275話 インタビューを受けよう





 四年に一度の精霊感謝祭も順調に日程が進んでいき、皇剣武闘祭新人戦は最終予選が始まる頃合いとなっていた。


 新人戦は皇剣武闘祭本戦と同じく十六名で行われ、四枠がシード枠で埋まっている。

 そのため最終予選は十二のブロックトーナメントに分かれており、それぞれの優勝者が新人戦決勝大会へと駒を進める。


「うまくブロック分かれたな」


 予選会場でそのブロックトーナメント表を見ながら、カインが道場仲間のマックスに言った。

 決勝大会へのシード権を持つのは守護都市騎士養成校が二つ、政庁都市が二つ――これは政庁都市の偉い人が各都市から送られてくる推薦書を見て決めるというだけで、必ずしも政庁都市の人間が選ばれるというわけではない――の計四つで、残り十二人を最終予選大会で決める。

 ブレイドホーム家の道場からはカインとマックス以外にも新人戦に出場した選手がいたが、最終予選大会に残ったのはこの二人だけだった。


「ああ。お前の所にいる強いのは、農業都市のシード枠の奴かな」


 最終予選大会では十二のトーナメントが組まれ、それぞれに各都市からシード権を得た選手が組み込まれていた。

 カインのいるトーナメントブロックには西の農業都市から推薦されている戦士がいた。


「シードってずるいよな。俺は散々つまんない試合やってようやくここまで来たってのに」

「それはお前がそうしたいって言ったからだろ。俺はさっさとギルドに登録しとけってアドバイスしたぞ」

「知らねえよ聞いてねえよ覚えてねえよ」

「あ゛?」

「は?」


 二人がにらみ合って言い合っていると、割って入るように声をかける人物がいた。


「ちょっといいかな」

「あん。なんだよ、兄ちゃん」

「ちんぴらかよ、お前」


 声をかけた人間は苦笑した。


「仲がいいね。僕はミケル。芸術都市のシード選手だよ。カイン・ブレイドホーム君かな」

「ああ」

「君とはブロックが違うから戦うのは本戦になる。その時はよろしく」

「おう」


 ミケルが差し出した手をカインは握った。


「俺は無視かよ」

「そんなつもりはないよ、守護都市のシード選手だったね。名前は……」

「マックスだ」


 二人は握手を交わした。


「君の所のブロックには変わった選手がいるね」

「匿名希望、か」

「変な名前だな」


 カインの感想にミケルとマックスが苦笑した。


「いや、名前じゃねえよ。というか、偽名登録できるんだな」

「一応、予選まではね。ただ普通はできないよ」

「……ああ、そういう事か。気を付けた方がよさそうだな」


 ミケルの忠告を理解して、その人物と対戦するかもしれないマックスは神妙な顔で頷く。

 ただ一人分かっていないカインは首を傾げた。


「……どういうことだよ?」

「狩人狩り以外にもダークホースがいたんだよ」

「おい、その呼び方止めろ」


 カインはそう言い、マックスを小突いた。

 そんな様子を、


「……ガキだ。あれで本当にあいつより強いのか?」


 匿名希望の女戦士が遠巻きに眺めて、そうぼやいた。



 ******



 カインが試合で経験を積む中、すでに決勝大会参加が確定しているセルビアには特別な仕事が舞い込んでいた。

 新人戦とはいえ、皇剣武闘祭は国中の注目が集まる大きな催しである。当然出場選手への関心も高く、出場選手にはインタビューが執り行われるのだ。

 そんな訳でセルビアは騎士養成校の応接室で記者と対面に座っていた。

 そしてそんなセルビアの後ろには、セージが立って付き添っていた。


 インタビュー担当の記者は仕事柄情報通で、当然セルビアの事もその周辺の事も下調べしてきている。

 そんな記者だからこそ、セルビアの後ろに立つセージの視線を気にしてしまう。


 幼くして天使の二つ名を持つ上級の戦士、セイジェンド。

 一般的には親の七光りで実績を水増しされていると囁かれているし、記者も七歳で竜の足止めなど一部は誇張されていると判断している。

 だが公表されている全ての実績が真実ではないにしても、根回しなどの手間を考えれば全てが嘘とは考えづらい。

 特に守護都市に上がったばかりの未熟な戦士や外縁都市の防衛戦担当者など現場の者が上げている、助けられたという声は、全てが嘘というにはその声が大きく多すぎる。

 つまりは年齢にそぐわない異様な実力を持っていることは間違いがない。


 人物評としては父親と違って話が通じる常識人という評価も聞くが、同時に怒らせると何をしでかすかわからないとも聞きおよんでいた。

