幕間 話し合いって大事だよね

381話 完璧に完全で平和な一日の始まり

 




 色々とあった一日が終わり、色々と暴れた妹を宥めて、仕方なく妹の部屋で一緒に寝て、目が覚めました。

 特に悪い夢を見る事も無かったものの二人でシングルベッドに寝たため、ちょっとばかり窮屈で体が硬くなっている。

 妹を起こさないようにするりとベッドを抜けて、しかし勘の良い妹は寝ぼけながら服の裾を掴んできた。


 妹はまだ起きてはいなかったようなので、やんわりとその手を解いてからあらためて静かに伸びをして、固くなった体をほぐす。

 カーテンの隙間からは薄暗い暗闇をほのかに照らす白い光が漏れている。

 もうすぐ夜明け、時刻はたぶん朝の5時ぐらいだろう。


 部屋を出ようとすると、バタンという音と衝撃が響いた。

 振り返ればベッドから落ちた妹がこちらに手を伸ばしていた。


「ぅえ……?

 ……セージ?」

「ご飯作って来るから、寝てな」


 私はそう言って妹を抱え、ベッドに寝かせる。


「アタシも、作る……」


 妹は寝ぼけた声でそう言いながら、布団にくるまった。

 妹も朝は早い方だが、昨日は色々あったせいで疲れていたのだろう。


「そうだね、待ってるよ」


 私はそう言って妹の部屋を後にした。

 デス子から貰った魔力感知が封じられていなければ、私は妹がベッドから落ちる前に気が付けただろう。

 やっぱりまだ慣れていないな。



 厨房に入って、まずは食パンを切る。

 20斤というアホみたいな数なので、私は魔法でやっている。

 いつもの空中での固定と切断に加えて、今回は探査魔法も併用している。

 まあリハビリというか、今の自分の能力を馴染ませるための訓練みたいなものだ。


 今まで自覚は無かったのだが、デス子のチート魔力感知は私の頭に結構な負荷をかけていたらしい。

 今の私はpcで言えば常時起動していた上に便利だからとしょっちゅう活発化させていたアプリが無くなって、メモリに余裕が出来たような状態だ。

 今は単純に行使できる魔法だけならチート封印前よりも幅広く大量に出来る。

 もっとも一つ一つの魔法の効率が落ちているし魔力供給も受けられなくなったので、使えるからと好き放題に魔法を使っていれば簡単に魔力切れを起こしてしまう。

 そんな訳で封印される前と比べるとやっぱり弱くなっている。まあチートが無くなったんだから、当然だけど。


 そんな事を考えながら食パンを切り分けて、とりあえず雑に大皿に盛っておく。

 食パンはサンドイッチ用で、耳は全部切り落としてある。そちらは別のボウルに分けておく。

 耳は切り落とさなくても良いのだが、落としたこれを油で揚げて砂糖をまぶして子供らのおやつにしているのだ。


 家で預かっている子供たちは経済的には厳しい生活を強いられているため、甘いものに飢えており気兼ねなく好きに食べていいお菓子はあればあるほど困らない。

 ふつうにお店でお菓子を買って出してたら貰ってる託児料がそれだけで消えちゃうぐらいみんなよく食べるのよ。今の収入を考えれば微々たるものでも、さすがに赤字前提で経営とかしたくないのよ。


