魂のエクスキューショナー

宇宙未知也

第1話 歓迎祭前

 二時間目が終わるチャイムが鳴った。

 数学の教師が「それではこれで終わります」と言って教室を出ていった。

 入学して初めての授業だったのでほぼほぼオリエンテーションみたいな感じだったが、それでも教師の雰囲気はわかった。実に論理的な方のようだった。

 俺は教科書兼ノートのタブレットに移っている授業用のアプリを落とし、学校からの連絡事項などが配信されるアプリを開く。そして、これから行われる新入生向けのイベント「歓迎祭」についてのページを開いた。

 歓迎祭とは神岡学園の部活会が主催するイベントだ。これは今日から二日間の開催される。部活会が主催なだけあって、屋台や出し物は各部活動が運営している。俺たち新入生たちはこの二日間でどの部活に入るかの目安にするものようだ。まぁ、おそらく学園祭の縮小バージョンといったところか。

 俺はこれからどの部活を見に行くか目星をつけるためにとりあえず各種部活の説明を見ていくことにした。


咲夜さくやどの部活見に行くか決めてるのか?」


 のだが、さっそく声がかけられる。

 タブレットから顔を上げると、ここ二日くらいで見慣れた顔が俺の視覚を埋めた。


「いんや、特にこれと言って決めてないかな。まぁしいて言うなら、適当に見てなんかビビッときたやつかね。蒼汰そうたそっちは?」

「俺はもちろん文科系。スポーツとか無理。疲れる。やっぱ、学生の青春といえば文科系ですよ。そう相場が決まってる」

「血と汗と涙も青春だと思うけどねー」

「それは男たちの熱き青春ってやつで俺からしたら灰色さ。求めてるのは桃色の学園生活。つまり、女の子との青春ラブストーリー! これこそが至高にして絶対!」

「はいはい。まぁ、そうは言うけどどうせ、いざって時になったらチキるのは目に見えてますけどねー」

「チ、チキらんはっ!?」


 どもっとるがな。

 はぁ……。どうして俺はこいつ――矢崎やざき蒼汰とつるむようになってしまったんだが。

 原因はきっとあれのせいだろう。

 入学初日、俺の前の席だった蒼汰が開いていたタブレットの壁紙が見えてしまったのがいけないんだ。


『聖騎士アステリア……?』

『――ッ! 君この子を知ってるのかい!?』


 入学前日にいつもの奴から送られてきたエロゲのヒロインがいたのが。

 昨日の今日だけあって頭に残っているってもんだろ。

 それに、まさか眼鏡をかけた爽やか系イケメンがエロゲのヒロインを堂々と壁紙にするとは思わなくて自然と声が出てしまったのか。

 ひとまずそのせいなのかおかげなのかは知らんが、俺はこの学園で一人目の友人をゲットしたわけだった。


「ま、お前が謳歌するのが桃だろうが薔薇だろうが俺は気にしないから好きにしてくれ」

「薔薇はないわー……」


 ま、もともと体育会系の部活には入る気はなかったし、蒼汰についていくことにするか。

 文科系といえどそれなりに楽しいだろうし、学園生活の一種の花ともいえるのは部活だろう。それを味わっておくってのもいいものさ。


「咲夜くんはまだどこ見に行くか決めてないんだね」


 声は右隣から聞こえてきた。

 顔を向ければ、これまたこの二日で見慣れた顔が目に映る。

 金色のセミロングと陶器のように透き通た肌、特徴的なとがった耳。

 エルフの翡翠恋ひすいれんだ。


「まぁ、特には決めてないけど蒼汰についてく感じかな。恋は?」

「一応決めてるよ。二日間もあるから今日は運動部かなーって思ってた」

「ふーん。やっぱり、バスケとかテニスみたいなメジャーどころか? それとも、知る人ぞ知るみたいなマイナーなところ?」

「さすがにメジャーどころかな。やるとしてもルールとか少しは知ってるほうがやりやすいと思うからね」


 この学園にはやたらと部活が存在する。それこそメジャーどころからマイナーどころ。はたまた、完全に自作の会。

 跳梁跋扈しているといってもいい部活動だが、その分選択の余地は無限大だろう。


「テニスとか似合いそうじゃん。恋が戦っているさまは妖精が踊ってるみたいだし」

