第2話 歓迎祭一日目

 昇降口から校門までの道のりは登校してきたときとは様変わりをしていた。

 両端には屋台が並び食欲を刺激する香りが漂ってくる。

 歓迎祭という名の行事ではあるが、そこにいるのは一年生から三年生、さらには教師といった面々で埋まっていた。

 これでは単なる祭りだな。

 もはや歓迎祭とは名ばかりな気がしてきた。食って飲んで楽しめればそれでいいということだろう。

 だが、それはお客が葉だけかもしれない。

 屋台の前を通れば「スカッシュ部に入れば、チョコバナナ一本無料にするよ」といった具合に買収しようとしてくる。彼ら部活動員にとってこれは単なる祭りではなく、部員確保のための戦争なのだ。


「魔球同好会で君たちも新たな魔球を開発してみないか!!」

「そこの一年! 我が恋愛公式同好会で恋愛を解いてみないか!」


 こんな具合にわけのわからん部活も参加している。もはや地獄だ。

 彼らにはニッチな同志が現れることを願おう。

 そんなニッチな同志候補である蒼汰に聞いてみた。


「恋愛公式同好会には興味ないのか? エロゲマンとしては通ずるものがないか?」

「ないな。どうせあそこの連中は恋愛を小難しい公式とやらに当てはめて予測しようとしてるんだろうけど、それでは主人公が計算され確定されたルートがあるエロゲと何ら変わらない。そして、現実の恋愛はエロゲのように計算だけでうまくいくほど甘くもない。厳しい戦いさ。彼らはそこから目を背けている」

「その理論、なんだかエロゲに逃げてるお前が言えることじゃなくないか?」

「いいや、僕と彼らは根本的に違うのさ。僕は確かにエロゲに逃げたけど、現実を否定はしていない。でも、彼ら同好会は現実をエロゲ化しよとしている。あれじゃあ、いつまでたっても恋愛は無理だろうね。現実は数式のように美しくはできてないんだよ」


 ふむ……意味わからん。だが、まぁ、こいつはしっかり二次と三次を区別してるってことだろうと納得しておこう。……これ以上この話を外でするのは勘弁願いたいしな。

 自分勝手ながら、俺は別の話に切り替えた。


「ところで、目当ての部活は何なんだ?」

「ああ、言ってなかったっけ。文芸部さ。学園物のエロゲでは鉄板の部活だからね」


 結局、こいつも何ら変わらん気がした。



「あそこには絶対に入らん」

「あれは……別格だったな……」


 俺らが向かった文芸部は校門側にあったのでそこまで歩いたのだが、無駄足だった。

 かなりガチ勢が揃った部活でラノベとかの軽いものではなく、様々な賞を受賞しているベストセラーとかをひたすら読み論評するというところだった。

 これでは恋愛目的の蒼汰には厳しいところだろう。何せ、あそこで試し読みにと渡された本を見て絶句していたくらいだからな。興味のないジャンルの本を読み恋愛という目的にかまけることもなくひたすら論評するのは彼にとっての地獄に違いない。

 蒼汰は一緒に出されたコーヒーを一気飲みして出てきたところだ。本には一切手を付けていない。


「よし。さっきのは記憶から抹消して次に行こう。じゃあ次は――」


 無理やり記憶を封じ込めなかったことにした蒼汰はさっそく次の恋愛可能な地へと赴こうとしていたところ、


『これから、僕たち受肉同好会の実演をグランドで行います! 興味のある方もない方もぜひぜひ見に来てください。絶対に損はさせませんよ! なんと今回は渡したのオリジナルキャラクター、ユイちゃんを呼び出します!』


 この放送、というよりは耳元から音声が聞こえてきた。

 おそらく空気を振動させる魔術を広域にかけて、声を伝播させたのだろう。ここまでのレベルとなると結構力のある術者がいるみたいだ。やはり、都内で一二を争う学園なだけはある。


「なんだかおもしろそうな実演みたいだね。見に行かない?」


 蒼汰は俺を誘ってきた。

 俺もこの実演には興味をひかれていた。

 受肉同好会でオリジナルキャラを受肉となると、おそらく人間の集合的意識からイメージ、概念を抽出し現世にて肉体を与えるのだろう。

 これは集合的無意識からイメージ、概念を抽出し現世に作用させる召喚術と似ているが、無意識であるがためにこちらのほうが難易度は格段に高く、制御も難しい。

 それに比べて彼らのはその簡易版。意識的なものであるからこそ制御難易度も高くないはずだし。同好会である以上、何度も召喚は行っていることだ。なれたもののはず。失敗して受肉しないといった白けたことにはならないだろう。

 これならユイちゃんというのがどういう存在なのか知ることができる。彼らの妄想力百パーセントを見せてもらうとしますか。


「そうだな。歩いてすぐそこだし、行ってみるか」


 俺たちは人の流れに従って、グラウンドに向かった。



 グラウンドにはかなりの人が集まっていた。きっと一年生だけではないだろう。

 グラウンドといっても、陸上競技場のような四百メートルのトラックがある。そのトラックに囲まれるように芝生がしいてありそこで受肉同好会の面々が準備を進めていた。

 彼らのメンバーは六人のようだ。五人が円を作るように等間隔で立っており、彼らは皆両腕を伸ばし手のひらを円の中心部、斜め上に向けている。残る一人が円の外で立っていた。


『それでは始めたいと思います』


 その人物が実演開始の号令を発した。

 まず、起きたのは円を形成している五人からの魔力が彼らの手のひらから出ていき、ちょうど彼らの中心点で集約され、空間に作用していき、半径一メートルほどの漆黒の円が形成された。最初は円の形は不安定だったが、時間が経つにつれその形は安定してくる。

 あれは彼ら同好会の共通精神世界を開いたのだろう。集合意識を引っ張てくるには必要な工程だ。

 そして、司会役かと思われた一人もその魔術に加わった。

 彼は円の外側から開いた精神世界へと右手を伸ばし、左手を右の手首に当てて魔力を送っている。

 これで共通意識として精神世界に保存していたユイちゃんを受肉させるのだろう。その証拠に徐々に漆黒の穴から足先が出てきていた。かわいらしい靴が見え明るい色のスカートが見えてくる。

 現状下半身だけ見ている状態だ。それにしても、これだけでなんとなくわかるが、アレは完全に……幼女だな。どうしようもないくらい幼い雰囲気の服装だ。とてもフワフワ系だし、かなりの短足キャラというわけでないのなら背の小さいこと言うことになる。……もしかしたら、この受肉同好会は合法的に幼子を愛でる会なのかもしれない。

 何はともあれその答えもすぐそこまで来ている。あとは腰から上が現れればいいのだが……なかなか出てこない。

 下半身だけが精神世界から飛び出しておりかなりシュールではある。

 いつになったら見えるのだろうか。一分、二分と過ぎていくが一向に状況が進む気配がない。

 そのせいで、見物に来た者たちの間で「失敗したのでは」という空気が流れだした。


「下半身しか見えないし、失敗したのか?」

「さあね。少なくとも成功ではないだろうな。このままの状況だったら失敗だろうけど」

「そうだと思うけどさ。あれから進まないし、無理なんじゃないか?」

「まぁ、あの術はどれだけ思い描いたものをそれぞれの魔力で引っ張ってこれるかっていう綱引きみたいなものだしな。上手な人だとすんなりいくし、止まったとしてもタイミングを計り最適な時に魔力を込めなおして完成させるものさ。でも、ああいった未熟な術者だと途中で止まると、常に魔力を出してるから体内の魔力がそこを尽きかけそのまま術が破綻することが多い。きっと今回もそのパターンだろうな」


 まぁ、それならばまだいいほうだ。

 彼らのプライド的にはダメージがあるかもしれないが、周囲への影響はゼロといってもいい。

 だけど、これだけの観衆がいて、精神世界へつながった扉があり、想定した魔術がいまだ成功していない状況。

 何が起きてもおかしくはないだろう。

 思い浮かぶパターンとすれば、開いている同好会の精神世界が魔力の込め過ぎにより外に開く。そして集合的無意識に接続される。ここには軽く百人は超える人間がいるから、彼らの無意識化にある概念等が表出しだし、抽出役の術者によって顕現させられる。

