382話 色々あったらしい
首が取れた。
もぎ取られた。
それを見て、私の頭は真っ赤に燃え上がった。
それを見て、私の心は真っ白に塗りつぶされた。
殺された。
殺された。
セージが殺された。
特別なライバルが、
大事な友達が、
可愛い弟が、
殺された。
世界は白く染まって、それは無かったことになった。
私は泣いて許しを願った。
慈悲にすがった。
どんな抵抗も無駄だと悟って、そんな惨めな事しかできなかった。
この怒りを忘れない。
この悲しみを忘れない。
この屈辱を忘れない。
魔女は絶対に許さない。
「たった一度、殺しただけなのに」
不意に、その魔女の声が脳裏に響く。
「あなたは、何度も何度も――」
魔女が何事かを言う。
その言葉が導く先を見る。
幼い私が立っている。
夥しい数の死体の上に立っている。
「――っ‼」
ケイは仮眠室のベッドから飛び起きた。
息は荒く、それを整えながらケイは心を落ち着ける。
何か嫌な夢を見ていた。
とても嫌な夢を見ていた。
明確に覚えているのはそれだけ。
正視に耐えない酷い夢だったという印象だけが強く残っている。
ケイは外を見る。
空は白み始めているが、まだまだ薄暗い。
夜を徹した協議が終わってこの仮眠室を借りたが、眠れたのはほんの一時間程度だろう。
その上、悪夢もあってまるで眠れた気はしない。
「……仕方ないか」
昨日、目の前でセージが殺された。
結果的には今も生きているが、あの光景は文字通り絶望的なものだった。
不意に、ズキリと肩が痛んだ。
何かと思って手を伸ばせば血が滲んでいた。
「……え?」
精霊様から賜った契約の
「なんで」
それを手で拭うと、新たな血は滲んでこない。
何かに引っ掛けたのだろうか。
ベットの上に皮膚を引っかけるようなものは無かったが、大したことではないとケイは深くは考えなかった。
疲れも眠気もひどく残っていたが、二度寝をする気にはなれずケイはベッドから起き上がった。
セージに会いたい、そう思った。
「ん」
ならば会いに行こう。
ひどい寝汗でべとつく身体をシャワーで洗って、起きてきた他の面々にも声をかけて、ケイはブレイドホーム家へと向かった。
そして何の悩みもなさそうな能天気な顔を見付けて、ケイは嬉しくなって蹴り飛ばした。
◆◆◆◆◆◆
理不尽な暴力にさらされた私ですが、心の広い大人なので文句ひとつしか言う事なく、ケイさんたちを食卓に案内した。
昨日からろくに食事もとっていないという事なので、食事がてら話を聞くことにしたのだ。
サンドイッチや揚げ菓子が残っていれば良かったのだが、大量に作っておいても誰かしらが多めに食べるか多めに持って帰るので一つたりとて残ってはいない。
うむ。育ち盛りの子供の食べっぷりは作り手として気持ちがいいよね。
まあそれはさて置き、待たせると飢えたケイさんがまた暴れ出しそうなので――
「何か変なこと考えてない」
「滅相もありません」
――危ない危ない。
とにかくちゃちゃっと作れそうなものを作ろう。
あ、シエスタさんもルヴィアさんも疲れているだろうから座っていただいて結構です。ケイさんはそもそも動く気ないけど全然問題ないです。不満なんて全く無いです。
さてとりあえず食パンをトースターにかけて、色々と疲れとストレスのたまっていそうなケイさんのご機嫌取りのために、揚げ物を用意しよう。
冷めた油を魔法も使って急ぎで温めなおして、冷凍庫からお弁当用に作り置きしていた下処理済みの小さなとんかつと、あとは冷凍ポテトも投入する。
腹持ちのするジャンクフードがあればケイさんもご機嫌だろう。
揚げている間に鉄板の方でベーコンと目玉焼きをつくる。
妹とケイさん、そしてマリアさんは両面固焼き派で、次兄さんと兄さん、そしてシエスタさんは半熟派、姉さんは焼き加減に拘りのないマヨネーズ派だ。
