385話 どうやら偉い人らしい
取りあえず門番さんを横にして尋ねる。
「何がしたかったんですか?」
後ろから襲い掛かってきたもののチートが無くても感じ取れる殺気に愚直な剣筋、さらには魔力量こそ上級下位ではあるものの運動不足な肉体と、割と残念な門番さんのしたことはどう考えても自殺行為だ。
私は足払いでこかして首根っこ押さえたが、マリアさんとか他の上級の戦士ならカウンターの右ストレートで顔面を砕いている。
運が良ければ死なないだろうし戦闘不能になれば放置してくれるだろうが、それ以上の配慮はしないだろう。
ともあれ地面で横になっている門番さんは暴れて拘束から抜け出そうとするが、私は親父と魔女様から魔力ジャミングの技をラーニング済みである。
嘘だ。
嘘です。
嘘を吐きました。
魔女様の技は良く分かんなかった。
でも親父の技は探査魔法でだがそれなりに見えた。
相手の体に指を埋め込んで、相手の魔力の色をかき混ぜるような感じで血管に魔力注入をするのだ。
チートが無くても触れていれば相手の状態はなんとなくわかる。
もしかしたら魔女様はあの時、ケイさんたちの治療を通して練習をさせていたのかもしれない。
ともあれ門番さんの状態は解析できているので正確に魔力行使をジャミング出来る。
体の中に入った私の指と魔力という異物を、門番さんの魔力は押し出そうとする。
私は上級中位の中でも下の方なので、総魔力量の差で言えばランク一つ分もない。
なので普通に考えればその反発には簡単に負けて、私の指は破裂する。
だが反発に合わせて私の魔力の質を変化させれば、いなすことが出来る。
もちろんただ魔力を変えれば良いという訳ではなく、相手の反発の仕方に合わせて変化させなければならない。
だが探査魔法を使った上で相手と直接触れ合うことで、チート持ちだったころと同じように相手の行動の先読みが出来ている。
普通だとそこまでは読み取れないのだろうが、私にはチート持ち時代の経験から探査魔法で見える魔力がどういう特性や感情を持っているかより正確にわかっているんだよね。
もちろん予測が混じる分だけ正確性は落ちるし、頭を働かせなきゃいけないから疲れるけど、一人を相手にする分には何も問題ないよ。
私が魔力を変化させれば門番さんもそれに合わせて魔力を変化させて反発してくるが、私はそれを先読みして絶え間なく魔力を変化させていく。
例えるなら高速で後出しじゃんけんを続けているようなものだろうか。
あいこになれば指が吹っ飛び、負ければ手の平も吹っ飛ぶだろう。
だが勝ち続けている間は門番さんの魔力は私を追い出すことに躍起になってまともに魔力が使えない。
そして魔力が使えなければできる事なんて何もないのは昨日の魔女様から文字通り痛いほど学んだ。
今、その時の私たちと同じ思いを門番さんも抱いている事だろう。
暴れてはいるものの体の中に流れている
「この人、どうしたらいいんですか?」
取りあえず無力化には成功したものの、いまいち状況が分からないのでアーレイさんに尋ねてみた。
たぶん私の言葉や態度が軽かったのが門番さんの逆鱗に触れたのであろうことはわかる。
何の説明もなかったが、これは何か大事な儀式なのだろうという事も察した。
ただそれならそれでちゃんと教えてねと、言外に思いを込めておく。
「殺して構わない。手を汚すのを厭うのならば、こちらで処理しよう」
思いは伝わらなかった。
そして怖い事を言い出した。
門番さんも切実に言いたいことが出てきたらしいので、ジャミングを緩めて声を出せるようにしてあげる。
「ぁっ、ぐっ‼
何故ですか、代表。
私は御前を穢したこの者を」
「黙りなさい、口を開く許可を与えた覚えはありません」
門番さんは悔しそうに口を閉ざした。素直だ。
「戦士セイジェンド。立ち上がり、こちらへ来てください」
門番さんが再度暴れ出す気配がないのを確認してから、私はアーレイさんの言葉に従い立ち上がって二人に歩いて近づく。
しかし先ほどからしゃべるのはアーレイさんばかりで、アリスさんは口を開くことはおろか微動だにしていない。
門番さんが暴れても殺すと言われても何の反応も見せなかった。
元々見た目は美人なのもあって、そうして超然とした態度を取られるとなにやら人の手の届かない特別な雰囲気が醸し出されている。アリスさんのくせに。
……いや、そもそも目の前にいるのはアリスさんなのか?