 この場合顕現されるものは、神話や聖書等の文献や伝承で出てくる存在だ。そのため、強力な概念体が現世に顕現することになる。おそらく、失敗の果てであり学生程度の術者なら完全体としては顕現しないだろう。それでもこの場が想像を絶する地獄になる可能性は十分にある。

 とまあ、術が術なだけに一番最悪のパターンを考えてみたが果たしてどうなるか……。

 もしそうなるのなら……何とかする必要があるだろう。入学早々で正体だが露見してしまう可能性があるが致し方がない。

 緊張はない。ただ、残念ではある。バレればきっと普通の学生とは見てくれなくなるだろう。学生として過ごすと決まってから遅かれ早かれとは思っていが、こうもすぐというのは勘弁願いたい。

 やるとしてもギリギリ。そして一撃で片付けられ、目撃者が少ないようなタイミングだ。


「ふ~ん……咲夜ってなんか詳しいんだな」

「そうでもないさ。前に別のところで見たことがあって気になったから調べただけ。別に物知りってわけじゃないさ」

「そういうもんか」

「そうそう、ネット様様だね」


 会話についていきながら俺はタイミングを計っていた。

 このまま扉が消滅してくれればそれでいい。だけど、扉が拡張するなどの異常が発生するればタイミングを見て介入だ。

 右手から力を抜き、いつでも実行できるようにしておく。

 魔力を装填。手のひらの部分でプールさせ密度を高くしていく。

 今回は一撃で仕留めるため、高密度の弾丸をイメージした。

 核を打ち抜けばあとは連鎖的に破綻する。だから核の防御を打ち抜けるだけの弾丸を用意する。

 あとは、状況を待つだけとなった。

 起きないことが望ましが、どうなるのか……。

 そして、それは起きた。


「咲夜……なんか穴が広がってないか……?」


 精神世界の扉が拡張される。それは徐々にではあったが確実に広がっていく。

 それに合わせて見えていた下半身は肉体を維持できなくなったのか透明化していき、数秒後に消え失せた。

 そして、扉の奥から別の存在が現れようとしているのを俺は感じた。

 アレはまずい。

 魂に直接響くようなあの感覚は、かなり強力な概念体が顕現しようとしている。

 あそこまで強く存在を示しているのなら、顕現することは確定事項。

 であるならば、先手を打つしかない。

 あとはタイミングだけだ。

 …………。

 ……。

 こ――――っ!?


「……あの子は」


 蒼汰がつぶやく。

 その目は一人の人物を追っていた。

 俺もその状況に対して、知らずのうちに息をのみ、なすべきことも忘れただ目で追っていた。

 拡張された扉に向かって飛んでいく一人の少女。

 風になびく黄金の長髪は彼女が征くラインを残す。

 その子は二日前に知り合ったエルフであるクラスメイト――翡翠凛。

 彼女はためらうことなく飛んでいく。

  そして、彼女の心臓部から右手へと魔力が流れていくのを感じ、それが一つのものを形成していく。

 それは――刀だった。

 彼女の手には魔力から生み出された一振りの刀が握られていた。


 ――っ!?


 俺は状況も忘れ、彼女の美しさも忘れその刀に目を引かれる。目が離せない力があの刀にはあった。

 でもそれは刹那の出来事。それでも、あの刀を忘れられないでいた。

 その刹那でさえ状況は変化していた。黄金と漆黒の邂逅はすぐそこにまで迫っている。

 俺にはなにもできないでいた。いや、俺が何かをする必要がない。あの刀を見てからはそう感じている。

 すべては俺の思い描いたようにうまくいく。

 それが未来であるかのようにことは進んでいった。


「――消えなさい」


 凜は右手の刀でただただ正確に魔術の核たる部分を斬り裂いた。

 そうしてすべてが終わった。

 扉は消滅し、あの魂に響く存在は確認できない。

 同好会の人たちはみなが地面に倒れ気を失っている。典型的な魔力欠乏症の症状だ。

 だが、俺にとってはそんなことどうでもいい。

 俺の意識にあるのはあの刀。そして凛の存在。


「彼女はいったい……」

「凜ってすごいんだな……。とりあえず、凜のところにいくか……」

「そうだな……」


 俺たちは彼女のところに向かっていった。

 俺は知らぬ間に林になって彼女のところに向かっていった。

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