198話 9歳ですね
まずは何をさておいても言わなければならないことがある。
これはとても大事なことだ。
ブレイドホーム家では年に一度、身長と体重を測る。
妹が学校で身体測定をするのに合わせて、うちの託児所でも健康診断もどきとして子供たちの身長、体重を記録して親御さんたちに渡す。
そしてそのついでに、成長期であるブレイドホーム家の子供たちも身長と体重を測るのだ。
その結果、私は140cm近くにまで背が伸びた。正確には139cmなのだが、これは誤差だろう。139cmなんてほとんど140cmのようなものだ。
つまり私は妹と同じ背の高さなのだ。
「いや、違うだろ。認めろよ。お前が一番チビだって」
特に理由はないが、私は次兄さんを殴り飛ばした。
まあなんだ。とりあえず差は開かず、むしろ縮んだ。それだけは確かなことだ。
さて、それでは近況報告と行こう。
******
まずは親父だが、相変わらずマリアさんとの仲は進展していない。一応、好意には気づいているようだが、それに対しての反応が薄すぎてマリアさんがまるで踏み込めない。
マリアさんは今二十九歳で、一つ下のシエスタさんの婚約を受けて地味に焦り出しているので、今が好機というか、そういうタイミングだと思う。
マリアさんは割と強い人なので、これを逃すともう独身でいいやって吹っ切ってしまいそうな気がする。
とはいえ親父の背中を押すにしても、このまるでダメな朴念仁は男女の仲というか、結婚の意味を理解していない気がする。
いや、理解とか大げさな話でもなく、そもそもそういった事へ感情の機微がないような気がする。
まああんまり人のことは言えないんだけど、そういう親父だからこそ一生傍にいてくれる誰かは必要だと思うのだが、こればかりは当人同士の感情が絡む難しい問題である。
兄さんは今までにもまして、忙しい毎日を送っている。
大学への進学を目指した勉強、高校卒業資格をとることで受験できるようになった資格(経理や事務、福祉に保育関係と幅広い)の取得に、うちの託児所で雇っている保育士さんたちには福祉と保育の資格を取らせようと指導したり、その上でさらにシエスタさんとミルク代表の仕事の手伝いもして仕事の経験も積んでいる。
さすがに剣の訓練時間は減らしているが、それでも体を鍛えることにも余念がない。
きっとこの人は少女漫画に出てくる完璧超人なヒーローにでもなるんだと思う。
いや、何がすごいかってね、兄さんはこれだけハードスケジュールこなしているのに、メンタルが追い詰められてないんだよ。むしろ楽しんでいる節があるのよ。
好きこそものの上手なれって言葉があるけど、まさにそれだ。
夢に向かって邁進する若者は眩しいです、はい。
そして姉さんだが、なにやら思春期真っ盛りに入りまして、毎日が充実している兄さんにちょくちょく絡んでいる。
仲が悪いというわけではないのだが、前から姉さんは兄さんに対してはケチをつけることが多かった。
あくまで私の想像なのだが、姉さんは次兄さんを遠慮なく叱る。預かっている子も叱る。だがやっぱり相手が年下ということで、子供達が悪い事をしても、広い心で許したり諭したりする方向で叱る。
十五歳の女の子が毎日そんなことをするのだから、ストレスが溜まるのは当然だろう。雇っている大人の保育士さんたちだって、子供の相手は大変だなんて愚痴をこぼすこともしょっちゅうだし。
そして姉さんはそんな愚痴をこぼすまいと意地を張っているので、尚の事ストレスが溜まっている。
そんな姉さんのストレスが、兄さんに向いている気がするのだ。
兄さんは笑って許しているが、放っておくのも不味いかなー、なんて思わないでもない。
いや、具体的にどうすればいいかはまるで思いつかないんだけど。
次兄さんは変わり映えがないと言っては失礼だが、変わらずバイトと訓練に精を出している。
ただ剣の腕は順調に伸びてきて、最近では兄さんといい勝負をするようになってきた。
心の広い流石な兄さんも実の弟に負けるのは悔しいのか、結構ムキになって勝ち続けている。ただ次兄さんが兄さんから一本を取る日もそう遠くはないだろう。
妹は騎士養成校の方で頑張っていて、校内のランキングに名前が載るようになったと言っていた。このランキングは剣の試合の成績で決まるものらしい。
妹の実技の成績は十二歳までの中等科でもうトップで、現在は十五歳までの高等科で上位を目指しているらしい。
この高等科のランキングで上位十二人に入り、筆記試験の成績や授業態度、日常の素行などの内申点に問題がなければ養成校から皇剣武闘祭新人戦に推薦されるらしい。
ケイさんは内申点で推薦が取り消されたらしいが――具体的にどの部分が悪かったかは明らかになっていないのだが、たぶんぼっちで社交性が低いからとか、そんな理由だろう――妹は今のところ問題ないらしい。
過去に一度喧嘩騒ぎを起こしているものの、殴り飛ばしたことは反省していたし、相手のデボラとも今は仲良くなっているので。
ただそんな妹も筆記試験の方は十五歳の子らと比べると習っていない内容も多く、どうしてもライバルたちには劣ってしまう。
そしてある日、グライ教頭がやってきて、
「セルビアくんが推薦されてもよろしいのですか?」
なんて事を聞いてきたので、
「正当に審査されて推薦が受けられるのなら、それは妹の努力の結果ですから、水を差す気はありません」
と答えたら、グライ教頭が直々に課外授業を開いて妹に勉強を教え始めた。
審査を優遇するのではなく、勉強を教えるのならば良いのでしょうとは、グライ教頭の言だ。
どうも私が妹が命の危険がある新人戦に出場するのを嫌がっているのを見透かし、その上で妹に協力するようだった。