 気に入らないからという理由で、護衛対象に襲い掛かろうとしたなどという非常識な噂も耳にしたことがある。

 つまるところ怒らせてはいけない危険人物という事だ。

 何かあったら同席している養成校のグライ教頭が助けてくれますよねと、記者は精霊様にお祈りした。


「それではブレイドホームさん、お話を始めさせていただきますね」

「……はい」


 記者が声をかけると、緊張をしているのか言葉少なくセルビアは返した。


「どうかリラックスして。簡単に質問に答えていただくだけですから」

「はい」

「ではまずは簡単なことから。普段はどこで練習をしていますか? 学校だけ? 家でもですか?」

「学校と、家でも、です」

「学校では通常の授業以外に課外授業を受けていますか? それとも学校が終わったら家に帰って練習を?」

「帰って、練習です」

「やっぱり家の方が練習がはかどるのかな?」


 記者の質問に、セルビアは首を傾げた。


「迎えが来るから」

「迎え?」

「セルビアは女の子なので、早めに家に帰らせているんです。学校での居残り練習をしないのはそれが理由ですね」


 補足説明をしたのはセージだった。


「ああ、そうなんですね。ありがとうございます。

 家での練習はお父様に見てもらっているんですよね」

「うん……じゃなくて、はい」

「ああ、どうぞ話しやすい方で。

 お父様の指導は厳しいですか」

「普通」

「普通ですか、具体的にはどんなことを?」

「えっ……普通の、練習」

「走り込みなどの基礎体力作りは学校で十分にやっているので、型稽古と、魔力の循環と制御の訓練がメインですね。

 それと道場生との試合も行っています」


 再びセージが口をはさんだ。


「あ、はい。ありがとうございます」

「セージ。私のインタビュー」

「ごめんごめん」


 セージはそう言って座っているセルビアの頭を撫でた。

 セルビアは頬を膨らませたふりをしながら嬉しそうに撫でられた。そうしているとセージが頭を撫でる時間が増えると知っているのだ。


「お二人は仲がいいんですね」

「はい」


 セルビアだけが答えた。

 セルビアは後ろのセージを睨んだ。


「あ、はい。

 ……いや、答えちゃいけないと思っただけだからね」

「言い訳しないのっ」

「ごめんなさい」


 演技ではなく本気で頬を膨らませたセルビアに、セージは素直に謝った。膨れた頬はすぐに萎んでいった。


「ははは。本当に仲がいいですね。

 ところで二人は同い年ですが、やはり道場では試合をしたりしますか」

「してる。……ううん、してない」

「いや、何度もしてるでしょ。なんで嘘つくの妹」

「試合じゃない」


 セルビアの言葉に記者は首をひねる。救いを求めてセージを見たが、今回はセージにもわからなかったようだった。

 記者は素直に説明を求めた。


「ええと、どういう事でしょう」

「セージ。本気になったことなんてない」

「……」

「だから試合ではなく、指導をつけてもらったと。

 やはりお兄さんは強いのですか」

「強い。親父よりは弱いけど。ケイも負けたって言ってた」

「ケイというのは、皇剣ケイ様で――」

「記者さん」


 涼やかなセージのその声に、記者はびくりと背筋を震わせた。

 どうという事のない口調にはしかし、緊張を強いる冷たさがあった。


「ケイさん、そしてマージネル家とは親しくさせてもらっています。ケイさんに勝ったというのはあくまで遊びの、ゲームでの話です。長い付き合いの中で、そういう事があったという程度の事です。

 真に受けておかしな記事を書かないようにお願いしますね」

「え、でもアニキ……」

「妹、普段から僕はケイさんにボコボコにされてるでしょ。皇剣様が子供に負けたなんて噂が立つのは良くないことなんだ。少なくともこういう場では言ってはダメだよ」

「……うん。わかった」

「いい子だ。ありがとうね」


 記者はそういう事かと、ほっと安堵の息を漏らした。

 名家に睨まれるのは誰だって怖い。名家を恐れずその悪政を是正するなどと噂されていても、彼らだって本音はやはりそうなのだろう。

 見ればマージネル家に属するグライ教頭も記者と同じような顔をしていた。

 きっと英雄の子たちがマージネル家への配慮を忘れなかったことに安堵したのだろう、きっと。


「失礼な質問でしたね。

 それでは話を戻して、ブレイドホームさんが強くなりたいと思うのは、そんな強いお兄さんがいるからですか?

