203話 心配事が多すぎる





 そんなこんなで芸術都市との接続の日がやってきました。

 予定ではフレイムリッパーにつながる何かを求めて、芸術都市からの依頼を漁ってテロリストや野盗のアジト探索をしようと思っていた。

 そう思っていたが、しかし生憎とそんな暇は私にはなかった。


 姉さんは一応落ち着いて、娼婦になるとか、男娼を買うとか、そんな事はしないでくれた。

 女性が男遊びをするのが絶対悪だなんていう気はないけど、それはそれとして初めに覚える遊びが金で男を買うとか教育に悪すぎると思うのだ。

 マリアさんは何事も経験だと言っていたが、進路に悩む中学三年の女の子を気晴らしにホストクラブに連れて行くようなこと絶対に一般的ではない。


 今日は休日なので姉さんは遊びに行かせているが、商会で始めた仕事は服飾店の下働き。売り子や裾上げ等の簡単な縫い物をやっている。始めたばかりだからあまり上手くは行っていないようだが、真面目に通っている。

 まあ姉さんのことは心配だが、心配しすぎて過保護になっても良くない問題ではあるし、しばらくは見守っていこうと思う。


 問題は娼館の用心棒を任されたバカ親父である。

 親父が問題を起こさないはずも無いと分かってはいたが、しかし実際に問題を起こされれば腹も立つというもの。

 とりあえず面倒なのでざっくりと説明すると、ちょっとした騒ぎでお客さんを殴った。しかも相手の言い分を聞くのが面倒だったとかそんな理由で。そして揉めた理由はお客さんが逃げ帰ったので謎のままだ。いや、そのお客さんの相手をした娼婦さんの言い分は聞けるのだが、お客さん側の言い分が謎のままなのだ。


 クレームってそりゃもらって嬉しいもんじゃないし、相手を謝らせていい気分に浸りたいだけの悪質なクレーマもいるけど、でも大部分はお店側への要望が攻撃的になっているもので、つまるところはピンチはチャンス的なものなのだ。

 今の商会における夜の接客業はライバル店と鎬を削っている状況なのに、嫌なら出てけの精神で不満を持ったお客を殴って追い出すスタイルは問題がある。


 まあそうは言ってもこれだけなら問題はそう大きくなかった。

 今の商会は妨害工作も仕掛けられているし、危険人物の見本みたいな親父が手荒な真似も辞さないと行動で示すのはメリットもある行為だ。

 いや、妨害工作とか仕掛けてくる工作員と一般のお客さんとの見分けなんて付かないから、デメリットも大きいんだけど。

 しかし親父の問題行動はこれだけにとどまらなかった。


 あまり親父を褒めたくはないのだが、バカ親父は外見が良い。

 背は高く、目つきこそ悪いものの顔立ちそのものは整っている。そして竜殺しの英雄さまで社会的地位と名声も高い。ついでに私が管理しているとはいえ、貯蓄も固定資産も莫大なものがある。

 昔は理解していなかったが、道場付きの豪邸なんて土地の限られる守護都市では名家ぐらいしか持っていないし、お金を積んだだけでは買えないスペシャルなものだ。

 まあ何が言いたいかといえば、親父は娼婦さんたちにものすごく狙われた。


 家でもね、子供さんを預けに来る親御さんに狙われてましたよ。でもね、子供をあずけている手前、彼女たちにはある程度遠慮ってものがありました。こっちがやんわり注意すれば、少なくとも子供たちの見ている前で誘惑することはありませんでしたよ。

 でも娼婦さんたちは全然遠慮がありませんでした。


 事前に代表がそうならないようにと注意もしていたのに、親父を落としてしまえば代表の言い分なんて関係ないとばかりに娼婦さんたちは熟練の狩人として親父に群がり誘惑した。

 節操のない夜の武勇伝持ちの親父は、一応変なことはしない様にしていたのでそこは褒めてもいいのだが、しかし手を出さなくても問題は発生している。


 親父の置かれている状況は、傍から見るとイケメン有名人が女性を大量に侍らせているようなものだ。

 周りの男たちから見るとそれが好ましく映らないのは当然で、しかも親父は客ではなく女性たちに金をばらまいているわけでもない。

 女性を金で買いに来た男たちからすればそれは嫌味以外の何物でもないだろう。

 そんな訳で、商会が経営する娼館からは順調に客足が遠のいていった。



 ******



「……どうします、代表。このまま続けますか?」

「うーん……。始めてまだ一週間だからな。一時的なものの可能性も……」

「その考えでずるずると悪い方に進むくらいなら、いっそ親父は切り捨てたほうがいいかもしれませんよ。何かあれば親父が出てくるというアピールにはなりましたし、実際揉め事があれば派遣しますから」

