387話 お出かけするらしい
一夜明けてアリスさんの容体に変化もなく、体の中の魔力も半分以上が自身の魔力に置き換わったのを確認して、私は帰る事にした。
魔力回路の方もアリスさんの本来の魔力が馴染んできたので、後は放っておいても勝手に自分で治すだろう。
また遊びに来てくれというアーレイさんの言葉と、彼以外のエルフが放つ多くの嫌悪の眼差しと、若干名の好意の――というか、アリスさんと同じような――眼差しに見送られて、私は大使館を後にした。
ちなみにアリスさんは見送る側ではなく、私の隣でいっしょに歩いている。
体の中にまだ私の魔力が残っているせいか、抱き着くとまではいかなくても手を繋ぐぐらいはしていたいのだそうだ。
探査魔法では異常は見つからないのだが、まあアリスさんも約束を守ることに定評のあるエルフの端くれなので嘘ではないだろう。
仮説になるが、私はアリスさんに輸血ならぬ輸魔力をしたが、それは本来出来るはずのない行為だった。
私はデス子の加護によってその出来るはずのない行為のノウハウを身に付けていたが、加護を封じられて精度で劣る探査魔法で代用した結果、完璧な輸魔力とはならなかった。
完全でなかったその輸魔力は時間経過か、あるいはアリスさんの抗反応で本来の私の魔力に戻ろうとするのかもしれない。
私が昨晩、身の危険(性的な意味)を感じながらもアリスさんの側を離れなかったのはそのリスクが頭にちらついていたからだ。
通常であれば体内に他者の魔力が入り込んだところで、よほどの実力差が無い限りは抗い、排出することが出来る。
だが一度体の中に受け入れてしまった現状だと、拒否反応は起きても排出が上手くいかない可能性がある。
仮説に仮説を重ねる事になるが、そうなった場合に型の合わない輸血のように、深刻な事態を引き起こすことが予想される。
そのためいざというときに備えてすぐに対処できるように側にいたし、アリスさんの体内魔力の変化を感じ取れるよう肌を密着させていた。
幸い何の異常も起きなかったが、アリスさんがやたらとくっつきたがるのはアリスさんが小児性愛の変態なだけではなく、感覚的に私から離れる事で順応させている魔力に変化が起きるのを感じ取っていたのかもしれない。
いや、たんにアリスさんがド変態なだけの可能性もあるのだが、理由はちゃんとあるし確実に大丈夫だという確信が取れるまでは私もリスクをとりたくはない。
本当にド変態でどうしようもないアリスさんだが、昨日の様なひどい目にあって欲しい訳ではないし、死なれたくはないのだから。
もちろんシエスタさんの時のように契約を結べば拒否反応リスクも、私が変態に体をまさぐられるリスクも回避できたのかもしれない。
だがアリスさんは世界樹様とすでに契約しており、二重契約が可能かどうかは怪しい所がある。
もし出来るのだとしてもエルフから見下されている人間と契約したとあっては、アリスさんは共和国では立場を失ってしまうだろう。
昨日は咄嗟にそこまで考えたわけではないが、とりあえずアリスさんは助かったし、今日中には完全に私の魔力が排出されるだろう。
それまでは我が家でアリスさんをおもてなししよう。
……しかしもしこの仮説が当たってたら、ちょっとした小技になるか?
私の技ってパクリと言うか、人の技を参考にしたものが多いのでオリジナル技が欲しいと言えば欲しい。
いつの日か親父をわからせるためにも、技の引き出しは多いに越した事は無い。
今度荒野で試してみよう。
******
折角なので商店街で買い物を済ませてから家に帰ると、ちょうど妹と次兄さんに出くわした。二人はこれから出かける様だった。
「おはよう、仕事?」
「ぷいっ」
私が声をかけると、妹がそう言って顔を逸らした。
代わって応えたのは次兄さんだ。
「仕事じゃねえよ。ほら、これ」
次兄さんがそう言って私に見せたのは竜角刀
「産業都市は隣だからな。しばらくはここにいるみたいだし、その間に鞘を作ってもらおうと思って。
セルビアもなんか新しい武器が欲しいってさ」
「ああ、カグツチさんのところに。
急ぎじゃないなら、明日なら僕も付いて行けるけど」
「いらない」
私の提案を即座に断ったのは妹だ。どうも急な外泊がお気に召さなかったらしい。
「ごめんごめん、でも今回はちゃんと連絡したろ。
おかし買ってきたから一緒に食べよう」
「……いらない。っていうか、なんで手を繋いでるの?」
「ああ、それは――」
私は素直にそれを説明しようとして、そもそも昨日あったことは話していい事なのかどうか。
私が思わずアリスさんの方を見ると、彼女は任せてとばかりに大きく頷いた。
「一緒のベッドで一夜を過ごして、とっても仲良くなったからだよ」
「ふざ――」
――けるなと、私はそう言おうとしたがその前に殴り飛ばされた。