 まあそれはさておき大鍋に油をたっぷり入れて火にかけ、別の鍋でオニオンスープの準備も始める。どっちも熱が通るまで時間がかかるので、その間に別の作業だ。


 作るのは手軽に食べれて手軽に大量に作れるサンドイッチだ。

 一つはレタスとチーズ。

 もう一つがスクランブルエッグとハムを挟む。

 レタスとチーズは後でやるとして、まずはこれまた大きなボールに卵を大量投入していく。

 殻が入らないように50個割って、それを魔法でかき混ぜる。魔法があればミキサーとかいらないのはとても便利です。

 いや、シエスタさんや保育士さんのためにミキサーも置いてるんだけどね。使った後に洗う手間もあるので私は自前の魔法で済ませますよ。


 だし醤油と砂糖を適当に入れてさくっと溶き卵を作って、今度は大きな鉄板を火にかける。

 鉄板を温めている間にスープ用の大鍋に魔法で薄切りにした玉ねぎとコンソメベースのダシ粉を入れる。

 油も温まってきたので、パンの耳が入ったボールを取ったところで背中を軽く叩かれた。


「待つって言ったのに」


 妹だ。

 足音や魔力の気配は感じていたので、今度は気づかなかったわけではない。


「ご飯を作ってるときには叩かないで」

「叩いてないもん。軽くだもん」


 妹はそう言って切ったパンの山に手を伸ばし、一枚食べてから別のパンにマヨネーズを塗って並べ始めた。


「うーす。

 ……卵焼くわ」


 眠そうな顔でやって来た次兄さんがマヨネーズが塗ってあるパンをつまみ食いして、妹に叩かれながらそう言った。


「おはよう、任せる」


 食パンの耳を揚げながら私はそう言った。

 次兄さんは手際よく溶き卵を鉄板に流し込み、スクランブルエッグを作る。火の通った部分を掬っては並べられたパンの上に盛り、妹がその上にハムを乗せてマヨネーズを塗っていない食パンをかぶせる。


「おはよう、みんな早いね。私も手伝うよ」


 起きてきた姉さんがそう言ったので、私たちは快く応える。


「そろそろ誰か来てるだろうし、そっちに行って貰っていい?」

「よろしく」

「じゃま」


 最後にそう言った妹の頭を叩いてから、姉さんは玄関に向かっていった。

 うちは働き手に優しく、利用者には不便だとたまに愚痴をこぼされる完全週休二日制だ。

 そして今日は日曜日なので、託児や道場生への指導は無い。

 とはいえ今作っている大量の朝食は私たちだけのものでは無く、朝の清掃活動に参加している子供らのご飯だ。


 うちの安くて雑なご飯が欲しいって子らはそもそも毎日の食事にも苦労しているので、土日でも庭や道場、そしてブレイドホーム家周辺の簡単な清掃活動の見返りとしてこの朝ご飯を作っている。

 姉さんにお願いしたのはそんな子供たちの相手だ。


 ぶっちゃけ子供は子供なので、誰かが監督するか、あるいは不定期に声をかけないと掃除道具でチャンバラを始めたりして遊んでしまうのだ。

 清掃活動はそこまで真面目にやらなくてもいいのだが、朝早くから子供らが遊んでいるとご近所様から苦情が来そう――来た事は無い。たぶん親父が怖いせいで――だし、教育にも良くないのでちゃんと見張っている。


 平日ならば保育士さんかアールさんの誰かに早出をお願いしてその役目をお願いするのだが、土日は主に私が遊び始めた気配を感じ取って顔を出しに行くようにしていた。

 ただ今の私がそれをやろうとすると探知魔法を使わなければならないが、身の回りぐらいならともかく広い範囲での探知魔法はプライバシー保護の観点から都市内での私的利用が禁止されている。


 昨日とても派手に使った気がするが、隠蔽の魔法も併用していたので上級の戦士や騎士でもなければ気づけないだろう。

 つまり300人ぐらいしか私が犯罪を犯したことには気づいていない。そしてその300人はだいたい顔見知りで、顔見知りという事はつまり友達なので、きっとみんな黙っていてくれている。

