277話 そうこうかい
「この度はお忙しい中、私たちブレイドホーム道場の皇剣武闘祭新人戦の決勝大会出場を祝した、激励壮行会にお集まり頂きありがとうございます。
挨拶を任された長男のアベルですが、みなさん堅苦しい話はお嫌いでしょうから手短に済ませようと思います。
それじゃあまずはこのカインから。
こいつは昔から馬鹿ばかりやってきたんですが、この通り立派に成長してくれました。
試合での活躍を期待して、本人に意気込みを話してもらおうと思います」
「は? え? えーと、頑張ります。みんな応援してください」
「ははは。珍しく緊張してるね。
次はセルビア。この子はカインと違って小さいころからとても良い子で、騎士様の学校でも評価されて、推薦されて決勝大会に出ることになりました。
さあ、セルビア」
「……ん。
勝つから。アタシは、優勝する」
「頑張って。
それでは皆さん、二人に拍手をお願いします。
そしてマックス、レベッカ、タイラ、コーラル、ギリアード、惜しくも予選敗退をしてしまった仲間たちにも、拍手をお願いします」
「ありがとうございます。
それでは父さんは――」
「……」
「――ああ、分かったよ。それじゃあ……ああ、進めろってことね。
うちの大黒柱たちはシャイで困るよ。
それじゃあみなさん、出来る限りのおもてなしを用意させていただきましたので、ここから先は思い思い楽しんでいってください」
◆◆◆◆◆◆
そうこうかいをしよう。壮行会だ。
私が病院で寝ている間に、めでたく次兄さんも最終予選を勝ち抜けて決勝大会進出を決めた。
ただ残念ながら道場生となったマックスは決勝で負けたらしい。
彼はシード権を持っているから他のシード選手とは当たらないので、その結果は割と意外だった。
ぶっちゃけハンター上級の中ではかなり強い子だから、また油断でもしたのかね。
負けてしまったマックスには悪いが、しかし全国大会に二人も進出できたのは手放しで喜ぶべきことだ。
そんな訳でお祝いがてら、決勝大会でも頑張ってねという会を開くことになった。
まあ親父を筆頭に堅苦しいことが嫌いな人間の集まりなので、やることはただのバーベキューなんだけどね。
ちなみにリーアさんの治療だが、クライスさんからははっきりとやらなくていいと言われた。むしろやるなと怒られた。
もちろん私としても今すぐにはできないので、お偉いお医者さんに下準備を頼んでいるところ。
準備が整うのはたぶん新人戦どころか、本戦の方が終わったころになりそうだ。
あの時の私が見ることが出来たのは、リーアさんの昔の、悲惨な目に合う前の身体の状況だ。
見えたとおりにリーアさんの身体の中に子宮を生成して切除された個所と繋げる事はたぶんできるのだが、そんな事をしても大丈夫かどうかの確証が持てないでいる。
いや、見た感じ大丈夫そうなのだが、おそらくデス子から与えられているこの感覚に頼りきりになるのは危ないので、しっかりやっておこうと思うのだ。
それを調べてもらったり、いざ治療してもらう段階での備えの準備とかを政庁都市のお医者さんにお願いしているのだ。
ちなみに私に政庁都市のお医者さんのコネとかないので、名家ヴェルクベシエスさんに金色のお菓子を積んでお願いした。
借金あるのに何してるんだと思わないでもないが、借金があっても自由にできるお金は結構あるのだよ。あるから使うのだよ。
……まあ、うん。今回だけだから。無駄遣いじゃないし、いいよね、これくらい。
そしてもう一度言うが、クライスさんはやらなくていい、むしろやるなと言っているけど、たぶん上手く出来るし、クライスさんも私が言って聞く性格じゃないのはきっとわかっているだろう。
だから気にしないことにする。
お医者さんとの打ち合わせが終わったらこっそりリーアさんを説得して、手術の日取りも全部決めて、それからクライスさんにやりますね、任せてくださいって言おう。
うん。私の計画はいつだって完璧だ。
******
さて話を戻しまして、壮行会を始めました。
日曜開催なので――平日開催だったとしても参加してるけど――政庁都市から戻ってきた兄さんと姉さんもいます。
道場や託児の子とその家族、さらにご近所さんもきました。
次兄さんの友達や仕事仲間の商会の人、さらに妹の騎士養成校の友達や、二人が出稽古でお世話になったマージネル家の人も来ました。
あとなんでかクラーラさんとスノウさんも来ました。
「……なぜ?」
「もちろんお祝いの言葉を送らせて頂くために、ですよ。
