276話 大恩人のクライスさん
妹のインタビューに付き添ったりもしたが、基本的に政庁都市でやらなければならないことは少ない。
次兄さんやマックスさんの応援に行ってもよかったが、二人とも来るなと言ったのでお仕事をすることにしました。
そして、して来ました。
「花を持たせてくれると思ったんだがな」
今日は先生だったクライスさんからの指名依頼で、彼の生徒である騎士の卵と摸擬戦やりました。
四年前とは違って、一対一ではなく三対一で十回。それを三セットだ。
私も成長したもので、ハンター上級の彼ら相手なら問題なくこなせるようになった。
最後に見本試合としてクライスさんとも手合わせした。
今後の指導に影響があるかもしれないから、クライスさんが言うように花を持たせて負けた方が良いかなんて考えも浮かんだけど、クライスさんには負けっぱなしだったので本気でやった。
そして勝った。
「いやあ、やっぱり先生には勝っておきたいじゃないですか」
「ったく、気の利かねえ弟子だぜ」
そんな仕事も終わって今はクライスさんとそして彼の奥さんと一緒に、行きつけだという定食屋さんで食事をとっている。
クライスさんの奥さんとは、ゴブリン・ロードの時の被害者だ。
悲しい話だが、ゴブリンに襲われたことで彼女は家族から見放され、リハビリやPTSDに苦しむ彼女を見舞いに訪れることはなかった。
クライスさんはそんな彼女に同情して足しげく彼女のもとを訪れ、話を聞いてあげた。
そんなクライスさんに彼女が惹かれるのは自然なことで、独り身だったクライスさんも懸命に前を向いて生きようとする姿にいつしか惹かれていったのだとか。
「クライス、負け惜しみは情けないよ」
彼女――リーア・ベンパー――はそう言って笑った。
四年前の凄惨な姿を知っている身としては、彼女の笑顔はとてもまぶしく映る。
人間は強いんだなと、そう素直に感動できるから。
「そうは言うけどよ、こいつは今や押しも押されもせぬ英雄様だぜ。引退した俺を相手に本気出すとか大人げないだろ――あ、ガキだった」
「成長した姿を見せたかったんですよ。四年前と同じだなんて思われたら恥ずかしいですからね」
「よく言うぜ」
そう言ってクライスさんは笑い、私も笑った。
「それで、ほんとにお前は皇剣武闘祭に出ないのか」
「出ませんよ。僕には出る理由がありませんからね」
「賞金は?」
痛いところを突いてくる。
クライスさんに借金のことは教えてなかったのだが、当たり前のように知っていた。
今回の指名依頼も、明言はしていないが借金返済のための援助だろう。相変わらずクライスさんは男前で、頭が上がらない大先生だ。
「それは欲しいんですけどね。皇剣になるつもりがないんで、やっぱり参加は控えるべきかと。真剣に皇剣を目指している人たちの邪魔をするほどの理由にはなりませんからね」
親父はアシュレイさんを殺した犯人や組織が狙ってくることを期待して出続けたが、私の賞金が欲しいという気持ちはそれほどではない。
それに本戦シーズンは外縁都市防衛の人手が不足しがちだって言うので、そっちで稼いだ方が確実だ。新人戦が終わればしばらく家を離れても問題はないだろうから。
……本音を言えば、精霊様と直接相対することのできる皇剣武闘祭優勝に魅力は感じている。
だが直接会ったその結果、敵対することになったなら。
私にその意思がなくとも、デス子と精霊様の関係がわからない以上、その危険性は決して低くない。
それを考えれば、今はまだ時期が早すぎる。
私が出るとすれば、成人をして、今あるみんなとの絆を断ち切った八年後が妥当だろう。
それまでにデス子と精霊様の関係を調べなければ。
「見ているものが、違うんですね」
リーアさんがそう言った。
意味が良く分からなかったので首をかしげると、彼女は少し慌てた様子で言葉を付け足した。
「その、私の知ってる戦士はみんな強くなりたいって、思ってたから。きっと無理だって分かっていても、心のどこかで精霊様のお力と皇剣っていう最強の称号を欲しいって思っていたから」
「強くは、なりたいですよ」
一年前、私がもっと強ければ親父の手を汚させることはなかっただろう。
あんな結果になる前に、あいつを止めることができただろう。
そしてそれは過去の話にとどまらない。
これからのことを考えても、強さはいくらあっても足りないだろう。
本当にひどい話だ。
町一番の魔力持ちになるには、この国で最強の親父を越えなければならないのだから。
そしてつまるところは、私はそれぐらいには強くならなければならないのだろう。
「……危なっかしいな」
「え?」
「お前は昔からそうだったが、凄みが増してる。地獄を見てきたって、顔をしてるぜ」
「……」
「ジオさんを見て育ったお前に言う事じゃないがな。強いってだけじゃあ手に入らんことも多いぜ。お前はせっかくそれをたくさん持ってるんだ。
強くなるためにそれを捨てるなんて、もったいない事すんなよ」
私は苦笑した。この人には本当に頭が上がらないな。
「ま、なんだ。マジな話は止めようぜ。飯がまずくなる。
ああ、なんだ。ペリエたちもおっつけやって来るんだが、お前が武闘祭に出るの楽しみにしてたって、それだけの話なんだよ」
「すいません。
……そういえば、頼みごとがあったんですよね」
私はあらかじめ決めていた合言葉を口にする。時間は十分にあったので、存分に
「クライス、本当に頼んだの?」
「いや、すまん。でもほら、家宝にはなるだろ」
リーアさんが不審に思った様子はない。
そんな彼女に呆れた眼で見られながら、クライスさんはカバンから便箋を取り出した。
そしてその中から、あまり見たくないものを取り出す。
「ちょっとこれにサインくれよ」
クライスさんが取り出したのは、私の姿絵だった。
******
サインの話は丁重にお断りして、連れ立ってトイレに行く。
「クライスさん、他に何かなかったんですか」
「別にいいだろ。っていうか、断るなよ。サインなんて減るもんじゃないんだし」
「したことないからどう書いたらいいかわからないんですよ」
「別に小洒落たサインじゃなくて名前書くだけでって――ああ、その話はいいや。それで、どうだった?」
クライスさんが期待半分、諦め半分で口にする。
私は恩人のクライスさんに望んだ答えを返すことができなかった。
「無理です。治せる気がしません」
「……そうか」
「その、過去に心臓を治したのは本当で、たぶん壊れてすぐなら、どう状態が正常かが残っていて、私の眼はそれを読み取れるんです。
だから、その時は治せたんです。
でもリーアさんの身体をどう弄ればいいか、その正しい形が見えないんです。
眼の力がなければ私はただの戦士で、医者じゃない。
無理に子宮を治そうとしても、きっと彼女の身体を壊すだけになってしまうと……」
「ああ、すまん。そんなに気にするな。ダメもとで頼んだんだ」
クライスさんが私を気遣ってそう言った。
「やっぱり、子供は欲しいですか?」
「まあ、な。話してなかったが俺には息子がいてな。ずっと会ってなかったんだが、偶然
最初は色々あったんだが、上手く仲直りできてさ。ただそれがあいつにばれちまってな。
いや、何も悪くはないんだけどよ。それ以来、悲しそうな顔で腹を抑えてるのを見かけることがあってな……」
その話に私は何も言えなくなる。
リーアさんはゴブリンに何度となく汚され、一命はとりとめたものの治療の際に子宮を摘出している。
今回頼まれたのはその子宮の再生、それが可能かどうかの見極めだった。
「気にすんなって言ったろ。養子でも何でも、手はあるしな。悪かったな、気を使わせてよ」
「……」
先ほどのリーアさんの笑顔を、そして四年前のテロリストのやったことを思い出す。
仲睦まじい夫婦の間に子供ができないなんて、ありふれた不幸だ。
そしてクライスさんの隣にいるリーアさんは今、きっと幸せだろう。
だから私にそれが出来なくても問題はない。
でも彼女はもっと幸せになったって構わないだろう。
どれだけの幸せを得たって釣り合いが取れないくらいの地獄を体験したのだから。
「さあ、行こうぜ。あんまり時間かけると怪しまれる」
「……少し、変なことをしますけど、気にしないで下さいね」
「あ?」
覚悟を決める。
私はデイトほど感情のコントロールが上手くない。
だがそれでもこのシチュエーションなら十分だ。
心は死んでいる。
ガチリと、開いてはいけない心臓のロックが外れる。
私の身体から魔力が溢れる。私はそれを抑え込んでいるが、体の中でとどまる量をはるかに超えている。
クライスさんが慌てて防護膜を張って漏らさないようにしてくれる。
ありがとう。
この量は一般人には毒となる。
クライスさんならきっとそうしてくれると信じていた。
体の中で過剰な魔力が行き先を求めて暴れるが、痛みなんて私には集中力を高める
私のやりたいことはシンプルだ。
眼の力が足りないなら、もっと引き出せばいい。
教えられた言葉は不十分なものだった。
だから課せられた使命が隠されていたように、与えられたものにもまだ先がある。
それを感じ取っている。
この
ロック一つ外しただけで魔力供給ならば、二つ目は何だ。
さあ、神様ならばご都合主義の一つも起こしてくれよ、デス子様。
私は二つ目のロックを外し、頭蓋をハンマーで砕くような幻聴を聞いた。
視界は赤く染まる。
世界は赤く染まる。
真っ赤に真っ赤に血の色に染まる。
「セージっ‼」
「だいじょうぶ、だいじょうぶです」
「おい馬鹿、大丈夫なわけあるか。すぐにそれ止めろ」
クライスさんが慌てた様子で手を伸ばしてくる。
スローモーションのそれを私は見る。
伸ばされる手を取って捻ればちぎりとれる。
踏み込めば無防備なはらわたを引き裂ける。
心配そうな顔は簡単に爆ぜることができる。
クライスさんの殺し方が頭の中に溢れてくる。
つい、嗤ってしまう。
殺し方じゃない。
知りたいのはそれじゃない。
大丈夫。
私は冷静だ。
ここら一帯には数万の人間がいる。
それ以外の命も。
全部見えている。
その全ての殺し方がわかる。
全てを殺したいと衝動が生まれてくる。
すごい眼だ。
すごい眼だよ。
いつか使ってやる。
いずれ殺させてやる。
だからいう事を聞け。
与えられたものでもこれは私の力だろう。
なら私のために使う。
散々お前の願いは叶えてきたんだ。
寄り道の人助けくらい目をつむれよ、くそ死神。ダストを見殺しにしやがって。
「くそ、くそっ、限界だ。恨むなよ、セージ」
私の魔力を抑えきれなくなったクライスさんが、気絶させようと拳を握りこむ。
その体を、魔力を向けるだけで抑え込む。
圧殺まではできないと、心臓が抗議を上げる。
殺せと。
上質な
そんなわがままを言う。
馬鹿だな。
何となく分かったよ。
これがケイを操っていたものと同じものだってね。
私の全身から、一つ目の時とは比べ物にならないほどの魔力が噴出している。
みしみしと壁の軋む音を拾う。
何の加工もしていない漏れ出た魔力だけで、店の中を壊しそうなほどだ。
その
でもあいにくと私の心は死んでいる。
そんな感情を送られたって、操られはしないさ。
「だいじょうぶ、もうすこしです。しんじて」
「おま、信じろっていうやつにすることかよ!」
「ははは、ないすつっこみ、よゆうありますね」
「あるかボケ、早く終わらせろっ‼」
大丈夫、魔力だけじゃない、殺すすべだけでもない、目も強化された。
見たかったものは見えた。
殺すための眼で、生むためのものを見て、治す術を見出す。
捻くれた私には似合いの方法だろう、デス子。
私は心臓の鍵をかけなおす。
二つ目と、そして一つ目の両方を。
私の身体から過剰すぎた魔力が抜け落ちて、脱力する。
「セージっ」
クライスさんが私を抱きとめる。
おかしいな、力が入らない。
視界は赤く濡れたままだ。
これは、私の血か?
「無茶しやがって。こんなになるまでするかよ、馬鹿が」
「ははっ、すいませんね。ばか――がふっ」
悪態の一つも吐こうと思ったら、血を吐いてしまったでござる。
ダメだな。
体の内側がボロボロだ。
無理に体に魔力をとどめようとしたせいだな。
治そうにも、治すための魔力が上手く使えない。
「しゃべるな馬鹿。
……魔力供給の暴走? 回路が壊れた?
――くそ、最悪だ。病院に連れてく。しゃべるな、大人しくしてろ」
「ああ、だいじょうぶ。ちゃんとみえたから。ちりょうをするのは、だいぶんさきになりそうですけどね」
クライスさんが私を抱きかかえてトイレを出る。
途中からはクライスさんも私の魔力を抑え込めなくなっていたから、店の中は騒然としていた。
「しゃべるなって言ってんだろ。この糞馬鹿が。
リーア、支払い頼む」
「わ、わかった。何があったの」
「後で話す、先に帰ってろ」
クライスさんはそう言い捨てて病院へと走った。
病院では麻酔で眠らされて何をされたか良く分かっていない。
ただ私の身体は一生治る事が無いだろうなんて診断が下され、入院することとなった。
クライスさんは泣きながら何度も私に謝り、親父を連れてきた。
クライスさんに連れてこられた親父は首を傾げ、
「良く分からんが、しばらく寝てろ」
と、言った。
私はその通りにした。
そして一週間後、完治して退院することになった。
「……俺の絶望を返せ」
「だから大丈夫だって言ったのに」
私はチート魔力感知持ち。
魔力を使う機能が壊れたといっても、いくらかでも魔力が使えれば、あとは自分でその機能すらも治療して、最終的に完治まで持っていけるのですよ。
……まあそれでも一週間はかかったんだけどね。
自分の身体だというのに、シエスタさんの心臓治すよりも難易度が高かった気がする。
二つ目のロックはなるべく外さない方が良いな。
うん。
もう外さないからな。
余計な厄介事押し付けるなよ、デス子。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます