268話 男の子だからマザコン
「これはまたずいぶん手ひどくやられたね。両腕の骨がぐちゃぐちゃに折れているよ。こうなる前に止められなかったのかい?」
「面目ありません」
グライ教頭は養成校付きの医療魔法士に責められて素直にそう謝った。
マックスの腕が顔を庇って複雑骨折したのは試合が終わった後のことなのだが、止められなかった事には変わりない。
この怪我は大事な生徒の一生を左右するものだと、グライ教頭はわかっていた。
「せん、せい……」
「喋るんじゃないよ。体力の無駄遣いだわさ」
「いえ、少しだけ話させてください」
グライ教頭の言葉に医療魔法士は良い顔をしなかったが、しかしその人柄をよく知るため、とりあえず様子を見る事にした。
「俺、勝つって、約束したんです。母さんに。勝つって。楽を、させるんだって」
「そう、ですか」
「なんで、なんで、俺が、負けるんですか。俺のほうが歳上なのに、ずっと、頑張ってきたのに」
グライ教頭は落ち着かせるよう、マックスの体を優しくなでる。
「そうですね、君は頑張っていました。
でもセルビアくんも頑張っていたんです。
君は彼女の頑張りを見ていたのに、それを認めていなかった。
それが敗因です」
「でもっ……」
「悔しいでしょう。辛いでしょう。
君には勝たなければならない理由があった。
私も、君を応援していました。
それでも、勝ったのはあの子です。
そしてあの子にも、勝たなければならない理由があったのです。
みんな同じなんです。
そしてブレイドホームさん、天使の彼も、言っていましたね。
今は競い合う仲で、時にいがみ合うかもしれないけれど、いずれは共に国を守る仲間になると。
あなたはそれを忘れ、一方的な憎しみと怒りで心を曇らせ、幼いセルビアくんに酷いことを言いました。
その事は反省しないといけません」
諭すように優しく、それでも伝えなければと、心を鬼にして胸を痛めながらグライ教頭はそう言った。
セージがこの場にいれば鬼の定義が甘すぎると言ったろうが、子供に厳しい事を言うのはどうしても苦手なのだった。
「……次の、試合は」
マックスは泣きながら口にした。
「ダメに決まってるわさ。一ヶ月は安静にしなさい。訓練も許可できません」
マックスは嗚咽を漏らした。
グライ教頭はもう少し言い方を考えてくれと医療魔法士に恨みがましい視線を向け、魔法士は肩をすくめてそれを受け流した。
一ヶ月安静にしろと、そこまでしか言わなかったことが彼女にとっての最大限の配慮だった。
「………ぁ……、……………たのよ」
「うん?」
医務室の外から、ドア越しに何やら騒がしい声が聞こえた。
「入りますよ」
入ってきたのはセージだけで、他にも部屋の外には何人かいたが、彼女たちには入ってくるなとセージがドアを閉め切った。
「どうも。容態は?」
「なんだい、あんたは。ここは怪我人以外が入ってくるところじゃないわさ。さっさと帰りな」
「ええ、用事が済めばすぐにでも。それで、彼の容態は? 完治までにどれくらいが必要ですか?」
医療魔法士の額に青筋が浮かぶが、グライ教頭が必死でなだめる。
「答えてあげてください、先生」
「……とりあえず、一ヶ月だわさ」
苦虫を潰した顔で、魔法士は嘘をついた。
半死半生のマックスは一ヶ月安静にして、ようやく大規模な医療魔法、あるいは外科手術に耐えられるまで体力が回復する。
そこから日常生活に戻るにはさらに月単位の時間が必要で、再び剣を取れるようになれるかは今はまだ答える事もできなかった。
それほどに、マックスの両腕は破壊されていた。
「そうですか。私なら今日を含めて三日で治せます。どうしますか。条件を受け入れるのでしたら、私があなたの怪我を治しますが」
悪魔が囁くように、セージはマックスにそう提案した。
魔法士はその無謀な提案に激高する。
「あんた、この子を殺す気かいっ!! そんな無茶な治癒魔法かけたら体が耐えられないのよ」
「それは治癒魔法に対する抵抗を考慮に入れた肉体と魔力の疲労が原因でしょう。
私ならそれを極限まで抑えられる。現状の体力でも、全身の打撲は治せますし、明後日ならば骨の異常にも手をつけられます」
