384話 いつもとは違うらしい





 そんな訳でギルドにやって来ました。


 まだ朝と言って差し支えのない時間なため、これから仕事をしようと受付に並んでいる人影がそれなりに見える。

 もっとも今は商業都市接続中という事で多くの戦士たちが貯め込んだ稼ぎをばらまきに行っており、普段よりもずっと少ない。


 とりあえず私はいつもの受付嬢アリスさんに声をかけようと思ったけど、休みなのか姿が見えないので適当な受付に声をかけた。


「どうもおはようございます、セージです。呼ばれてやって来ました」

「おはようございます、セイジェンド様。お待ちしていました、こちらにどうぞ」


 私も上級という事で、最近のギルド関係者は子供ではあっても立派な戦士として接してくる。アリスさんは変わらずフランクに話しかけてくるんだけどね。

 ともあれ受付嬢に案内されて私はギルドの奥へと通された。


 そこで待っていたのは昨日の探査魔法の違法行使――間違えた。違法行使と誤解されかねない探査魔法だった――にブチギレているギルド長、ではなかった。


「昨日は大変だったな」


 ギルド長のニルアさんは憔悴しきった様子で、心配そうに私を出迎えた。


「……大丈夫ですか?」

「何を言って……いや、そう言う事か。俺の心配なんていらん。

 寝不足だ。ああ、ただの寝不足だ。

 席をはずせ。重要な話だ」


 最後のは案内してくれた受付嬢への言葉だ。

 案内されたギルド長室には私とニルアさんだけになり、重たく口を開いた。


「話は聞いている……が、今回の件は第一級を超える特別国家機密となった。

 昨日の件に関しては何も言うな。もしも誰かに漏らしたのならば責任をもって口止めをしろ。それが出来ない場合は内々に処理されることになる。

 意味は分かるな?」


 探るような目つきのニルアさんに、すました顔で答える。


「はい、誰にも漏らしていません」


 そんなの当たり前ですよねとアピールしておくが、内心は割と冷や冷やである。マリアさんに相談しなくてよかった。


「結構。

 ……少し、気が楽になった。

 シエスタ嬢も話を聞かされているごく一部の人間だが、そちらともこの件に関しては話し合うな。隠語を使った会話でも許可できない。

 どうしても話をしたいのならば精霊様から許可を取れ。

 わかるな。つまりは誰にも話すなという事だ。当然、俺を含めてな」

「はい、わかりました」


 今度精霊様とお話しさせて頂きます。

 いや、色々と後回しにしてたけど、魔女様みたいな化け物が敵だっていうならさすがに話をしないと危険がデンジャーで危ないよ。

 色々とわからないことが多すぎるし、魔女様対策があるなら全力で協力するし、そうでなくとも怖がられているからうっかり不穏分子として処分されかねないし。


 本当なら姿を隠される前にスノウさんからも話を聞ければよかったんだけどね。

 ……マリアさんは意味深なことを言ってたけど、たぶん生きてるよなあ。あのスノウさんだし。


「ではこれから、話していい事を話し合うぞ。

 もっともこちらも一級の国家機密に指定されることが決まった。吹聴はするな。

 まずはオルロウに関してだ。

 シエスタ嬢に聞いたかもしれないが、国家反逆罪で正式に手配されることが決まった。死亡確認は取れそうもないからしばらくは指名手配で放置することになるだろう。

 屋敷の調査はまだ終わっていないが、犯罪の証拠は次々に上がっていると聞く。

 テロリストの拠点や協力者など、多くの重要情報もだ。

 これまで見付けたテロリストの拠点はトカゲの尻尾切りで、ろくな情報も証拠も残っていなかった。まるであらかじめその拠点が見つかると分かっているみたいに先回りをされてきた。

 ああ、ここまでの成果はこの二十年で初めてだ。

 そこで質問だが、残されていた協力者リストの中にスナイク家ゆかりのものはいると思うか。

 ……いや、もっとはっきりと聞こうか。

 スノウの名前はあると思うか」

「いや、無いと思いますよ」


 あの人がそんなヘマをするはずもないし。


「……あった」

「え?」

「あったと言った。

 ついさっき確認が取れた情報だ。

 あのベルモット……いや、魔王ベルゼモードだったな。

 あの男と通じていたのがスノウだ。当たり前だな、あいつはスノウの腹心だったんだ。

 今のところ他にスナイク家でテロリストと内通していたものはいないが、これから厳格な調査がなされるだろう。

 政庁都市からも役人が派遣されて来る。当面、守護都市はここを離れられない」


 スノウさんの名前があった?

 おかしいな。何か狙いがあるんだろうけど、スナイク家を危うい立場にするような真似までするのか。

 いや、それだけのリスクを負う賭けに出た?

