378話 not my guilty
こいつに驚かされるのは一体何度目だろう。
ジオに背負われたセージを見て、ケイはそう思った。
セージは必死な形相で魔法を展開している。
自分で走る事も覚束ない有様で、指をさしてジオとケイに進むべき方向を示している。
レイニアから火急の知らせを聞かされて、セージはすぐにその魔法を使った。
〈
模擬戦でやった時とは違って多種多様の魔物を呼び出すのではなく、手の平サイズの百を超える紅蓮の鳥を生み出し、それを四方八方に飛び立たせた。
その鳥一羽一羽と視覚同調を行い、直接操作しながら魔力探知も併用している。
そしてそれだけでは飽き足らず、鳥を派遣した先で新たな鳥を生み出してその数を千へと増やした。
似たような探知魔法は存在する。
荒野で索敵をする様に、それを補助する専用の使い捨て呪鍊装具はたいていのパーティーが買っていく定番の商品だ。
大抵のパーティーが補助具を求めるような魔法を、セージは千の鳥全てにかけている。
もちろん上級であれば補助具なしで扱えて当然のもので、魔法を得意とする者なら中級でも片手間に使いこなせる。
だが通常の索敵ではその手の探査魔法は一つか、多くても同時に使うのは三つぐらいが限度とされている。
過去には熟練した専門の魔法使いが十まで同時に使った記録が残っているが、その魔法使いは五つ以上は肝心の索敵がおろそかになってしまうため実用性に欠けているという言葉も残している。
それを千。
セージとて楽に使っているわけではない。
だからこそジオに背負われ苦悶の表情を浮かべている。
千の映像を見ながら、送られてくる魔力を感じ取りながら、全ての鳥を操作している。
楽に使っているわけがない。
だが必死になればできるようなことでは決してない。
少なくともケイには無理だ。
おそらくその手の技巧に長けているラウドでも無理だ。
セージが神子の力を封印されたと知って、ケイは心のどこかで落胆をしていた。
ケイの眼から見て、セージには剣の才が無い。
全く無い訳ではないが、それは特筆するほどのものでは無い。
考えもなしに素振りをしているような道場生に比べれば確かなものがあるが、カインやセルビアが持つ煌めく宝石のような才には及ばない。
もちろんそれでもケイにとってセージはライバルで、セージにはケイには無い広く先を見通す特別な瞳を持ち、魔力の扱いにも長けている。
特に魔力の扱いはもうこの国で並ぶ者がいないほどだ。
だが僅か11歳でそれほどの技術を身に付けたのは間違いなく神子としての加護が関係しているだろう。
だからケイはそれが封印されたことで、セージの力が翳ることを恐れていた。
四年前の時も、圧倒的な差があるケイに追いつくような成長を見せたのも、ケイが何度セージを殺しても――ケイは不意な頭痛に襲われた。そんな記憶は存在しない――食らいついて見せたのも、神子としての力が大きかっただろうから。
セージがライバルでいてくれないんじゃないかと恐れていた。
だが、そんな事は無かった。
例え神子の加護があったからこそ身についた技術だったとしても、それを身に付けるために努力したのは間違いなくセージで、加護を失ってもその技術は失ってはいなかった。
今、セージは千の分身を作って動かし眼で見て肌で感じている。
もしかしたらセージは加護の力でそれと同じかそれ以上のものを見続けていたのかもしれない。
そこまで考えて、ケイは身震いする。
それほどまでに多くのものを見ることが当たり前になっていたセージが、目の前の相手だけに集中したとしたらどれほどの力を発揮できるのだろうと。
もしかしたらセージには剣の才能が無いのではなく、神子の加護がその才に蓋をしていたのかもしれないと。
これが落ち着いたら道場で確かめてみようと。
ケイは心を躍らせてそう思った。
「見つけた」
セージそう言ってジオの背から飛び降り、自らの足で走り出した。
目的のものを見つけたセージは必要のなくなった鳥を消して、負担を無くした。
「郊外にあるエルシール家の別邸。戦闘中。
行って来い馬鹿親父」
セルビアたちのいる場所を短く告げる。