見た目は確かにアリスさんだが、しかしアリスさんには無い清楚感が体からにじみ出ている。
アリスさんのそっくりさんと言われても私は信じるし、アリスさんの中に何か別のものが入っていると言われても信じるだろう。
「気づいたようだね。
我らが盟主たる世界樹イグドラル様のご意志が我が妹の体に降りていらっしゃる」
アーレイさんは一度言葉を区切り、アリスさん(清楚)に恭しく礼をして私を指し示した。
「こちらが神子にしてかの魔女と相対した人の子の戦士にございます」
アリスさん(清楚)はそこで初めて私に焦点を当てる。
それまでは視界に入れてはいても、認識できていなかったようだ。
「小さいな」
小さくないよ。失礼だな。
「かの魔女もまた小さく、そして恐ろしいものであった。
嘘偽りなく正直に答えよ。
汝はいかなる神に遣わされてここへ来た。
その目的は。
汝は魔女に勝てるのかや」
「……死に通じる仮神の遣いです。
その仮神様からは魔力を鍛えろと言われました。
私自身の目的としては、この国での平穏な生活が続いて欲しいと思っています。
魔女には、勝てないでしょうね」
アリスさん(清楚)が何を考えているかわからないし、特に隠すつもりも無いので正直にそう答えた。
「身の程を知る戦士よ。
それが偽りでない事を望む。
汝、我ら土地神と現世神を知るか」
「いいえ」
たぶん二つの詳細と違いを知っているかって意味だと汲み取ってそう答えた。
「我ら土地神は我が子らに力を与える。
力なき人の子らは魔物に抗い、長き時を生き、望む姿を得た。
子らは我に感謝をし、奉仕をする。
良き関係であろう」
アリスさん(清楚)は少し得意げに胸を張った。
「まさしく、素晴らしい共存関係にございます」
「然り。
されど彼の魔女、彼の現世神は違う。
彼の者は世界の源泉より無尽蔵に力を引き出し、思うが儘に振る舞う。
我らの世は彼の者の心づもりで容易く滅するものである。
古くより現世神は言の葉にのみ姿を現す伝説の存在。
あまねく歴史に記されねども、彼の者は数多の世の変革に介添えをなす。
何度となく、何度となく、我はそれを記憶し、そして忘れていった。
彼の者は幻の如く豁然と姿を現し、幻として姿を消す。
されど世界が滅び交わった彼の日より、堕ちた魔女はその姿を確かと見せ、戯れにその力を振る舞う。
故に我と人形姫は――」
淡々とした口調ながら熱量のこもってきたアリスさん(清楚)は唐突に言葉を区切った。
「――限界である。
小さき戦士よ、我が下に来るがよい。
謁見を許そう」
アリスさん(清楚)はそう言って脱力し、力なくその場に倒れた。
私とアーレイさんが慌てて駆け寄りその体を支えるが、その体に触れて愕然とする。
体の中の魔力は空っぽになっているし、触れただけで分かる程に体の中の魔力回路がずたずたに引き裂かれている。
私は即座に魔法を展開した。
「止めろっ‼」
回復魔法を使うと思ったアーレイさんが必死の形相で私を制止する。こんな体のアリスさんにそんな事をすれば即死してしまうからだ。
だが私だってそんな事はわかっている。
私が使ったのは回復魔法ではなく、探査魔法だ。
まずは体の状態を正確に把握する必要がある。
アーレイさんも私が冷静なのを察して、口を閉ざした。
アリスさんはこのまま放っておけば死ぬほど衰弱しているし、おそらく今すぐ病院に担ぎ込んでも結果は変わらない。
アレを体に降ろすと言うのはおそらくそれだけの代償が必要なのだろう。
アーレイさんの悲壮な顔がそれを物語っていた。
「助けます」
私は短くそう言った。
