第22話 泣き笑い
缶詰のふたで手を切った事件の翌日、椿は39℃近い高熱を出した。
「なんでやねん……」
布団の上に転がった状態で椿がうめく。
「ちょっと……うすうす気づいてはいたんやけど……僕は虚弱体質なのでは……?」
「うすうすなんか? わたしは五年くらい前から知ってたぞ」
咳や鼻水といった他の症状はないので、おそらく皮膚を縫うという人生初の体験に心身がついていけなかったせいだろう。たかが二針、されど二針だ。興奮し、緊張したのだ。椿は儚いのでそれくらいのことでも簡単に熱を出す。健康だけが取り柄の向日葵とはまったく別の生き物だ。
「ひと晩様子見て、明日になっても熱が下がらなかったら病院行こうね。今度は内科に」
「いやや……この短期間に病院
「観念しなさい。まああちこちの病院にカルテ作っとくつもりでいいんじゃん、いつどこの病院にかかるかわかんないんだしさ」
「行かへん! 診察券でぱんぱんの財布持ちたくない!」
「カードホルダーでも作ったらいいさ」
「いや。いややもん……絶対いや……」
機嫌が悪い。弱っている証拠だ。手負いの動物は攻撃的になるというが人間も例外ではない。特に椿は意地っ張りの見栄っ張りだから本当は向日葵にも弱っているところを見せたくないはずだ。
苦笑して椿の頭を撫でる。熱い。
「椿くんが熱出すの久しぶりだね。強くなったんだね。学生の時はあんなに頻繁に熱出してたのにさ」
ひと晩連絡がつかないと思ったら39℃の熱が出たというメッセージが入り、二、三日連絡がつかないと思ったら入院したと返ってくるのが九条椿というひとだった。年に一回くらいは京大病院にいたことを思うと、静岡に来てから一度も入院していないのは快挙と言える。静岡の空気が合うのか、向日葵の管理が完璧なのか。あるいは、彼自身が自分を大事にできるようになったのか。そうであってほしいと祈るように考える。
「僕強くなった……?」
「そうだよ。がんばってるよ」
「そっか」
椿が笑顔を見せる。
「よかった」
切なくなって、彼の怪我をしていない右手を強く握り締めた。
「ちょっと寝ようね。ロキソニンが効いてきたら楽になるからね、目が覚めるころにはきっと楽になってるからね」
「うん……」
彼も向日葵の手を握り締める。
「嬉しい」
「何が?」
「僕が寝るまで手ぇ握ってて」
向日葵は泣きたくなってきたが、彼を安心させるために微笑んだ。
「わかったよ。だいじょうぶだよ。ずっとそばにいるね」
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