新興の道場から二人も決勝大会に出るなんて、素晴らしい功績ですからね」
「僕は敵情視察だね。優勝候補の様子を探ろうと」
「あら、意外と親馬鹿なんですね」
クラーラさんのからかうような言い様に、スノウさんは肩をすくめて見せた。
本当に何を言ってるんだろうね。
「まあ追い返す理由も隠すこともないので参加するのは構いませんが、お二人を楽しませられるようなものは何もありませんよ」
私がそう言うと、ミルク代表がやってきて悪態をつく。
「追い返す理由ならあるだろう。名家の人間が居ると俺たち庶民は肩身が狭いんだ。飯がまずくなる」
「代表、やめて」
偉い人に喧嘩を売らないで。特にスノウさんには借金のことで頭が上がらないんだから。
「それはすまないね。長居はしないよ。ところで入院をしていたようだけど、体はもう大丈夫なのかな」
病院の守秘義務ってどうなってるんだろう。
いや、クラーラさんや代表は驚いているから、スノウさんの情報収集力が変態なだけなんだろうけど。
「なに? 俺は聞いていないぞ」
「たいしたことなかったので、ちょっと必殺技の練習とかしたら怪我したんですよね。そしたら入院することになって。政庁都市の病院って豪華で居心地良いから、ついつい長居しちゃっただけです」
「ひっさつわざ、ですか」
「ほう、それは面白そうじゃな。それを見せてくれというのは、無理な願いかのう」
クラーラさんが首をかしげて、護衛として付き従っている皇剣カナンさんがそう言った。
「見せるほど立派なものじゃないので、どうぞご遠慮願います」
色々強化されるけど、目につく生き物全部殺したくなるとかひどいバーサーカーモードだからね。荒野以外では使わないよ。いや、使った後でぶっ倒れるから荒野でも使えないけど。
あの時のケイさんみたいに常に魔力を使い続ければ体の負担は減るし、成長すれば負担にも耐えやすくなるだろうけど……、まあ封印確定の自爆技だよなあ。
「謙遜が過ぎて嫌みじゃが、当然の事じゃなあ。
だが相応の場であれば、披露してもよかろう」
「はあ?」
「とぼけるのう。皇剣武闘祭じゃよ。この老人の後を継いではくれんかの」
クラーラさんがわずかに渋い顔をする。
私も取り繕っているが似たような表情をしているだろう。
このネタしつこいんだよ。
もしかして皇剣武闘祭が終わるまで言われ続けるんじゃないだろうか。
「アルバートさんの邪魔をする気はありませんよ。僕は上級に上がったばかりの未熟者で、彼は四年前にすでに優勝に王手をかけた逸材です。
主人であるクラーラさんの顔に泥を塗る発言はどうかと思いますけどね」
「アルもまた、お主と戦いたがっておるから言うのよ。
ラウドが未熟であったとはいえ若きジオに勝ったように、皇剣となる前に、いずれ最強を争う幼きお主に勝っておかねばならぬと、そう考えておる」
「十歳の子供に勝っても仕方ないでしょう。それはアルバートさんの方で気持ちを整理してください」
私が肩をすくめてそう言うと、クラーラさんがカナンさんを窘める。
「カナン、あまりしつこく言ってはダメよ」
「うむ、そうじゃのう。失礼をした」
「いえ、こちらこそ。たいしたおもてなしはできませんが、どうぞごゆっくり楽しんでいってください」
笑顔で別れ、私は調理スペースに向かう。
ケイさんが――こっちは普通に招待したお客さんだ――お好み焼きの作り方を教えろと言ったので、一緒に作るのだ。
どうでもいいけどケイさんは割烹着を着て台所に立つのは似合わないけど、はっぴ着て屋台で料理するのは似合う気がする。
「……うん?」
「どうかしたかい?」
先ほどのやり取りで別れたつもりだったのだが、スノウさんはついて来た。
「鉄板焼き、食べます?」
「そうだね、ごちそうになるよ」
考えの読めない笑顔でそう返された。何の用だろう。
「あ、きたきた。スノウさんが最初のお客さん?」
「そうだね。ケイ君が料理をするとは思わなかったけど」
「なによ。軍で簡単なことは覚えたし、スノウさんの方が絶対できないでしょ」
ケイさんが幼いころからの知り合いという事で、二人は気安い様子で言葉を交わしていた。
「僕は学生の頃は自炊をしていたよ。一人暮らしだったからね。まあ、上手とは言えないけれどね」
「え? ホントに? 嘘でしょ。っていうか、一人暮らしなんてできないでしょ」
「嘘じゃないよ。
誘拐や暗殺の恐れもあるから、近くに信用のできる人間も住んでいたけどね。当時の僕はそれを教えてもらえなくて、一人で慣れない生活に必死になってたよ」
ふーんと、ケイさんが相槌を打つ。