「それもあり、なんだがな。いないとわかればまた厄介な奴らが顔を出すだろうからな」


 代表はそう苦い顔をする。

 このままだと夜のお店の主導権をクラーラさんのところに取られそうだけど、娼婦さんたちが乱暴をされるのも怖いと言ったところだった。

 商会は一年前に襲撃を受け、死者を出している。いまだ真新しいその記憶も決断を下せない理由のようだった。


「セージ。お前の目で客とそうでないのとを判別できないのか」

「そんな便利な目は持ってないよ、親父。そりゃ敵意のあるなしは感じ取れるけど、あっても性欲や征服欲に、抱えているストレスへの苛立ちなんかとごっちゃになってて、考えの根っこまではわからないもの」


 そう。私も手伝い始めたときはスーパー魔力感知で商会に敵意を持つ工作員や、娼婦さんを傷つけることを目的にしている犯罪者を見つけ出せると思っていた。

 だが私が見通せるのはあくまで人間の感情であって、思考ではない。夜のお店を利用する人は大なり小なり感情が昂ぶっているし、荒野でひと仕事終えた戦士さんたちは特にそうで、その感情がどういう理由で発生しているのか見極めるのが難しかった。


「他人の記憶を見れたりはしないのか」

「そんな便利な能力はないですよ」


 代表に問われて、そう返した。夢でこれから死ぬかもしれない人(?)の夢を見ることはあるけど、シエスタさんの夢は見れなかったし、夢が見れる条件がよくわからない。

 クライスさんやケイさんの夢も見ているのでブレイドホーム家に近しい人ではあるようなのだが、どちらにせよ他人の記憶を好きに見れるわけではない。

 ……しかし普通に聞かれたけど、やっぱり私の特殊性はある程度察せられているようだ。


「そうか……。まあ、地道にやるさ。

 ジオ殿。お願いした身で勝手だが、こちらに顔を出すのは週に一度、曜日は定めず不規則に来ていただきたい」

「うむ。わかった」

「……親父、別にいいんだけど、理由は確認しなくて大丈夫?」

「面倒だ。考えるのは任せる」


 素っ気無くそう返すマルでダメな親父。代表はそんな親父を見て苦笑していた。

 親父がいると娼館の人気が下がるが、娼婦やお店の安全は保証される。二つを天秤にかけた結果が週一の不規則なパートタイム労働だ。親父がいつ来るかわからないから犯罪者への牽制になるし、週に一度くらいならお客の不満もそこまで溜まらないので。


 とりあえず親父と代表との反省会はそれでお開きとなり、帰ることとなった。

 ……フレイムリッパー探しのために芸術都市でテロリスト搜索の仕事を受けたいんだけど、今は姉さんのこともあるし、守護都市を離れるわけにはいかないようだ。



 そんな訳で家路を辿ると、何やら騒がしくあった。どうも家にお客さんが来ているようだが、来客の予定はなかったはずだ。

 まあ突発で誰か来てもおかしくはないのだが、そのお客さんの魔力には見覚えがないのに、その感情は喜びや懐かしみに溢れている。

 そしてそんなお客さんの応対をしているのは、芸術都市に息抜きへ行っていた姉さん達だ。ちょっと困っている感じがする。



 ◆◆◆◆◆◆



「……はぁ」


 時間は少し遡り、芸術都市の大通りでマギーは盛大にため息をついた。


「不満そうだね」

「私、仕事したいって言ったのに……」

「心配しなくても、明日から仕事はたっぷりあるよ。休みの日はしっかり休まないと」


 アベルは少し疲れた様子で宥める。朝から不機嫌なのを隠そうともしないマギーを無理やり芸術都市へと気晴らしに連れ出し、楽しめそうな芸術展やサーカスに連れ回した。自分一人ではとても間が持たなそうなので、カインとセルビアも誘って。

 だがマギーは終始むすっとした表情で愚痴をこぼすばかりで楽しむ様子はなく、カインとセルビアもそんな長姉の様子に気づいて、なるべく距離を取って芸術都市を楽しんでいた。

 アベルはそんなマギーのご機嫌取りに終始したせいで、当然のことながら憔悴しきっていた。

 シエスタが来てくれていればなぁと内心で思っていたが、婚約者は仕事でシャルマー家と折衝のため休日出勤中である。

 もしもマギーに不安要素がなければアベルも顔を売るために同行していた。


 アベルはマギーにバレないようこっそりとため息を吐く。

 セージからは芸術都市についたらフレイムリッパーを探すため特殊な依頼を受けてみると聞いていた。仕事の性質から数日家を空けるかも知れないとも。

 だがこうして芸術都市に接続をしてもセージはその仕事に取り掛かれないでいた。フレイムリッパーのことは重要案件だが、見つけられる保証もないから娼館のことやマギーのことを割り切って仕事に出れないのだろうと、理由は簡単に想像ができる。

 もうちょっとのびのびと好きにやらせたいんだけどなぁと、アベルは心の中でぼやく。しかしマギーの面倒ひとつ見きれていない今は十分に助けになっているとは言えず、もどかしいところだった。


「……ねえ」

「え? なに?」


 少し上の空になっていたアベルに、マギーが声をかけた。


「あれ、止めなくていいの?」

「え?」


 言われた方を見てみれば、カインが街のゴロツキと喧嘩をしていた。そしてその喧嘩にはセルビアも参加して、二人で十人近いゴロツキたちを一方的に殴り飛ばしていた。


「ちょっと何やってんの二人共!!」

「はぁ!? こいつらが順番守んねえんだよ。割り込んできて注意したら殴ってきたんだよ!!」


 注意するアベルにカインが喧嘩を続行しながら言い返す。ゴロツキはアベルも敵と見て有無を言わさず殴りかかってきた。


 状況を補足すると、小腹の空いたカインとセルビアがクレープの屋台に並んでいたらゴロツキがその列に割って入り、それをカインが注意したところ、周囲を脅す意味も込めてゴロツキの一人が十三歳の子供であるカインを殴り飛ばした。

 いきなり殴ってくると思っていなかったカインはその一発をまともにくらい、痛みはさしてなかったもののプッツンして喧嘩が始まった。そしてセルビアも喧嘩が始まるやいなやカインの助勢にはいった形だった。


 すぐにそれを察したアベルは襲いかかってくるゴロツキの拳を取ってひねり上げ、怪我をしないよう優しく地面に転がした。


「落ち着いて。落ち着いてください。こんなところで喧嘩してたらすぐに騎士に捕まりますよ」


 アベルはそう声を上げたが、聞き入れるものは誰もいなかった。カインとセルビアもである。二人は帰ってからたっぷりと説教を受ける事になるのだが、今は頭に血が昇っているのでそれはまた別の話である。


 一人残されたマギーは荒事の経験のない少女だが、その体には同年代の少年少女と比べて卓越した魔力を宿している。そして道場で同い年の子らの試合を見ることもある。

 そんなマギーの目には兄弟たちとゴロツキ(ハンターですらない一般人)の喧嘩はそれほど危ないものには見えなかったので、特に心配することもなく喧嘩が終わるまで落ち着いたところに離れることにした。

 喧騒の輪から少し歩いてベンチを見つけたので、マギーは何をするでもなくそこに座ってぼんやりと時間を過ごした。


 ぼんやりと座って考え事をするマギーの視界には、同じぐらいの年頃の少女が歌いながら踊っているのが映っていた。

 ひらひらでふりふりな色鮮やかな衣装で着飾った少女の踊りと歌は、門外漢なマギーにも何となく分かるぐらいには上手なものではなかった。

 その証明というわけではなかったが、街ゆく人の中に少女の踊りと歌に足を止めるものはない。

 芸術都市では守護都市とは別の意味にその身一つで成り上がろうとする者が集まる。

 そんな中で少女の芸は特筆するもののないもので、だから観客も暇を持て余したマギー一人だけだった。


 それなりに長く歌い、踊っているのだろう。

 少女の歌声にはかすれたものがわずかに混じっていて、音程も定まらない。髪には大量の汗が染み込んでいて顔に張り付いていた。

 可愛くないな。マギーは思った。

 衣装は可愛いけど、少女は可愛くないと。

 誰も足を止めない価値のない歌と踊りなのに、一生懸命で可愛くないと。

 ぼんやりと冷たい目で少女を見続けながらそんなことを思った。



 しばらくして少女は歌と踊りを終え、一礼をした。そしてその後すぐにマギーのもとに駆け寄った。


「聞いてくれてありがとう」

「え、あ、う……」


 少女は屈託のない笑顔でマギーにそう言った。

 マギーは咄嗟に何も返せず、慌てて肩に下げていたポーチを探る。そこから取り出した財布を開き、硬貨を一枚出した。聞いてたんだからチップを払わないと、と思ったのだ。

 しかし少女はマギーの差し出した硬貨を受け取らず、押し返した。


「いいよ。下手だったでしょ」

「え?」

「顔、見ればわかるよ。

 本当にありがとうって言いたかっただけだから。今度見てもらう時にはもっと上手くなってるから、その時はおひねりちょうだいね」


 少女はそう言ってマギーから離れる。


「ねえ」


 その背に、マギーは思わず声をかけた。


「なに?」


 不思議そうに、少女は振り返って問い返した。


「なんで、歌ってるの」

「好きだから」


 少女は間髪入れずそう答えた。雲一つない晴天のように迷いなく明るい笑顔で、そう答えた。

 言葉を失ったマギーに、少女は心配そうに眉を曇らせた。


「ねえ、どうし――」


 少女が最後まで言うより早く、マギーは突如として現れた青年に体を抱えられた。


「え、え?」

「逃げるよ、マギー!!」


 マギーはそのままアベルにお姫様抱っこで連れ去られ、カインとセルビアがそれに続き、そしてそれらに少し遅れて多くの警邏騎士たちが少女の前を横切り四人を追いかけていった。


「――なんだったの、いったい」


 少女の呆然とした呟きに、応える声はなかった。




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