279話 サクサク進むよ新人戦

 




 一回戦が始まる。

 それまでの予選とは違い出場選手には個別の控室が与えられ、他の選手と顔を合わせることはない。

 カインの控室にはアベルとジオが見舞いに来ていた。


「相手は見た。お前なら問題ないだろう」

「だってさ。せっかくの晴れ舞台だ。楽しんで来いよ」


 カインは頷いて答えた。

 前日の開会式で大きな闘技場のたくさんの客席は、8割がた埋まっていた。

 あれだけの人数の前で戦うと思うと、体が震える。

 自分は英雄の父や、次の英雄と期待される弟に遠く及ばない弱者だ。

 そんな俺が、こんなところで戦っていいのか。

 そんな怯えた気持ちが胸にくすぶっていた。

 そして、それでも戦うんだという熱い意志を燃やしていた。


「あったりまえだろ。さくっと勝ってきてやるぜ」


 膝を震わせ、冷たい汗をかきながら、カインは笑って言った。

 彼は一回戦を勝ち上がった。



 ******



 セルビアの部屋にはセージとマギーが陣中見舞いに来ていた。


「セルビア、怪我に気を付けてね。無理しちゃだめよ。危なくなったらすぐ降参するんだよ」

「しない。アタシ勝つもん」


 セルビアは口をへの字に曲げてマギーに言った。


「そうだね。きっと勝てるよ。僕たちも応援してるから」

「うん」


 セージの言葉には笑顔で頷いた。マギーはまた甘やかしてと、少しだけ困った顔をセージに向けた。


「それじゃあ行ってきます」


 彼女は何の気負いもなくそう言って、一回戦を勝ち上がった。



 ******




 芸術都市出身のハンター、ミケル・ウィンテスの控室には、パーティーを組んでいた仲間たちが激励にやって来ていた。


「ミケル。応援に来たよ」


 そんな部屋に新たに同じく芸術都市出身のアイドル予備軍、クリム・ブレイドホームがやって来た。


「えっ、クリムか? よくここまで来たな。学校は良いのか?」


 クリムの祖母ナタリヤや父親ジャンは、ミケルが住む地区の自治会の、ちょっとした顔役だ。

 ミケルの家族も幼いころから何度となく助けてもらったことがあるし、それはミケルのパーティーたちも少なからず同じだった。

 そんな訳でその家族のクリムとも多少の付き合いがあった。


「ダンスクラブが感謝祭に出るの。私は補欠だけどね。それより、決勝大会出場おめでとう」

「ありがとう。でもいいのか? 従姉妹の応援に行かなくて」

「今行くと邪魔になるから大会終わってからにしなさいって、おばあちゃんたちが。

 だから今はミケルの応援してあげる」


 クリムは屈託のない笑顔でそう言い、ミケルは照れ隠しに苦笑した。


「そうか、ありがとう。リーダーたちも」

「おう。しっかり勝って来いよ」

「ああ、頑張るよ」


 ミケルは地元の仲間たちに見送られ、晴れ舞台で勝利を収めた。




 ******



「帰れよ」


 匿名希望として決勝大会に勝ち上がったレイニーこと、レイニア・スナイクのもとには、ベルモットとライトニングが訪れていた。

 そしてその二人に、レイニーは遠慮なくそう言った。


「ひどいこと言いますね、お嬢。折角こうして様子を見に来たっていうのに」

「冗談。笑いに来たの間違いだろう」

「……ひどい言葉遣いですね。名家の子女としての分別はなくしたのですか」


 兄ライトニングをレイニーは睨む。


「ええ、ゴブリンの糞ほどの価値もありませんので」

「ふん。伯父様に憧れたところで、お前に剣の才能はないでしょう。無様をさらして家名に泥を塗る前に、潔く辞退なさい」

「坊ちゃん、言いすぎですぜ」


 ベルモットが口を挟むが、ライトニングは止まらない。


「事実でしょう。お父様は私たちを守護都市から降ろし、名家当主として相応しい教育を受けられるよう手配をされた。

 レイニー、君のしていることはお父様の期待を裏切る行為だ。

 武の道とは、才能ある者たちのための道だ。

 諦めなさい」


 その言葉に、レイニーの目つきはより一層険しくなる。


「ええ、諦めたさ」


 言葉とは裏腹に反発の勢いを強めたその言葉に、ライトニングは僅かに気圧されて、それを誤魔化すように力を込めた声を上げる。


「なに?」

「才能のなさを理由にするのは、諦めた。

 私は皇剣になる。

 スナイク家の当主はライトとコールスで争えばいい」


 レイニーはそれ以上話すことはないとばかりに、剣を手に控室を出て行った。


「坊ちゃん。怪我をしないか心配だって、素直に言えませんかね」

「……」


 ライトニングは気まずそうな顔で沈黙した。

 レイニーは鬼気迫る戦いぶりで、試合に勝利した。



 彼女たちはその翌日の2回戦も勝利し、ベスト4に名乗りを上げる。

 準決勝戦の組み合わせは、


 セルビア対ミケル

 カイン対レイニー


 となった。



 ******



 首都エーテリアの一等地に佇むホテル〈シルフィ〉。

 限られた人間しか泊まることを許されないその格式高いホテルの、その中でも特別なロイヤルスイートルームに、商業都市名家のエルシール家の面々は滞在していた。

 政庁都市にやって来たのは当主ダイアンとその妻ルリア。

 次期当主筆頭候補の長男オルパと、その妻ハーリン。

 そしてその二人の娘であるエルメリアと、彼女が良く懐いているダイアンの末娘ルヴィア。

 護衛と補佐を任せる家臣も付いて来てはいたが、彼らは一部を除いて部屋の中にはいない。