ルヴィアさんはたしか半熟が好きだった。
そんなわけで半熟派の人たちの分は蓋をしてサニーサイドアップにして、両面固焼き派の分はへらでひっくり返す。
なおそれぞれ少し多めに作っているので、失敗した分が私か姉さん、あるいはアールさんの分となる。
焼けるまでの間に水にさらしていたレタスと玉ねぎの水切りをし、次兄さんと妹がアールさんと一緒に戻ってきたので二人にサラダ作りを押し付け――もとい、お願いする。
お皿に焼けたベーコンエッグとトーストを盛りつけ、ケイさんを呼んでテーブルまで運んでもらう。
そうこうしている内にとんかつとフライドポテトが揚がったので、油切りをしつつポテトには塩を振って混ぜ合わせる。
ポテトととんかつはそれぞれ大皿に盛りつけ、食卓の中央に運ぶ。
サラダも出来上がり配膳されて、彩りが寂しい事に気づいた。
「……あ、スープ忘れてた」
「インスタントは置いてないの?」
あると便利なのにと、姉さんが言った。
「買ってもすぐに無くなっちゃうんだよね」
お菓子もそうだけど、小腹の空いた人が食べるからね。
急な来客用のお菓子とかは別に保管してるけど、それも普段の買い置きお菓子が切れると手を出されるんだよ。
大所帯だと食材の管理がとても大変です。
「無くていいでしょ。いただきまーす」
ケイさんがそう言ってポテトの山に手を伸ばして自分の皿に移し、ケチャップをかけて頬張る。
「行儀悪いですよ、お嬢様」
「いいじゃない」
マリアさんに窘められても、ケイさんは気にした様子が無い。
どうも家に来ているときのケイさんは実家にいる時よりもリラックスできているようで、ちょっと心配になる。
マージネル家に居場所がなくなるとかそんな深刻な話ではなく、この緩んだ態度がふとした時にマージネル家で出ることがだ。
もしそうなったらケイさんは苦手なお行儀の勉強をすることになるだろう。
なのでそのストレスが私にぶつけられないか、とても心配である。
ただまあそれはそれとしてイリーナさんに叱られるケイさんは見てみたいので放っておこう。
ケイさんに遅れて、いただきますとみんなが声を上げて思い思いに食事を始める。
一人だけ食事を始めるタイミングがつかめなずに戸惑っているルヴィアさんに目配せを送ると、彼女はぎこちなく笑って食事を始めた。
とりあえず苦手なものは出して無いけど、こういう食卓は初めてだろうからなぁ。
夢の方ではセイジェンドを育てたりクライスさんに世話を焼かれているうちに慣れていったけど、元々ルヴィアさんにとって家族との食事ってケイさんが毛嫌いしているお行儀のよい静かな会食がデフォルトなんだよね。
エルシール家はマージネル家と同じ名家と言っても武家ではなく商家だから、ケイさんのようにのびのび好きに食べれるのが楽という下地も育ってない。
「食事をしながらでいいので聞いてもらえますか」
食事が始まってすぐにそう切り出したのはシエスタさんだった。
「昨日の件です。マギーちゃんはその場にいませんでしたが、聞いておいてください。
まず残された腕と指輪ですが、スノウ・スナイク様のものであることが正式に確認されました。地下にはそれらしい遺体もありましたが、損傷が激しく死亡確認とまでは至っておりません。
現状では失踪という扱いですが、あくまでそれは手続き上のもので事実上の死亡と捉えられています」
淡々と、シエスタさんはそう口にした。
私と一緒に家に帰った妹や次兄さん、そしてそもそも昨日の騒ぎとは関係のない所にいた姉さんにとって、それは寝耳に水の凶報だった。
ただ三人はその悲報にショックを受けると言うよりは、事態が理解できないと戸惑っている。
彼らにとってスノウさんはたまにお菓子を持って遊びに来てくれる人という印象ぐらいしかなかったし、そもそもあの化け物も見ていない。