******
いや、しんどい。
これはすごくしんどい。
主と認めた男の、切り落とした左腕に仕込んだモノの起動はしたが、ソレが目覚めてまともに力を振るうには少しばかり時間がかかる。
ベルゼモードは霧の魔法で姿を隠して陰ながらソレを操ろうと思ったのだが、そんな事は出来なかった。
霧の魔法を発動するより早く突撃を仕掛けてきたマリアは、ほぼ左腕一本で剣を振るっているがそんなものは何の慰めにもならない。
ベルゼモードはベルゼモードで先ほど無防備なところを蹴り飛ばされた際に強く頭を揺らされて、それがまだ治りきっていないし、利き腕も相変わらず痛みが引かない。
さらにマリアは傷を負っているが、まだベルゼモードを殺した技が使える。
あの技は見てから避けるのは絶対に無理だ。発動の前から回避に専念しなければならない。
どうやら相当に負担がかかる大技のようだが、だからこそ使う機会を慎重に窺っている。鈍い頭でもその気配を感じ取っている。
常にそれを警戒しなければならないからこそ、魔力量で言えば格下のはずのマリアにベルゼモードは劣勢に追い込まれていた。
さらにその上、老獪なベテランのハーマインの援護が僅かなチャンスすらも潰してくる。
せめて周りの
やべえ、これ死ぬ。
っていうか、不味い。
アレがやらかすとここで逃げられても殺される。
ライムなんて放っておいてさっさと逃げればよかった。
ベルゼモードはそう思うが、しかしここまでアホで扱いやすい上級の戦士などそうそう手に入らない逸材だ。
そんな逸材を簡単に見殺しにするのは惜しいし、もし起きてくれればこの場を逃げ出す大きな助けになる。
その逸材を燃やして吹き飛ばして気絶させたベルゼモードはそう思った。そうおもったからこそ特殊な逸材の方にいくばくかの意識が向いて、その逸材ことライムがすでに目を覚ましていた事に気が付いた。
「さっさと手を貸せライム‼」
ベルゼモードは怒りに任せて怒鳴ったが、ライムの反応は悪い。
何かに怯えるように空を指さす。
よそ見をする余裕のないベルゼモードは魔力感知だけでそれを捉える。
それは魔力隠蔽の魔法が掛けられていたが、その手の魔法に長けているベルゼモードならばかろうじて見抜けるものだった。
そしてそれが発する魔力はベルゼモードもよく知るものだった。
本来ならばベルゼモードでも感じ取れぬほどに精巧な隠蔽を施すのだろうが、今はわずかに感じ取れる甘さがある。守護神様は予定通り事を運んだようだった。
あとはアレを披露してここから逃げ出すだけなのだが、残念ながらそれが難しい。
「た、助けてくれベルゼモード。あいつが来る。あいつが。あの死神が――」
ライムはそう泣き叫んで屋敷の方へと走り、そして吹き飛ばされた。
たまらずベルゼモードがそちらを見れば、ある意味では今一番会いたくない男が立っていた。
「……お前は、ベルゼモードだったか」
その男はベルゼモードの名前を自信なさげに呟いた。
人の名前を覚えられないその男はまた間違っていたのだが、しかし間違えていなかった。
「……そうだよ、ジオレイン。
俺は、俺が魔王ベルゼモードだ」
英雄、或いは魔人と呼ばれる男がベルゼモードの前に立っている。
そして後ろはマリアとハーマインが塞いでいる。
これはいよいよ死んだなと、ベルゼモードは覚悟を決めた。
◆◆◆◆◆◆
いや、しんどい。
これはもうすごくしんどい。
妹たちが攫われたと聞いて、これはもう郊外にあるルヴィアさんたちが逃げた先だとメタ読みをしました。
魔女様はラウドさんには何の関心も持ってなかったけど、神子の親父やケイさんにはそこそこちょっかいかけてきてたし、ならきっと妹にも何か仕掛けてきてるだろうし、それならルヴィアさんに絡めてるだろうなぁと。
なのでそっちには向かいつつももしも間違えていたら洒落にならないという事で、商業都市と守護都市のあちこちに探査魔法をばらまきましたよ。
一応、いつかはデス子の加護が無くなる日が来るかもしれないと思っていたので、探査魔法とかの練習はちゃんとしていたのです。
まあこれを街中でやるのは結構大きな犯罪行為なんだけど、緊急事態なので許してほしい。
