274話 高嶺の嬢王
エーテリア女子第一高等学園。その1年B組の教室で、マギーは壇上に立った。
「マギーです。マーガレット・ブレイドホーム。
出身は守護都市で、兄と一緒に勉強のために政庁都市にやって来ました。
都市によって常識が違うと聞いています。いたらぬ点も多くご迷惑をおかけするかもしれませんが、広い心で接していただければ幸いです」
入学初日、顔合わせのオリエンテーリングで自己紹介を行うことになった。
それはあるだろうという事で、セージに教えられていたセリフをマギーは言った。
「マギーはどんな学校にいたんですか」
だが質問があるとは聞いていなかった。
マギーは少し戸惑ってから、正直に答えることにした。
「学校は行ってないです」
クラス内はざわついた。
「皆さん静かに。守護都市には学校がないのよね。そうよね」
クラス担任のマスーザが生徒をなだめるようにそう言って、マギーは頷いた。
「騎士養成校はあります。受験勉強で課外授業を受けさせてもらいましたが、通ってはいないです」
生徒たちは再びざわついた。義務教育がどうとか、守護都市は都市法が違うとか、そんな言葉が飛び交っていた。
「皆さん落ち着いて。落ち着いて。
マギーちゃんは確かに学校には通っていなかったけれど、今はみんなと同じこの栄えあるエーテリア第一女学園の生徒です。みんな仲良くしましょうね。
他に質問はありませんか?」
「……マギーはエンジェルの親戚ですか? 英雄ジオレインを知っていますか?」
「セージは弟で、英雄は父です」
マギーの言葉に、教室内は一斉に色めきだった。
ほんとにとか、すごいとか、サイン貰えるかなとか、そんなが飛び交う中、一人の生徒が手を上げて質問をする。
「お母さんは誰ですか? どんな人で何してるんですか?」
「母は娼婦で、幼いころに死にました」
教室内は静まり返った。
マギーの周りにいる人たちは自分が拾われた子供だという事をみんな知っていたし、娼婦という職業も身近なものだった。
だから何故みんな驚いているんだろうと、マギーは頭を傾げた。
マギーは鈍感系女子なのだった。
「みなさん、質問は終わりです。あまり家庭の事情は詮索しないように。それではマギーちゃんは席に戻って、次はナーシャちゃん上がって来てください」
マギーは高校生活初日をこのように迎えた。
この日に友達はできなかった。
******
「マギー、学校には慣れた?」
「……まあまあ。アベルは友達出来た?」
「うん」
平日の二人暮らしにも少しは慣れてきたころ、買い置きしていたパンとインスタントのスープという簡素な朝食を取りながらそんな会話を交わした。
マギーはこの兄は嫌みの塊だなと、心の中で呟いた。
そんなじっとりとした目つきのマギーを見ながら、アベルはまだ余裕がありそうだなと思った。
「それじゃあ僕はそろそろ行くよ」
会話が盛り上がることもなく食事の時間は終わる。
マギーはぼんやりとした表情でコーヒーを啜り、アベルはてきぱきと洗い物を片づけてそう言った。
「今日はまた早いね。日直?」
「日直? それは聞いたことないな。
サークルの朝練だよ。先輩が皇剣武闘祭に出るから、練習に付き合ってくれってさ」
ふーんと、マギーは気のない相槌を打った。
セルビアやカインもその大会――二人は新人戦に出るが、アベルの先輩は本戦予選への記念出場なので正確には同じ大会ではない――に出るが、セルビアは決勝大会へのシード権をとっており、カインも俺も絶対出るから予選なんかで応援に来なくていいと言い張っている。
応援に来てと言ってくれれば学校を休む理由になるのになと、マギーはそんな事を思う。
「そんな訳で戸締りよろしくね。夕飯はこっちで買って帰るから」
「わかった。いってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
椅子に座ったままアベルが出ていくのを見送り、玄関のドアが閉まる音が響いて、マギーは机に突っ伏した。
「……学校、行きたくないな」
私は贅沢だなと思いながら、マギーはそう呟いた。
だが行きたくないと思っていても、行かなければならない。
そして時間は無情にも淡々と流れ、家を出る時間が差し迫る。
マギーはため息をついて席を立ち、コーヒーカップを流しに置いた。
「……行ってきます」
返事の来ない挨拶をして、マギーは無人の家を後にした。
******
エーテリア女子第一高等学園――通称、エーテリア女学園――では一人の女子生徒が噂の的となっていた。
「マギーさん、次は視聴覚教室に移動ですよ」
