第15話 姫野花音という人物

「はぁ……はぁ……危機一髪でしたね……」



 とても不自然な笑顔……でもなぜだか元気が湧いてくる。


 なぜ、ここにいるのか、なぜ自分から危険に飛び込んでいったのか……聞きたいことは幾つかあるが、今はそんなこと聞いている暇もなかった。


(足止めをしたとはいえ、追いつかれるな……姫野さんは走るのがあまり得意じゃないっぽいし……仕方がない、どこかに隠れるしかない……)


「ごめん」

「きゃっ」

 勇気は姫野の手を取り、走る……そして考える、どこに隠れるのがいいのか……


 洋服屋などの試着室を……と思ったが、あいにくここにはそのようなものはなく、あるのは食事をする場しかない。

「赤穂くん……!」

「……もう、ここしかない……!!」


 このまま走り続けて見つかったら終わりだ。



 勇気は意を決して入り込む……そこは、女子トイレだ。

 そこで迷わず奥から2番目の個室に入り込む。


「「はぁ……はぁ……」」



 なるべく声を殺しながら2人は肩で息をする。

(これで見つかったらもうアウトだ……未だにカウントは回り続けているし……)


 勇気は少しこの赤い視界と警報音に慣れてきていた。

 おかげで少し冷静になった頭は周りに気を遣えるほどになっていた。


(姫野さんの手……震えてる……)


 勇気はそっと手を握った。

「……! あ、赤穂くん……?」

「……大丈夫だ。絶対、姫野さんはだけは守るから……」


 なるべく小声で話し、勇気は姫野を安心させようとするが、

 それは逆効果になる。


「それは……ダ、ダメです……赤穂、くんが、死んじゃっ、、たら、私……」


 人の色が見える姫野からしたら刃物を持ったおっさんは初めて見るほどの真っ黒、怖いと思いつつ勇気を助けた勇敢な彼女だが……それももう限界だった。


 声を、感情を……姫野は抑えようとする。

 その事もあり声は震え弱々しい。


 姫野の握る手には力が入り何かを訴える目でこちらを見つめている。

 姫野の泣く姿を一度も見たことがなかった勇気は思わず目が開く……それは初めて会った時の涙どころではなかったからだ。


 普段の姫野からは考えられないような泣き顔だった……


 涙でぐちゃぐちゃになりつつこちらを覗き込んでくる……彼女は耐えていた、この感情の波に……だがそれももう限界……


 それを悟ったのか、勇気は姫野を抱きしめた。


「えっ……」

「……」


 普通なら絶対にこんな行動に出ないはずの勇気……だが、今、視界は赤く耳からは警報音、いくら冷静になったとはいえ、それはいつもと同じような正常な思考ではない。

 つらそうにしている姫野を見て後先考えずに抱きついたのである。


「……どうして、俺を助けにきてくれたの? ……こんな怖い思いまでして……」


 勇気は背中を優しくさすりながら小声でずっと気になっていた疑問を問いかける。


「……最初はこんなことに、なっているなんて……思わなかったですよ……でも、実際に赤穂くんが死んじゃいそうになる場面見て、放って置けるわけ……ないじゃないですか……」


 ……姫野が彼女にしたいランキング1位の理由、勇気はそのことを思い出していた。

 確かに可愛いと言われてはいるが、可愛いだけならその他にもたくさんの人がいる。


 ……ならなぜ彼女は1位に選ばれたのか……それは彼女は周囲によく気をまわすことができる。


 単純に優しいから、だ。


 それゆえに勘違いする男も多い……これが意識せずとも1位を勝ち取った姫野の実態である。


 でもまさか……


(命に関わることなのに、迷わず助けに来た……)


 姫野に会った時、すでに息を切らしていたのを覚えている……おそらく走ってきたのだろう。


 少し躊躇ったのかもしれない……とは、勇気は思わなかった。


 それが姫野花音という人物なのだから

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る