警邏騎士で皇剣のケイさんが止めずに見逃してくれているので私は無罪だと確信しています。
もしも罰金刑とか課せられたら、ケイさんと親父に全責任を擦り付けて私は身の潔白を偽証しようと思います。
とは言え慣れない普通の探査魔法だといまいち情報量が物足りなかったので、大雑把にわかった事をもとに〈百鬼夜行〉を展開致しました。
禁呪指定がどうとか言っていたけど、あくまで指定される予定で施行されるまでにはまだ日数的に余裕があるはずだから、こっちも無罪であると確信しております。
魔物のバリエーションを増やしても負担が増えるだけなので、視覚を共有出来る鳥型の魔物をとりあえず五十羽ぐらい作ってその鳥に探査魔法も使わせて、それでもなんだか余裕あったので百羽作ってみて、意外とまだいけたので千羽作ってみたら膝から崩れ落ちました。
ノリで無茶するもんじゃないと思うけど、まあ妹たち以外にも何か変なことが起きている可能性もあるし、親父に運んでもらいながら千羽の鳥を操作するのに専念しました。
というかラウドさんから貰ったゴージャスな剣が無いと百羽も難しいかもしれない。
今まで必要なかったから使わなかったけど、魔法補助の呪鍊兵装って便利だな。
なんというか、魔法は大気中にある魔力を活性化させて思い通りに操るんだけど、その際にどんな魔力をどの程度送り込むかで結果がだいぶん変わる。
私はこれまでチート魔力感知で正解が常に見えていたのだけれど、今は大雑把にしかわからない。
探査魔法で見えた物から経験則で正解を予想することはできるけど、これまでと比べるとやっぱり微妙に誤差があるようでいつもより魔力の消費が大きく発動した効果も弱まっている。
それをサポートしてくれるのがラウドさんのなんか凄い派手な剣ですよ。術剣って呼ぶんだったかな。
まあともかくこの術剣が主に魔力消費と魔力制御でだいぶんフォローしてくれている。
ぶっちゃけ大した魔法でなくとも千個も展開し続けると魔力もガンガンに減っていきますよ。
でも術剣が大気中から魔力を吸って魔法を発動するための魔力に転換してくれるので、燃費が悪くなってチートな魔力供給も失った私でも魔法を維持し続けることが出来ました。
ラウドさんも精霊様から無限魔力供給ってチートあるのに、わざわざそんな機能つける辺り慎重な性格だよね。
魔力制御に関してはマクロを組んだみたいに特定の魔法をループ発動とかしてくれる機能があって、雑に上空旋回させて探査魔法を繰り返すだけの鳥とかに使ってる。
これのおかげで全部を完璧に手動操作せずに済んでいるので結構楽が出来ているのだ。
ありがとうラウドさん。
話を戻すと取りあえず妹たちはすぐに見つかって、なんでかベルモットさんと喧嘩はしていたけどそんなに危ない様子もないと言うか、むしろベルモットさんがマリアさんに殺されそうで危なかったので親父に向かってもらうことにした。
この時点でスノウさん以外の見つけたい人はあらかた見つけていたので、そこからは鳥は百羽以下に減らして普通に自分で走りました。
いや、姉さんや代表たちの見守り活動って意味なら十羽ぐらいで十分なんだけど、ちょっと見えてる量が物足りないしもしかしたら何か危ない事が起きるかもしれないので、商業都市や守護都市の全域を大雑把に警戒させているのですよ。
もし戦闘もしようと思ったら、これくらいが限界かなぁ。
まあともあれ兄さんとシエスタさんが妹たちとは少し離れたところで世紀末なチンピラたちに襲われていて、兄さんは相変わらずシエスタさんを守りつつ主人公な感じで頑張っていて、観戦モードに入りたいところです。
とはいえ今は完ぺきなタイミングで助けるなんてことも出来そうにないので、万が一の事態が起きないようにチンピラたちをバードストライクでこんがり焼いて倒しておきます。
兄さんたちは呆気にとられたけれど、すぐに私がしたことだと気づいたようで、攻撃に参加させず見守りに使っている鳥に向かって手を振って、お礼を言っているようだった。
……ところでデス子の眼が無いから確信が持てないけど、チンピラは生きてるよね。