「意外だね。スノウさんの子供も留学させてるけど、みんな同じ?」
「そうだね、父がそうしたからね。僕もそうしてるよ。
ああ、もしあの子たちに会っても、護衛をつけてるってのは黙っておいてね。緊張感が大事だから」
「お父様はもう大学卒業したから、会う機会はないんじゃないかな。
……あれ? ライトニングって、まだ大学生だっけ?」
話に加わる気はないので鉄板でお好み焼きを作り、ケイさんの作る分が焦げそうになったらフォローをする。
「大学は今年で卒業だね。本人は院に行って学生を続けるつもりらしいけどね。
ちなみに娘が政庁都市の大学に今年入ったよ。アベル君と同じ、国立エーテリア大学にね。あの子も魔法科だからアベル君と学部は違うけどね」
「え?」
「アベル君にも伝えておいてくれるかな、もし娘に会ったら仲良くしてくれって」
「はあ、それは構いませんが……」
「なにかな?」
「いえ、別に」
……なんだろう。何かを狙っている気がするけど、何を狙っているのかわからない。
正直スノウさんは借金のことで助けてもらっている――漏れ聞くところによると、親父の借金の利息である年5パーセント分は無くなっているのではなく、スノウさんが肩代わりしてくれているらしい――ので、頼まれればたいていの事は引き受けるつもりなのだが。
「そろそろ出来たんじゃないかな」
「え、どうだろ。セージ?」
「できてますよ。それだと多いかもしれないんで、切り分けよう」
「ありがとう。
たしか東の農業都市の、一部の地域で作られる料理だったね。本当は海の魚で出汁をとると聞いたんだけど、おかしな話だよね」
なるほど。じゃあお好み焼きを知っていたマリアさんはそこの出身か。
「おかしな話?」
「海なんてこの国にはないでしょ。この国の生まれなら、普通は塩湖の魚だって、言うはずなんだよね」
……なん、だと。
塩湖には海の魚がいるのか。
知らなかった。塩湖があるのは知ってたけど、商業都市で海産物は見かけなかったから、無いものだと思い込んでいた。
これで料理の幅がぐっと広がる。
ありがとうスノウさん。
……でも商業都市かぁ。あんまり近づきたくない都市だなぁ。ルヴィア・エルシールさんの事は結局良く分かってないし、そうじゃなくてもミルク代表の因縁の土地だし。
でも新鮮な魚介には代えられないよね。
しかし今まで商業都市に行った際に、魚介類は買えていない。
そもそも塩湖って海じゃないよね。海産物ってとれるんだっけ。
まあいいか。ふぁんたじぃな世界だし、取れるに決まってる。商業都市に接続する際は探してみよう。
「魚が欲しいの? 政庁都市に卸しているから、探せばあるだろうね」
「マジで? じゃあちょっと今から行ってきます」
「なんでよ馬鹿」
「ははは。意外な反応だね。でも漁獲量は制限されているし、輸送にお金もかかっているからすごく高いよ」
おおう……。塩湖の魚は生息数が少ないとか、そんな理由か?
ふぁんたじぃのくせに相変わらずおかしなところで現実的な問題が発生する。反省しろデス子。
でも海水魚食べたい。刺身はそんなに好きじゃないし、間違いなく他の家族が嫌がるからどうでもいいけど、煮つけが食べたい。網焼きもしたい。素揚げして南蛮漬けにもしたい。炊き込みご飯もいいな。他には何があるだろう。お鍋に天ぷら……ああ、一夜干しを軽く焙るのもいいな、お酒が飲みたくなるけど。
とにかくなんでもいいから魚が食べたい。
いや、前世でも魚より肉派だったからそんなに食べてなかったけど、年に一度か二度、川魚を食べるぐらいしかできなくなった身の上としては、食べられるかもしれないと思うと、こう、食べたいという欲求が爆発してしまう。
「ちなみに、お高いっていうのは、いくらぐらいで?」
「市場の相場は知らないけど、この前レストランでコース料理を食べたときは――」
スノウさんが驚きの料金を口にする。
ゴチになりたいです。
ゴチになりますって言われたら、かなりの深手だ。
家族全員で行ったらそれはもう大変なことになる料金だ。
払えなくはないけど、借金でお世話になっているスノウさんには行くと言えない額だ。
私はやっぱり商業都市で、なんとか地元価格で手に入れよう。観光地価格とかになってないよね。大丈夫だよね。
「ご飯だけでそれって、すごいね。どうせ立派なレストランだったんでしょうけど。
……また悪だくみ?」
「なんで真っ先に悪だくみなんて言われるのかな。妻とゆっくりしていただけだよ」
「あ、そうなの? そっか、そうだよね。こんな時ぐらいだよね、会えるのって」
……?