だからいきなり死んだと言われても現実感が無いのも仕方がないのかもしれない。
「オルロウ・エクサールですが、こちらも死亡確認は取れていません。
エメラ様のお話から死んだものと推測されていますが、一級の国家反逆罪に問われることとなりましたので、念のため指名手配をされる事となりました」
シエスタさんの説明を受けて、姉さんがたまらず声を上げる。
「オルロウって誰? エクサールっていう事は、その、そこのおばさんの親戚なの?」
「ええ。伯父に当たる人物です」
「えっと、名家の人ですよね。それが国家反逆罪って……、一体何があったんですか」
一人だけ仲間外れだった姉さんにも、昨日騒ぎがあった事だけは伝えてある。
ただまあ全部解決しているよって前置きした上で話をしているので、そんなに真剣には聞いていなかった。
それに魔女様に関する話はどうも機密扱いになりそうなので話していない。
なので姉さんにはテロリストと揉めたので張り倒してきて、親父が家出したよとしか伝えていなかったのだ。
まあ分家扱いだったとはいえ名家直系の血筋の人がテロリストだったとなると社会的影響が大きいから、公にならないかとも思ってそっちもぼかしたんだけどね。
……うん、姉さんがこっち見て睨んでる。
チートなんて無くてもあの顔が言ってることはわかる。また大事なことは黙ってたのねって顔だ。
まあ、仕方ない。
シエスタさんが昨日起きたことを端的に説明する。
スナイク家で重用され一年前に御前試合を穢した戦士を筆頭に、犯罪者に堕ちた戦士たちをオルロウ・エクサールが匿っていたこと。
そのオルロウの屋敷の地下には多くの違法行為の痕跡があったこと。
そしてスノウ・スナイクらしき人物が殺されその遺体が何かの実験に使われたこと。
私のいたエルシール家にもテロリストの襲撃があったが、皇剣三名がその場にいたこともあって何事もなく事態は解決したこと。
最後にシエスタさんは流し目を送ってきたので、わかりましたと頷く。
つまりはそう言う事になりましたって事なのだろう。
謎の黒髪美少女も余計なことを言うな的なことを口にしていたので、長いものには巻かれていたい下っ端の私はもちろんその通りにいたしますよ。
「それでセージさん、ギルドの方から召喚命令が出ています。
昨日がとても忙しかったことは考慮されているのですが、事態が事態なだけに早めに話を聞かせて欲しいと。
この後にでも顔を出していただけますか」
「あ、はい」
なんだか含みのある言い方だが――うん? ケイさんたちが心配そうにこちらを見てる。
「その、体は大丈夫なの? あんたの事だから病院には行ってないんでしょ」
「全然大丈夫ですけど、誰かさんに蹴られたので首が痛いです」
私がそう言うと、ケイさんが泣きそうな顔になった。
「ちょ、どうしたんですか、ただの軽口でしょ」
「わかってるわよ、泣いてないわよ」
……あ、そうだ。そういえば私は首もぎ取られたんだった。
そりゃこんな冗談は気も咎めるわ。
失敗失敗。
そしてこちらを見るとある女性の視線がとても痛いです。
こっちの内心を見透かすようで、それでいて深い愛情を注いでくる。
……苦手だ。
「はっはっは、すいません。
ところで一つ気になっているんですが、ルヴィアさんはどうしてこちらに?」
私がそう言うと、全員の意識が彼女に向く。
シエスタさんたち徹夜組は事情を知っているようだが、何も知らない私たち帰宅組はみんな大なり小なり気になっていたようだ。
注目を集める中、ルヴィアさんは食事の手を止めゆっくりと口を開いた。
「これから、こちらでお世話になります。
どうぞよろしくお願いいたします」
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