 だって帰ってからもアリスさんが怒鳴り込んでこなかったもの。間違いないよ。


 話を戻すが、昨日のような緊急事態でもないのにそんな友達の善意に期待するような真似はしたくない。

 そんな訳でこれからは土日の事もちょっと考えなくてはいけないなぁ。

 子供らにチーム組ませてリーダーとか任命して、その子に全部丸投げしてみるかな。リーダー役を持ち回り制にすれば教育にもなるし、何かあればその時は口を挟めばいいし。


 そんな事を考えているうちに卵とハムのサンドイッチが出来て、私も大量のパンの耳を揚げ終わり砂糖もまぶしたので、次はレタスとチーズのサンドイッチ制作に取り掛かる。


「そういえばアベルも帰って来てるんだよな」


 無心でレタスをちぎっている次兄さんが、湧いてくる眠気を振り払うためかそんな事を口にする。


「うん。シエスタさんたちと泊りがけであれこれやってるみたいだけどね」

「セージは良かったの?」


 マヨネーズを塗ったパンの上にちぎられたレタスとチーズをのせながら妹がそう尋ねたので、私はパンをかぶせて二つに切りながら肩をすくめておいた。

 私は上級の戦士であって皇剣でも官僚でもない。なので戦闘以外の事はしなくても良いのだ。

 いや、エルシール家の血縁なので当事者と言えば当事者だし、スノウさん関連の手掛かりがある可能性もごくわずかだがあったので残っても良かったのだが、妹が暴れるし私も疲れていたので帰ってきたのだった。

