208話 勘違い系女子(28歳)





「それで、セージはどうするって?」

「デイトさんも探すけど、とりあえずは予定通り芸術都市からの依頼を受けてみるって。マギーちゃんのことはお願いだって」


 時間はマリアから話を聞いた夜に遡る。

 道場でカインとセルビアの練習相手を務めたアベルは、汗を洗い流してからシエスタのいる離れを訪れていた。


「そうか。まあ芸術都市にいられる時間は限られているから、仕方がないね」

「アベルのことを信頼して任せてくれたんでしょ」


 シエスタはそう言ったが、アベルは苦笑して首を横に振った。


「あいつはそういう理由では判断しないんじゃないかな。

 いや、信頼も期待もされてるとは思うんだけど、あいつはどこかで自分が全部何とかするって、それが出来て当たり前だって、思ってるような気がするな」

「セージさんは何でも出来るからね」

「何でもは出来ないよ。ただ出来て当たり前って思ってるだろうなって、そう思っただけで」


 アベルの苦笑は深みを帯びる。

 元々シエスタはセージを特別な子供として見ていたが、一年前からそれは度が深くなっており、セージの事を下手に悪く言うとかなり本気で機嫌が悪くなるのだ。なので、アベルはやんわりとシエスタの考えを訂正した。

 そしてシエスタは口をへの字に曲げた。


「セージさんのそれは思い上がりってわけじゃあないでしょう。能力が有って、人を思いやる心もあって、自分を信じて行動をしているんだから」

「あ、うん。はい。

 ……いや、そうなんだけどね。ただ心配にはなるだろ」


 その言葉にはシエスタも素直に頷いた。


「ええ、確かに。負担はかけすぎてるよね。だからマギーちゃんのことはしっかりフォローしてよ。私も気にはかけるけど、今は忙しいから……」

「クラーラ様との交渉? 上手くいきそうなの?」

「うん、たぶんね。スノウ・スナイクに比べれば何を考えてるのかまだ分かり易いし、お互いに利益のある話だから」


 シエスタは今、二つの案件を抱えている。

 一つはミルク代表の商会が抱えている娼館の縄張り争いだ。

 ローティーンの娼婦もいる守護都市だが、実のところそれは合法ではない。そしてそもそも売春自体が法的にはグレーに当たる。

 法律で言えば売春は認可を受けた店でのみ許される行為で、未成年の子供をそこで働かせることは違法となる。

 ただ個人が個人と自由恋愛を行い、一晩だけの恋人から金銭を受け取ることは違法ではなく、この国には未成年の相手との恋愛を禁止する法律がない。


 かつてミルクが個人で売春を行ったことはグレーではあるが違法ではなく、しかしその後に娼婦仲間と認可を受けずに店を持ったことははっきりと黒だった。

 だから見せしめもかねジェイダス家に粛清をされた。


 現在、その認可を与える部署からジェイダス家の影はなくなっており、しっかりと準備をして申請をすればどの勢力の店でも開業ができる。

 もちろんそこで働くことが許されるのは男女のどちらであれ、成人した者だけだ。

 ただ認可がなされやすくなったせいで、娼館が今は供給過多の現状にある。

 結果として店では客を取れず、路上で安く体を売るものが増え、さらにそれが原因で店の業績は下がる悪循環が生まれている。


 路上に出た娼婦にしても安く体を売る分、生活のために回数をこなす必要に駆られて体を痛めた。

 また店に守られていないため悪質な客に傷つけられ、さらに運が悪ければ重い障害を負わされたり、あるいは命を落とすことすらあった。


 かつてはそうならない為にジェイダス家が娼館を管理していたのだが、そのジェイダス家は今はもう力を持っていない。

 ミルクは商会が、そしていつの日か名家となるブレイドホーム家がジェイダス家に代わって管理者になろうとしているが、シエスタは名家の力ではなく、公平な法の規制でその管理をするべきだと考えていた。


 ただ監査官のシエスタは法を悪用する役人を摘発するという司法よりの立場であって、立法や行政とは遠い立場にある。

 だから近い考えを持つクラーラに協力を求めていた。



 もう一つはこの守護都市が抱える問題である。

 名家の圧政などで地元に居場所のなかったものが守護都市には多く訪れる。

 魔物を狩る戦士であれば、あるいは戦士を相手取って売春しょうばいが出来るのであれば、この都市では体一つで大金を稼ぐことが出来るからだ。


 だがそうして逃げるようにやって来た守護都市でも、居場所を得られなかった者は少なくない。

 そもそも力不足で、あるいは運悪く後遺症の残るひどい怪我を負って戦えなくなった戦士。

 汚職を摘発された騎士。

 守護都市という特異な環境に馴染めなかった役人。

 他にも商売に失敗した者もいれば、ボロボロになるまで体を売り続けてしまった者もいる。


 そういった人たちに、逃げてきた故郷とは別の都市に行けばいいと口にする者もいる。


 だがそう上手くはいかないのだ。守護都市には後暗い経歴を持つものたちが容易く入ることができる。

 だから他の都市に住むものは守護都市から移り住んでくるものを警戒する。あるいは力を持つ者は使い捨てのできる人足と見る。


 ギルドで名を挙げた戦士はギルドでその実績を証明してもらえる。

 騎士として経験を積んだものは軍がその身元を保証する。

 商売で成功したものは金銭だけでなく、多くの都市を巡ることで幅広い人脈と知識を身につけている。

 夜の仕事に就いたものは身を粉にして稼いだお金を元に健全な商売を始めるか、あるいは生涯を共にできるパートナーを見つけ、その相手とともに他所の都市に降りて昼の生活に還った。