何の話だ?
スノウさんの奥さんの話だよな。
そういえば結婚して子供がいるのは知ってるけど、奥さんのことは聞いたことないな。
「僕の妻は至宝の君だよ。政庁都市の皇剣のね」
「セージは知らなかったんだね」
「そうですね、初めて聞きました」
政庁都市の皇剣がスノウさんの奥さんってことは、結婚できるのか、至宝の君って。
いや、新聞で読んだり代表やエースさんたちとの雑談で、至宝の君という人がどういう立場なのかはざっくりと聞き及んではいた。
私の中では至宝の君は国のために自由とか人権とか、全部奪われてそうなイメージだったので、意外だった。
「おかしな事じゃないよ。至宝の君の情報には規制がかけられているからね。ケイ君も皇剣になるまでは知らなかったでしょう」
「え。それ僕が今ここで聞いてもよかった話ですか?」
「問題はないよ。むしろ知って欲しかったくらいだからね」
含みのある事を言うな。何が言いたいんだろう。
……うん?
もしかして、そういう事か?
「セージは表彰式で会うしね。
知ってると思うけど、政庁都市の皇剣様は許しがないと名前呼んじゃだめだよ」
ああ、分かった。良く分かった。
スノウさんは警告に来たんだ。
奥さんに会った時に、殺さない様にって。
デイトと契約をしていた相手の魔力を私は知っている。
そしてそれは精霊様ではなかった。
誰と契約していたのか気になっていたが、そうか。
デイトは処刑人で精霊様直属の暗殺者なんだから、精霊様直属の皇剣の部下なのは自然なことだ。
「そうなんですね。それは知りませんでした。大丈夫。良く分かりました」
「うん? そうなの? 意外だね」
「分かってくれて嬉しいよ」
スノウさんはお好み焼きを頬張りながらそう言った。
「奥さんとは仲がいいんですか?」
「そうだね。良いよ。さっきケイ君が言ったように滅多に会えないんだけどね。
出来ることならこの時期は仕事を放り投げて、家族サービスに充てたいくらいだね」
そう口にするスノウさんからは哀愁が滲み出ている。やっぱり名家の当主は忙しいのだろう。
しかもこの時期は国中のお偉いさんが集まるという話だし、休暇なんてろくに取れなくても仕方がない。
「……ここにいていいんですか?」
「ここが一番優先順位が高かったんだよ。妻が休みなら、もちろん休みを取ったけどね」
「この時期は挨拶回りだらけだもんね」
お好み焼きを作って取りに来た子供たちにふるまうケイさんが、わかると頷いた。
「……あれ? そう言えばケイさんも名家の皇剣でしたよね。ここにいていいんですか?」
「あんたが呼んだんじゃない。っていうか、呼ばれてなかったら私も家でお客さんの対応だったよ」
「え? そうなんですか。呼ばない方がよかったですか」
「馬鹿じゃないの。なんでそうなるのよ。毎日呼んでよ」
お偉いお客様たちと会うのが嫌だと、堂々と口にする名家令嬢にしてお偉い皇剣様のケイさん。
後から聞いた話だが、この時期はスノウさんがなるべく休めるようにと、あのラウドさんも率先して来客応対なんかをしているそうだから、ケイさんの発言は割とアウトだと思う。
「いや、それは僕らがエースさんやトムスさんに怒られるからね」
ケイさんの発言は私やこの家に気を許している証拠でもあるけれど、それはそれとして甘やかすのは良くないので釘を刺しておきます。
……しかし、そうか。
うちのホームパーティーって名家の人が来客対応よりも優先させるぐらいの位置づけなのか。
兄さん的には良い事なんだけど、私は庶民的な大人しくて気ままな暮らしがしたいなぁ。
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