第12話 忍び寄る影

 そんなことを思い出していると、目的地に着く。


「ここです」


 姫野が勇気を連れてきたのはお花屋さんだ。

 色とりどりの美しい花が見え、警戒していた勇気はすこし緩む。


「花、好きなの?」

「はい。母が好きだったので」


 そう呟く姫野の表情は、僅かに寂しい顔をしていた……


 勇気はその顔が印象に残って離れない。

「いらっしゃいませ」

「えっと、紫のストック3本、お願いできますか?」

「わかりました。少しお待ちください」


 姫野が選んだのは紫のストックというお花。

 それはどこかの花壇で見たことがあるかもしれない、美しく、この春にはぴったりな花だった。


「綺麗だ……」


 先程の寂しい表情を考えているからか、勇気は花を受け取る姫野を見て……無意識に勇気は口にする。

 その言葉問題はないのだが……勇気の目は花ではなく明らかに姫野の目を見ていた。


 たった少しの目線の違いで、意味合いも、言葉の重さも結構変わる。


 姫野はぼーっとその言葉を聞き、少し驚いた顔をしている。


 ――あれ? 俺変なこと言ったかな?


 花が綺麗だと勇気は言ったはずだが、勇気の心の中は違った。

 無意識に姫野を見てしまうほどに、花と姫野が似合って綺麗だと無意識に思ってしまった。


 それを行動で出してしまったのだ。


 自分のそんな無意識な行動に一切気づくこともなく、勇気はこの異様な空気感を肌で感じていた。


「……綺麗ですよね、花。ありがとうございます」


 姫野はハッとし、少し下を向きながら返答をする……だが、明らかに"花"と強調させ、しかも頰を少し紅潮させている。

 

(……一瞬、勘違いしたじゃないですか……)


 勇気はその様子に気づくこともなく……

(……怒ってる……言葉を間違えたかな……)

 姫野の下を向く動作に勇気はそのことに気づく様子はなかった。


「……」

「……」


 気まずい空気が流れる。

「とりあえず、店から出よっか」

「はい……」


 姫野は先ほどよりも顔を赤くしているが、姫野本人も勇気も、気づいていない。


「すいません。少しお手洗いに行ってきますね」

「おう……ここで待ってる」


 少し顔が熱いことに気づいた姫野は心を落ち着かせようと近くのトイレに行ってしまった。


 ――あぁー、これ絶対やらかしたやつだ。


 どうやら姫野の地雷を踏んだらしいと、勇気は考えるのだった。


 ……ただ、この時の落ち込みでカウントが近いことを忘れていたのは後の勇気にとっては幸運なことだったかもしれない。


「……!!」

 姫野を1人にした、そのことに今更気づく勇気。

 それと同時に目の前が真っ赤に染まる。


 経験するのは3度目になる例の現象だ。


 ……ただ、いつもと少し違う。

 いつもの真っ赤な景色に胸の痛み、カウントはスロットのようにグルグルと高速で回る。

 そして今回は頭の中に音の高いサイレンが鳴り響いている。


 ウァンウァンウァンウァン


 頭の中にしつこく鳴り響くそれに勇気は思わず頭を抱える。


「うっ……!!」


 痛い痛い。

 うるさいうるさい。

 そんな考えに頭が支配されていく。



 余裕のない中で、勇気は半目で周りを見ると……


「なっ! なんだこれ!?」


 他の人たちの動きが鈍くなっている。

 いわゆる……スローモーションになっていた。


 ショッピングを楽しむ女性も退屈にしている男性もラブラブなカップル、元気に走り回る子供……明らかにスローだ。


 その中で見たことある顔……それは昨日、駅のホームで姫野の落とし物として筆箱を届けてくれたおじさんだった。


 ただ……手には果物ナイフが握られ、こっちへと走ってくるのが見える。

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