冒険者適性F

 歩き続けて街までもう少しだ。

 そこでふと思い出した。


「そういえば、魔術のことを教えて欲しい」

「勇者様に魔術って必要なさそうに見えるのですが」

「興味本位……かな。俺がいた世界では魔術なんてなかったし」

「わかりました。では、歩きながらで――」


 魔術とは、精霊の力を借りて何かしらの事象を起こすモノである。

 基本的に体内の魔素を魔力に変換して行使する。

 ユリーシアが呪文を唱えていたのは、精霊に力を貸してもらうための文言らしい。


 より深く繋がっていたら無詠唱でも平気だという。

 種類としてはメジャーなのが火、水、風、土。

 他にも珍しい属性が色々とあるとか。


 強さ的にもいくつかあって、まずは〝生活魔術〟と呼ばれるランク――火起こしや飲み水確保の便利重視で、使える人間が多い。


〝初級魔術〟と呼ばれる戦闘での最低限の力を発揮するランク――ユリーシアが使ったウォーターランスなど。


〝中級魔術〟と呼ばれる戦闘でかなりの力を発揮するランク――ベテランの冒険者や宮廷魔術師が使うというエアーブラストなど。


〝上級魔術〟と呼ばれる戦争で集団発動を前提とするランク――個人で使える場合は英雄などと呼ばれる。ファイアボルケーノなど。


 これに加えて精霊ではなく、神の加護を行使する〝魔法〟と呼ばれるモノもあるらしいが、おとぎ話の中の話だ。実在しているかは不明。


「という感じですね。これらを道具に籠めて使用できるようにした〝魔道具マジックアイテム〟というのもあります」

「魔道具……俺の光剣もその扱いなのかな?」

「いえいえ、魔力が無いアユム様が扱っているので魔道具ではないかと。でも、誰かに聞かれたら魔道具と言っておけば目立つことは避けられるかもしれません」


 アユムは進んで目立つことは避けたい考えだ。

 照れくさくなるので。

 世界観が違いすぎて仕方なく目立ってしまうこともあるだろうから、言い訳の手段を用意しておくというのは悪くないだろう。


「よし、これは魔道具……これは魔道具っと……」


 そうこうしている内に街の入り口に到着した。

 幸いにも冒険者や商人などが多く出入りすることで成り立っている街なので、衛兵による軽めのチェックだけで済んだ。

 犯罪者の人相書きと照らし合わされ、禁制品の持ち込みをしていないか身体検査をされた。

 ユリーシアは、美人女性衛兵に身体検査をされて逆にニヤニヤしていたという何かのプレイを楽しんでいたようだ。


「ふぅ、スムーズに入れたな」

「先に渡しておいた袖の下……ではなく、チップが利いたのかもしれませんね」

「えっ、いつの間に!?」

「おやつ代くらいのチップでも喜んでくれるんです、人間って可愛いですよね~。あ、ちなみに冒険者カードを作れば世界基準の身分証明書にもなって、出入りはもっと楽になります」

