267話 逆鱗





 皇剣武闘祭新人戦代表選抜戦。

 一試合の時間制限は30分。

 敗北の条件は失神、テンカウントダウン、場外でのテンカウント経過、降参、レフリーストップとなる。

 時間切れは状況に関係なく引き分け扱い。

 死亡は敗北扱いだが、勝者はその後の試合に出る権利を失い、代表となる権利も失う。

 またこれは試合に限った話ではないが、騎士として相応しくない振る舞いをしたものも同様に代表権、およびその挑戦権を失う。


 選抜戦は士官学校においても皇剣武闘祭の代表枠(こちらは最終予選一名、二次予選二名)をかけて行われており、見応えのあるそちらに観客は流れる。

 新人戦を見に来るのは選手の身内や親しい友人、青田買い目的のスカウト班ぐらいなものであった。


 ただ今年は違った。

 八年前のケイ・マージネルを思わせる少女がいると、噂があったからだ。

 ケイの時も強い少女がいるという噂はあったが、そこまで人は集まらなかった。

 彼女は名家の令嬢で、つまるところ名家が箔をつけるためにそんな噂を流していると、そんな流言もあったからだ。


 だが今回は違う。

 英雄の秘蔵っ子である天使、その双子の妹。

 天使に比べれば見劣りするものの、それでも9歳という幼さで既に騎士養成校でも上位の実力を身につけているという。

 それこそ新世代の魔人ケイ・マージネルを彷彿とさせるほどに。


 だからこそ力を見定めようと多くの大人が、そして新しい英雄の活躍を見たいと願う学生たちが、セルビアの初戦に集まった。

 第一訓練場に設置された多くの試合場の中で、セルビアとマックスが向かい合うそこには多くのギャラリーが押しかけていた。


「ふん……」


 マックスはそんなギャラリーを背負って、鼻を鳴らした。

 自分を応援してくれる友人や後輩も少なからずいるが、それ以外のギャラリーが何を期待しているかはわかっていた。

 英雄の娘が、天使の妹が、それに相応しい力を発揮するところを見たいのだと。

 年齢も体格も勝る自分を打ち負かすところを見たいのだと。


「……お偉いオヤジを持って幸せだな。おかげでお前にはこんなに味方がいる」

「……」

「だがいくら声援があったって、戦うのはお前と俺の二人だけだ」


 準備は出来ているが、試合の開始時間にはまだ早い。

 気の逸るマックスは対面に立つセルビアにそう言った。

 反応はなかった。


 マックスは試合着の上に革製の防具を身につけている。そして手に持っているのは刃引きした長剣。

 どれも騎士養成校から貸与されている品だ。

 対してセルビアの装備はすべて自前のものだ。

 鎧はまとっていないが、試合着の下にはマックスの防具よりも優れた薄手のインナーを着込んでいる。

 手に持つのは刃引きされた鉈だ。


 セージは当初、竜角刀を持つまで使っていたカグツチの鉈を刃引きして渡そうとしたが、それはジオが許さなかった。

 カグツチが認めてない相手に武器を渡すのも、その武器を刃引きするのもダメだと言って。

 だからその鉈はセージがギルドで働き始めたときに使っていた、呪錬もされていない普通の鉈を刃引きしたものだった。

 これを使うくらいならいっそ騎士養成校から貸与されるものを使ったほうがいいんじゃないかと、セージは勧めたが、セルビアはこれが良いと譲らなかった。


 そんな経緯を当然、マックスは知らない。

 だから単純に呪錬兵装で身を包んでいると思い、資金力の違いを感じて憤った。


「いくら親が優れていても、金を持っていても、戦うのは己自身だ。

 その事を教えてやる」

「……」

「少しは言い返せないのか、それとも――」

「マックス君、試合前に口が過ぎますよ。君達は剣で競い合うのです」


 苛立ちを覚え言い募るマックスを、審判を務めるグライ教頭が嗜める。


「はい、教頭先生。ですが一つだけ」

「なんでしょう」

「お気に入りの生徒だからといって、贔屓はしないでくださいね」


 グライ教頭はその侮辱を聞き流して答える。


「騎士として誓いましょう。公正な審判であると」

「信用しましょう」


 マックスは鷹揚にそう言った。

