聖女と機械の神
アユムはコックピットのモニターを見ながら慎重に進んでいく。
普通のカメラではなく、火災現場などで使われる人体センサーカメラを使っているからだ。
通常カメラや赤外線カメラだと濃い湯気や熱などに遮られてしまうが、これなら姿形は輪郭でしか見えないが確実に発見することができる。
「輪郭でしか見えないから、全裸になっている聖女様の素肌も見ずに済む……! 悔しくはない、合意もなく素肌を見るなんて俺には出来ないから……!!」
『その割には悔しそうな波長の声が聞こえてきますね』
「声紋分析するのは卑怯だぞ七面天女!?」
『分析せずともわかるのですが?』
やはりコイツは邪悪なAIだと確信しながら、レッドファングに乗って奥まで進んで行く。
***
「どうして……こんなことになっているのか……わからないわ……」
地面から噴き出す劣化ガスに蝕まれながら、聖女マリア・セインティアは倒れたまま動けなくなっていた。
意識は朦朧としてきているが、生存本能が記憶を走馬灯のように蘇らせる。
マリアは幼い頃から聖女としての才能があると教会に認められていた。
聖女とは何か?
神聖魔術系統の効果を引き出す才能と定義されている。
しかし、マリアは神聖魔術が致命的に下手だった。
そのため聖女と呼ばれていても、ただの修道女と同じような扱いだった。
努力をしても神聖魔術は上手くならず、聖女の持ち腐れとまで言われてしまう。
故に、教会の〝秘蔵っ子〟なのだ。
そんなマリアだったが、珍しく教会から説法の依頼がやってきた。
用意された護衛を伴って移動していたのだが、気が付いたらいつの間にか一人になっていて、装備が劣化して崩れ去り、倒れたまま動けなくなっていたのだ。
苦しい、死が迫っているのがわかる。
「……せっかく……神のお役に立てるはずだったのに……。ああ、神よ。これも試練なのでしょうか……どうしてお答えになってくださらないのですか……」
この世界はファンタジーでも、教会の信奉する〝神〟は観測されていない。
いわゆる多神教的な〝神〟に属するモノは存在しているのだが、一神教的な〝神〟はいないのだ。
存在しないが故に、崇め奉ることができるのかもしれない。
しかし、死の間際までそれを信じられる人間は少ない。
聖女と呼ばれたマリアもその一人だ。
神に仕えてきたにも関わらず、理不尽でわけもわからず、虫けらのように死ぬ運命。
「わたくしの信じていた神とは……本当に存在しているのでしょうか……?」
教会では禁句に近いような疑問だ。
説法によって様々な理由を付けるが、結局は神様を目の前に呼んで話すことはできない。
マリアとしても、
「この音は……」
ズシンズシンと地響きが聞こえてきた。
それは少しずつ大きくなってくる。
倒れた態勢で顔を上げると、湯気でよく見えないが巨大な影が迫ってきていた。
モンスターではない、理知的な動きでこちらを見つめ、手を差し伸べてきた。
「あ、ああ……ここに居られたのですね……神よ……」
***
倒れている聖女を発見したアユムだったが、いきなり神と言われて意味がわからなかった。
しかし、相手はかなり弱っているようで励まさなければ今すぐ死んでしまうかもしれない。
そういう意味で答えた。
「神――我は神だ」
自分を神だという神は存在するのかどうか怪しいが、弱っている人間に対してはなるべく肯定してあげた方がいいだろう。
「意志を強く持て。今、この手で救ってやろう」
茶番で時間を取られるわけにも行かないので、ヒョイッと聖女をつまみ上げ、巨大な機械の手の平に載せた。
神経接続しているので身体の柔らかさが伝わってくる。
童貞のアユムには刺激が強すぎて赤面しそうになるが、人命救助第一ということでグッと堪えながら迅速にその場を離脱する。
ユリーシアたちと決めておいた合流地点に到着。
まだ誰もいなかったのでアユムはコックピットから下りて、気を失っている聖女に対して上着をかけてやった。
もちろん、裸を見ないようにしながらだ。
一瞬だけボンヤリと見えたが、その印象ではアユムより少し年下で、赤い髪、非常に可愛らしい顔をしていて、事前に聞いていた通りにナイスバディだった。
「お、アユム! 聖女様を見つけたのか!」
いきなりコルザが話しかけてきてビクッとしてしまった。
どうやらいつの間にか合流地点にやってきていたらしい。
何もやましいことはしていないし、レッドファングも赤龍に転送済みなので問題ない。
「さすが勇者様です! あ、でも何か死にそうですね。死体を持っていっても報酬はもらえるのでしょうか?」
遅れてやってきたユリーシアだったが、サラッと不吉なことを言ってきた。
「ユリーシア、怖いことを言うなよ……」
「うーん……でも、この腐食ガスを長く吸っていると普通に死にますからね。たぶんこれ、致死量です。上級回復魔術でも手遅れかと。美人なのに勿体ない……」
「おいおい、マジかよ!? せっかくオレが付いてきたってのに……クエスト失敗かー」
虫の息になっている聖女を前に、ユリーシアとコルザの間で諦めムードが漂っていた。
割り切りの早さが、死が身近にあるファンタジー住人の特徴なのかもしれない。
しかし、アユムとしては助けられると思っていた。
その手の中に一本の注射器があるからだ。
「勇者様、それは?」
「えーっと……なんて説明したらいいのかな……」
それは七面天女が腐食ガスの成分を分析して、レッドファングの座席に置いてくれていた物だ。
注射器入りの特効薬など、このファンタジー世界には存在しないので一言でどう表せばいいのか難しいのだ。
そしてようやく思いついたのが――
「え、エリクサー……かな?」
「エリクサーだって!? 神話に出てくるアレかよ……って、こんな状況でも冗談を言えるってアユムは大物だぜ」
「エリクサー……なるほど、エリクサーですか」
コルザは冗談だと受け取り、事情を知っているユリーシアは何かを察したようだ。
アユムは宇宙兵学校で訓練したとおりに注射を打つ。
七面天女の調査によれば、人体の作りはほぼ変わらないので問題ないはずだ。
しばらくすると聖女の呼吸は正常になり、顔色も良くなってきた。
これで一安心だ。
「す、すげぇ……冗談じゃなく本当にエリクサーかよ……!?」
「勇者様がいれば、どんなクエストでも楽勝ですね!」
「い、いや、この薬を作った奴が凄いのであって、俺は別に……」
むず痒いので全力で否定をしておいたが、なぜか謙虚だと受け取られたようだった。
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