加護の封じられた私にそれが出来るかは未知数だが、アーレイさんは半ば諦めている。
ならやれるだけのことはやってみる。
私は親指をアリスさんの手首に埋める。
魔力回路の修復は自分の体で何度もやった。
アリスさんとはしょっちゅう顔を合わせていたから体内魔力の色は覚えている。
他人の体に魔力を流し込む練習はさっきやった。
だから、出来る。
私には出来る。
私の魔力をアリスさんのものに出来る限り似せて、魔力回路に少しずつ流し込み修復していく。
いきなり完璧に治す必要はない。
か細くともまずは魔力が通るだけの道が必要だ。
ゆっくりと、ゆっくりと、回路を治し、魔力を注いでいく。
時間にしてどれくらいが立っただろう。
酷く地味で、それでいて繊細な作業だ。
魔力の酷似にしくじればそれだけアリスさんに負担がかかる。
体内に魔力が残っていない状態で反発が起きれば、その時点でアリスさんの命運は尽きる。
回路の修復も同様だ。
魔力回路は血管に似ている。それをおかしな形で作ったり、全く別のところに繋げてしまえば死なない方がおかしいだろう。
探査魔法を常時起動して、正確さを重視して治療を進める。
私が自身の魔力回路を治したときは、おおよそ一週間がかかった。
その時は自在に魔力を操れないと言う枷があったのも理由だが、回路を完全に治療したのも理由だ。
あくまで一命をとりとめる事に重点を置き、全身に魔力が通うようになること、そして致命的なまでに失われた魔力を補填することだけならばさすがにそこまでの時間はかからない。
「あぁぁん、セージ君が入って来る」
そんな訳で、元気になったアリスさんが清楚からほど遠い声を上げています。
ちなみに持ち直してすぐに盛大にお口から清楚(比喩表現)を吐き出されていました。
バケツとか用意して無かったので清楚(比喩表現)は床に盛大にぶちまけられたりしました。
なおアリスさんが吐き出した清楚(比喩表現)は使用人のエルフさんが片付けてくれたので、今は清潔です。
「もうそろそろいいですかね」
「あぁん、もうちょっと。もうちょっとだけ私の中に出して」
アリスさんの頭が叩かれた。
犯人は私では無く、アーレイさんです。
「これ以上、セージ君に負担をかけないように」
「えぇ……、でも、まだ体悪いし……」
魔力回路の大雑把な手当てが終わったことでアリスさんも自前で魔力を生成できるようになっている。
とはいえほぼ空になった状態だったのだ。しかも似せているとはいえ体の中には他人の魔力が充満していて、違和感や不快感が付きまとっているだろう。
アリスさんが変なことを言っているのは気持ちを紛らわせる意味もあるはずだ。
たぶん、そのはずだ。
加えて魔力回路はあくまで応急処置的な治療でしかないので、今のアリスさんが魔力を使う事はとても難しい。
アリスさんは本来上級相当の魔力を持っているのだが、今は外縁都市のハンターにも負けるぐらい弱っている。
治癒魔法が掛けられないため後回しにはしているものの、肉体的にもダメージはある。
内臓や筋肉などの疲労は著しく、しばらくは安静にする必要があるだろう。
もっともこれは専門のお医者さんに任せた方が良いだろうから、私は魔力面の治療に専念している。
精神的、魔力的、肉体的なダメージは未だ著しく、アリスさんが重体なのは変わらない。
ただそれはそれとしてもう死ぬ心配はないし、疲れたので止めにしたい。
私はアリスさんの手首から親指を抜いた。
「あぁん」
変な声を出さないで欲しい。
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