271話 狩人狩り
政庁都市で開かれる四年に一度の精霊感謝祭。
大小多くの祭りが合わせて開催されるその中で、最も人目を引くのは皇剣武闘祭である。
その武闘祭の中で、狩人狩りと呼ばれる卑劣な行為がある。
ハンター上級相当の者や守護都市中級相当の実力者が、あえて下位の予選に出て、記念出場のハンターを嬲る行為を指す言葉だった。
それは戦士や騎士としてのプライドに悖る卑劣な行為と嫌悪され、そんな戦士が勝ち上がれば本当に強い者たちが叩きのめすのが通例であった。
******
その日、カインは初めてギルドの門をくぐった。
ギルドは荒くれものの巣窟というイメージが付きまとうが、銀行機関でもあるため一般の人も頻繁に出入りしている。
そんな広く門が開かれているギルドに足を踏み入れるのが初めてとなるのには、当然理由がある。
ギルドを訪れるのは登録をするときと、カインは心に決めていたからだ。
だからバイト先の店長にちょっと釣銭が怪しくなったから両替をしてきてくれと頼まれても、頑なに断り続けてきた。これからはそんな思いをしなくても済むと、カインは思った。
そもそもギルドに登録したらバイトは辞めるので、両替を頼まれることはないが。
カインがギルドの登録を見送っていたのは、父ジオレインの許可がなかった――許可なく登録するなといった言葉を本人は忘れており、カインが頼んだらあっさりと許可を出した――事もあったが、本人が自身に課題を出していたことも理由だった。
その課題とは、兄アベルに勝つこと。
ギルドに登録する、ひいては戦士になるのならば、その道を諦めた兄ぐらいには勝たねば格好がつかないと思ったのだ。
正直なところ、訓練の時間を大きく減らしたアベルにはもっと早く勝てるようになれると思っていたのだが、ずいぶんと手こずってようやく昨日の夜に――引っ越して慣れない新生活でくたくたになっているアベルから――一本とれたところだった。
ろくに訓練していないのに強くなり続けるとかずるいと思ったが、勝ったので良しだ。
そんな訳で晴れやかな気持ちでギルドの登録に身を乗り出し、
「ダメ、登録しないで」
受付のアリスに断られた。
「なんでだよ」
カインはギルドに入るなり、今年もキャンペーンガールの装いで客引きをしていたアリスを捕まえ、登録をしようとした。
「だって新人戦に出るんでしょ。ならダメだよ」
「はぁっ⁉ 別に新人戦出るのと関係ないじゃん」
「関係ないけどあるの。
いい? ギルドに登録すると教育係がつくの。でもすぐにランク上げたり実績がある人には予算がもったいないって、外されちゃうの。
新人戦に出るんならすぐに初級から下級にしないといけなくて、カインなら新人戦の本戦出場は固いでしょ。
そうなると一人前扱いされて教育係がつけられなくなるかもしれないんだよ」
アリスは善意100%でそう言ったが、カインは渋い顔をするだけだった。
「え? 別にいいよ。教育係とか、どうせ口うるさいんだろ。なんかあったらセージに聞くし」
「だめだって。登録は政庁都市でして。そっちで登録してれば、政庁都市を離れる時にこっちに所属ギルドを移したって扱いにできるから。それならちゃんと教育係を付けられるから」
「えー、面倒くさ」
「ひっぱたくよ」
アリスは言った。そしてひっぱたいた。
「いいから行ってこい。あと二度手間になるからセージ君にもついて行ってもらって、そこで初級から下級に上がんなさい。早くしないと予選に出れなくなるよ」
「え? ギルドに登録するだけじゃ予選出れねえの?」
間の抜けた質問に、アリスは頭痛を覚えた。
「さっきもそう言ったでしょ。
ああ、もう。あのね。普通、新人戦はギルドに登録して、四年間経験を積んだ人が出るの。登録してすぐ出る馬鹿なんてカインぐらいなの」
「馬鹿じゃねえし」
「うっさい馬鹿。セージ君連れて行かないと、
普通の受付ならそう言うからね」
うげぇと、カインは顔を顰めた。
アリスの言っていることは嘘じゃないとはわかるのだが、それはそれとしてよくわからない理屈で手続きが増えるのが心底面倒だったのだ。
「とにかく、今のカインは何の実績もないんだからね。早く登録して適当な大会でないと、予選にも参加できなくなるよ。
セージ君やジオ様ならごり押しで予選にねじ込めるけど、そんなのに頼りたくないでしょ」
「お、おう」
「じゃあ早く行く。駆け足」
「おうっ‼」
カインは背を翻し、走ってギルドを後にした。
しかし出る直前に思い出したことがあって振り返って、大きな声でアリスに言った。
「ありがとな‼」
気持ちのいい笑顔を残して、カインは改めてギルドを出て行った。