大丈夫だよね、ちゃんと相手の魔力量に合わせて手加減したし。
うん。もしも死人が出たら不幸な事故という事にしよう。
たまたま飛んでるよく燃えた鳥とぶつかっただけの不幸な衝突事故だ。
誰も悪くない。
ただ死んでしまった人の運が悪かっただけだ。
まあそんな私とは何の関係もない出来事はさて置いて、私が親父と別行動をしたのにはもちろん理由がある。
世紀末なチンピラが兄さんとシエスタさんに絡んでいたことからもわかるように、このお屋敷にはなんか悪い奴がいそうな気配がする。
というか、鳥が発している探査魔法でばっちりと変な反応を掴んでいる。
そんな訳で迷路みたいな屋敷の中を、三十羽ぐらいの人海戦術ならぬ鳥海戦術で飛び回って調べたらどこかで見たようなヌメヌメの化け物がエメラさんに襲い掛かっていたので、またしても不幸なバードストライクが発生してしまいました。
酷く悪趣味な外見だけど、だからこそ庶民派な私には理解できないお金持ちでおかしな趣味の人がペットにしてもおかしくない化け物は燃え上がりましたが、事故なので私は何も悪くありません。
あくまで不幸な事故です。
間違いありません。
いや、まあヌメヌメの化け物は中級ぐらいの魔力量は持っているので、ちょっと燃やしたぐらいじゃ死なないだろうけどね。
ただお腹の中を燃やしたのを治すのって、今の私にできるかわからないから致命傷になったとしてもおかしくはないんだよね。
まあそれはともかくとして、一緒に走っていたケイさんも偶然起きたバードストライクに気が付いて、なんでか聖域を発動いたしました。
聖域の中では私の持っていたチート魔力感知ほどではなくとも並大抵の探査魔法よりも多くのことが読み取れるようで、ケイさんは顔を顰めながらヌメヌメの化け物を蹴り飛ばしました。
ちなみに私もケイさんもその時点でまだお屋敷の外にいます。化け物の姿は見えてもいません。
ケイさんが蹴ったのは何もない虚空ですが、化け物が蹴り飛ばされています。
それはどう説明したらいいのか言葉に悩むのだけれど、ケイさんはまず聖域を利用して化け物の周辺の空間をパッケージしました。
本当に梱包してリボンでラッピングをしたのではなく、私が以前に砕かれた飛翔剣の破片を十個ぐらいでまとめて一つの刃として扱ったように、化け物を中心にその周辺空間を壁とか床とかもまとめて一つのものとして扱ったようだ。
普通に考えれば、というか私が同じことをしようとすればまず壁とか床とかを切り離さないとそんな事は出来ずとても効率が悪いのだが、ケイさんは聖域の力を利用してごり押したようだった。
まあともあれケイさんはその一つの塊を蹴り飛ばし、それだけが吹き飛んだ。
塊として切り離され独立していたおかげで、屋敷全体には一切の衝撃が響かず、すぐそばにいたエメラさんも無事だ。
こう言えばケイさんがエメラさんのために面倒な技を使ったようにも見えるが、そもそもケイさんなら屋敷の壁なんて蹴破って突入し、化け物が反応するより早く殺すことだってできた。
そうしなかったのはそれだけヌメヌメの化け物が気持ち悪く、直接触れたくなかったのだろうか。
ともあれケイさんが蹴り飛ばした一つの塊は、大きく吹き飛び地を転がって、そして地面にその中身を散乱させた。
それはまるで取扱注意な割れ物ガラス箱を思いっきり地面に叩きつけて中身を散乱させたような有様だが、少々規模が大きい。
「やりすぎじゃないですか」
「誰も巻き込んでないんだからいいでしょ」
ケイさんはそう言ってヌメヌメに襲われていたエメラさんのメンタルケアに向かった。
ヌメヌメはピクピクと痙攣していて虫の息だ。
これが偉い人の貴重なペットだったなら、責任は全部ケイさんに取ってもらおう。そうしよう。
……いや、いつぞやのデイトに似ているし、私もペットだとは思ってないんだけどね。
ただまあベルモットさんもいるし、間違いなくスノウさんが関わってるからまた変な理由で借金押し付けられそうで嫌なんだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます