第1章 エピローグ

「なぁ、やっぱり俺も来て良かったのか?」

「……赤穂くんだから来て欲しかったんです」


 あの事件から2週間。

 俺は1日だけ入院し無事退院。

 大丈夫だと言ったんだが、精神的なショックもあるだろうから、ということで一応5日間ほど家で休むことになり、家族との時間を過ごした。(警察の取り調べがあったが)


 当然ながら母親には泣かれ、意外なことに妹にも大泣きされた……俺のことを嫌っていると思っていたが……


 お見舞いに来てくれた人も多かった。大塚や如月、姫野さんも来てくれた。(他にもクラスの人たちが見舞いに来たが、5日間連続で来たのはこの3人)


 幸い深い傷はなく、精神的なショックもない……はず。

 ただ、今は生きていて良かったと言う気持ちしかわからない。


 あの男(果物ナイフを持ったストーカー男)は傷害罪で一度逮捕されるも、取り調べで殺人未遂への捜査へと変わった。

 まだ裁判は行われていない。


 そういえば、なぜあの時如月が警察と共に俺の元へたどり着けたか、なぜあんな危険な場所まで来たのか聞いたところ、「へへ……部活抜け出してきちゃった」と、言うだけで曖昧にはぐらかされてしまった。

 昔から如月は何か都合が悪いことがあるとこんな感じではぐらかしてくるからなぁ……ただ、今回はその他にも考えることが多すぎて、深く聞くことができなかった。


 と、まぁそんなこんなもあり、俺は今、姫野さんと墓地に来ている。

 なんでもあの事件の日は母親の命日だったらしく、一緒にお墓参りに来て欲しかったとのこと。

 あの事件のせいで2週間ずれたが、それでも一緒にお墓参りがしたいと頼まれた。


 当然断らなかった、が、やはり俺も来て良かったのか、という気持ちになるものだ。


「……母は、このストックというお花が1番大好きだったんです……」

「やっぱり綺麗な花だね」

「はい……」



 姫野自身もストックが好きからか、やはり嬉しそうな様子だ。

 勇気は少し踏み込んだ話題だとは思ったが、母親のことを聞くことにした。


「その……言いたくなかったらあれなんだけど、お母さんはどんな人だったの……?」

「大丈夫です……母は、優しくて、元気で、頼もしくて、何より強かったです。人一倍に努力して、どんなことにも諦めないで、理不尽なことにも正面から立ち向かっていって……本当にすごい人でした」


 姫野はどこか優しい目をして思い返していた。


「ただ……母は小さい頃から体が弱かったらしくて、倒れることが何度かありました。入院の回数も増えていって、どんどん体は痩せていって……でも母は最後まで弱音を吐かずに……私を不安にさせないために、明日のこと、未来のことをずっと私に話してきました」


 姫野は思い出すように、微笑みながら、辛く見えないように話す。


「母が死ぬ前日、私は母に聞きました。なんでそんなにお母さんは強いの?って……明らかに弱っているのに、顔は笑顔でした。辛い顔を見せたことなんて私の知る限りでは一度もありません。私の問いに母は、言ってくれたんです。「花音がいてくれたから」だって……「少しでも花音の母親で居たいから」だと、言われてしまいました。……当時、そこまで踏み込んだ話題はしてこなかったので、突然の母の本当の気持ちに、私は涙しか出てきませんでした」

「……」


 勇気は静かに話を聞いていた。

 


「母が死んで……私が中学生になった頃、父は母のことをいろいろ話してくれました。早く死ぬのはもともと母も知っていたらしく、少しでも私のために母親の背中を見せようとした。って言ってたらしいです。他にも何回も生死の境を彷徨った時に、「花音がいるから」と言って何度も粘っていたことなどたくさん、たくさん……。そして私は決めました。優しくて、元気で、頼もしくて……そして強いって言われるような人間になろうって……母みたいな強い人間になろうって」

「姫野さんはもう十分強いよ」

「……ほんとう?」


 それは彼女の周りからの評価を見ればわかる。

 彼女にしたいランキング1位での評価がそれを物語っているはすだ。


「ああ、本当だよ……姫野さんは自分に対して周りからの反応とかって知ってるの?」

「いや……特に……」


(……だろうと思った)

「姫野さんは本当にいい人だよ。気配りはできるし、周りからの人気も高くて……」

「人気高いっていうのは流石に嘘でしょう……わかるんですから」

「本当のことだって」

「はいはい」

(はぁ……本当のことなんだが)

「でも……強いって言ってくれてとても嬉しいです……」


 しばらくして沈黙、やがて溜まっていたのだろうか、姫野は泣き出した。

 それもいわゆるギャン泣き



 ……その後、思い切り泣いた姫野さんに肩を貸し、気がつけば夕方になるまで、俺たちはそこにいた。


「……寝てる」

 やけに静かだと思ったら、姫野さんは気持ちよさそうに寝ていた。


「こんなに泣いちゃって……」


 涙の跡がすごい。

 ここまで泣くのは久しぶりなんだろうか


「どんな夢を見てるんだか……」


          ***



『お母さん、お母さん! なんで私の名前は花音なの?』


 それは、昔の記憶。

 白い病室に痩せた1人の女性。

 ニコニコとしていて、1人少女を見つめている。


『んーとね、花からはね、音が聞こえるの……』

『音……?』

『うん……優しい音だったり、悲しい音だったり、寂しい音だったり……いろいろね』

『ふーん』

『花音が生まれた時にも同じ音が聞こえてきたのよ』

『え!? 私、花だったの!?』

『ふふっ……違うわよ……私の子供でちゃんと人間よ……』


 とても幸せな夢なのかもしれない


『ただ、すごく優しくて綺麗な音だったわ……ストックの花の音に近いけど、それ以上に優しい音だった……』


 うっとりと話す母、でもどこか楽しそうに……いつもは見られない表情をしていた。


『……で、なんで花音なの……?』

『……いずれ花音にもわかる時がくるわよ』

『そういうものなの?』

『そういうものよ』

『ふーん』

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