「頑張んなよ」
残されたアリスも笑顔でそう言って、キャンペーンガールの仕事に戻ろうとした。
したのだが、背中から声をかけられて、足を止めた。
「断ったみたいだけど、勧誘ノルマは大丈夫なんだろうね」
アリスは上司の言葉に、返事が出来なかった。
******
カインはセージを引っ張って政庁都市にやってきた。
「僕は遊びに行くつもりだったんだけどな」
サングラスと帽子を装備しているセージがそんな愚痴を漏らした。
「うるせえな。っていうか、なんだよその恰好」
「ファッション」
守護都市よりも大きなギルドは人で溢れかえっており、整理券をもらって二人は順番を待っていた。
「おいおい、ここは子供の来るところじゃないぜ」
そんな二人にガラの悪い若者たちが声をかける。
「なんだテメエら、喧嘩売ってんのかよ」
「よしなよ次兄さん」
「はっ。弟はぶるってるぜ。威勢のいいのもたいがいにしとけよ、ガキ」
「はぁ? 何言ってんだよ、弟はお前らのこと馬鹿にしてんだよ。よく見ろよ、グラサンの下で人のこと馬鹿としか思ってない顔してるだろ」
「してないよ。そしてギルド内での揉め事は禁止ですよ」
「なにしたり顔で説教してんだよ」
若者の一人がセージを軽く蹴ろうとして、避けられる。
「汚れるんで止めてください。ああ、ギルドの方。この人たちを遠くに離してもらえますか」
セージは近くにいたギルドスタッフにそう声をかけた。スタッフは目をそらし早足で去っていった。
「調子になるなよ、ガキが」
「だとよ、セージ。さっさとぶっ飛ばそうぜ」
「ダメだって言ってるだろ馬鹿。この人たち明らかにハンターでしょ。弱い者いじめするな――あ」
つい漏れ出たその本音に、若者だけでなく近くにいたハンターたちも眉を顰めた。
騒動の予兆を感じて、いざとなれば助けようかと思っていた彼らの感情は、そんな好意的なものからは切り替わってしまった。
仕方がないかと、セージはギルドカードを取り出した。
「守護都市上級のセイジェンド・ブレイドホームです。
これ以上ギルド内で諍いを起こそうとするなら、課せられた責任に基づき逮捕権を行使します」
「に、偽物にきま――っ」
言いかけた若者は息をのんだ。
セージが一瞬だけ――周囲を納得させる意味もあったので全方位に――魔力を放ったからだ。
それは敵意を含まず恐怖を与えるものではなかったが、それでもハンターにとって雲の上の人物だと感じるに十分すぎる魔力量だった。
涙目になって震える若者たちに、セージは努めて落ち着いた声で語り掛ける。
「慣れない場所で不安になるのはわかります。
ですがだからと言って、弱そうな人に当たり散らして落ち着きを得ようとするのは恥ずかしい行為なのだと知りなさい」
「は、はい」
「よろしい。それでは君たちもおとなしく順番を待ちなさい。みんなだって待ってるんです。できますね」
「はい」
セージはうなずいて若者たちから視線を外した。
若者たちは慌ててギルドから逃げて行った。
「最初っからそうしてろよ」
「僕は繊細な心の持ち主なんだよ」
カインは鼻で笑った。セージはその脇を肘で打った。
カインが悶絶する中、セージたちの番号札が呼ばれた。
「予定よりもずいぶん早いですね」
「せ、セイジェンド・ブレイドホーム様をお待たせするわけにはいきませんから」
「……そもそも上級権限で順番を飛ばせるのだから、構いませんけどね。
それよりも、もう少しスタッフにコンプライアンスを指導していただきたいですね。
四年前にも似たようなことがありましたよ。
逆上して殴り掛かられるのが怖いのかもしれませんが、それでも警備員を呼ぶぐらいの誠意は見せてほしかったですね」
「も、申し訳ございません。教育不行き届きで――」
「ああ、もういいですよ。それでは要件をすませましょうか」
「……繊細な心の持ち主はこんな偉そうなこと言えな――いっ‼」
カインはセージに足を踏まれた。
******
ささやかな悶着はあったものの、無事にギルド登録を終え、セージの権限でハンター下級に上がったカインは、その足で予選出場権を得るためのエントリー大会に出場した。
「え、お前ついてくるの?」
「一応、心配だからね」
「あん⁉ こんなところで負けやしねえよ。俺は本戦優勝するんだぞ」
「うん。べつに予選落ちなんて心配はしてない」
良く分からないことを言うセージを放って、カインは大会に参加する。
セージは応援してるからと言って、カイン優勝の賭け札を購入限度額まで買った後、観客席のほうに消えた。
カインは案内された待機場で気持ちを集中させる。