 少し離れた二階のVIP専用の観客席にいるセージが、ガキだなと呟いた。

 となりのジオは肩をすくめた。


「……ねえ」


 そこで初めて、セルビアは口を開いた。


「なんだ? 始める前から降参か?」

「怖いの?」


 マックスは顔を真っ赤にしてセルビアを睨んだ。

 セージならば、自分の方が強いと繰り返して言い募る姿に不安を感じとり、明瞭に分析してそう言っただろう。

 セルビアにそれはできないが、それでもマックスの負けることへの恐怖を敏感に感じ取っていた。


「私も、最初の相手があなたで良かった」


 セルビアは淡々と、そう言った。


「あなたはここで一番強いから」

「あん?」

「だから万全のあなたと、戦いたかった」


 セルビアの言葉に、ギャラリーが歓声を上げる。

 マックスが何かを言い返そうとするが、それを遮って訓練場全体にアナウンスが流れる。


「時間になりました。それでは始めてください。各選手の健闘を祈ります」


 審判役のグライ教頭が手を挙げ――


「始め」


 ――振り下ろした。


 セルビアとマックス、二人の試合が始まった。



 ******



 マックスは初手から全力の一撃を放つ。

 最速で踏み込み、大上段からの唐竹割り。

 直撃すれば頭蓋を割るだろうそれを、セルビアは横合いから鉈で払って受け流す。

 踏み込みの勢いのままにぶちかましを決めようとするマックスを、セルビアは体捌きで躱し、後ろを取る。


 背中から切りかかろうとする気配を感じて、マックスは振り返りながら剣を横薙ぎに振るった。

 それを屈んでやり過ごしたセルビアは、マックスの足を鉈で打ち付ける。


 それは有効打となるが、同時にセルビアは蹴り飛ばされた。

 試合場の端まで跳んだセルビアを、マックスは追撃できなかった。

 蹴りの軸足を打ち据えられ、骨にひびが入ってしまったからだ。

 対して、セルビアは蹴りの衝撃に逆らわなかったこともあってほぼ無傷だった。


「降参する?」


 セルビアはそうマックスに言った。

 今ならまだ次の試合に出れるでしょうと、言いたげに。

 単調に無理やり攻めてこなければもっと良い試合になったのにと、言いたげに。


「ふざ、けるなっ!!」


 マックスは叫んで、セルビアに向かって走った。

 セルビアはため息をついて、その無謀な特攻を迎え撃つ。

 マックスを中心に円を描くように回り込み、ひびの入った足を狙う。

 マックスは足をかばいながら、何とかセルビアのフットワークに追いすがる。

 だがマックスの剣はすべて空振りし、セルビアの鉈はすべてマックスの体を打ち据える。


 足にもう一撃入れば完全に折れる。

 それがわかっているから足を狙うフェイントにはどうしても引っかかるし、そうなれば無防備になるどこかを打ち据えられた。

 相打ち覚悟で一撃を入れようと思っても許されない。

 最初の蹴りは脛への一撃が確実に有効打となるから受けただけでしかなかった。

 丁寧に確実に、無傷での勝ちを狙うセルビアを捉えることはできなかった。

 レフリーストップが入ったのは、試合開始からわずか五分が経過してのことだった。



「俺はまだやれる」

「決着はつきました。これ以上は無理です。整列し、礼をしなさい」

「ふざけるなっ、贔屓はしないって言っただろう」


 グライ教頭にマックスが食ってかかる。

 だがグライ教頭は首を横に振った。セルビアは丁寧に攻め立て、マックスは既に全身に打撲が出来ていた。骨にひびが入った箇所も、もう足だけではない。

 今はまだアドレナリンによる痛覚の鈍麻と身体活性で元気に叫んでいるが、魔力が切れれば立っていることもできなくなるだろう。

 これ以上傷つけば、今後の試合に出られないだけでなく、長い入院生活すら必要となってくる。

 当然、こんな状態から同格・・のセルビアに勝つなど不可能だ。


「教頭先生、私は続けてもいいよ。失神させたほうがいいんでしょ」

「セルビア君っ、そんな言い方をしてはいけません」

「……はい、ごめんなさい」


 敗者を嬲る死体蹴り様な発言は騎士として相応しくない。

 その自覚はあったのでセルビアは素直に謝った。

 そしてそのやりとりの意味を理解できるマックスは、頭に完全に血を上らせた。


「ちょっと優勢になったからって調子に乗るなよ、テメエなんて出来損ないだろうが!!」

「マックス君っ!!」


 グライ教頭が大音声で叱りつけるが、マックスは止まらなかった。


「知ってるんだぞ。英雄の息子は天使だけで、お前はただの捨て子だって。血なんて繋がってない――」

「マックスっ!!」


 グライ教頭が無理やりにでも黙らせようとそちらを向き、その横を風が抜ける。

 いや、風よりも速く、セルビアが抜ける。

 纏う魔力は純粋な怒りと殺意。

 それが乗るのは刃引きされたとは言え、金属の鉈。

 それは限界まで引き絞られて放たれた矢のように、鋭く早く一直線に、鉈の潰れた切っ先がマックスの顔面に襲いかかる。


 グライ教頭は慌てて手を伸ばしたが、マックスに向いていたために反応が一瞬遅れてしまい、その手は何も掴めなかった。

 セージは腰を浮かしかけ、止めた。

 二回の観覧席からではいくらなんでも――妹に怪我をさせずに止めるのは――間に合わない。

 無駄なことはしなくていいかと、任せることにした。


 避けられない惨劇に観客が悲鳴を飲み、セルビアの鉈はマックスの顔に吸い込まれ、しかし届く事は無く砕け散った。


 みんなが呆気にとられる中、しかしセルビアは躊躇なく柄だけになった鉈を握ってマックスを殴り倒し、そのまま馬乗りになって柄頭で重ねて殴り続けた。


 慌ててグライ教頭がセルビアを引き離し、セージも改めて2階席から跳んで試合場に降り立った。


「やめ、止めなさい、セルビア君。勝負はもう付いてるんです」

「放して先生、そいつぶっ殺してやる」

「妹、落着いて。殺すとか簡単に言ったらダメだって」


 バーサーカーと化したセルビアをふたりが必死で押さえ込む中、


「失格よ」


 観客の女子生徒が、そう口にした。


「審判は勝敗を決めた後だったじゃない。そのあとの暴行は規範に反してる。失格処分だわ!!」

「ほんと、ろくな生徒がいないなここ」

「それについては後ほど弁解の機会をいただきたいですね。

 しかしレイナ君。マックス君を庇おうというのはわかりますが、それは彼に恥の上塗りをしているも同じです。口を慎みなさい」

「なんで、なんで教頭先生はその子を庇うのよ。マックスは今回が最初で最後なのよ。いいじゃない、四年後にまた受けさせれば」


 暴れるのをやめ、羽交い締めから一応解放されたセルビアが、親の敵でも見るような目でレイナと呼ばれた女子生徒を睨んだ。


「ひっ……」

「あたしに、そんな時間はない」


 セルビアは腰を抜かしたレイナから視線を外すと、大好きな兄に向き直った。


「ごめん、壊した」


 セルビアが言ったのは貰ったばかりの鉈の事だった。


「ああ、いいよ。親父が悪いから」

「またそれか」


 いつの間にか降りてきていたジオが、そうぼやいた。


「怪我がなくて良かった、セルビア」

「うん」

「さて――」


 そう言ったジオは、セルビアの頬を平手打ちをした。

 その場にいた誰もが目を見開き、例外であるセージがジオに殴りかかった。

 ジオはセージを片手であしらいながら、言う。


「――手加減を覚えろといったな。忘れたのか」

「忘れてない。あんな奴殺して当然だ」


 セルビアの迷いのないセリフに観客が震え上がり、ジオは再びセルビアを平手打ちしようとして、かばったセージを割と本気で吹っ飛ばした。

 セージはギャグマンガのように吹っ飛んで、訓練場の壁にめり込んだ。


「アニキっ!?」


 セルビアはセージを心配して駆け寄ろうとするが、それより早くジオに平手打ちをされた。

 セルビアは一度目よりも強い衝撃のそれに頭を揺さぶられ、膝をついた。

 殴り返してやろうと思っても膝は震えて立ち上がることもできず、体がまともに動かなかった。


「お前はセージの妹だろう」


 ジオは厳しい口調で言った。

 頬を赤くはらしたセルビアはうつむき、涙ぐんだ。


「泣かすなよ、バカ親父。せっかく勝ったのに」


 何事もなかったかのように戻ってきたセージがそう言うが、ジオは静かに首を横に振った。