「あ、うん……そうなんだ~……」


 まだ未成年で大人の世界を知らないアユムは、ユリーシアは大人だなぁ……とある種の尊敬の念を抱いてしまった。腹黒いが。


「さて、勇者様にとって始まりの街である〝ネストリンゲン〟を見て回るのと、先に冒険者ギルドへ行くの、どちらにしましょうか?」

「ん~、身分証明書になる冒険者カードを先に作っておいた方がいいかな」

「はーい、かしこまりました~。あそこの受付嬢ちゃん、可愛いんですよね~」

「受付嬢さんが可愛い……!?」


 可愛い受付嬢、それはファンタジー特有のヒロインの一人だ。

 事務的に主人公を支えるも、密かに仕事以上の感情を抱いているというのを創作物でよく見る。


「よし早速、冒険者ギルドに行こう! 何か凄くやる気が出てきた!」

「いや~、そういう正直なところ好きですよ~」

「ゆ、ユリーシアほどじゃないぞ……!」


 ヒロインポジから完全に女友達ポジになってきたユリーシアにイジられながら、街の中を進んでいく。

 メインストリートは石畳で舗装されているが、そこから外れると土の道も多いようだ。

 建物も場所によって格差があるように感じる。

 首都ほどではないが、田舎でもないという案配の街だろうか。

 宿屋、鍛冶屋、防具屋、武器屋、道具屋、酒場などの大体の店が揃っている。


「裏通りに行けばエッチなお店もありますよ~」

「え、エッチなお店!? そ、そういうのはちょっとまだ勇気が出ない!」

「残念。私的には女の子同士もいけるらしいので興味があるんですよね~」


 たぶんこの会話も七面天女に筒抜けなので、色欲を振り払うためにブンブンと頭を振った。

 エッチなお店に興味津々だったとAIにイジられたら、宇宙時代の少年は生きていけない。いつの時代でも思春期の少年の心は硝子細工なのだ。

 そんなことで悶々としながらも冒険者ギルドに到着した。

 二階建て、両開きの木製スイングドアで、印象としては西部劇の建物をファンタジー風にした感じだ。

 そこをくぐり抜けたところで冒険者たちの視線が集まった。


「な、何かメッチャ見られてる……」

「大丈夫、慣れますって」

「慣れるって言っても……」


 大型艦にいた海賊風の野郎共に負けず劣らず、いかにも戦闘で食っていますというヤバそうな冒険者たちがいっぱいだ。

 その中でも、入り口付近の席に座っているムキムキ冒険者の視線が一段と強い。

 顔も傷だらけで、その筋の人間かもしれないと思ってしまうほどだ。


「おう、テメェ冒険者になりにきたのか?」


 なぜ依頼者ではなくて冒険者になりにきたとわかったのだろうか。

 エスパーに違いない。

 いや、そもそも何かこのシチュは――とアユムは思い出していた。

 そう……これはギルドにやって来たひよっこを歓迎するという冒険者あるあるイベントだ。


 このあと自称ベテランのご意見番に因縁を付けられ、辱められるという思春期の少年にとってはトラウマになるような出来事が起こるのだろう。

 ――そう思っていたのだが。


「それなら大歓迎だぜぇ! 何でも教えてやるよ!」


 えびす顔のようなスマイルで言われてしまった。


「え、あの……」

「ハハハ! ご意見番のおっさん、いつも怖い顔で入口側にいるから驚かせちまったんだろうぜ!」

「ちげぇねぇ、オーガより顔が怖いぜ!」

「おいおい、怖い顔はしょうがないだろう!」


 アユムが戸惑い気味だったところを、他の冒険者も明るく茶々を入れて和ませてくれていた。


「えっ!? 冒険者ギルド初日って死ぬほどいびられて心を折ってくるんじゃないの!? メッチャ良い人やん!?」


 思わず大阪弁で突っ込んでしまった。


「勇者様、どんなイメージだったんですか、それ。……とまぁ、それはさておき冒険者カードを作ってしまいましょうか」


 奥にカウンターがあって、可愛い受付嬢さんがクスクスと笑っていた。

 もしかして共和国宇宙軍で働くよりもずっと幸せなのではという予感がする。


「では、お二方。こちらの水晶玉に手を置いてください。下のスクロールに詳細が転写され、それを使用することによって冒険者カードになります」

「それじゃあ、私からいかせてもらいますね」


 ユリーシアが一歩前に出た。

 カウンターに置かれていたのはファンタジーお馴染みの水晶玉による計測だ。

 そのまま効率的に、下に敷かれているなめし革のスクロールに情報が伝わってカード化するという方式なのだろう。

 ユリーシアが手を置くと――


「おぉ、これは魔力が高いですね。現状でも冒険者適性Bはあります。伸ばしていけばAもいけそうですね」

「ある程度の魔術が使えるのでこんなところですかね」


 スクロールから冒険者カードが生成され、ユリーシアはそれを受け取った。

 そこでふと疑問が浮かぶ。


「ユリーシアって魔術で戦えるのなら、なんであのときに使わなかったんだ?」

「あのとき? ああ、最初に出会ったときのことですね」


 キングオーガに襲われていたとき、ただ死を待つような状態だった。

 アユムはそれが気になったのだ。


「耐性が高い相手には無駄だとわかっていたので」

「なるほど、魔術にも耐性があるのか……。で、俺の光剣はそれを斬り割いたと」

「さぁ、次は勇者様どうぞ!」


 アユムは気合いを入れてから、水晶玉に手を乗せた。

 すると、驚いた事に水晶玉がパリンと割れてしまった。


「こ、これは!?」

「俺、二十一世紀のラノベで見たことがある! 能力が強すぎて割れ――」

「どうやら魔力がゼロで割れてしまったようです。鍋に水を入れず火にかけたみたいな感じで、魔力がない状態で使うとこうなるんですよ。えーっと、冒険者適性はFで最低ですね。逆にレアです。どうやっても育ちそうにありません」

「ま、魔力差別だ、こんなのってあんまりだ……!」


 受付嬢さんの目が優しい。

 雨の日の捨て犬を見るような哀れみの意味で、だが。

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