 それともお父様のような英雄になりたいからですか?」

「……アニキと同じくらいに、強くなる。私は妹だから」


 記者が後ろで聞いているセージを見ると、難しい顔をしていた。

 これはやはり、そういう事なのだろうと思った。


「血の繋がりではなく、強さが家族の繋がりという事ですか」

「えっ……うん」

「いや違うからね、妹。姉さんは喧嘩超弱いからね。そんな理由で家族なわけじゃないからね。

 記者さんも、妹が十歳の多感な少女という事を踏まえたうえで質問をして下さいね」

「あ、はい。すいません」


 反射的に謝罪をした記者は、居住まいを正した。


「それでは個人的なことはさて置いて、ブレイドホームさんの戦闘スタイルなど、お答えできる範囲で構わないので教えてもらえますか」

「……? え? 剣で切る」

「……距離をとった魔法戦よりは、武器を使う近接戦闘が得意ですね。それ以上は試合前ですので、ご遠慮ください」


 セージの言い分は確かにその通りなので、記者は素直にうなずいた。

 だがセルビアが答えを持っていないことも、セージが曖昧なことを言うのも、記者にとっては意外なことではなかった。


 騎士養成校でも魔物との実戦訓練は行われるが、それを受けられるのは高等部となる13歳からだ。

 ケイ・マージネルはその類い稀なる才能から12歳でギルドに登録し実戦デビューを果たしたが、セルビアはそれよりもまだ若い10歳だ。

 狭い試合場で人間と戦った経験しかないのなら、剣での近接戦が得意になるのは当然だろう。

 そしてその近接戦も、体格で劣る彼女が年上たちに勝つなら選択肢が限られる。おそらく小回りを利かしたトリッキーな高速戦闘だろう。


 その推測を、記者は心のうちにしまっておく。

 ぶつけてみたいという欲はあるが、シスコンと噂の天使を怒らせたくはないからだ。


「さて続いての質問ですが、新人戦で注目の戦士はいますか?

 この戦士は勝ち上がってきそう、対戦してみたいなど、なんでもいいので思い当たる戦士を上げていただけますか?」

「えっ……、いない」


 セルビアは無垢な顔でそう答えた。

 グライ教頭はマックスを思って心の中で涙した。

 セージはカインを思って心の中で笑った。


「そうですか。あまり他の選手には興味がありませんか?」

「うーん……、うん。あんまり。よく知らないし」


 グライ教頭はマックスを思って心の中で涙した。

 セージはカインを思って心の中で以下略。


「そうですか。ブレイドホーム道場からは他の出場者はいませんか?」

「えっ……。あ、カインがいた」

「カインさん。失礼ですが、どういった方ですか」

「狩人狩りのカインです。最近名前が知られるようになった新人ハンターですよ」

「ああ、そうなんですか」

「セージ、狩人狩りって?」

「弱い者いじめが好きって意味だよ」

「カインひどいね」

「ねー」


 グライ教頭がこめかみを抑えながら、我慢できずに口を挟んだ。


「カイン君はお二人のお兄さんですよ。

 カイン・ブレイドホーム。

 守護都市出身であるためにハンターとしてのギルド登録の機会を逃し、実力を持ちながらも無名であったために不名誉な二つ名をつけられましたが、けっしてそんな名で呼ばれるような子ではありませんよ」

「そ、そうですか」

「セルビア君も、ブレイドホームさんも、お兄さんを悪く言うもんじゃないですよ。特にブレイドホームさんは気を付けてくださいね」

「はーい」

「はっはっは、すいません。グライ教頭のフォローに期待してたんですよ、ありがとうございます」


 ぬけぬけと言うセージに、グライ教頭は諦めたようにため息をついた。


「ははは。そのカイン氏は、どのような人物ですか? お兄さんという事は、ブレイドホームさんとも試合経験がありますか」

「えっ? カイン……、馬鹿? よく怒られてる。試合は、この前勝った」


 ちなみにセルビアとカインの対戦成績は3勝1028敗である。

 数少ない2週間前の勝利はカインが予選で――最終予選は一日一試合で四日に分けて行われるが、一次や二次の予選では一日のうちに四試合を終わらせる――疲れているところを討ち取ったものである。


「なるほどなるほど」


 ただ記者にそんな事がわかるはずもなく、カインは英才のセルビアよりは下と評価した。


「それでは最後に、新人戦出場に際した抱負を語っていただけますか」

「はい。

 あた――私の目標は新人戦優勝です。

 日々の練習の成果を存分に発揮し、スポーツマンシップに則って一戦一戦を大事に戦い、誰に見せても恥ずかしくない試合にしたいと思います」


 それまでとは違ってすらすらと事前に考えていた言葉(セージ&グライ教頭監修)を述べて、セルビアのインタビューはつつがなく終わりを迎えた。




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