「いやだよー! そんなの目立つの恥ずかしいし。それに、それはもう呼ばれあきた……」

「……? 中学とかではテニスやってたのか?」

「……うん。凛と一緒にダブルスだけどね。その時、散々呼ばれて疲れたよ……」

「それは、まぁ……ご愁傷様です」


 俺は心の中で手を合わせる。


「そういや、その凛様はどうするんだ? やっぱ双子だし、同じ部活なのか?」


 恋には双子の姉である『凛』がいる。

 二卵性のようで、二人はそっくりというわけではない。


「そんなわけないじゃない。唯月ゆづきくん……別に双子だからっていつも一緒というわけではないのよ?」


 という、恋に似ているあきれたような声が割り込んできた。

 声の主――翡翠りんは恋の近くに立っていた。

 やはり、双子なだけあって似ているところは似ているもんだ。

 髪の感じとか、耳の形とか。まぁ、それでも残酷なまである一部では格差が生じてしまっている。これも一つの運命か。恋が豊かで凜が草原という感じか。


「それに私は部活には入らないわよ」

「え、そうなの?」


 蒼汰が声を上げた。

 あいつにとっては意外なことだったのか、たまらず声が出てしまったってところか。

 確かに蒼汰にとって部活は高校生活における潤滑油だと考えてる節があるからな。


「ええ。私、霊魔公安委員会の予備課だから」

「うげ、チルドレンかよ……」


 霊魔公安局は民間の警備会社だ。

 その規模は全国規模にまで発展しており、警察と協力して社会で起きる霊障や事件などに対処している。

 その予備課といえば将来公安に入ることを決めている高校生が、早い段階でその仕事に携わり育成するための部署だ。毎年春、秋の二回、選考会が行われそれをパスしたものが予備課に配属される。

 ちなみにチルドレンというのは予備課のあだ名みたいなものだ。

 子供が所属する部署。だからチルドレン――子供たちというわけだ。


「なんだ蒼汰。チルドレンだから嫌な声出して。まさか、お前誰かに言えないようなことしてるんじゃないか……? 例えば……割れとか」

「そんな仁義に反するようなことはしてないよ! ただ、貴重な高校生活を無駄に……と思っただけ」


 別にそんなことないと思うけど。何なら、いろんな高校から人が集まる分様々な出会いがあるのだし、青春がありそうだろう。

 それに、


「別にチルドレンだからって部活に入れないってわけじゃないだろ。それでも凜は入らないのか?」


 公安だって高校生には高校生の生活があることを理解している。だから、別に私生活等を規制することはしていないはずだ。


「そうだけれども私は入らないわ。入りたくて入ったのだから公安での仕事のほうが私の部活みたいなものよ」

「それは、まぁ、社会貢献に精が出ることだね……」


 蒼汰にとって働くことが青春だとは思いたくないのだろう。

 

「やっぱり凛は入らないの? 別に誰もダメなんて言ってないのに……」

「いいのよ恋。これは入学前から決めてたことだから」

「うん……」


 恋は結構寂しがっている様子だ。

 たぶん、入学前に説得を行ってことごとくをかわされているのだろう。

 凛の意思も堅そうに思えた。


「でも、一人では退屈だから恋についていくわ」

「それはあたりまえだよ! 一緒に行かないって言っても引っ張っていくんだから!」

「わかってるわよ……」

「いろいろ見て回ろうね凛! 早く始まらないかな!」


 恋はこういう行事が好きみたいだ。

 凜はこういうの苦手な感じがしたが、恋が一緒なら気にならないのかもしれない。

 蒼汰もなんだかんだでタブレットでピックアップをしているところを見ると楽しみなのだろう。

 窓から見える校舎前などでは屋台の準備などがすでに済んでおり、今は人がせわしなく行き来している。

 祭りがもう少しで始まろうとしているのが伝わってきた。

 そして、


『これより、神岡学園歓迎祭を開催します!』


 チャイムの後に放送が流れた。

 これから歓迎祭が始まろうとしている。

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