202話 女性の問題は女性に任せるのが正解ですよね
その日の夜、不貞腐れて夕食も自分の部屋で一人で済ませたマギーのところに、シエスタとマリアがやって来た。
「……なに?」
マギーはベッドから起き上がらず、胡乱な目で二人を睨みつけた。
「えっとね、みんな心配してるから様子を見に来たの。どうしてるかなって」
「ええ、ヤケになって家を飛び出して悪い男に誑かされてないかと」
マリアの言葉に、シエスタが肘で横腹を突いた。余計な事を言って本当に家出したらどうするんだと、そんな意味を込めて。
余談ではあるがマリアの脇腹は鉄のように固く、軽く突いただけなのにシエスタは肘を痛めることになった。
そしてシエスタはそれを顔に出すわけにもいかず、そこそこの痛みをポーカーフェイスでやり過ごす羽目になった。
「……別に。大丈夫だから。私寝るから、出て行って」
マギーはそう言ったが、正直なところ昼に大騒ぎをして長い時間眠りこけたせいで、全く眠くはなかった。
「まあそう言わずに。お菓子持ってきたんだけど、食べるでしょ?」
「……っ。いらない。太るもん」
シエスタが持ってきたのは苺のショートケーキだった。それはマギーにとって特別なお菓子だった。
「そんなこと言わないで。夕御飯もちゃんとは食べてないんだし、ね?」
シエスタは重ねてそう言った。マギーは夕食に呼ばれても、食卓から夕飯(ビーフシチューだった)を皿に盛って、パンとマヨネーズとを一緒に持って自分の部屋に逃げ込んだ。その量はいつも食べる量より少なかったし、いろいろあったせいでお昼ご飯も食べておらず、お腹は確かに空いていた。
「そうですよ。太ると言ってもマギーは胸が太るのですから、むしろたくさん食べて脂肪を蓄えるべきでしょう」
「なんでそういうこと言うのっ!!」
マギーは起き上がり枕をマリアに投げつけた。
「やっと起き上がりましたね」
枕を軽々と受け取ったマリアは、にやりと笑った。マギーは悔しくなって再びベッドに寝転んだ。
マリアはそんなマギーに歩み寄り、その手をゆっくりとお尻に伸ばし、揉みしだいた。
「胸もそうですが、マギーはお尻も豊満に育ってきていますね。実に良い揉み心地のお尻です」
「きゃあぁぁああっ!!」
マギーは驚いて飛び上がると、一目散にマリアから距離を取ってシエスタの背後に隠れた。
なんで逃げるのかわからないと、マリアは困ったようにため息をついた。
「……半分ぐらい素でやってるから気持ち悪いのよね、マリアって。
マギー、とりあえずお茶にしましょう」
「う、うん」
「……気持ち悪いとか言うな」
そんなこんなでテーブルにショートケーキを三つ並べ、三人で囲う。ただマギーの部屋には椅子が二つしかなかったため、三人の中で一番背の高いマリアが適当なクッションを代用し、そこに座った。
クッションでは高さが足りないので、マリアの顔はテーブルからなんとか顔を出す程度になったが、存在そのものが不思議なマリアなのでこれでいいだろうと、シエスタとマギーは気にしないことにした。
「それで、マギーはなんでそんなにお金を稼ぎたいの? 今の託児のお仕事だって上手くやれているし、そんなに焦らなくていいと思うんだけど」
「……だって」
マギーは言いにくそうに言葉を詰まらせ、ショートケーキを口に運ぶ。
母親と妹と三人で暮らしていた頃は、それほど贅沢はできなかったが、しかしものすごく貧乏というほどでもなかった。月に一度くらいはケーキを食べられることもあった。
二人が死んで、今の父に拾われてからは、毎日好きなものを食べていた。
立派な服の商人が毎日家にやってきて、小さい子供にはあれがいい、これがいいと色んな事を言って、持ってきた物を父に売りつけていた。
馬鹿な子供だったから、商人に言われるがままに何でも買って、好きな物を買ってくれる父を、すごいお金持ちなんだとしか思わなかった。本当に、それはとても馬鹿なことだった。
そんな無駄遣いのせいで新しい兄と弟には貧しい生活をさせたし、それからさらに増えた弟たちにはもっと苦しい思いをさせた。
そんな生活を変えたのは誕生日にケーキを買ってきてくれた可愛い弟で、その弟は命がけの仕事でお金を稼いできている。
貧しい生活のせいで一番下の弟が、いなくなってしまったから。
「お金なんて、すぐになくなるもん。それに私はもう
「ねえ、マギー。守護都市で十五歳が大人っていうのは、騎士やギルドみたいな、早めに戦いを覚える人たちに向けたものなの。
私のいた学園都市は大人っていうのは二十歳からだったし、私が仕事を始めたのは大学を卒業した二十三歳からなのよ」
「でもここ学園都市じゃないもん。私よりも小さい子だって働いているし、セージなんて四歳の時から働いていたもん」
頬を膨らませるマギーに、どうしたものかとシエスタが眉根を寄せた。
「ふむ、セージ様は四歳からですか。それは随分と早いですが、しかしそれはそれで需要はありそうですね。きっと人気者だったでしょうね」
「……?
