第16話 覚悟

(温かい……人に抱きしめられるのは、いつぶりでしょうか……ずっとこうしていたいな……)


 そう考える姫野、一方で警報が少し小さくなった気がしたからか、勇気はまた、ほんの少し余裕ができる。


(……冷静に考えると、俺……今姫野さんに抱きついてるんだよな……いや、今はそれどころじゃない……姫野さんは、おそらくさっきよりは気持ちが安定してる、俺が警戒しとかないと)


 あれから2分ほどだろうか……2人は会話もなく、ただ静かにしていた。

 あれほど涙を流した姫野は今もまだ俺の胸に顔を埋めている……Tシャツが涙でぐちゃぐちゃになっていることには、勇気は気づかない。



――すると


 トン……トン……トン……


 足音が聞こえる。

 助けか……あのおっさんか……


「おら!! どこだ!! 出てこいよ!!」


ドン!!!


どこか扉を蹴る音が聞こえる。


「!?」


 それにビビった様子で姫野がビクッと肩を震わす。

 どうやら声は頑張って押さえたようだ。


 勇気は無意識に、さらに抱きしめ、肩をさすりながら、小声で……

「大丈夫……」

「……」


 姫野はそれに対してさらに勇気を抱きしめることで安心感を実感している。


(おそらく……距離的に男子トイレだろう、少しの時間稼ぎにはなるが、ここに入ってくるのもほぼ確実か……ていうか、もう警察が来てもいい頃だろ……何をしてるんだ……)


「姫野さん……俺、行ってくるよ」


 ここにくるのがほぼ確実になった以上、留まってはいられない。

 おっさんの狙いは勇気、十分囮になれるだろう。


「だめ……って言いたいけど、もうこれしか可能性がないんですよね……?」

 深呼吸し、心を落ち着けてから姫野は小声で話す。

「……おそらくね」

「そう……ですか、絶対に死なないって約束できるなら、いいですよ……」


「……約束する」


 はっきりとは言えない、が、そう言うしかない。


「絶対ですからね……ちょっとでも怪我したら後で怒りますから……」


「ああ……」


 姫野の肩をトントンと叩き、俺は個室を出――


ピロン


 突如、通知音が鳴り響く……


『今日遅くなるから、適当にカレーでも作ってね』


 俺の母からのLINEだった……


 ――いや、今かっこよく去る場面でしょ……

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