「もっと良い子いるじゃん、馬鹿じゃん、趣味最低っ、馬鹿アニキ」
妹は私を殴り倒した後、馬乗りになって殴りつけてくる。
ポカポカよりもドスドスという擬音が似合いそうなガチな殴り方で、騎士養成校の対人戦闘訓練の成果を見せつけてくる。
「いたっ、痛い、待って、落ち着け。そう言う意味じゃないから、誤解だから。医療行為だったから」
「そうだよセルビア、ただのお医者さんごっこだから。全然変な意味じゃないから」
ディスられたアリスさんも、妹が本気で切れたのに引きつつも慌ててフォローしようとするが、完全に逆行為だ。
医療行為と言ってしまったのを誤魔化さなきゃいけないにしても、なんでいちいち性的な方向に誤魔化そうとするのかこの変態エルフは。
「騒がしいから来てみれば、門前で何をしているのですか」
怒りの収まらない妹に殴られながらも宥め続けていると、マリアさんが現れてひょいっと妹を抱きかかえた。
「すいません、助かりました」
私がやれやれと立ち上がると、アリスさんが大丈夫と気遣うように肩に触れてくる。
顔や態度には出していない。しかしアリスさんの魔力が吐き気や眩暈、発熱に襲われていることを教えてくれる。
妹に殴られていた僅かな間に、恐れていたことが起きてしまったようだ。
私は誰にもわからないように魔法を発動させて、拒否反応の原因である輸魔力の再調整を行った。
行ったのだが、その魔法行使を隠すためにはアリスさんの肌に触れる必要があったため、肩に置かれた手に私の手を重ねることになってしまった。
傍から見ればとても親密そうに見えてしまう光景だった。
「馬鹿アニキっ」
「こら暴れないでセルビア、ほら、エロフとセージには私から言っておくから、さっさと行きなさい」
マリアさんは何かを察したようで、そう言って妹と次兄さんを追い払った。
妹は最後にアニキなんて知らないと言い捨てて、肩を怒らせて去っていった。
前に比べれば不満を口にしてくれる分、少しは安心できるんだけどね。でもまあ帰ってきた後の事を考えたら気が重いですよ。
「それで、何か事情があるようですが、それは私が聞いても良い事ですか」
「ごめん、止めて」
マリアさんの問いかけに、アリスさんが即答する。
一昨日の事件から、守秘義務の発生する事態がまた起きていても仕方ないだろうと考えてくれているようだ。
マリアさんはわかりましたと軽く頷いて、それ以上を問いかけてくる事は無かった。
「……妹もそれで納得してくれたら楽なんですけどね」
「ごめーん」
「……離れてもいいですか?」
「ごめんなさいっ」
イラっとしたのでそう言うと、アリスさんは慌てて真面目に謝りなおした。
「……まったく。
道場で発散させましょうか。見た感じ、魔力をある程度消費させれば離れても大丈夫ですよ」
「それだとセージ君にくっついてる大義名分がなくなるじゃない」
「なくしたいんですよ」
私が嫌そうにそう言うと、いけずと言って、私の頭を抱きかかえる。
それを見たマリアさんが不思議そうな顔をする。
「ずいぶんと仲良くなりましたね。
――まさかっ⁉」
くわっと目を見開くマリアさんだが、そのくだりは妹とやったのでもうお腹いっぱいです。
「それも話せない事に含まれてる様なので、スルーお願いします。とりあえず変なことはしてないし、アリスさんのスキンシップが多いのもいつもの事ですよ」
まあアリスさんの魔の手から私が逃げないのはいつもの事ではないが。
「とりあえず僕たちは道場に行きますけど、何か変わった事はありましたか」
「……特には。アベルとマギーが政庁都市に戻りましたが、よろしくと言っていましたよ。あまり無理をしないようにとも。
それと、出来れば時間を作ってルヴィアと話してあげてください。
昨日、あなたが逃げたのを気にしていましたよ」
あ、耳が痛い。
やっぱり逃げたのはバレてるよね。
「ルヴィアって、セージ君のママ?」
「え? ええ」
「行きましょう」
「えっ!?」
「お義母様に挨拶しないと」
「ふざけんな」
私はバカな事を言い出した変態を引っ張って道場に行き、汗と魔力を流した。
アリスさんが意識して違和感のある魔力を使い、私の方でもそれをフォローしておおよそ使い切って、私から離れてもアリスさんが苦しむ事は無くなった。
「よし、じゃあ一緒にシャワー浴びよう」
「そうですね、おひとりでどうぞ」
「……昨日は一緒にお風呂に入ったのに、いけず」
道場生に聞こえるように言うな。
あとアールさんは大人になったなとか言うな。
ああもう、これ後で妹に聞かれてまた面倒臭くなる奴だよ。
……まあ、いいか。
よくある事だ。
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