第3話 翡翠凛が持つ刀

 観衆の間を縫って凜の立っているところへ向かった。

 彼女は恐怖も達成感もないのか悠然としており、やるべきことを終えた者の姿そこにあった。

 凜は霊魔公安局の予備課だという。あそこに入るものは正規の社員になることを目指す若者だ。その中には憧れだけで志願する者もおり、覚悟が全くないというのもざらだという。

 それに比べて翡翠凛という少女は予備課としては必要以上の資質を持っているように感じる。今すぐにでも正規の社員として配属しても問題ないだろう。

 さらに、彼女が先ほど見せた魔術を消し去る技。アレはかなり有用なものだ。もしかすると特課に入る可能性すらあるだろう。


「凛大丈夫……? いきなり飛び出したから私びっくりしたよ……」

「私は大丈夫よ。あのくらい問題ないわ」


 どうやら、俺たちが着くよりも先に恋も来ていたようだ。

 恋は凜を心配しているようだが、凜はどこ吹く風といった感じでいる。

 それが強がりなのか事実なのかは俺に判断はつかないが、彼女がそのような姿をふるまうのなら、そのように扱うべきだろう。


「凛、お疲れ。あの一撃すごかったな」


 だから、俺は余計な心配をせずに知的好奇心を満たすための足掛かりを作っていく。


「いきなり飛び込んで、穴を一太刀に斬り捨てる……まさに現代に現れた武士って感じ?」

「全然違うわよ。私にはあれでしか対処しようがなかったのよ。武士みたいなプライドみたいなものは持ち合わせていないもの」

「まぁ、今時武士なんて古臭いわな」


 流れはできている。

 だから、ここで俺は気になっていたアレについて聞いてみることにする。


「それならさっきのはあの刀じゃなければいけないって感じか? 今は持ってないみたいだけどアレってなんか有名な刀なのか……?」

「別にこの刀は極一部のところでしか有名ではないと思うわ」


 凜は両の手のひらを上に向け、そこに魔力を集めていく。その魔力の集合が刀のような形を形成していく。

 すると、最初はおぼろげな輪郭を描いているだけだったが、一秒後には実態を持った刀が存在している。

 俺はまたもや目を引かれる。

 すべてを反射するかのような刀身の美しさ。すべてを断ち切るかの様な刃の鋭さ。

 この刀がただものじゃないのが素人目にも理解できる。


「すごく……綺麗だな。これ、一部で有名っていうけど……どこで?」


 俺は情報を得るために些細なことでも聞いてみた。

 もはや、この刀から目を離せない。


「私たちの家だよ。これ翡翠家の家宝なんだから」


 恋が少し誇らしげにそう言った。


「なるほど。それは一部では有名なものだな。でもいいのか? 家宝なんか持ち出して、しかもそれをちゃんと使っちゃって。もしかしてこっそり持ち出したりしてるとか……?」

「そんなわけないじゃない。私にはこの刀を使うだけの素質があった。だから使ってるのよ。それに、そもそもこの刀――影道かげみちは家宝といっても家の蔵で埃を被って放置されていたものよ。もともと忘れらたものなんてガラクタも同然なのだから問題ないわ」

「ははは……確かにお父さんも『これで昔はチャンバラしたなー』とか言ってたからね。本当に家宝なのかな?って思ったこともあるけど、昔から翡翠家にあるものだから、家宝なのは間違いないみたい」

「それじゃあ、さっきの魔術を壊したのも家宝だからってことか?」

「そうなるわね。もっとも、誰でもできるわけじゃないみたいだけど。今のところをこれを扱えるのは私だけだわ。父も母も、そして恋にも魔術を斬るなんてことはできなかったから」


 となるとさっき凜が言っていた資質というのはこれを扱えるか否かということか。

 同じ血を引く翡翠家のものでも凜しか使えないということは、「血」によって選別されているわけではないのだろう。純粋な個としての資質がものをいうということか。

 それが何を基準としているのかはわからないが……少なくとも凜レベルの能力を持っている必要があるということだろう。

 いずれにせよ推測の域は出ない。もしかすると先ほどまでの推測は全然見当はずれのことで、単に彼女が先祖返り、つまり過去の翡翠一族の中で刀を使っていたものに遺伝子レベルで酷似しているためなにがしかの認証を通っている、ということもあり得るのだから。


「もういいかしら。いつまでもこんなところで刀を出しておくわけにはいかないからしまいたいのだけど」

「確かにな。見せてくれてありがとう。というかどこにしまうんだ? さっきもいきなり出てきてたけど……?」

「物理的に納刀するわけではないわ。これもこの刀の特性みたいなもので私の中に収まる、というのかしら。未だによくわからないんだけど、私の意思で出したいときに出せてしまいたいときにしまえるのよ」


 そう言いながら凜は刀を手のひらから消した。

 物理から霊子への変換……最初の出てきたときとの逆再生がそこで起きた。

 本音を言えばあの刀を握りたかった。

 別に鑑定士ではないのだが、握ることで何かがわかるような気がしたのだ。

 いわば直観。何の根拠もない思い込みだが、それでもなにかしらの足掛かりにはなるだろうと思う。

 だがそれも今は叶わないことだ。ならば、また機会があるときにでもいいだろう。

 一度近くで見たからだろうか。

 初めて見たときに感じた焦燥感のようなものは俺の名から消えていっている。

 いつでも、刀――影道を見ることができるという事実からそうなっているのかもしれなかった。


「ふぅ……なんか凄いもの見せてもらえてひと段落したし、どこかでご飯でも食べない? 僕はもうおなかがペコペコで力が出ません」

「それもそうだな……なんかどっと疲れた気がするし、どこかで昼食にでもするか」

「それじゃあ早速行こうか。目星はすでにつけてるから僕に任せておきな」


 蒼汰は自信満々にそういった。

 最初からそこにはいくつもりだったんだろう。そうなると、彼の好みが反映されているはずだ。

 エロゲ的シチュエーションから考えて……喫茶店的なところか。学園祭といえば第一にメイドきさっだろうし。知らんけど。


「はいはい、すべて蒼汰様に任せますよ。二人はどうする? 一緒に来るか?」


 ここの流れで二人を誘わないのも不自然なので、誘ってみる。

 きっと蒼汰では誘えないだろう。あいつなら、誘うべきかは悩めても、その一歩が出ないタイプだしな。それができればもてるだろうに……もったいない。


「えっ! いいの?」


 恋が反応した。


「いいよいいよ大歓迎。話し相手は多いほうが楽しいしさ」

「それじゃあ……お供するよ! 凜も行くでしょ? というか一緒に行くよ!」

「はぁ……どうせ嫌って言っても連れて行くんでしょ?」

「もちろん!」


 なんだか二人の力関係が見えてきた気がする。


「二名追加ってことで……それじゃあ蒼汰先導よろしく。早めにこんなところは出ようぜ。野次馬とかその他諸々めんどくさくなりそうだしな」

「了解。それじゃあこっちでやってるから。付いてきて」

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