 セージは頭を掻いた。

 セージとしてもこんな喧嘩で人殺しをして良いとは思わなかったから、それ以上何も言えなかった。

 その代わりというわけではないが、セルビアを抱いて優しく立ち上がらせる。


「ねえアニキ。あたし、間違ってるの?」

「そう、だね。

 何年か経って今日のことを振り返ったら、きっと殺さなくてよかったって思うよ。

 これは試合なんだ。

 殺し合いじゃない。

 それに今は競争相手で、いがみ合っていても、将来はおんなじ仕事をする仲間でしょ。

 仲良くしろなんて言えないけどさ、殺すなんてダメだよ」

「でもっ」


 セルビアが言葉にできない思いを溢れさせようとするが、その魔力かんじょうは震える足で起き上がろうとするマックスを見て冷たくなる。


「俺は、負けてない。負けられない。お前らみたいな、なんでも持ってる奴らに。

 来いよ。俺は負けたなんて言ってない。認めてない」

「あなたが認めるかどうかなんて関係ないですよ。試合の勝敗ってのは第三者が決めるもんです。

 あなたはズタボロで、妹はピンピンしてます。どっちが勝者かなんてひと目でわかる状況ですよ。

 周り見なさいよ。みんなには負けた上に言いがかりをつけている、恥ずかしい騎士見習いとしか映ってないですよ。

 よかったですね、これが試合で。

 あなたは自分の方が強いから力の差を見せて勝つなんて傲慢な事を思って、何もできずに無様に負けましたが、また体を治してやり直せるんだから。

 実戦なら死んでいたけれど、よかったですね。

 勝手に格下だと思い込んで油断して死ぬとかみっともない死因を迎えなくて。

 ああ、本当に良かったですね。後輩が庇ってくれて。

 あなたは惨めな敗者ですけど、同情してくれる人が居るんだから」


 セルビアにかけるものとは180度色合いの違う声音で、セージは責め立てる。

 這いつくばり、言い返す言葉も失って涙ぐむ十四歳のマックスを見ながら、グライ教頭がこめかみを押さえた。


「ブレイドホームさん、それもまた死体蹴りですよ……」

「知りませんよ、私は騎士じゃない。

 グライ教頭が彼に目をかけているのはわかりますが、だからといって子供の駄々に付き合う義理はありません。

 第二のアールさんでも生む気ですか?

 ここまで馬鹿な事を言うなら、叱ってあげるのが教育者の役目でしょう」

「……耳が痛いですね、本当に。

 ですがこれ以上は私に任せてください。セルビア君に不利なことは何もしませんから」


 渋々といった様子を見せながら頷くセージを見て、グライ教頭はホッと胸をなでおろす。

 そして同時に、セージの口撃をみて冷静になったセルビアも目に入る。

 周りを見れば、マックスに心酔している生徒も、これ以上なにかを言う気勢を失っていた。

 そして負けた上で言いがかりをつけるマックスに冷たい目を向けていた一般の観客の敵意も、セージに口汚く罵られたことで和らいでいた。

 嫌な役目を押し付けたようですねと、グライ教頭は心の中で陳謝した。


「ありがとうございます。

 さて、マックス君。まずは医務室に行きましょうか。

 セルビア君は控え室で休憩し、次の試合に備えてください。新しい武器は手配しておきます」

「……はい。ごめんなさい、先生」

「謝らないでください。こうなったのは私の指導不足です」


 うんうんと、ジオが頷いた。

 お前よくわかってないだろうと、その脛をセージが蹴った。

 色々とあったが、こうしてセルビアは初戦を勝利で飾り、その後も破竹の勢いで養成校史上二人目の選抜戦全勝を記録した。

 そうしてジオが理不尽なまでにスパルタな教育者で、天使がシスコンだという噂も流れることとなった。





 ※※※※※※



代表候補A「……正々堂々普通に戦うぞ」

代表候補B「……ああ、誰か一人を目の敵にするなんて騎士らしくない」

代表候補C「……ちびっこ相手だからな。早めに試合終わらせてやるべきだよな」

A&B&C「「「俺たちはビビってない。おー」」」

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