「うん、ありがとう。その――」
マギーは勇気を振り絞って移動教室を教えてくれた日直の子に、一緒に行こうと声をかけようとした。
だが日直の子は声をかけ終わると同時に駆け去り、友達たちの輪に入っていく。
彼女たちはキャーキャーと時折マギーの方を見ながら、楽しそうに何かを言い合っている。
気分が悪い。
何がどうとうまく説明できないが、とにかく気分が悪い。いらいらする。マギーはそう思った。
ため息をこらえながら、マギーは視聴覚室に行った。
視聴覚室では古い映像を見せられながら、歴史の勉強をした。十二年前の大きな竜や一年前のワイバーンの討伐映像なんかも流れて、周りが喧しかった。
マギーの近くには誰も座っていないので、離れている彼女たちが何を話しているのかはわからなかった。
入学初日のロックな自己紹介だけであれば近寄りがたいというだけで済んだが、マギーの失敗――あるいは武勇伝――はそれだけではなかった。
入学直後に行われた健康診断では十六歳とは思えないほど立派に育った記録を残し、制服の下の膨らみを直に見たクラスメイト♀は母性を見たと、あの温もりに包まれたいとそう口にした。
それでいて身長の方はほどほどで顔だちも愛らしさが残っている。そのためマギーはちょっとしたアイドルのようにも見られていた。
もちろんそれは好印象を与える材料なので、自己紹介のほとぼりさえ冷めれば、むしろ声をかけてくれるクラスメイトは多かっただろう。
しかしマギーは見た目の愛らしさを裏切って、身体測定では運動部を寄せ付けないほどの好成績――走る飛ぶの単純運動なので魔力ドーピングで無双した。球技だったら残念成績だった――を記録した。
その上さらに、部活の新入生勧誘でしつこい剣術部を叩きのめしたりもした。
女学園の剣道部はそんなに強くないので(カタログ上は)ハイスペックな英雄の子を引き入れたかったのだが、手芸部に入りたいからと断ったマギーに似合わないと言ったのがきっかけで、喧嘩まがいの試合をすることになったのだ。
ジオに手ほどきを受け、かろうじて最低限の自衛はできると合格点をもらった――あくまで魔力によるごり押し強化ができるようになっただけで、技術的にはかなりひどい。それでもオーガ並みの身体能力を発揮できる――マギーに、たしなみで剣術を学んでいるお嬢様学校の女生徒がかなうはずもなかった。
ちなみにその騒動の後にマギーは手芸部の門を叩いたのだが、部員たちからものすごく怖がられたのでそれ以降二度と訪れることはなかった。
そんな訳で武闘系の部活の先輩に勝ってしまったマギーは、出自も含めて学内でも指折りの危険人物として認定されてしまった。
ただ同時に彼女は名家の圧政を跳ね除けてきた英雄の娘で、悪政を正してきた天使の姉である。
彼女の不評を買ってはいけないと、性格の悪い上級生たちは少なくとも彼女の近くでは下級生苛めを止めていた。
だからこそ彼女は――主に同級生の一年生に――怖れられながら、同時に敬われてもいた。
修羅の国と名高い守護都市からやって来た、英雄の娘。
次代の英雄と名高い天使の姉。
幼くして母と死に別れた非業のヒロイン。
母性的でオーガ的な肉体を持つ少女。
平和な政庁都市のお嬢様たちにとって、マギーは刺激的な
マギーは好奇の視線にさらされ、学食からはマヨネーズが消え、マギーの使ったトイレの個室には我先にと女生徒が群がることとなった。
エーテリア女学園は史上まれにみる混乱が起こり、だからこそそれを憂う者も現れる。
******
「最近、新入生が騒がしいわね」
エーテリア女学園の生徒会室で、生徒会長であるファラリータ・ヴェルクゼシアは機嫌も悪くそう言った。
その声音に部屋にいた者たちは――一名を除いて――震えあがる。
ファリーは政庁都市の名家ヴェルクベシエスに連なる家の出だ。
そしてその性格は悪い意味で名家の人間と呼ぶに相応しい、自分本位なものだった。
「……そのようですね」
黙っていても御令嬢の機嫌は悪くなる一方だ。書記は無難な相槌を打った。
ファリーが騒がしいというところの中心人物の、マギーという少女は実際良く目立つ。
「そのようですね?」
書記の言葉はお気に召さなかったらしい。
ファリーの眉が危険な角度に吊り上がる。
「あなたたちはわかっているの? この歴史あるエーテリア女学園の生徒が、珍しい山ゴブリンをもてはやしているのよ。ああ、いやだいやだ。品性というものはないのかしら」
マギーは一年を中心にファンクラブが結成されつつある。それが女王様の気に障っているのだろう。
副会長がそう思いながら別の言葉を口にする。
