205話 デイトさんを探そう





「別に覚えていないわけじゃない。名前が出てこなかっただけだ」


 バカ親父はそう釈明した。


「はっ。言い方が紛らわしいんだよ、あんたは」


 義理の祖母、と評して良いのかどうかは関係性が微妙にややこしいが、アシュレイさんの奥さんはそう言った。

 とりあえずお婆さん――と言っても元気で若々しい――を家のリビングに通して、コーヒーを入れた。


「それで、まだ思い出さないのかい」

「……」


 親父は責められて、目を逸らした。


「まったく、長い事あってなかったんだし、仕方ないねぇ。立派な父親になったと思ったんだけどねぇ……。

 あたしはナタリヤ・ブレイドホーム。あんたらのお婆ちゃんみたいなもんだよ」

「初めまして。アベル・ブレイドホームです」

「マギー……、マーガレットです」

「カインだ。よろしくな」

「あた――」

「セイジェンド・ブレイドホームです」

「――むう。あたし言おうとしてたのに」

「ごめんごめん」

「ん。あたしセルビア。よろしくね」

「あいよ。よろしくね。

 ……ねえジオ、あんた奥さんいないのかい?」


 ナタリヤさんは私たちに向けて笑顔でそう言うと、親父に向き直って訝しげにそう尋ねた。


「いないぞ」


 親父は端的に答えた。ナタリヤさんは頭を捻った。


「それがどうかしたのか?」

「いやさね。みんないい子ばっかりだから、てっきり母親がしっかりしてるもんだとね」

「なるほど。

 それはあれです。親がだらしないと、子はしっかりものに育つんですよ」

「ああ、わかりやすいさね」


 私とナタリヤさんが通じ合う。きっと苦労したんだろうなと、お互いを憐れんで。

 ふんと、親父が居心地悪そうに鼻息を鳴らした。


「それで、急にどうした」

「あんたが子供見せたいからって、手紙を送ってきたんでしょうが。どうせあの手紙はあんたが書いたんじゃないんでしょうけどさ」

「なぜわかる」

「あんた、あんな長い文章を書けるようになったのかい?」

「……」


 おい。無言で肯定するなダメ親父。


「まったく。その様子じゃあこっちからの返事は着いてないみたいさね。正直、あんたからの丁寧な手紙なんて胡散臭くて仕方なかったんだけど、やっぱり気になってねぇ。こうして様子を見に来たのさ」

「そうか」

「他のは来てないのかい」

「ああ」

「そうかい。それじゃああたしが一番乗りだね。次に来たのにはナタリヤが先に来たってちゃんと言うんだよ」

「別にかまわんが、他の奴は来るのか」


 ナタリヤさんは機嫌良くそう言ったが、返した親父の声は少しだけ沈んでいる。いや、よくよく聞き取らないとわからない程度なのだが、やっては来ないだろうという諦めが覗いている。

 十通以上の手紙を出し、一年経って返信は一つもなく、こうしてやって来てくれたのはナタリヤさんだけなのだ。そう考えても仕方がないだろう。

 ただ親父は一つ大きな失念をしている。


「ナタリヤさんは他の方の今のご住所をご存知ですか?」

「お、鋭いねぇ。安心おし。帰ったら知ってる限りのところに同じ手紙出しといてあげるからさ」

「む。どういう事だ」

「どういう事も何もないよ。あんな大昔の住所に手紙なんて送って。アパートの大家さんがあたしのこと覚えておいてくれてね。わざわざ届けてくれたんだよ」

「すいません。手に入った名簿が古いものしかなかったので」

「いいよ。一応、引越ししたときは手紙出してたんだけど、どうせ見ずに捨てるか無くすかしたんだろうさね、このバカは」


 ……おい、バカ親父。それは初耳だぞ。遠くに住む家族からの手紙ぐらいちゃんと見ろ。


「すいません。本当に。手間でしょうし、住所が分かるならこちらで手紙は出しますよ」

「別にかまわないさ。懐かしい顔を見て、こっちも久しぶりに手紙くらい書きたくなったんだから、そのついでさね。それにジオからあんな生真面目な手紙受け取ったらみんな心配するさね。あたしが一筆添えとくよ」

「ありがとうございます」

「……あんたは、それが素なのかね」


 え? 何の事?


