30話 初耳ですよ
最近は守護都市が止まる気配が無い。
まあそんな事もあるのだろうが周囲の風景が荒野のそれではなく結界の中の緑あふれるものになっており、それがちょっと気になった。
もしかしたらどこかの都市で救援要請が出ていて、結界の中をショートカットして赴いているのかもと。
そうだとしたら次の仕事はいつもとは別のものになるだろうから、あるいはそうでなくとも移動続きで働けていないので、いつになったら仕事が出来そうですかと聞くためにもギルドにやってきました。
「え? 政庁都市に着くまで止まらないよ」
「え?」
「でもちょうどよかった。セージ君、ギルドカード出して」
アリスさんに唐突にそう言われてちょっと不審に思うが、ここ一年の仲なので信用して渡すことにする。
「はい、お預かりしました。ちょっと待っててねー」
アリスさんはそういうと数枚の書類と一緒に他のスタッフに私のギルドカードを手渡した。
なんだろう。不安になってくる。
簡単に渡すんじゃなかったかな。
「何をするんですか?」
「うん? うん。すぐにわかるよ。
それとさっきの話だけど、政庁都市に着くまでは止まらないから、あと一週間かからないぐらいじゃないかな。
まあ緊急の救援要請があれば別だろうけど、外縁都市には皇剣様たちが出張してるから、それも無いでしょうねー」
露骨に話をそらされた。だが、ちょっと気になったことがあった。
「政庁都市に何をしに行くんですか?」
四年に一度だけ訪れるという話は前に聞いたような気がするが、何しに訪れるかは知らない。
政庁都市は精霊都市連合の中心にある都市で、結界のど真ん中にあるため守護都市の出番があるような土地では無い。
他に政庁都市の特徴といえば、他の精霊都市に命令権を持つ都市だとか、外縁の六つの都市につながる大きな国道の交差点になり、商業都市以上に交易の盛んな土地だという事か。
さらに商業都市のみにとどまらず他の都市の特性も持っている連合国家最大の百万人都市であるため、観光地としても人気だとか。
私の知識には正解は入ってなさそうだった。
「え? あ、そうか。セージ君は知らなくて当たり前……なのかな。私も初めては初めてなんだけど、政庁都市では四年に一度お祭りがあるんだよ」
「お祭り?」
それがどう関係するのだろう。
アリスさんの続く言葉を待ったが、答えは別の場所から返ってきた。クライスさんだった。
「豊饒の大地と守りの結界をくださる偉大な精霊様に感謝をささげようって祭りだよ。
ま、俺たちみてぇなのには本命は皇剣武闘祭のほうだがな」
皇剣武闘祭。また新しい単語が出てきた。今度のは想像つくけど。
「新たな皇剣様を選定するお祭りってことですか?」
語感的にそんな感じだと思う。
「おう。まあそれだけでもないけどな。アリス、セージはどうだった?」
「うーん、やっぱり難しいですね。
新人の最優秀賞はマージネル家の子がもっていっちゃいましたし、優秀賞もスナイク家やシャルマー家の方がだいたいで、もう一年あれば良いところまで行ったんでしょうけど、ちょっと登録した時期が悪かったですね」
いったい何の話だろう。
「政庁都市は精霊様がいらっしゃる首都だからな。
そこに接続するこの祭りで、ギルドメンバーの四年間分の実績を査定して表彰するんだよ。俺もいくつか勲章もらえることになってるな」
「へー」
ちゃんとしてるんだな。まあ私には関係ない話みたいだけど。
「俺が貰えんのは〈
お前のおかげってのもあるから、なんか欲しいものがあったらおごってやるぞ。今回は副賞が結構いい額になるからな」
「いいんですか。じゃあ今度お米買ってくださいよ。醤油でもいいですけど」
「相変わらず所帯臭くてみみっちいな、お前。
もっと高いもんでもいいんだぞ。つか、お菓子とか玩具とか興味ないのか。
……ああいや、呪錬兵装あたりとか考えてたんだけどな、俺は」
「ははは。そんな高いものは……って、もしかして副賞ってそんなにたくさん貰えるんですか」
なんて羨ましい。
「四年に一度のボーナスだからな。