持ってきていた武器――カグツチ製の長剣――は刃があるためこの大会では使用不可で、貸与された安物の木剣を手にしている。
待機場は安っぽいカーテンで仕切られ、道や仮設の観客席からの視線を遮られている。
配慮されているのはそれだけだ。椅子の一つも用意されていない。
最底辺の待遇というやつだが、それがいい。
こんな場所も、四年前は見ているだけだった。
だからこそ、ここからがよかった。
安物の装備を使い、自分の実力でこの場所から、ここから勝ち上がっていく。
それはすごくすごく楽しみなことだった。
「おい、テメエ。ブレイドホームだってな」
「あん? 誰だよお前」
敵意の混じった声をかけられ、カインは反射的に棘のある声を返した。
相手は三十歳くらいの男の戦士だった。
「お前今日、下級に上がったばっかりだってな。ブレイドホームの看板を使えば周りがビビるとでも思ったんだろ。テメエみたいな浅い考えの卑怯者が俺は一番嫌いなんだ。骨の一本は覚悟しとけよ」
「あ? できんならやってみろよ、おっさん」
「あ゛?」
「……あんたら、ここで喧嘩始めたら両者失格だからな」
第三者が冷静にそう言って、二人は舌打ちをした。
「名前は」
「ラークスだ」
「俺はカインだ。威勢のいいこと言って、俺に当たる前に負けるんじゃねえぞ」
「口先だけは一人前だな、心配しなくてもお前と俺は一回戦で当たるんだよ」
この場にセージがいれば、カインのランクを知っていたことも併せて、大会関係者との癒着を疑っただろう。
そして確実に勝ちたくて経験の浅い低ランクなカインを狙い撃ちにしたのだと気づき、同情をしただろう。
だが生憎とカインはそんなことに頭を回さなかった。
マジでぶっ飛ばすとしか、思わなかった。
狩人狩りと呼ばれる卑劣な行為がある。
ハンター上級相当の者や守護都市中級相当の実力者が、あえて下位の予選に出て、記念出場のハンターを嬲る行為を指す言葉だった。
そしてラークスはベテランの狩人狩りだった。
新人戦が終わるたびに引退をし、しばらく間をおいて新規登録。
新人として四年間仕事をして、この感謝祭で新人向けの勲章と報酬をもらい、そのついでに予選大会で下級ハンターを嬲って愉悦に浸る、そんな男だった。
カインの初戦の相手は、予告されたとおりに狩人狩りのラークスだった。
仮設の闘技場で二人は睨み合う。
「ちゃんと手加減しろよー」
まばらな観客席に座るセージの声が試合場に響いた。
ラークスは手を挙げてそれに応えた。子供の前なら少しは優しくしてやるかなんて思った。
それを見たカインの怒りは一段階上がった。
「ぶっ飛ばす」
「へっ、ガキが」
ラークスはそう言って審判に目配せをした。
審判は手を振り上げ、始めと声を上げた。
そしてラークスはまず得物の剣を切り落とされた。
「へ?」
カインの武器は貸与品の――打ち合えば折れるよう細工がされた――木剣である。
対してラークスの武器は大会用に刃引きこそされているものの、切断強化、硬化の呪錬がなされた特注の金属剣(日本円換算38万円)だ。
起こったことが信じられないのも無理のないことだった。
「ぼさっとすんなよ」
カインはそう言ってラークスを足払いでこかし、その腹を踏みつけた。
「げふっ」
「おら、参ったって言えよ。両手両足の骨へし折るぞ」
「ば、ばかな。いんちきだ。うぎゃぁ」
カインはまず右腕を踏み抜いて、その骨を折った。
さらに腹を蹴って悶絶させる。
「次は右だ……あれ? 俺から見て……。
次は、左だっ‼」
「ま、まいった。やめ、やめて。やめてください」
「……さっさとそう言えよ、ばーか」
カインはそう言って審判を見る。俺の勝ちなんだろ、なんでぼーっとしてるんだと、無垢な顔で。
「あ、か、カイン選手の勝ちです」
カインは満足してうなずいて、闘技場を後にした。
ラークスは担架で運ばれ、仮設医務室に善意のボランティアですという顔をしてやって来た守護都市上級の戦士に折れた腕を治療された。
その際に大会運営は、
「あの、せ、セイジェンド様、あの人は……」
「愚兄です」
そう尋ねて、そんな答えが返ってきた。
ラークスはその日をもって、狩人狩りを引退した。
カインはその後も順調に勝ち上がって優勝し、その日のうちに別のエントリー大会へ登録してそこでも優勝。皇剣武闘祭新人戦一次予選参加資格を手に入れた。
予選でもその実力をいかんなく発揮して勝ち進め、その実力が守護都市中級相当であることを認められて、彼はこう呼ばれることとなる。
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