うん。いつもお菓子とかもらって帰ってた」
「ええ、そうでしょうとも。あれだけ愛くるしい顔立ちならば、女だけでなく、男性のお客も取れるでしょうからね」
「……お客をとる?」
「だから、セージ様は娼館で働いていたのでしょう」
マリアがそう言うと、シエスタがショートケーキをのどに詰まらせ、部屋の扉の向こう側でずっこけ小さな頭を壁に打ち付ける音がしたが、それに気づいたものは聴覚を強化しているマリアだけだった。
「な、な、な、なんでっ!?」
「うん? セージ様がギルドで働き始めたのは五歳からでしょう、その前は男娼として働いていたのでは?」
「セージはそんなことしないもんっ!!」
マギーの言葉に、うんうんと、水を飲んで落ち着きを取り戻すシエスタが頷いて追従した。
「そうでしたか。それは失礼しました。そうですね、娼館で働くのはベルーガー卿でしたね」
ガタッ、とマギーが椅子を鳴らした。
そしてほぼ同時に部屋の扉の向こうでも似たような音が鳴り、『落ち着け、マリアさんに任せるんだ』と邪悪な笑みで音の主に囁く少年がいたが、それに気づいたものは聴覚を強化しているマリアだけだった。
「なんで、なんでお父さんが!?」
「知りませんでしたか? ミルクから頼まれたそうですよ。ギルド・メンバーにせよ騎士にせよ、体を持て余した女性は多いですから、人気はすぐに出るでしょうね。
男娼というのはそれでなくとも数が少ないですから」
マギーはそう言われて、頭の中に裸の父と女性を思い浮かべる。
それはすごく嫌な光景だった。アベルとシエスタがそういう事をしていると思っても嫌な気持ちにはならないが、父がそういう事をするのはとにかく嫌だった。
それは子供たちを預けに来る母親たちが、父をいやらしい目で見る時の数倍の嫌な気持ちだった。
「まあ、冗談ですけどね」
「え?」
「だから、冗談です。ベルーガー卿が頼まれたのは用心棒ですよ。セージ様も手伝うという話ですから、みだりに女性と関係を持つこともないでしょう」
マギーはその言葉にホッとして、そしてからかわれたことに気づいて、マリアの頭をポカポカと叩いた。
「なんでそんな事ばっかり言うの」
マリアは叩かれるがままにされながら、それでもボソリと口を開いた。
「そうですね。家族がそんな仕事をしているのは嫌ですよね」
「うるさいっ!!」
マリアはそのままマギーに叩かれ続けた。
別に痛くはないし、可愛いのでいいのだが話が先に進まないのでマリアはシエスタに視線で助けを求めた。
「落ち着いて、マギー。セージさんたちは同じくらい嫌な思いをしたって、マリアは言いたかったのよ」
「――えっ?」
シエスタの言葉に、マギーの手がようやく止まる。テーブルから頭だけを出した微妙な姿で、マリアは『わかりましたか?』と言いたげな、勝ち誇った顔をした。
マギーは悔し紛れにその頭を乱暴に撫で回し、マリアの髪をクシャクシャにした。
「マギー」
「言われなくてもわかってるもん。心配されてることなんて。
でもだからっていつまでも子供のままじゃダメじゃん。アベルは学校行きたいなんてわがまま言うし、子供のままでいいだなんて言うし。
迷惑ばっかりかけられないよ。
……私、お父さんの本当の子供ってわけじゃないんだよ」
マギーがそう言うと、シエスタとマリアが言葉もなく押し黙った。
「それは……」
「わかってる。お父さんはそんなこと気にしてないし、セージたちもそうだって。
でもだめなの。どうしても気になるの。私はここにいて良いのかって、不安になるの。ちゃんと役に立ててるかって。