新人専門の勲章も多いからそれ狙って、新しくギルドに登録すんのはこの祭りの時期にして、少しでも来期の査定に有利にしようってのが基本になってるぐらいだぞ」
なんだと。いや、まあ今年まで登録遅らせるって選択肢は無いからいいけど、いいんだけど……。
「アリスさん、僕はやっぱり何の勲章にも引っかかってないんですよね」
「うん……。優秀新人賞以外にも有力なのはあったんだけど、やっぱり一年だけだと査定に不利で……。
実績だけなら〈鷹の眼〉はセージ君についても良かったんだけど、やっぱりクライスたちに手伝ってもらったからって意見が強くて……ゴメン」
両手を合わせ、拝むように謝るアリスさん。
その申し訳なさそうな様子に、我に返った。
「いえ、いいですよ。さっきまで
あぶく銭には期待せずに地道にコツコツ働きますよ。
それで、仕事にはいつ出れるようになるんですか?」
「うん、もうちょっと待ってね。今ギルドカード新しくしてるから」
「……? 一年ごとに更新するんでしたっけ、ギルドカードって」
そんなルールは無かったと思うけど、もしそうだとしても二ヶ月前に下級上位に上がったばかりだから更新する必要はない気がする。
クライスさんとアリスさんを見ると、なんだか態度が怪しい。
何というか、普段と同じように振る舞おうとしてるような不自然さがある。
「あの、すいません。とりあえずいったんギルドカード返してもらっていいですか?」
「あー、ゴメン。私の手を離れちゃってるからもう新しくなるまで返せないの。
それよりもカタログ見ない?
政庁都市でもらえる勲章が載ってるんだよ。この〈
「露骨に話をそらしましたね……」
まあこの二人ならそんなにおかしなことは企んでいないだろう。目の前に出されたカタログを眺める。
〈ドラゴンスレイヤー〉
特級の魔物である竜、あるいは龍を殺したものに与える勲章。対象となる竜、あるいは龍は精霊が認めたもののみとする。
まあ予想通りの取得条件だなーなんて思いつつ副賞に目を移す。
すると思わず吹き出してしまいたくなる金額が書かれていた。かつての親父の預金残高のおよそ半額だ。
ああ、親父はこれの二倍あっても使い切ったんだなーと、今更ながらに遠い目になってしまう。
さらに読み進めると、信じられない一文が目に入った。
この勲章授与者が
……おかしいな。
おやじはこのくんしょうもらってるはずで、いんたいしたのははちねんぐらいまえのはずだから、にひゃくよんじゅうかげつはたっていないはずだ。
まいつきこんなたいきんがはいってるようすはないんだけど、いったいどういうことだろう。
ちょ、ちょっとおちつこう。
しんこきゅう、深呼吸。
すー、はー、すー、はー、すぅーーーーーーーっ、
「おかしいだろあの馬鹿親父ぃぃぃっっ!!」
「うおっ、どうしたんだよ急に」
「――すいません。お騒がせしました。
……あの、親父って他に勲章持ってますか?」
あるはずだ。
倉庫代わりに使っている離れの中に、ガラクタでも置くように箱にいろんなメダルが整理もされず詰まってた。
あんな扱いしてても一応大事な親父の現役時代の思い出だろうから、勝手に持ち出して売り払ったりしたらいけないと思っていた。
だがどうやらそれは半分間違いで、半分正しかったようだ。
売ってしまえば勲章をもらったと証明できなくなったかもしれないが、適正な売値を調べる際にこのふざけた事実に突き当たっていたかもしれないのだから。
「ええと、たくさん貰ってたって言うのは聞いてるけど、詳しいことは調べてみないと……」
「〈
カタログを流し読みする。
恩給が副賞につく勲章は数は多くないが、いくつかあった。
クライスさんに聞くと親父はとっているとのこと。おぼろげな記憶の中にも、カタログの図柄と同じメダルがあった気がする。
カタログを読み進め、目当ての注釈を見つけた。
恩給の支給は退職後、当人の申請翌々月から支給開始とする。十年間申請が無ければ恩給を受け取る意思が無いものとみなし、その権利を失効する。
やはりか。
しかし不幸中の幸いで、恩給の権利失効まであと二年ある。
「アリスさん、この恩給の申請ってどうやるんです」
「えっ? えと、申請書はあるから本人が来てくれたらサイン一つで済むけど……」
「もしかして、ジオさんって恩給の申請してねえの?」
恐る恐るといった感じで、クライスさんが尋ねる。
こくりと頷くと、なぜかクライスさんは目を輝かせた。
「さっすが、器がでけぇな」
「……さすがじゃねえんだよ」
「っ!」
「ちょっと、セージ君怖いよ。ああ、そうギルドカード。ギルドカード来たよ」
渡されたギルドカードを見る。今までと色が違う。
なんでか中級になっていた。まあどうでもいい。
「あ、あの仕事探してたんじゃ……」
「いえ、とりあえず馬鹿親父引っ張ってきますので、申請書準備しておいてください」
「あ、はい……」
くそっ。誰も彼も家が貧乏だと疑わないわけだ。誰か一声かけてくれてもいいじゃないか。
恩給貰ってないの、って。
******
「親父いる!?」
「どうした仕事を探すんじゃあなかったのか?」
「それどころじゃあないっていうか、仕事する気なんか欠片もなくなったよ!」
「む。なんだ、勝手にランクアップした――」
「親父、恩給って知ってる?」
「む? おんきゅう……? くいもの――」
「知らないのは分かった、ボケなくていい」
あんまりよくないけど、これで何かしらの理由で恩給が申請できなかったという線は消えた。
「よし。とりあえずその顔面ぶん殴ってやりたいけど、まずはギルドに行くぞ」
「な、何だいきなり。子供らの剣を見てやってる最中だ。あとで――」
「ギルドに、行くぞ」
「あ、はい」
馬鹿親父確保。
「あれ、セージ帰ってきたの? あれ、お父さんと一緒に出掛けるの――って、セージ!?」
ごめんあとで。
******
あー、疲れた。
防犯の関係もあるから、親父をギルドにおいてすぐに家へと戻ってきた。
道すがらに恩給の説明はしたし、申請書にサイン書くところまでは見届けて、クライスさんとアリスさんにうちの馬鹿がおかしなことをしないようによく見ててくださいとお願いしたので、大丈夫だろう。
今頃、親父は申請後の事務手続きや詳しい受け取りの説明を受けているはずだ。
「アニキ、どうしたの?」
庭で寝転がってると、妹がやって来た。
「うん。大丈夫だよ。ちょっと人生のむなしさについて考えてただけ」
結界の中の、砂ぼこりの舞わない底抜けに晴れ渡る綺麗な青空を見ながら、答えた。
親父がちゃんと手続していれば、あるいはそういう制度の存在を教えてくれる人がいれば、もっと言えば親父がちゃんと人付き合いしていれば……。
考えても仕方ないし、そういう浮世離れした親父だっていうのは知ってたけど、さすがにこれは……って、思ってしまうんだよね。
でも私だってギルドの事を調べたときに、退職しても年金制度は無いってわかって、それ以上は調べてなかった。
勲章やその副賞の事だって、ギルドに登録する時期の通例を調べていれば辿り着けてたかもしれないのに……。
うん。私にできることはあった。
親父だけを恨むのは筋違いだ。
それに親父だって私が働いて家計を支えるのを良い事とは決して思っていなかった。まとまった収入が無くて辛い思いしてたのは、むしろ親父なんだ。
私のちっちゃい恨みや怒りは水に流そう。親父だって、今はきっと反省してる。
「帰ったぞ」
「あ、おやじだ。どこいってたのー?」
「セルビアか。ケーキ買ってきたぞ」
「うわぁー。どうしたの?」
「お父さん!? そんなお金どこにあったの? またセージに無理させたんじゃないでしょうね」
「ふっ。気にするな、マギー。これからはそんな面倒な心配なんかしなくていい。なあ、セージ?」
満面の笑みの親父がムカついたので、全力で魔法をぶっ放した。
姉さんと妹が本気でビビる出力になったが、後悔はしていない。
親父は正面から受け止めるも当然のようにノーダメージで、こっちの怒りを気にも留めてないハイテンションっぷりで、なんかもう、色んな事が馬鹿らしくなった。
今日はもう寝よう。そうしよう。
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