まあ妹が頑張っているのは私も知っているし、応援したくなるのは理解できるけど、それは特定の生徒への贔屓じゃないでしょうか。
いや、グライ教頭がやっているのはあくまで課外授業で、妹以外にも推薦枠狙いで筆記試験に自信のない生徒らが受講しているから、えこ贔屓とも呼べないのだけど。
そんなこんなで妹は勉強の方でも実質的な飛び級をして、毎日頭から湯気を出しながら頑張っている。
そしてブレイドホーム家ではないが、ケイさんの近況も。
ケイさんは予定通り商業都市に旅立った。最低でも三ヶ月は守護都市に帰ってこない。場合によっては来年の政庁都市接続まで帰ってこない。
このあたりは商業都市の防衛体制しだいになる。
外縁都市の防衛戦は私とは縁がないので触れる機会が少ないが、月に一、二回発生するらしい。魔物は下級上位から中級中位が相場。
ただあくまでそれは平均値であって、週に一度のペースで防衛戦が発生したり、中級上位以上の魔物がロード種に率いられて襲ってくるなんてこともあるらしい。
そうなると外縁都市の戦力だけでは不安があるので守護都市が呼ばれたり、あるいは上級の戦士や騎士、そして皇剣が派遣されることとなる。
ただ守護都市が遠くに行っていれば救援まで時間がかかるので、保険として皇剣の数名が交代で外縁都市に防衛任務に就くのだ。
ただケイさんのような皇剣が実際に戦場に出る事は少なく、都市の防衛設備の点検と修繕、あるいは怪我人の療養で人手不足に陥った時だけのことだ。
単独で拠点防衛を任されるようなものと考えると違和感しかないが、ハイオーク・ロードを相手取った親父を思い出せばケイさんが単騎で大量の魔物を相手取ってもおかしくない。じっさいハイオーク千体ぐらいなら一方的に殲滅できるような女の子だし。
そんなこんなでケイさんは旅立ったのだが、見送りに来たマリアさんに『私行くよ。ホントに行くよ。来ないの? ホントに来ないつもりなの?』とやや面倒くさい絡み方をしていた。一人で行くのは寂しいようだった。
ちなみにマリアさんの返事は、さっさと行きなさいだった。
これは意地悪で言っているのではなく、ケイさんももう大人だからある程度一人で行動させようと思ってのことで、マリアさんというよりは祖父のエースさんをはじめとしたマージネル家の意向だった。
マリアさんもブレイドホーム家との交流を経てコミュ症も大分改善されたし、良いタイミングだろうと少し寂しそうに見送った。
まあその寂しそうな顔はケイさんには見せなかったから、たぶん商業都市でケイさんはプリプリともっと心配してくれてもいいじゃないと愚痴をこぼしているだろうが。
マリアさんは気配りのできる女性なのに、なんでこんなに素直じゃないんだろうと思ってしまった。
ちなみにケイさんは一年前のラウドさんとのやり取りで大剣が折れて武器を失ったのだが、今は片手斧を使っている。
でっかい
いや、色々あってケイさんに当座の武器を貸すことになったのだが、地下室にしまってある親父のコレクション(二割ぐらい減った)を見て、目を輝かせてあれこれ取ろうとして、親父に止められ、最終的に私の斧を選んだのだ。
親父が止めた理由を聞くと、あいつに貸したら返さないと、断言した。
武器好きなところといい、何でそんな所で血の繋がりをアピールしてくるのだろうか。あと私の斧は私のだからちゃんと返してくださいね。
さて、最後に私のことだが、背が伸びてきたことでいつぞやに作ってもらった竜角刀がようやく装備できるようになりました。
そして使用感を一言で表すと、これすごい。
竜素材は魔力が通らないという話だったけど、それは死んだ竜の怨念が邪魔するのが理由で、私のにはその怨念がこもってないから普通に使えた。
そしてカグヅチさんの作ってくれたこれは、すごい切れ味だった。
荒野には
いや、それなりに魔力は込めたのだが、それでもびっくりするぐらい簡単に甲羅が切り裂けた。
この刀だとたぶんいつぞやの暴走したケイさんや、本気モードの親父にもダメージが与えられると思う。
ただ少し問題もあって、竜角刀は二本ある。そして私は二刀流というものを初めてやった。
これ、むずかしい。
正直一本で戦うほうが動きやすいし、間違いなく強い。
まあこの辺は慣れの問題が大きいから、道場での親父との立合いは二刀流で挑んでいる。そして親父に型を習って、毎日地味に反復練習をしている。
ただそれでも今のところ一本で戦うほうが戦いやすい。
話すことはまだある。
フレイムリッパーのことだ。
あの男はまだ見つかっていない。
守護都市は五万人を超える人間が住む都市だが、空を飛ぶ要塞であるためその敷地には限りがある。
外周を一回りするのに二時間とかからないし、都市の中をジグザグに走り回っても一日中には終わる。人を探しているのだからそれよりは時間をかけたが、しかし私には一年間という十分な時間があった。
奴の魔力は覚えているので暇を見つけては守護都市内を歩き回って探し回ったが、その残滓すら感じ取れなかった。
守護都市の地下部分は空を飛んだり水の循環をしたりするための重要機構が詰まっているため立ち入り禁止で、テロ対策か探知阻害の呪鍊もなされていたが、私の魔力感知にとってそれは大きな障害とは成り得ない。
本当に隅々まで探して、影も形も見つからなかった。
こうなってくるとフレイムリッパーの根城は守護都市以外の他所の都市か、あるいはいっそ荒野の中にでもあるのかもしれない。それこそテロリストや野盗が隠れ住むように。
奴を見つけ出すには、少しやり方を考えなければならないだろう。
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