29話 バーベキュー
そんな訳でバーベキューをやります。
いや、ホームパーティーって何やれば良いか分かんなかったんだよね。
前世で家に友人を招いたことはあっても、欧米かっ、なんてツッコミ入れるようなパーティーにしたことは無くて、せいぜい簡単な手料理とお酒出して、あとは持ち寄ったものつまんでいく身内の打ち上げみたいな感じだった。
まあそれでもいいかなーとは思ったんだが、一つ問題がある。
私は別に、そこまで料理が得意という訳ではない。
一応、一通りのものは作れる。
でも創作料理とかに手を出せるほどじゃあないし、そもそも前世では独り暮らしだったので、外食や買ってきた惣菜で済ませることも多く、料理の経験値も低い。
今生ではその経験値も溜まってきてはいるけど、家族に出すのは大雑把な味付けの適当なものが多い。
……いや、仕事や訓練をしながら毎日の献立考えるのも大変で、栄養偏らないように野菜をなるべく多く使うぐらいしか気を回せなかったのだ。
それでも材料を切って塩を振って、煮るか焼くかの調理法しか知らない親父と姉さんよりはましだが、人を招いて振る舞うにはどうなんだろうと思ってしまう。
前世と違ってクックなパットとか無いし、そもそもぐぐーる案内人の導きも、うぃきぺでいあ先生の教えも無いことだし。
親父や兄さんにも相談したが、参考になるような返事はなかった。
兄さんはまだわかるのだが、親父はこれだけ広い庭と家を持っていて、人を招いたことは無いのだろうか。
無いんだろうな。
この一年間、親父を訪ねてきた客は私の様子を見るという建前を前面に押し出してきた人たちだった。
社交性に富んだクライスさんや、ちょっと浮世離れした雰囲気を持つアーレイさんですらそうだった。
親父は嫌われてなんかいないし、人付き合いを嫌ってもいないのだが、不愛想で口数が少なくて自分から歩み寄ることもなくて、さらに普通では無い経歴と実力を持っているせいで軽々しく近づける雰囲気もなくて、自然とぼっちな道を歩んできたようだ。
もしかしてホームパーティー開催に拘った理由って、単にやってみたかっただけとか……。
いやいや、さすがに邪推し過ぎか。
……うん。考えすぎ、考えすぎ。
ともかく手軽に楽しんでもらえるようにと、今日はバーベキューにすることにした。
網焼きのお肉がメインで、あとは鉄板で焼きそばやお好み焼きぐらいは作るけど、これなら料理の腕が関係するほどでは無いからちゃんと盛り上がるだろう。
「来たぞー。よろしくな」
「こんにちは。お邪魔します」
最初に来たのはクライスさんとドルチさんだ。
手土産にワインとウイスキーをもらった。飲む気か。昼間から子供が大勢いる中で飲む気満々か。
いやもともと親父と飲んで貰うつもりでお酒用意してるから悪くは無いんだけど、昨晩のことを思うと、ちょっと目は離さない方がいいかな。
子供にお酒飲ませても何とも思わないだろう二人だし。
「悪い、遅れたか?」
続いてロックさんが来た。
手土産はお肉。焼けってことだろう。
一応、多めに買っておいたけど、たぶん私が買ったのよりもいいお肉だから、タイミング見て出させてもらおう。
「来たわよ~」
「こんにちわー」
「邪魔をする」
最後に来たのはペリエさんとアリスさん、ミルク代表の三人だ。
子供向けのノンアルコールシャンパンを一ダースもらった。さすがは子供好きの三人、気配りに感謝です。
さてこのバーベキューですが、そこそこオープンな形でやってます。
具体的には預かっている子供さんたちも参加させてます。
色々と思うことがあって、託児所を週休二日制にしたのだが、今日は休みの日では無く、また目の前で楽しそうに飲み食いしてるのに参加させないのはちょっとした虐待だと思うので。
こっちの都合で開催しているイベントなので、参加費は無料。
親御さんが参加する場合にのみお金をとる形にしたのだが、意外に参加を希望する人が多くて驚いた。
おかげでバーベキューの予算にちょっと余裕が出たのは内緒。
有料なのに参加する親御さんたちが多かった理由は、親御さん同士で親睦を深めようってのが半分と、親父を狙っているのが半分だと思う。
ブレイドホームに子供を預ける人の大半はお金に困っている人たちで、シングルマザーも珍しくない。
旦那に先立たれたとか、認知してもらえなかったとか、まあ私が子供なのではっきりそうだと教えてもらった訳ではないが、とにかく親御さんの半数以上が独り身だ。
親父の外見は二十半ばで渋みもあるイケメンで、ここ一年ぐらいで表情も明るくなって、ちょっとずつだが愛想も良くなってきた。
もともと女性人気は高かったのだが、遠目に見て満足していた人たちが最近では狩人になってきたのだ。
まあブレイドホーム家は貧乏なので変な女に食い荒らされることもないだろうし、親父に恋人なり奥さんなりが出来るのは悪い事でもないと思っているので放置している。
いや奥さんとなると姉さんの視線も気になるところなので難しい問題なのだが。
ともかく総勢で五十人近くなったバーベキューは、想像をはるかに超えて大盛況のてんてこ舞いだった。
肉は焼いても焼いてもきりがないし、頼んでおいたオードブルも速攻で無くなったので追加注文した。
でっかい赤字だなーなんて思いながらも、楽しいのでよし。
焼きそばも好評でどんどん消えていったが、お好み焼きは出だしで躓いた。