お金の事だけじゃない。家のことだってセージの方がちゃんとできるし、なんでもできるし。私なんかいらないんじゃないかって、そう思っちゃうの」
「……ふむ」
マリアは神妙な面持ちで頷いた。
「……なによ。わかってるもん。面倒くさいって思ってるんでしょ。自分でもなんでこんなに考えちゃうかわからないけど、でも、どうしても考えちゃうんだもん」
「いえ、それは子供が大人になる時の流行病のようなものです。みんながかかる病気ですよ」
マリアはテーブルから頭だけを出した姿で、マギーを真剣な面持ちで見つめた。
「アベルのように何か打ち込める目標を持てればその迷いも晴れるでしょうが、そうですね。
それでは、娼館に行ってみますか?」
「え?」
「ちょっと、マリア!?」
マリアの言葉にシエスタとマギーが驚き、扉の向こうから部屋に乱入してきそうな気配が二つ上がった。
「いえ、誤解しないでください。娼館で身体を売れと言っているのではありません」
「え、ええ。それはそうよ」
「私は男を買ってみてはといったのです」
扉の向こうでずっこけ頭を打つ音が二つ上がった。
「ど、どういうこと?」
「いえ、手っ取り早く大人になりたいのならば男を知るのも一つの手かと。金を払えば優しくしてもらえるでしょうし、マギーは付き合っている男性もいないのでしょう?」
「い、いないけど……」
あまりの提案に戸惑い、その内容からマギーは顔を赤くして言葉を詰まらせた。
「娼婦になりたいなどと言っておいて、何を初心な反応をしているのですか。まあ、そうですね。折角ですからケイお嬢様も誘いましょうか。傷心を慰めるにはいい薬でしょうし。シエスタはどうしますか?」
「いかないわよ。
……え? 本当に行かせるつもりなの?」
「何ですか。不潔だとでも言うつもりですか。
誰も彼もがあなたのように爛れた夜を過ごす相手が居るとは思わないことです。ええ、別に私が行きたいからマギーとお嬢様を出汁にしているわけではないのですよ」
マリアはそう言った。つまりは二人を出汁にして自分が行ってみたいのだと、シエスタは捉えた。
「……一人で行けばいいじゃない。子供たち巻き込まないで」
「いえ、流石に一人で行くのは恥ずかしいので、っと。話が脱線していますね。
マギー、どうしますか。ケイお嬢様も当然処女なので、一緒に行けば恥ずかしくないですよ」
「え、えっ……」
「マギー、断りなさい。そういうのは好きな人とするものなのよ」
マギーは顔を赤くしてうろたえ、シエスタの言葉にイエスともノーとも言えなかった。
「やはりマギーも興味はあるようですね。まあお嬢様が帰ってくるまで日がありますから、考えてみてください」
「え、い、いや……」
マリアはマギーの返事を待たず、立ち上がった。
「それではシエスタ、あとはお任せします」
「あ、うん。わかった。
……本当に、行く時は一人で行きなさいよ」
後半はマリアにだけ聞こえるようにシエスタはそう言った。
マリアは部屋から出ていき、扉の外にいた二人に『女の会話を盗み聞きするなど、いやらしいですね』と告げ、去っていった。
ちなみにその二人には追いかけられ、説教をされるのだが、それは部屋に残った二人には関係のない話だった。
「ねえ、マギー」
「な、なに?」
「焦らなくていいからね」
「……うん」
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