「名家のお坊ちゃんってわけじゃないんだから、普通に話せないもんかね。子供の敬語なんて聞いてて背中がむず痒いんだけどね」

「ああ、すいません。目上の人が相手だと、つい」

「そんなことは気にしなくていいんだけど、……はぁ。この子は本当にあんたの子かね」

「知らん。家の前に捨ててあったのを拾っただけだ」


 その言葉に私と一緒に捨てられていた妹がびくりと体を震わせた。

 とりあえず親父の横腹を殴っておいた。結構本気で。


「グっ……」

「ああ、うん。なんだ。猫かぶりが上手いだけかい。安心したけど、こりゃアンネちゃん似だわね」

「……アンネさんのことも知ってるんですか?」

「うん? 興味あるかい?

 まあ知ってるって言っても、あの子は名家の跡取り娘だったからね。そんなに親しくはできなかったけど、小さい頃はアシュレイに会いによくこの家にも遊びに来てたもんさ」


 懐かしむようにそう言うナタリヤさんに、自然と兄さん達も気を引き締めて耳を傾ける。


「アシュレイさんの娘さんなんですよね」

「あいつにさんなんて付けなくていいよ。あんたたちの祖父じいちゃんなんだからね。そんな礼儀正しくしてたらあの世でジオがゲンコツ落とされちまう。堅苦しい子に育てんな、ってね」


 ふふっと、ナタリヤさんは笑った。


「表向きは先代の夫との間の子だったけどね。ジェイダス家は火遊びが好きな家だったから、まあそうさね。

 父親に冷たくされてたわけじゃないけど、アンネちゃんはよくアシュレイに懐いていてね。アシュレイのやつもついつい甘やかしてたね。

 もっとも体裁が悪いってんで、ある程度大きくなってからはアシュレイとは距離を取っていたけどね。

 ……そもそも、アンネちゃんのことならジオの方が詳しいはずなんだけど、あんた何も教えてないのかい」

「……聞かれなかったからな」


 親父はそう答えた。ナタリヤさんは親父の目をジッと見つめた。親父は目を逸らした。


「……別に面白い話はない。あいつは変な女だった。それぐらいだ」

「まったく……、いい歳して恥ずかしがるんじゃないよ。

 まあ、アンネちゃんのことは聞いてるよ。いい女になってただろうに、惜しいことになったさね」

「……ふん」


 親父は面白くなさそうに、再び鼻を鳴らした。


「……アンネちゃんはともかく、デイトはどうしたのさ。ジェイダス家がなくなったって聞いたから、てっきりあんたと一緒に暮らしてると思ってたんだけどね。

 いや、そもそもあたしはあの手紙はデイトが書いたもんだとばかり思ってたんだけどね」

「あいつはいない」

「……そうかい。

 ま、考えてみればアンネちゃん守れなかったんだから、あんたとは顔を合わせづらいだろうさね」


 ナタリヤさんはそう言った。デイトさんが長く行方が分からないのを知らないようだった。


「あいつが何処にいるかは分からない。十一年前からだ」

「はぁ。そらまたあの子も長い事、雲隠れしてるもんさね」

「いえ、その、デイトさんはたぶん、もう……」

「あんた叔父にもさんなんて付けんのかい。デイトにあったらそれこそゲンコツ落とされるから止めときな。

 デイトなら死んでやいないよ。この前家に来たしね」

「「え?」」


 私と、そして珍しく親父の呆気にとられた声が重なる。


「あいつに会ったのか。何をしてるんだ」

「ああ、いや、会ってはないんだけどね。

 うーん……。これは口止めされてるから、あたしがばらしたって事はあの子には言うんじゃないよ」


 わかったと、親父は頷いた。


「あの子、みんなに内緒で守護都市に残ってたでしょ。あんたとも四、五年は顔合わせずに。

 そんで守護都市で一人前になってからはあんたはもとより、昔の家族のとこにも顔出すようになってね。

 ほら、あんたは一回も顔見せに来なかったけど、あの子は守護都市が接続するたびに、その都市に住んでる連中の様子を見に行ってたのさね」


 デイト叔父さん、親父と違って真面目な人だなぁ。親父が心なしか肩身を狭くしているよ。


「そんでね。こっちも楽な暮らしじゃないってのを見ると、金は余ってるって、よく置いてったのさ。いや、あたしらも断ってはいたんだけど、子供の学費やら結婚やらで、入用になる事はやっぱりあってね。断りきれなかったのさ。