ひどく機嫌の悪いのを隠すことなく、セージはそう言った。
「無茶だ!!」
「可能なんですか?」
「教頭っ!!」
常識を知らない子供の甘言に騙されそうになっている。
医療魔法士はそう思った。
「出来ますよ。心臓治療の件は知っているみたいですね。話が早くて助かります」
「では、お願いします」
「教頭っ、あんたねえ……」
「彼は天使セイジェンド・ブレイドホームです。その力は私たちの常識で測れはしませんよ。そして人間性については、私が責任を持って保証します。
決して勇み足でこのような事を言っているわけではありません」
医療魔法士は開いた口が塞がらないといった様子で、グライ教頭を睨む。
無茶な回復魔法は体に毒ともなる。
一番ひどいのは両腕だが、試合中にさんざん打ち据えられたため全身に打撲と骨折を負っている。それらは内臓を痛めるほどではなかったが、それでもひどい大怪我と言える。
そんな状態のマックスへの不適切な回復魔法は、死にも繋がりかねない。
「子供が死んで取れる責任なんてあるものかいっ!!」
「そして子供の未来に取れる責任もありませんね」
医療魔法士は顔を赤くしてセージを睨んだ。
マックスが再び剣を取れる日が来ないと諦めている、そんな心の内を揶揄されたように感じた。
「さて、モグリの医療行為ですから報酬を求める気はありません。どちらかといえば、妹に偉そうなことを言った責任を果たしに来ただけですからね。
しかしそれでも、無事に完治した後は謝罪に来て欲しいですね」
セージの冷たい目が、マックスの朦朧とした目を睨む。
「俺は、お前ら、なんかの……」
「自分でわかってないんですか? そんなはずないですよね。さっきから腕に力を入れているのに痛みが走るだけでまるで動かせないんですもんね。
その腕、このままじゃ使い物にならなくなって、最悪は切断ですよ」
「っ!?」
マックスは救いを求めて医療魔法士を見た。彼女は悔しそうに目をそらした。
「じゃあ、治しますね。
あなたみたいなクズは治したくないんですが、これも妹のためです。
ああ、本当に親の顔が見てみたい。あなたみたいなクズを育てた親は、きっとクズなんでしょうね」
何を言われたか、マックスは分からなかった。
ただそれでも頭をガツンと殴られたような衝撃に襲われた。
視界が滲む。
涙が溢れてくる。
それでも何もできない。
今のマックスにはベッドから動くことも叶わない。
いや、たとえ万全な状態だったとしても、目の前の圧倒的な魔力を放つ少年には何をしても敵う気がしない。
だから泣いた。
許せない暴言を吐いた少年の、暖かい魔力に包まれながら、何もできない自分が悔しくて泣いた。
「家族にケチをつけられるって、嫌なことでしょう。
はい、終わり」
セージは言って、ペしりとマックスの額を叩いた。
「……終わったんですか?」
「ええ。とりあえず今回は体力を回復しやすくするための治療ですからね。筋肉に刺さっていた骨の破片を動かしたり、打撲の内出血を処理したぐらいですよ。
本格的な治療は明後日やりますんで、それまで絶対安静でお願いします。
ああ、それまでの間、腕の固定なんかはお任せしますね。
医療行為自体は本当に素人なんで」
「……ちっ、あんたよくそれで治せるなんて大きな口開いたもんさね。
ああ、いいさ。あんたのやり方は私じゃ理解できないもんだった。そして確かにマックスの負担もありえないほど少なかった。
だが次の治療も私は立ち合うし、危ないと思ったら止めるからね」
医療魔法士の言葉に、セージは頷いた。
「ええ、そうしていただけたほうが心強いです。彼はこのままここに入院するんですか? いえ、入院って言葉は正確ではないんでしょうけど」
「ええ。下手な病院よりもここは設備は充実していますからね」
「そうですか。ところで外に待たせている人が居るので、入らせてもいいですか?」
グライ教頭と医療魔法士は顔を見合わせた。
セージがわざわざこの場に招き入れたいというなら、それはセルビアだろう。
「すいません、マックス君はもう休ませてあげないといけません」
「ああ、ご心配なく。そのために入ってきて欲しいんです。
