31話 働きたくない





 いや、もうね。

 働いたら負けだと思うのよ。

 うん。誰が何と言おうと、私は働きたくないでござる。



 ******



「セージ、お仕事いかなくていいの?」

「うん。もう働かなくてもいいから。ごろごろしてる」


 文字通り庭でゴロゴロしながら、姉さんの問いかけに答える。


 あれから十日ほどたった。


 一年間必死に苦労して、まとまった金額が安定して稼げるようになったら、それが必要ないぐらいに安定した収入が得られた。

 それも親父の雑な性格のせいで貰えなかっただけという、本来ならもっと早くから貰えていたお金だった。

 もし貰えていれば弟は――いや、止めよう。死因は紛れも無く病気だったし、そんなふうに考えると本気で親父を恨みそうだ。


 とにかく私はもう真面目に働くのが馬鹿らしくなった。

 恩給の支給は再来月からだけど、それまでは貯金で何とかなるし。


 ゴロゴロし始めた最初は、いつも忙しく働いてたんだからゆっくり休むといいよなんて感じで、みんな見守ってくれていた。

 だが最近はまだだらけてるの、なんて冷たい視線に変わりつつある。

 ちょっと気持ち良い。


 一番変な反応をしてるのは親父だ。

 訓練はちゃんと続けろと微妙に怒っているが、それ以上に私が怒っているのにようやく気付いたのか、あんまり強くは言ってこない。

 一応増幅したり、ばれないように地中に魔法はなったりして魔力強化は続けている。

 いや、努力とか苦労って言葉とは無縁にだらけていたいんだけど、死神(仮)との約束を破るのは怖いんだよ。



 しかし、暇だな。

 クッキーでも焼いたらみんな喜ぶかな。いや、働いたら負けだ。

 みんなに喜んでほしいというのも、名誉欲という煩悩。それに打ち勝ってこそSATORIは開かれ、真のニートとして引きこもれる。

 暇を持て余しながらも働いたら負けという信念に従い不屈の意志でだらだらと魔力消費にいそしみつつ時間をつぶしていたら、兄さんに話しかけられた。


「ねえ、セージ。いい加減機嫌直したら? 経緯は聞いたから怒っても仕方ないと思うけど、マギーも心配してるよ?」

「嫌でござる。働きたくないでござる」


 私がそう答えると、兄さんはため息をついた。

 何と言われようと、私はこのままニートの道を突き進む。

 働いたら負けだ。


「せっかく中級になったんだろ。なれない人もいるようなランクに六歳で上がれたんだし、仕事はしなくても訓練だけはさぼっちゃダメだぞ」

「――思い出した。

 あのバカ親父、中級になるのは嫌だって言ったのに、アリスさんたちと結託して勝手にランクアップしたんだ」


 半眼で中空を睨む。

 下級上位でも収入的な不安は無かったのに。

 下級のままならより安全な狩場が割り当てられるんだぞ。

 何を考えてるんだ。


「期待してるんだろ。解らないふりはしない。

 ……まったく。

 政庁都市と繋がってるんだし、せめて遊びに行かないか? 

 お祭りやってるから、楽しそうな出店も多いよ」

「……? 兄さんって、政庁都市のお祭りに行ったことあるの?」


 兄さんの口ぶりは人から聞いた話というより、昔を懐かしむような声音だった。

 よく家にそんなお金があったな。


「……八年前だから、よく覚えてないけどね。色々キラキラしてて、楽しかったのは覚えてるよ。

 今ちゃんとお金持ってるのはセージだから、セルビアやカインを連れていってくれないかな」


 八年前っていうと……。

 ああ、兄さんの本当の両親との思い出か。

 なんだか地雷を踏んでしまった感がある。

 口にすれば否定するだろうけど、兄さんちょっと寂しそうで悲しそう。

 ……むう、仕方ない。

 遊びに行くんだから、働く訳じゃあない。

 説得されたとしても、負けては無いんだからね。



 ******



 そんなこんなでやってきました、政庁都市。

 この精霊都市連合国の首都だけあって流石にでかいし立派だ。

 さらにお祭りをやってるせいか、人混みで溢れかえっている。


「よし、帰ろうか」


 踵を返す。人混みは嫌いだ。


「帰ろうか、じゃなくてね」


 兄さんに襟首を掴まれた。

 ……むぅ。

 まあ、いいか。


 政庁都市には三人で来た。私と兄さんと、それと次兄さんだ。

 託児所の方は今日は休みじゃないので姉さんは出れず、防犯の関係で親父も留守番。妹は連れてきても良かったけど、別の日に二人と出かける予定。

 その日は私と兄さんが子守役だ。


「なあセージ金くれよ。屋台回りてー」

「ああ、はいはい」


 次兄さんに言われて、お小遣いを渡す。

 一番安い紙幣を二枚ほど。兄さんにも渡そうとしたら、苦笑して首を横に振った。まあ兄さんはバイトしてるし、余計な気づかいだったね。


 次兄さんは早速屋台で串焼きを買って、早速ほおばっている。私もリンゴ飴の屋台を見つけたので、小さいのを買った。


「おいしい?」

「微妙」


 兄さんに聞かれて、そう答えた。

 リンゴ飴と言えば屋台で定番のイメージなので買ってみたが、あんまりおいしくは無かった。

 兄さんは苦笑を深めて、別の屋台で焼きトウモロコシを買っていた。

 そのまま適当に三人でぶらぶらしながら屋台を冷かしていく。


 そういえば三人で遊びに出歩くのって初めてだ。まあ守護都市にはそもそも子供の遊び場って少ないんだけどね。

 路地裏でサッカーっぽい事や、楽器鳴らして踊っている子供たちをたまに見かけるぐらいだ。

 それにしたって周辺住民にうるさいと怒鳴られがちで、心置きなく遊べているとは言えない。

 家の託児所は庭だけは立派なので、もうちょっと体を動かせる遊具とかがあればいいかな。


 そんな事を考えながら歩いていると、次兄さんがビラ配りのお姉さんからチラシを買ってきた。

 ビラを買ってくるというのはおかしな話だが、印刷物には例外なく税金がかけられているのだ。

 もっとも公的な印刷物で一枚だけならかけられている税金も安く、コンビニで買うレジ袋の様なものなものでしかない。


「なあ、アベル。これ出れねえかな」

「なに? ああ、無理だよ。ギルドに登録してる人限定って書いてるでしょ?」


 次兄さんの買ったチラシは、闘技大会のお知らせだった。クライスさんたちが話していた皇剣武闘祭というやつかと思ったが、違った。

 小さなイベント大会で、たぶん皇剣武闘祭にかこつけてギルドの人たちの勝負を見世物にしようってのだと思う。

 チラシを良く見れば参加者も募っているが、見学者向けに誰が勝つかのギャンブルもやっているようだ。


「あー、じゃあ今から三人でギルドに登録しねえ? 俺たちなら登録の技能試験なんて楽勝だろ?」

「ダメだよ。父さんが言っただろ、勝手にギルドに登録するなって」


 ちなみに、それを言ったのは私がギルドに登録した後である。

 なんでそんなことを言い出したんだろうなー。ボクわからないなー。


「それにこれ、ハンターズギルド下級から上級までが対象になってるよ。最初は初級からだから、今日登録しても出れないよ」


 兄さんはそう続けて次兄さんを諌めた。

 私が中級になったので推薦してランクアップさせることはできるが、正直に話す気はさらさらない。

 次兄さんはしばらく不満そうにしていたが、じゃあ見に行こうぜとすぐさま機嫌を戻して言った。

 こういう天真爛漫なところは妹もよく似ていて、二人の長所だと思う。



 ******



 途中道に迷ったり、大道芸に目をとられたりしながら、イベント会場にやって来ました。

 しっかりと建築された施設では無く、今日の為に設営されただろう簡易的なリングと、それを囲む仮設の観客スタンドがあった。

 のんびりやって来たため参加者の受付はとっくに終わっており、試合ももうそれなりに進んでいるところだった。

 見ていく分には遅くなっても問題ないようなので、三人分の料金を払って観客席に座った。


「なあなあ、だれが勝つと思う」


 次兄さんが賭け札を握りしめて言っている。入場料とは別にお金を払うと賭け札を貰える。

 次兄さんは渡した小遣いの残り全額を賭け札に変えていた。

 私と兄さんは五枚ずつ。参加者が十六人のトーナメント制だが、残り試合は三位決定戦を含めてあと五回だ。

 それぞれに一枚ずつ賭けようかなと思っている。

 ちなみにあくまでお祭りの中でやるギャンブルなので、配当金は少なめ。

 あくまで見るのを楽しむファクターとしてのギャンブルである。


「右の方かな、大きいし」

「僕も右」

「じゃあ俺は左だ」


 兄さんは体格で、私は魔力量で判断し、次兄さんは良くわからない反骨心で賭ける相手が決まる。


 賭けの対象となる戦士が戦うのは円形のリングで、それぞれに運営が支給しているのであろう同一の装備を身に着けている。

 木製の剣と、革製の防具だ。

 サイズは大人用しかなさそうなので、どのみち参加とか無理だったっぽい。


 ルールは魔法や衝弾などの中~遠距離の飛ばし技は禁止で近接戦闘のみ。

 殺すのは原則ご法度だけど、やりすぎて結果的に殺しちゃっても罪にはならない守護都市方式だ。

 まあ治癒魔法の使える人も待機しているので、そんなことは起きないだろうけど。


 戦う人たちはチラシに書いてあった通りハンターズギルドの人っぽい。

 魔力量にしても立ち振る舞いにしても、こう言っては悪いがクライスさん達に比べるとはっきりとした差がある。

 もし私が相手をしたとしても、腕相撲とか持久走とかなら負けるだろうけど、一対一の戦いならこのルールでも勝てそうだ。


 肝心の試合は準々決勝(言い換えると二回戦)最終試合で、私と兄さんの予想通りに右に見えてた方が勝った。

 体格差を生かしたごり押しでの勝利で、兄さんは賭けに勝ったもののちょっと不満そう。


「もう少し、勉強になる勝ち方をしてほしかったかな」


 兄さんがそう愚痴をこぼす。

 勉強にというのは次兄さんを見ていった言葉だろう。

 でかい方が体力と魔力にモノをいわせて勝つパワープレイは、たしかに私たち子どもにはたいした参考にならない。


「まあ勝ち方としてはシンプルだけど、わかりやすくていいんじゃない」


 私はそう言った。

 地力で勝っているのなら、小細工をしないというのも立派な戦術だ。


 突然碁の話をするが、碁の終盤はヨセというのだが、その時点での優劣(形勢)はその時点で決まっていることが多い。

 その際に有利に立っている方はシンプルで分かりやすい手を好んで打ち、不利に立っている方は先を読むのが難しい、変化の多い手を打つ。

 これは有利な方は何事もなく勝負を終わらせたいと思い、不利な方は逆転のきっかけを求めているから起きることだ。


 技を魅せる必要があったのは小柄な左の方であって、それに付き合う義務は右の方には無かった。

 むしろ最短で試合を終わらせ余力と手の内を隠すことができたので、右の方としては完勝だろう。

 まあ見世物の試合としては、たしかにつまらなかったけど。


「けっ。あんなのなら俺だって勝てるぜ」


 一人賭けに負けた次兄さんはそう負け惜しみを零している。たしかにそんなに強い人じゃないし、兄さんなら勝てるだろうけど、次兄さんだと難しいと思うよ。

 なんて思ってたら、右の人が睨んできた。