「ルヴィアの様子がおかしい?」


 ダイアンは仕事用に使っている部屋で、息子オルパから相談を受けていた。


「はい。正確にはケイ・マージネルを迎えたころからですが、最近は特に顕著です」

「……ふむ。続けなさい」

「はい。最近の彼女は活動的です」


 ダイアンは言われてルヴィアの様子を思い出す。政庁都市でも地元の商業都市でも、娘と接する時間はそう多くない。

 だが気にかけていないわけではないし、広いとはいえ同じ家に住んでいる間柄だ。

 彼女の様子を目にする機会はそれなりにはあった。


 ルヴィアはだいたい家の中で座っていた。

 特に何をするわけではなく、椅子に座ってぼんやりとしており、見ていられなくなって声をかけても上の空で相槌を打つぐらいだった。


 ルヴィアは見た目の美しさも相まって、そうして大人しくしていると置物の人形のようで、新しく雇ったメイドなどは彼女を見てどう手入れすればいいかメイド長に尋ねて叱られるぐらいである。

 そんな馬鹿な笑い話の種を作るぐらいには、ルヴィアは活動的という言葉が似合わない娘だった。


「……具体的には?」

「普段は一言か二言しか口を開きませんが、この一年は大分口数が増えています。おそらくは一日に十回は言葉を発しているでしょう」


 誤差ではないだろうか、ダイアンはそう思った。

 それが顔に出たのか、慌てた様子でオルパは言葉を重ねる。


「そもそもあのルヴィアが、今回の感謝祭に参加したいと言ったことがおかしいのです」

「エメラが誘ったのが理由だが……しかし、たしかに、な」

「こちらに来て彼女が自発的に何かをしたのは新聞を読むことと、皇剣武闘祭新人戦の観戦です」


 ダイアンは頷いた。いくつかの挨拶回りに付き合わせもしたが、ルヴィアが自ら行くと言い出したのはその一つだけだ。

 もっともダイアンたちが知らないところで、エメラに誘われていたのだとしても何ら不思議ではない。


「しかしルヴィアは観戦席にはつかず、専用ラウンジでいつものように置物となっています」

「……うむ」


 それは決して悪い事ではなかった。

 見慣れているエルシール家の者ならばともかく、初めて見るものならばルヴィアの美しさに目を奪われないものなどいない。

 そうして興味をひかれた他の名家とは話しやすくなるので、大いに役立ってくれたと言える。

 だがそこまで話を聞けばダイアンにもオルパが何を言いたいのか察する事が出来てしまった。

 ルヴィアはエルシール家のために注目を集めて見せているのではなく、その場に来るであろう誰かに会いたくて目立つ真似をしているのだと。


「つまりルヴィアは新人戦を見たいのではなく、新人戦を見に来た者に会いたいのだな」

「ええ、おそらく間違いないでしょう」


 二人は重々しく頷き、同じ名を上げる。


「「ケイ・マージネル」」


 遠くで聞き耳を立てていたルヴィアは、二人が馬鹿でよかったとポーカーフェイスを保ちながらそう思った。

 そしてこれ以上の馬鹿な話は聞く気になれなかったので、聞き耳を立てるのを止めて、セージの後ろ姿を思い出す作業に没頭した。


「これは幸いなことです。女色を好むケイ・マージネルはルヴィアに惹かれていると聞きます。なればマージネル家との縁を強くするためにも……」

「お前は妹にどうなってほしいのだ」


 頭痛を堪えながらダイアンは言った。


「まっとうな結婚をさせる気がないのであれば、そういう使い道もありだと言っているのです。気を長く待てと言いますが、あれが戻ってきてもう10年ですよ。

 女としての価値がこれ以上下がる前に、有用に使うべきでしょう」

「合理的ではあるが、お前はもう少し家族を大事にしなさい」

「大事に思うからこそですよ、父上。このまま家の中で飼い殺しの生活をさせるよりも、何かしらの道を示すのが良いとね」


 言っていることはわかる。言っていることはわかるが、それで一回り幼い少女にあてがうという発想は受け入れがたいものであった。

 ただしかし感情的な反発だけで、利のある道を避けるのも商人として間違っている。


「――ケイ・マージネルとコンタクトをとるのは良いだろう。英雄殿への紹介も頼みたいところだったからな」


 しぶしぶといった様子で口にするダイアンに、オルパは力強く頷いて答えた。


 英雄ジオレインは名家に従ってはいないが、皇剣と同等の特級として認められ社会的な名声も高い。そしてその息子は次期英雄として順調にプロデュースされている。

 そして英雄の道場は新人戦で最終予選に一名、決勝大会に二名を送り込んできている。

 間違いなく彼らの後ろには守護都市三大名家のどれかが控えているだろう。

 そんな彼らと懇意にしておくことは、今後の商業都市での権威を盤石にするため必須と言えた。


 彼らへの挨拶は英雄の子供たちの新人戦決勝大会出場への祝辞が適当ではあるが、しかし彼らとは面識がなく、いきなり声をかけるのは不作法となる。

 そのため彼らと親しく付き合っているというマージネル家に紹介を頼むのは当然の理屈だった。

 そしてマージネル家の代表格であり、エルシール家が世話をした皇剣ケイにそれを頼むのも。



 ただルヴィアやエメラへの影響を考えると、あまり関わりたくないなぁというのが、ダイアンの本音だった。




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