ミリアムさん、終わりましたよ」
セージが医務室の外へ大きな声をあげると、ゆっくりと扉が開かれ三十代半ばの女性が入ってきた。
「あなたは、マックス君の……?」
「母です。この度は、息子が大変ご迷惑をおかけしました」
「あ、いえ、お預かりしているお子さんをこのような姿にして、面目次第もございません」
教頭は居住まいを正してミリアムに頭を下げた。医療魔法士も、それに倣って頭を下げた。
「とりあえず今できることは済ませたので、あとはゆっくり休ませてください」
「はい、セージ君もありがとうございました」
「止めて下さい。僕は妹のやりすぎを片付けているだけですよ。
ああそうそうマックス、さっきの言葉は訂正しておく。バカでクズなのはお前だけだ。母親に心配かけるなバカ」
マックスは呆気にとられた顔で医務室から出ていくセージを見送った。
そんなマックスの額を、ミリアムは優しく叩いた。
「ほんと、馬鹿なんだから。あんなに無理しなくてよかったでしょう」
「あ、え、なんで、あいつは……」
「あなたは来なくていいって言ったけど、お母さんも見に来てたのよ。変装していたけどね。
あんな事になって、どうしていいかわからなくて困っていたらあの子が来て、一緒に来てって。
すごいわね。どうやって気づいたのかしら」
マックスは母の顔をよく見ようと体を起こそうとして、激痛に邪魔をされた。
「ああ、もう、無理しないで」
「そうだぞ、横になってろ。声をかけられても無理に答えなくていい。そのまま寝てろ。後はこちらでやっておくさ」
医療魔法士はそう言って看護士から痛み止めの注射を受け取る。
点滴の準備もさせていたが、それは必要なくなったのでしまわせる。
「……化物だわさ」
「何か言いましたか?」
「なんでも」
グライ教頭は肩をすくめた。
門外漢である教頭とは違って、医療魔法士にはセージがやったことがある程度理解できたのだろう。
そして恐怖を感じた。
理解はできる。
グライ教頭もコンサートで演舞を見たとき、畏怖を覚えたから。
剣舞をしながら複数の魔法を同時に操る。
言葉にしてみればたったそれだけだが、そんな芸当をあの子の他にいったい誰ができるだろうか。
例えば全盛期のカナン・カルムか、あるいは複数の飛翔剣を巧みに操るラウド・スナイクももしかしたら可能なのかもしれない。
つまりたった9歳の子供が、国内最高峰の技術を身につけている。
凡人に毛が生えた身からすれば、セージを理解不能の化物と呼びたくなる気持ちは――共感はできないが――理解できた。
「さあ、注射するぞ。痛かったら――、我慢だ」
「っ」
マックスはわずかに顔をしかめた。
ただ本当に体力が限界に来ているので、それ以上の反応はなかった。
「あの、息子は」
「大丈夫、でしょうね。少なくとももう大きな怪我は両腕だけです。これから固定しますので、あとはよく寝て、よく食べれば体力も回復するでしょう。
あの少年が治せなくとも、ここからならばもう死ぬことはありません」
「えっ」
死という言葉に、ミリアムは大きく目を見開いた。
「すいません、大げさな表現でしたね。とにかくもう大丈夫ということですよ」
「そ、そうですか。
よかったわね、マックス。もう試合のことなんて忘れて、ゆっくり休むのよ」
「俺は、まだ……」
「喋らなくていいっていっただろ。さっさと寝ろ」
医療魔法士にそう言われながら、それでもマックスは一言だけを発する。
「強く、なる」
そうして瞼を落とした息子を見守りながら、ミリアムはやれやれとため息をついた。
※※※※※※
~~その後~~
マックスは回復後、すべての試合に勝利した。
セルビアが全勝し他の生徒が勝ち星を食いあったこともあって、なんとか予選本戦の方の代表には選ばれた。
ちなみに選抜戦が全て終わった後に母とグライ教頭と共にブレイドホーム家に謝罪に行ったが、その際にマギーからビンタをされた。
そしてなぜかカインと仲良くなって、ブレイドホーム家の道場に通うようになった。
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