200話 夜のお仕事も大変ですよね
「おい、アベル」
代表が棘のある声で兄さんを咎める。どうも二人で何か内緒話をしていたようだ。
「代表の気遣いはわかりますけどね。こいつ、子供じゃないですよ」
「あほか。いくら成熟しているといっても、そこまで無神経でいいわけがないだろう」
「いえ、そういう意味ではなく、本当に……んー、とにかくどうせほっといたら勝手に首突っ込んでくるんですから、あらかじめ話をすりあわせておきましょうよ」
兄さんの言葉に代表は舌打ちをした。
「それで、何の話なんですか?」
「……うちの商会に、その、色町があるのは知っているか」
「はい」
「そうか、まあ知らなくても仕方ないな。お前には関わらせないようにしていたからな。その、色町というのはだな……」
「いえ、代表。ちゃんと聞いてください。知ってます。普通に知っています」
「はぁっ!?」
代表が兄さんを睨んだ。兄さんが誤解だと首を横に振った。
「いや、むしろなんで僕が知らないと思いこんでいたんですか。うちに子供を預けるシングルマザーって、娼婦の方も多いんですよ。商会の、そういう店で働くお姉さん方にも良くしてもらってますし」
「あ゛? あいつら、こんな子供に何を……」
「いえ、落ち着いてください代表。お菓子をもらったことがあるという程度の意味です。変な意味ではないです」
私が宥めると、代表も一応は落ち着きを取り戻したようで、コホンと咳払いをして仕切りなおした。
「……まあ、知っているならいい。
その、娼館なんだがな。もともとはジェイダス家が仕切っていたんだが、去年の事件でほぼほぼ力を失ってな。今は大きな仕切り屋がいない状況だ」
「縄張り争いがひどくなっているんですか?」
「それもある。立ちんぼ……ああ、街角に立って客をとるのや、店に客引きをするのが喧嘩したりな。
だが現状の問題はそれだけじゃない。客の方にもあるんだ」
お客? お金の払いが悪いとか、女の人――いや、男の人でこの仕事してるのもいるけど――に過度の乱暴を働くとかだろうか。
「娼婦は元手なしで稼げるし、守護都市には金払いの良いのが多いからな。よその都市で行き場のないやつがよくやって来るんだが、仕切り屋がいない中、店は増えるが客は増えないって状況でな。
客を取るための争いが増えるのと同時に、金を持っている客の態度もでかくなって、好き勝手やるようになってきた」
……ああ、まあ、あんまり具体的なことは想像はしたくないけど、体を使う仕事ですもんね。
特にギルドメンバーや騎士は普通の人より力があるし体力もあるから、思いやりもなく乱暴にされると辛いだろうね。
「最近は欲の暴走した連中が幼い子供にも声をかける事も多くなったし、上手く客の取れない娼婦相手に人身売買まがいの契約を持ちかける小狡いのも湧き始めた。
……ジェイダス家は大きな金貸しでもあったから、それがなくなってもっと質の悪いのに縋る女も出始めたんだ」
なんだろう。一年前にジェイダス家の残党に襲われて拠点を潰したりしたけど、やりすぎたかな。いや、あの時は頭に血が上ってたから、後先考えずに暴れちゃったんだよね。
いや、暴れたといっても相手は犯罪者だから、私に前科は付いていないんだけど。
まあ、いいか。終わっちゃったことだし。あいつらを放っておくって選択肢もなかったし。
「……それで、どうするんですか?」
「どう、というかな。まあ、お前は嫌がるかもしれんが……」
「父さんに協力を頼もうかなって」
え?
なんであのバカ親父?
面倒撒き散らすだけだよ?
「彼の師であるアシュレイ・ブレイドホームはこの手の問題のエキスパートだったからな。知恵を借りるというわけではないが……。
その、立ち回りのイロハは齧っているだろうから、俺たちが新しいまとめ役になろうと思うんだが、その手助けをしてもらおうかとな」
「……いや、喧嘩になれば頼りになると思いますが、バカ親父が女性関係で騒動の種を残しているのは代表も知っていますよね」
「……うむ」
「それでも、ですか?」
「それでも、だな。
ジェイダス家という大きな傘が無くなったせいで、今は勢力が乱立していてな。シャルマー家も介入を始めていて、収拾がつかん。この事態を早期に解決するなら、何かわかりやすい大きな求心力が必要なんだ」
……じゃあ時間かけて解決したらいいんじゃないかな、って意見は薄情か。
代表の声も感情も親父に頼るのを良しとはしていないし、具体的なことは教えてもらえていないけど相当に逼迫しているというか、娼婦の人たちがひどい目に遭っているのだろう。
「うーん……。正直、賛成はしづらいですが、止めはしないです。
とりあえず、親父に話をしてみましょうか」
******
そんな訳で、日をまたいで(姉さんが帰ってきてすぐに代表のもとを訪れたので、いい時間になっていた)代表が我が家を訪れた。
親父には姉さんとのトラブルはしっかり説明し、納得したようだったので、ミルク代表の頼みを聞くことは嫌ではないようだった。まあ頼みごとの中身はミルク代表からしてもらうつもりなので、まだ親父は知らないのだけど。
そんなこんなで今日は外出はせずにミルク代表が来るのを待っていた。
ちなみに平日の昼間なので、シエスタさんはお仕事で、妹は学校で、次兄さんはバイト。
姉さんにはミルク代表が別の件で家に来るとは教えてあるが、来客のドアベルが鳴ると同時に子供たちの世話を放り出して部屋に引きこもってしまった。
……兄さんに任せるとはいったが、やはり心配だ。話の後にでも様子を見に行こう。
とりあえず、今はミルク代表だ。
家に来たミルク代表を応接室に案内して、道場で子供たちを指導していた親父を呼んだ。
そして三人分のコーヒーを入れて、私も一緒に席に座る。
「……話は聞いた。マギーが世話になったな」
親父が重苦しい口調でそう言った。それに気圧されて、代表は唾を飲んだ。私は親父の肩を叩いた。
「む。なんだ」
「威圧してる様に聞こえる言い方しないで」
「……むぅ。難しいな」
代表は親父の眉がほんの僅かだが困った形に動いたのを見て、親父の言葉が裏の意味のない素直な謝罪だと理解してくれた。
「いえ、こちらこそすいません。大事な娘さんを泣かせてしまいました」
「いや。話は聞いた。俺は、子供の悩みには疎い。厳しくされたいわけじゃあないが、助かっている」
「そう言ってもらえると助かります。その、それで本題なのですが……」
親父は重々しく頷いた。ちなみに子供じゃなくても他人の悩みに疎いですよね。
「うちの商会で娼婦を取りまとめようと思います。ひいては、ジオ殿には用心棒をやっていただきたくお願いに上がりました」
「……伯父貴の、アシュレイ・ブレイドホームのようにか?」
「はい」
親父は目をつぶって考え込んだ。
普段、ろくに考えもせず直感で即断即決をする親父には珍しく、そのまま数分考え込んでいた。
重苦しい雰囲気が応接室を支配する。親父から発せられる
「……無理だな」
そして、断りの言葉を口にした。
「理由をお伺いしてもよろしいですか?」
「伯父貴と同じことは、俺にはできん。それならむしろセージとアベルを頼れ」
「……頼みごとを持って来ておいて何ですが、それは無責任では」
「子供を頼らせることがか?」
代表は親父から目を逸らさず、静かに頷いた。
「二人は頼れと思っている。なら、頼るといい」
代表はその言葉に呆気にとられた。
そしてその感情は一拍おいて、納得と感心に変化した。
だがちょっと待って欲しい。代表のそれは錯覚である。親父がなんとなく立派なことを言ったからって騙されないで欲しい。
「……ちなみに親父、名前使ってもいい?」
「は? どういう事だ?」
「いや、そもそも親父に甲斐性は期待してないからアシュレイさんと同じことは期待してないんだけど、取り敢えず親父の名前使うとビビって悪さする奴が減るから、ちょっと名前借りて面倒減らそうかなって」
「それぐらい別にかまわんぞ。好きにしろ」
「ついでにたまにお店に顔出して、悪さしてる奴殴り飛ばして懲らしめてもらえる? もちろんちゃんと手加減して」
「ああ。……別にいいが、変な理由で店に行くわけじゃないからな。マギーたちになにか言われたらちゃんと説明しろよ」
そんなやり取りを見て、代表の顔に驚きが現れる。
さっき断りましたよねと、そんな言葉が喉までせり上がって、しかし商人としての精神力で無理やり押しとどめていた。
うん。気持ちはわかる。でも今回の件はミルク代表が悪いと思う。
ハーレム持ちのアシュレイさんと同じことをやれなんて言ったら、コミュ障の親父にはハードルが高すぎて躊躇もするよ。噛み砕いてやらなきゃいけないことだけ説明しないと。
そんなこんなで、結局私は代表の味方をして親父を説得してしまった。
たぶん娼婦のお姉さん方とか、お客の偉い人とか、危ない人とかと面倒を起こして、私がその後始末をすることになるんだろうなぁ……。
私は死神(仮)と契約しているけど、親父は実は疫病神と契約しているんじゃないだろうか。いや、親父とは一緒にお風呂に入ったこともあるし、道場での立合いでは何度もその魔力を精査して見ているので、契約者でないのは知ってるんだけど。
さて、それからは具体的に話を詰めていった。
代表が『週に何度見回りに来れますか?』と聞くと、親父が『わからん。気が向いたらいく』と答えたので、私が『誤解しないでください。暇を見つけてなるべく行くと言っています』と翻訳した。
代表が『見回りのルートはどうしましょうか? ご迷惑とは思いますが、まずは騒動の良く起こる場所からと考えていますが』と尋ねると、親父が『そうだな。適当に騒がしいところに足を向けよう』と答えたので、私が『誤解しないでください。要請のあったルートを回り、その上で危なそうなところをチェックすると言っています』と翻訳した。
代表が『……なるべく死人は出したくありませんが、もちろんジオ殿や従業員の命を最優先と考えています。もしもの場合はこちらで処理を行いますので、その際は部下に声をかけていただけますか?』と言えば、親父が『わかった』と答えたので、私が『信用しないでください。言っている意味がよくわからなかったそうです』と翻訳し、ついでに『後で噛み砕いて説明しておきます』と請け負った。
「……なんというか、ジオ殿と名家との諍いの原因はセージが生まれていなかったせいに思えてきたな」
「ふっ。そうかもしれんな」
「いや待てバカ親父。それはおかしい。そんなことを私のせいにする前にコミュ障を治せ」
ケイさんを見習え、バカ親父め。
※※※※※※
作中補足~~夜のお仕事について~~
ミルクは最近になって紳士でないロリコンの需要が高まり欲を暴走させたと言っていますが、実のところ紳士でないロリコンは昔から居ました。
最近になって幼くして体を売る少女が激減したため、供給を絶たれた紳士でないロリコンが暴走を始めた、というのが正しいです。
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