 どうやら次兄さんの愚痴が聞こえたらしい。

 しばらくこちらを睨んだ後、何事かを吐き捨てながらリングを降りていった。聞こえては無いんだけど、クソガキがなんてセリフでも言ってそうな雰囲気だった。



 試合はとんとん拍子に進んで決勝戦。

 賭けの成績は私と兄さんは賭けの対象が一致して三勝一敗。次兄さんはまさかの全敗だった。

 三連敗しての三位決定戦で、それまでの方針を変えて私たちのチョイスに乗っかって一緒に負けた。

 負けが確定した瞬間の次兄さんの顔はとてもゆか――間違えた。

 次兄さんの顔は、とても悲哀を誘うものだった。


「ねえセージ、決勝は違う方に賭けない? 外した方が今日のお昼おごるってことで」

「そうだね。兄さんが先に決めて良いよ。僕は逆にするから」


 余裕だねと、目の奥を光らせて兄さんが笑う。

 優しい顔してる割に勝負事が好きなんだよね。人のこと言えないけど。


「せ、セージ……」

「なに、次兄さん?」

「金くれ。賭け札が全部なくなっちまった」


 考えて使いなよ。

 ……まあいいか、お祭りを楽しんでるんだから。


「はいこれ。換金してきて。全部使っていいから」


 そう言って、それまでに使った賭け札を渡す。

 賭け札は半分に折って使う仕様で、半分は投票に使い、半分は手元に残し換金所でお金に変えられる。もちろん勝っていればの話だが。

 三回勝っているので、新たに賭け札一枚は買えるし、微妙に残るおつりで屋台を冷かすこともできるだろう。


「ああ、じゃあこれもあげるから、ポップコーンとジュース買ってきてね」


 そう言って兄さんも自分の賭け札を渡した。

 それから視線はリングに向かい、休憩をしている決勝の戦士を真剣に見つめている。


「……くっ」


 なんだか悔しそうにしている次兄さんだが、早くいかないと決勝に間に合わないよ?



 ******



 そして決勝も終わり、結果は――


「カインが僕の方に賭けるから……」

「お、俺のせいじゃねーよ。あいつが見かけ倒しで弱かったのが悪いんだろ!」


 ――私が勝った。


 最初に見た試合の右の人が決勝まで勝ち残っていたので、ゲンを担いで兄さんは彼に賭け、私は逆の方に賭けた。

 逆の人も実力的には同等ぐらいだったが、フットワーク重視の戦闘スタイルが右の人と相性が良く、その辺の差で結果的に勝った。

 もう一回やったらどうなるか解らないような僅差の好ゲームだった。


「それじゃあ、約束通り兄さんにはお昼ご飯をおごってもらおうか」

「……くっ」


 兄さんが珍しい顔をして呻いた。

 兄さんは家にお金を入れているし、欲しい物でもあるのか貯金もしているようなので、懐にあるお小遣いはそれほど多くは無い。

 だが賭けを持ちかけたのはその兄さんだ。

 ここは介錯を務める心持ちでのぞむのが武士の情けというモノだろう。ふっふっふ。


「じゃあ肉食おうぜ。肉。バーベキューとかねえかな」

「やだよ。お昼なんだからもうちょっとさっぱりしたものにしようよ。ラーメンとか」

「ラーメンってさっぱりしてるかな。まあ屋台でお腹ふくれてるから、軽めにしときたいって言うのは賛成」

「えー、肉が良いのにな~」


 ぶー、と頬を膨らませる次兄さんに苦笑しながら、いったん別れた。

 いや、私は換金所に用があるので。

 たとえ少額の払い戻しでも面倒臭がらずにちゃんと受け取りますよ。お金は大事です。

 私の高性能な魔力感知を兄さんたちに絞っておけば離れていても場所が分かるので、合流も難しくない。


 なので全ての試合が終わって混み合っている換金所に並ぶのは私一人で良いかなーと。

 次兄さんはじっとしてられない性分だし。

 二人にはラーメンの屋台なり、お店なりを探してもらうことにした



 換金所では思いのほか待たされて三十分が経過。

 二人とも先にご飯食べてないよね、などと思いながら合流しようとしたところで、兄さんたちの魔力に乱れを感じる。

 急いで駆け付けた。




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