 だが上手くやれなかった者にはそうはいかなかった。

 他所の都市に降りても浮浪者として扱われるか、奴隷のように使い捨てられる。守護都市に逃げてくる前にはあった若さや健康な身体も失っている。

 だから守護都市を降りることもできずに――いいや、そもそも何かを選ぶということもできずに――、守護都市で浮浪者として薄暗い路地を縄張りとして、残飯を漁る生活をしていた。


 これを解決するために、シエスタは外縁都市に彼らを受け入れてもらうよう働きかけを望んでいた。

 これも行政の問題ではあって、監査官の仕事ではない。

 だが昨今ではブレイドホーム家とマージネル家が率先して子供の浮浪者を保護し、教育したことがきっかけで子供を保護する環境が整い、守護都市からは子供の浮浪者は激減した。


 今、路地裏で薄汚れた生活をしているのは、主にシエスタよりも年上の、大人の浮浪者だった。

 だからセージは今度は大人たちを助けようとするだろう。

 シエスタはそう思った。

 だから先に私が助けようと、そう思った。

 セージの生まれ故郷をより良い都市にしたい。そしてセージの役に立ちたい。そう思って行動をしていた。


 余談だが、シエスタはセージに大人の浮浪者を助ける意志があるかの確認はとっていない。

 そんな事は分かりきっているので、取る必要もないのだった。むしろ確認を取ることでセージを急かしてしまい、負担を押し付けてしまうだろうと配慮をしているのだった。


 ともあれ外縁都市の協力をこぎつける事は簡単なことではない。学園都市はシエスタの故郷であり、とある名家が協力的なこともあって話が早いが、他はそうではない。

 奴隷のように売り払うのであれば引き取り手もあっただろうが、シエスタは天使の名に傷が付くようなことは望んでいなかった。

 尚この計画には〈天使の慈悲〉という、恥ずかしい名称がつけられていたが、おもにこの名前を使うのはシエスタとクラーラだけなので、二つ名がエンジェルの子供は知りもしないのだった。


 そんな〈天使の慈悲〉計画では浮浪者たちにまっとうな生活ができるよう就労支援を外縁都市に求めている。

 当初は守護都市でそれが出来ればと考えられていたが、戦士や騎士に多額の人件費を消費する守護都市にそこまでの余裕はなく、協力を求めているクラーラはそもそも浮浪者の排斥を望んでいた。


 守護都市で長く浮浪者をやっていた大人など、他所の都市からすれば厄介者以外の何者でもない。

 他所の都市にだって浮浪者や失業者はいる。そうだと言うのにわざわざ彼らを受け入れて、さらには見返りが保証されているわけでもないのに社会復帰を支援するなど、到底受け入れられるものではなかった。

 だが守護都市は国家防衛のための機動要塞であり、本来を言えば軍務と関係のない人間が生活している現状は都市設計に反している。


 もちろん一般人が数多く生活するようになった理由はあるし、都市が出来たばかりの大昔のように軍属のものだけが生活していた時代には戻れない。

 ただ建前というものは残っており、それを利用することで他所の都市に浮浪者たちの身柄引取りを求めることは可能だ。

 そして引き渡した浮浪者たちが正しく社会復帰のための支援を受けられるように管理監督をしてもらうためには、政庁都市に――ひいては国主である精霊様への嘆願をし、認めてもらわなければならない。


 そのためには浮浪者の社会復帰が国家にとって将来的に利益になることのプレゼンが必要となる。

 幸いなことに守護都市は子供の浮浪者の数が減ったことで治安の改善と経済の活性化がなされた。プレゼンのための資料と実績は十分だった。

 ただ精霊様に話が通るまでには多くの審査とそれに見合う時間が必要だ。


 今のシエスタは名家当主のクラーラとともに嘆願書の作成、外縁都市の名家と友好な人脈作り――精霊様の権威にすがるつもりではあるが、友好関係を築くに越したことはない――などを監査官としての仕事と並行して行っていた。



「……クラーラ様は利益だけじゃなくて、シエスタと一緒に仕事をするのが好きそうに見えるけどね」

「そうかしら? 優しくていい子――って言ったら不敬よね。でも頭のいい人だから話していていい刺激になるのよね。向こうもそう思ってくれてるかな」


 ちなみにクラーラは仕事中に『アベル子供がこんな綺麗なお姉さまを拐かすなんて』とか、『綺麗な文字。美しい文章。読み取りやすい資料作り。流石です、お姉さま』とか、割とずれたことを考えていたが、それがシエスタへの好意であることには違いなかった。


「きっと大丈夫だよ。それにクラーラ様はセージの事を少し怖がってもいるようだから、いつか顔合わせができればいいね」


 アベルの言葉にシエスタは心当たりがあった。

 クラーラはセージに関心を持ち、取り入ろうとも考えてはいた。だが同時にその力を警戒していたし、それだけでなく二年前にマリアを殺そうとしたところなど、セージの冷酷な部分も目の当たりにしていた。

 シエスタは怒って当たり前の状況にさらされていたからと今は理解しているが、あの時はセージを怖いと感じた。

 クラーラはまだそれが拭えていないだけだと、すぐにセージの素晴らしさに気付くと、気付かないなら教えればいいと、そう思って頷いた。


「うん。そうね。話がまとまったら、セージさんにも参加してもらいましょう」


 かくしてセージの知らないところで、セージの名声を高める準備は着々と進んでいた。

 これが新たな試練の始まりかどうかは、デス子仮神様もよくわかっていない。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る