「誠に残念な話ですね。ここは生徒会長ファラリータお嬢様直々に話をつけていただけませんでしょうか」
「話?」
ファリーは目を泳がせた。
ファリーの本家であるところの名家ヴェルクベシエスからは、マギーと仲良くしろと命令が来ていた。
事情は聞かされていないが、英雄や天使と縁が欲しいのだろう。
だが言うとおりにするのは面白くない。
口うるさい前生徒会長が退任して、この女学園はファリーの天下となるはずだった。
仲良くしてあげるにしても、まずは上下関係を教えなければならない。
そのためにも小間使いたちに身の程をわからせてやれと遠回しに言っているのに、まるでこちらの言いたいところを理解しない。使えない子たちだ。
ファリーはそう思いながら、目を泳がせていた。
「……ふぅ」
ファリーの幼馴染であるところの副会長ルーシアは、そんなファリーを見ながら、ため息をついた。
ルーシアは幼馴染で将来的にファリーに仕えることが決まっている身の上なので、当然本家からの命令も知っていた。そしてファリーに馬鹿な事をさせるなという命令も受けていた。
「な、なにかしら」
「いえ、なんでも」
睨みつけるファリーをルーシアは目をそらし、鼻で笑ってやり過ごす。
「何よ。私は怖れてなんていませんからね」
「ええ、そうですね。私は何も言っていませんが」
ファリーは机を扇子で叩いた。
ルーシア以外の生徒会メンバーは一斉に肩を震わせた。
ルーシアは頬に手を当て、困りましたねと、駄々っ子を見る目でファリーを見た。
ファリーはそれを見て顔を赤くする。
もしも今、二人きりだったならこの
「いいわ。話をつけてあげようじゃありませんか。彼女を、マーガレット・ブレイドホームを呼んできなさい」
ファリーは勢いでそう言った。
そして会計の子がマギーを呼びに行かされ、素直にそれに応じたマギーが生徒会にやって来て、二人は対峙する。
ファリーはやって来たマギーを精一杯睨んだ。
マギーはしかし、人相の悪い父親に育てられ、同じく人相の悪い人たちの住む都市で育ったので、睨まれていることに気が付かなかった。
マギーは鈍感系女子なのだ。
それにマギーはファリーがかすかに漏らす怯えの魔力を感じ取っていたので、尚のこと目つきの険しいファリーに敵意を抱けなかった。
鈍感系女子のマギーは類稀なる才能を持つがゆえに、敏感な魔力感知を持っているのだ。
「あなた、なぜ呼ばれたのか分かっているのかしら」
「いえ、わかりません」
わからないことは正直にそう言いなさい。家でもバイト先でもそう教えられてきたマギーは、だから正直にそう答えた。
ファリーは怒った様子を見せながら内心で狼狽えた。心臓はバクバクと鳴っていた。いきなり殴ってきたりしないよねそんな事しないよねと、自分に言い聞かせていた。
生徒会役員はそんなファリーの様子に、ルーシアを除いて戦々恐々とした。
「マギーさん、ファリー様は学内での素行のことをおっしゃっているんです」
「え、そうなんですか?」
「い、いえ、違います」
えっ? と、ルーシアを除く生徒会役員が声を上げた。ルーシアは必死に笑いをかみ殺していた。
「その、あなたはいつも一人でいると聞いています。ええ、私は心配をしているのです。学校に友達はいないのですか」
「……友達」
マギーは目に見えて落ち込んだ様子を見せた。
「友達って、どうやって作ったらいいですかね」
さながら捨てられた子犬のような哀愁を帯びた姿に、ファリーは衝撃を受ける。
あれ?
もしかしてこの子、怖くない?
もしかして普通の女の子?
よく見たら可愛いよね?
よく見なくても可愛いよね。
てんぱったファリーは恐怖と緊張で高鳴っていた心臓の鼓動の意味を勘違いする。
「私がなってあげましょう」
「え?」
「だ、だから私が友達になってあげます。明日からここに来なさい。あなたも生徒会のメンバーです」
「は、はい」
仲良くしろって言われているんだから全然問題ないよね、私は言われたとおりにしているだけなんだからと、ファリーは顔を赤くして自分に言い訳をした。
生徒会役員はルーシアも含めて呆気にとられ、マギーも驚きはしたが、
「ありがとうございます」
そう満面の笑みでお礼を言った。
かくしてマギーは学校で初めての友達を得た。
そして学内では女王気取りの生徒会長すらマギーに下ったと噂が流れ、一般生徒からは尚更に距離をとられることとなる。
それがエーテリア第一女学園でのマギーを表す隠語となった。
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