凜は見ため気にしてない。逆に恋のほうが怒っているような感じだが言葉では出てこない。凜が何も言わないからだろうか。蒼汰はやけ食いかのようにクレープを食らっていた。

 俺はといえば殴り飛ばしてやろうかと思っていたが、入学早々問題を起こすのはまずいのでそこは自重した。

 それに、彼とやり合うといってもただでは済みそうにはなかった。別に彼の魂を視たわけではないが、立ち振る舞い等からそれなりの実力があるように思えたのだ。まぁ、あの事態を収拾した凜に対してあそこまで言えるのならば凜と同じくらいの力はあって当然だろう。まさか、単なるいちゃもんをつけに来たわけでもあるまい。

 彼のことは全く知らないが、調べておく必要がありそうだな。

 それにしても典型的な人間主義者。あそこまでゴリゴリ差別をする人がこの学園にいるとはな……。

 俺たちが通っている学園は全国的に見ても名門といえる学園である。その中であの差別となると……かなり厄介かもしれないな。調べれば面倒そうな情報が出てきそうだ。

 面倒な存在は御免被りたいんだけどな……。

 まぁ、今どうこう言ってもどうしようもないだろう。とりあえず、この後のことを考えるべきか。

 このクソみたいになった空気どうしてくれるんやら……。

 ため息をつきたくなるのを抑え、俺は最悪の気分を忘れるために、またタピオカを口に入れて時間を無理やり消化した。

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