 わからないな。

 スノウさんは本当に何を知っていたんだ。


 私が精霊様を殺すであろう情報を握っていて、それでいて私をテロリストに勧誘しなかった。

 色んなことが矛盾している。

 あの人は姿を隠して、一体何をする気なんだ。


「スノウは裏切り者として粛清された可能性が高い。

 ラウドは認めなかったが、現状そう考えるより他にない。

 遺体は化け物を生み出す魔法の触媒に使われたそうだな。

 化け物と残された腕の検死解剖も進められているが、見た事も無い術式でお前の眼を借りたいと依頼も来ている」

「それは――」

「わかっている。話は聞いたと言っただろう。

 もともとお前の臓器再生の魔法は希少価値が高すぎて、医療発展のために学園都市か政庁都市で囲うべきだという話も上がっていた。

 精霊様からの言もあり、すべて断っていたがな。

 お前の神子としての力が封じられた件も国家機密にはなるが、機密指定は3級とされる。

 ある程度立場のある人間なら閲覧可能ではあるし、それとなく噂は広める。どうせテロリスト共は既に知っているだろうからな。

 お前への過度な期待と負担を減らす意味でも、ある程度は公開するべきだという判断だ」


 ニルアさんにそう言われ、私は頭を下げた。


「お気遣いありがとうございます。助かります」

「礼ならばシエスタ嬢とルヴィア嬢に言え。

 俺はどちらかと言えばこれに関しては反対だった。

 負担が減るとは言うが、昨日のあれを見る限りお前の戦士としての価値は変わっていない。

 妙なレッテルで戦士としての価値まで下がるのは損だと思うがな」

「いやあ、お給金が減らないならそれは構いませんよ」


 私がそう言うと、ニルアさんは小さく噴き出した。

 それは今日初めて見せたニルアさんの笑顔だった。


「失敬。

 ギルドからの話は以上だ。

 ああ昨日の魔法も、緊急事態故のやむを得ない対応だと理解している。罰則はない」

「ありがとうございます」

「だが禁止されている魔法を使ったのは事実だ。

 お前にはま――んんっ、テロリスト共もお前には注目しているようだ。

 やむを得ない事態に巻き込まれることもあるだろう。ある程度は見逃していくつもりだが、周囲の眼もある。

 くれぐれも私欲のために違法な真似はするなよ」


 私は再度、頭を下げた。


「重ね重ね、お気遣い痛み入ります」

「ああ、そういうのはいい。

 お前は本当に調子が狂うな。

 上級の戦士ならばその程度の扱いは当然だと頷いて済ませるものだぞ」

「いえ、それは親父みたいな不愛想な人間のせいです。

 私は普通です」


 実るほどに頭を垂れろ稲穂野郎と言うように、立場が上がったからといって他人を人間として下に見るようなのは良くありません。

 そんな考えがパワハラとかモラハラとかカスハラを生むのです。


「……普通ではないが、いいだろう。お前がそうだからこそ、この都市も変わっていったんだからな」

「はて?」

「俺からの話は以上だ。

 ここから先は共和国からの話になる。こちらに来い」


 うん?

 共和国とな。

 いきなり話が飛んだな。

 共和国というとアリスさんやアーレイさんの母国で同盟国の、多様な妖精種が共存する共和国だ。

 何の話だろう。

 まあ付いて行けば分かるか。


 ニルアさんに先導されてギルドを出て、しばらく歩く。

 方角的にはスナイク家やマージネル家がある貴賓街に向かっている。

 しかし共和国と言っていたので目的地は名家ではないだろう。

 同じエリアに大使館的なものがあったはずだ。

 道中では普段の生活など他愛のない話をして、その場所についた。


「ここだ。

 守護都市ギルドマスターのニルアだ。要請に従い戦士セイジェンドを連れてきた。

 案内を」


 ニルアさんは門番の人にそう言って私を紹介する。


「こちらへ」


 街中ではめったに見ない――というか、アリスさんとアーレイさん以外では初めて見るエルフの門番さんにそう言われ、私は彼の後ろについて歩いた。


「俺はここまでだ。

 お前に言うのもなんだが、行儀よくな」

「はい、もちろんです」


 ニルアさんに見送られ、私は大使館の中へと入っていった。

 門番さんは特に何も言わずにどんどん先に進む。

 こちらから口を開く雰囲気でもないので私も黙って進む。


 大使館の中はこれまで見なかった妖精種のエルフが何人もいた。

 アリスさんと違って街中を出歩く趣味が無かったのか、あるいは何か意味があったのだろうか。

 いや私の行動圏内で見かけなかったってだけで全く出てなかったという事は無いんだろうけど、私もギルドの仕事に商会のお手伝いにシエスタさんの護衛と、守護都市内を手広く歩き回っている。

 それでもアリスさん以外を全く見なかったのは、やっぱり彼らが都市を出歩く機会が少ないからだろう。


「あまり不躾に見ないでいただけますか」


 周囲を観察しながらそんな風に考えていると、門番さんに冷たい声で注意された。


「失礼しました」


 私はそう言って頭を下げる。

 門番さんは鼻で笑って歩みを再開した。

 どうやら歓迎はされていないようだ。

 いや、周囲のエルフさんから向けられる視線も険しくて冷ややかだから察していたけどね。


「中へ」


 そのまましばらく歩いて、立派なお部屋の前に通される。

 部屋の名前らしき看板が掲げられているが、見たことない文字だ。

 この世界のというか、この国の文字はなぜかアルファベットに酷似しているのだが、これは読めない。

 雰囲気的にはキリル文字に似ている気がするが、別に見たことがあるだけでキリル文字が読めるわけでもなんでもないので、あくまで似ている気がするというだけだ。

 たぶんアリスさんたちの母国語なのだろう。

 気にせず中に入ることにした。



「ようこそ、セイジェンド・ブレイドホーム。

 神に挑んだ愚か者よ。

 ペリエルタ共和国のグリアガを代表し、アレイジェスが歓迎しよう」



 通された部屋は教会の礼拝堂を思わせる荘厳な造りで、民族衣装に身を包んだアーレイさんがステンドグラス越しに降り注ぐ朝日を浴びながらそう言った。

 その隣には同じく民族衣装に身を包んだアリスさんが立っている。

 彼女にもいつものふざけた様子はなく、その立ち姿は不覚にも美しかった。

 アリスさんのくせにお笑いキャラである事を放棄したかのような雰囲気を出していた。


「どうも、お呼びと聞いてやって来ました。

 何か御用ですか」


 私が気安くそう言うと、後ろに立っていた門番の人が激高して斬りかかってきた。




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