 スノウさんが証拠残してるとは思えないし、残っていたとしたらそれは意図的に残されたメッセージなので、シエスタさんが後で教えてくれるだろうしね。


 ちなみに親父も戻ってきていないが、誰も心配はしていない。

 哀れな親父である。

 ……まああんなことがあったなんて誰も知らないし、親父が何も出来ずにボコボコにされるなんて想像もできないから仕方ないんだけどね。


 親父の居所はわからないけれど、親父は皇剣なので精霊様が見張っていてくれる。しばらくして帰ってこないようなら居場所を聞いてみよう。

 精霊様には魔女様の事とか帝国との関係とか、他にも聞きたいことがたくさんあるし。


 ともあれ今はみんなの朝食づくりが優先だ。



 ******



 出来た朝ごはんを庭のテーブルに広げて、今朝の掃除を終わらせた子供たちが取りに来る。

 おはようと挨拶をしながらみんなにサンドイッチとオニオンスープを配る。

 パンの耳の揚げ菓子は別テーブルにご自由にお取りくださいと置いてある。

 大抵の子供たちは各々の家にそれぞれ家族が待っているので、朝ごはんはこの場で食べずに揚げ菓子を多めにとって持って帰っている。


 例外となる一人身の子や、あるいは親がもう仕事に出ている子は庭で私たちと一緒に朝食タイムだ。

 彼らはこのまま本格的な託児の時間まで預かることになり、そちらの面倒は姉さんたちに任せよう。


 私は一通りご飯を配り終わったら、道場の方に顔を出した。

 朝食を追えれば朝練の時間だが、今日は日曜日なので誰もいない。道場自体は解放しているのでもう少し日が昇れば自主練にくる子もいるが、今は私だけだ。


 丁寧に雑巾がけされた綺麗な道場で、私は一通りの型稽古を始める。

 型稽古の大事さは悪逆非道の殺人鬼に言われるまでもなく当然理解している。

 一つ一つの動作の意味を理解し、必要な状況に反射で対応できるよう体に覚え込ませる。

 もっとも、言うは易し行うは難しだ。


 これが完全に出来れば、あの殺人鬼の切り札も会得できるだろう。

 あいつの技には何の魅力も感じないしそもそもデメリットが多すぎて実用的ではない馬鹿な技だが、あいつ程度の戦士が使える技を私が使えないのも世の中の道理に反している。


 だから一応、練習はしている。

 これまではまともに使えなかったが、しかしスーパー魔力感知が封じられたことで余力の出来た今ならばできるんじゃないだろうか。

 そんな予感があった。


 私は自身の体の中に意識を向ける。

 あいつの技は自身の肉体の動き、その全てを自覚し意識的に操作するという何とも無駄の多い技だ。

 心臓の鼓動のように無意識に動かしている領域にまで手を伸ばし、バランスの取れているそれを崩すような真似をするのだ。デメリットばかりが大きいのは当然だろう。


 私はため息を吐く。

 あいつへの敵意は今は余分な雑念だ。

 自分の中への集中にそれは邪魔になる。

 頭の中をクリアにする。

 心は死んでいる。

 私にはそれが出来る。


 全ての意識を一滴の血の流れにまで及ばせて、全てを強化する。

 手に持つ木剣を正眼に構える。

 上段に振りかざし、一歩の踏み出しと同時に振り下ろす。

 木剣は音より早く風を切り、踏み込んだ後ろの足がミシリと道場の床板を軋ませた。


 失敗だ。


 身体は過不足なく動かせた。

 しかし地形への負荷が完璧ではない。床板の耐久性を把握しきれていなかった。


 もう一度繰り返す。

 剣速は変わらず、床板は軋まない。

 成功だ。


「ふぅ」


 ため息を吐いて、気を緩める。

 コツは掴んだ。後は色んな動作で繰り返し、感覚を体にしみこませるだけだ。

 まあ一年もあればモノになるだろう。


 首を捻ればグキリと音が鳴る。

 無理をさせたせいで血行とか筋肉に異常が出たようだ。

 治癒魔法をかけるが通りが悪い。

 怪我状態が当たり前のものだと定着しているような、或いは治癒魔法を妨げる呪いがかかっているような抵抗感に似ているが、少し違う。

 自分の魔力で肉体の損傷を引き起こしたせいで、ふつうの身体活性や自分の治癒魔法が効きにくくなっているっぽい。


 まあそう言う事ならと治癒魔法を少しばかりアレンジして試すと、今度は上手くいった。

 チート魔力感知が無いので完璧な治療法は見えないが、これまでの経験則である程度正解は予想できる。探査魔法を併用すれば他人の怪我でも大体治せるだろう。

 もっとも前のように他人の内臓を再生するような、非常識で大掛かりな魔法はきっと無理だ。

 ギルドに伝えて、そんな依頼が来ないようにしないとな。


 しばらく普通に型稽古を続けていると、次兄さんと妹も現れて立ち合い稽古を始めていた。


「おはようセージ、精が出るな」


 そう挨拶をしてきたのは、道場の指導員兼子供たちの教育係をしてくれているアールさんだ。

 保育士の免許も小学校から高校までの教員免許も持っていて、さらには最上級の国家公務員資格も持っているエリートなのに安月給で働いてくれている。


「おはようございます。日曜日に来るのは珍しいですね」

「まあ、な」


 アールさんは何か言いたそうな顔で苦笑し、しかし具体的には何も言わずに次兄さんと妹の指導を始めた。


 さて時刻はもうすぐ朝の七時。いつもなら朝練の締めに親父と立ち合いをしてシエスタさんのお弁当とみんなの朝食を改めて作るのだが、今日は親父もいないしお弁当作りの必要もなく、そして家にいる人間は一応庭で朝食を食べた。

 ただ妹も次兄さんもそれを言うと、あれは訓練前の腹ごなしで朝ごはんじゃないと文句を言いそうなので、まあ作っておくか。


 シャワーで手早く汗を落としたら、私はキッチンへ戻るため道場を出た。

 見上げれば綺麗な青空が広がっている。

 気持ちの良い一日になりそうだ。

 朝ごはんを食べたら何をしよう。

 そんな事を考えていたら、私は理不尽な跳び蹴りを食らった。



「あんたなんで先に帰ってんのよ‼」



 吹き飛ばされて非道な暴力を振るった相手を見れば、目元にうっすらと隈の浮かんだケイさんが仁王立ちをして胸を張っていた。

 その隣には徹夜明けであろうと思わせる疲れた顔の兄さんとシエスタさんと、そしてルヴィアさんもいた。




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