 なんか、あんたからもって、お金持ってくることあったんだけど、たぶん勝手にやってたんでしょ」

「……そういえば、アイツが家から勝手に金をくすねていく事は度々あったな」

「……それ、たぶんだけど盗んだ金の使い道を気にかけて欲しかったと思うよ。上級上位だったらしいから、差し入れぐらいで親父のお金を当てにする必要ないだろうし」


 私がそう言うと、ナタリヤさんが大きく頷いた。


「あたしもそう思うね。あの子は素直じゃなかったからね。

 ともかく、未だにあの子からお金が届くのさね。昔と違って顔を見せずにポストに投げ込まれてるんだけど、他にそんなことする知り合いはいないからね。

 もしあの子に会ったらもう大丈夫だからって言ってくれないかね。さすがに子供たちも独り立ちしてるし、気が引けるのさ。いや、孫も大きくなってきたから、助かるのは助かるんだけどね。

 少しは自分のために使いなって、あんたが言えば聞くだろうしね」

「……まあ、会えればな」


 親父は気の無い様子でそう言った。

 どうやらデイトさん――会ってそうそう殴られたくないし、デイトって呼んでおこうか――デイトは生きているようだが、会える見込みは正直ないもんね。


「まったく。アンネちゃん守れなかったって言っても、十一年前からって言うんならあの子はその場にいなかったんでしょ。むしろあんたが守らなきゃならなかったんじゃないのかね」

「くっ……。わかっている」

「だったらいいんだけどね。暇なときにでも探してみなさいな。ツッパっててもあの子は昔から寂しがりやなんだし、兄貴なんだからちゃんと気にかけてあげな」

「わかった」


 親父が頷くと、ナタリヤさんは満足そうに頷いた。


「うん。それじゃあちょっと書くもの貸してもらえるかい」

「え? あ、はい」


 言われて、兄さんがペンと紙を持ってきた。ナタリヤさんはそれにさらさらと何かを書き、


「はいよ……、いや、あんたが受け取りな」


 親父に渡そうとして、思いとどまって兄さんにその紙を渡した。


「これは、住所ですか」

「ああ。ジオ。あたしはこれで帰るから、次はあんたがうちに顔出しな。

 ――あたしの子供は覚えてるかい?」

「ああ」

「あの子は少し離れた所に住んでいるけどね。結婚して、子供を作ってる。名前もちゃんと思い出してからきなよ」

「む。わかった」


 あ、これわかってないパターンだ。まあいいか。思い出せなかったら行かないとか言い出したら蹴っ飛ばせばいいんだし。

 そしてそれは芸術都市との接続が終わるまでにやっとかないといけないな。つくづく手のかかる親父である。


「それじゃあコーヒーご馳走さん。あたしゃ帰るよ」

「折角ですから、泊まっていかれては?」

「いや、実は家族にちょっとね。

 ……ここは守護都市で、手紙がなんとも不気味だったからね。帰ってこれないかもって言っちまってるんだよ。

 一晩心配させるぐらいならいいんだけど、日が落ちてからこっちに探しに来られたんじゃ怖いからね。早めに帰って安心させたいのさ」


 ナタリヤさんはそう言って席を立った。

 折角なのでお見送りの際に褒めてくれたトマトを袋に詰めてお土産に渡したら、安心したような不思議な顔で、ありがとうと受け取ってくれた。



 さて、どうやら私はデイト・ブレイドホームの行方も探すことになりそうだ。

 いや、義務はないんだけど親父からそんな無言の期待を感じる。


 デイトはアシュレイに憧れていたそうだから、上手く見つけることが出来ればミルク代表に紹介して娼館の用心棒とか頼めそうだ。

 元とはいえ上級上位の戦士を雇うお金は安くないだろうけど、頼りになる人らしいし用心棒として雇うのは決して意味のない出費ではないはずだ。


 ……まあ、どうせ親父とひと悶着起こすだろうからそれがネックになりそうだろうけど、とりあえずは見つけないとどうしようもない。

 マリアさんも親父と古い知り合いだし、なにか心当たりがあったりしないかな。


 しかし、本当にやること多いな。

 フレイムリッパーとデイト・ブレイドホームの捜索。

 シエスタさんと娼館の護衛。

 体が二つあっても足りそうにないんだけど、まあいいか。少しずつでも片付けていこう。

 とりあえずはトマトがなくなったので、今日の夕飯がカレーから変更になることを妹に説明せねば。




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