作る過程のあのぐちゃぐちゃ感が嫌がられて、なかなか口に運んでもらえなかった。
一口サイズに切り分けて親父に無理やり食べさせたら、ビールが進むと喜んだ。そこからは焼きそばをしのぐ勢いで消えていったので、なかなか鉄板から離れられなかった。
あとは焼きおにぎりとかも作った。
果てなき苦労の末に手に入れた漆黒の宝石酒(※醤油)とみりん、砂糖を適当に混ぜて作ったタレを塗って焼いただけだが、香ばしい匂いが好評で、おっさん連中がウイスキー片手に食べていた。
ビールならまだしもウイスキーには合わないと思うんだけど、楽しそうなので突っ込むのは止めておいた。
十一時ぐらいから始めたバーベキューも、三時ごろになって終わりが近づいてきた。
具体的に何時で終わりとは決めてはいないが、迎えの親御さんたちが来て、それを見て参加していた親御さんも子供を連れて帰り始めた。
ごちそうさまでしたと頭を下げた、幸せそうな親子を全て見送って、いやー、今日は一日楽しかったなぁと満足した。
そうしたら兄さんがちょっと呆れた様子で声をかけてきた。
「セージ、何か忘れてない?」
「え?」
ああ、そうだった。
もともとクライスさんたちへ感謝を示すために開いたんだった。
あんまりにも忙しいし、子供らが楽しそうにしてるんで調理やら接客に夢中になっしまった。
落ち着いてみれば、姉さんが隅の方でぐったりしている。
次兄さんがなあなあ大丈夫かーと、ぺちぺち叩いていたが、何の反応もない。
うん。そっとしておこう。
すっかり忘れてしまっていた主賓のクライスさんたちだが、なにやら親父と話し込んでいるようだった。
まあ男連中はずっと固まって酒飲んで話してたんだけどね。たまにやってくる狩人な未亡人にお酌されながら楽しそうに。
今はそこにペリエさんとアリスさんも加わっている。
しょた――間違えた、子供好きな二人はずっと子供の相手をしてくれていた。
二人とも魔法使いなので、宴会芸みたいな魔法で終始人気者だった。
ミルク代表は終始落ち着いていて、子供や親御さんにクライスさんや親父と、色んな人と話していた。
調理をしている私のところにもやってきて、シェフになれる素質があるんじゃないかとか、修行がてら働いてみるかと、声をかけてきた。
まあお世辞なのはわかっているので、こんなテキトー料理でお金は取れないですよーと、笑って返した。
さていったん家の中に戻って、
ちょっと話があるという事で、妹の相手をしてくれていたミルク代表を呼んで、クライスさんたちのところに行く。
全員を前にして、ちょっと気恥ずかしい思いをしつつ、頭を下げた。
「一年間、ありがとうございました」
クライスさんたちが、ぽかーんとしてる。
むぅ。
変なことを言ったつもりはないぞ、私は。
「えー、つきまして、感謝の形としては、いささか粗末かと思いますが、贈答の品を用意させていただきましたので、お受け取りいただけますよう願います」
うん。勢いだ。こういう時は勢いだ。
ぽかーん度合いが増しているクライスさんたちに、用意しておいたギフトを手渡していく。
中身はたいしたものじゃあない。妹と一緒に焼いたクッキーだ。
一応、全員甘いものは苦手では無いのはリサーチ済み。
本当はもっとちゃんとしたものを贈りたかったが、アリスさんやミルク代表はともかく、クライスさんたちは何を渡していいかわからなかった。
命を預ける仕事道具を素人に毛が生えたような私が選んで贈ってもゴミにしかならないだろうし、失せモノというならお酒もありだったが、いかんせん実際の味が今の私にはわからないし、贈答用のお酒となると、こう、……世知辛い話、予算というモノとの折り合いが難しかった。
そんな訳で子供らしさを前面に出しての、手作りクッキーだ。
一応、それとは別にメッセージカードを添えて丁寧にラッピングし、庭の花壇で咲いた花を押し花にして留めている。
「へー、可愛いね。ね、開けて良い?」
「いえダメです」
「えっ!?」
アリスさんに聞かれたので、即答した。
ここで開かれ、さらには朗読でもされようものなら羞恥心で死んでしまいます。
「いいですか? それは帰ってからあけてください。お土産は帰ってから、なにかなーと、開くものなのです。
けっして送り主の前で開いていいものではありません。わかりましたか?」
「う、うん」
わかればいいのです。
などと思ったら、クライス、ロック、ドルチ、ペリエの四人が計ったように同じタイミングでラッピングを開き、中からメッセージカードを取り出した。
なんでやるなって言ったらやるんだよ。子供かお前らは。
……かくなる上は逃げるしかない。
今はまだカードの中身を読んでいて気がそれている。からかわれる前にさっさと離脱しよう。
魔力を周囲に同化させ、気配を殺す。
この一年でこの手のスキルは格段に上昇している。
逃げに回った私を容易く捕まえられると思うなよ。
「まあ待てバカ息子」
しかし早々に親父に捕まった。
まだ逃げ出してもいないのに、その気配を察知して捕まえるとは化け物か。
……ああ、
親父は顎でしゃくってクライスさんたちを示す、気は進まないが、
観念して、酔っ払いたちの物笑いの種になろう。
そんな風に思っていたら、クライスさんたちは泣いていた。
はっきり声に出して泣いている訳ではないが、目元に涙をため鼻をすすっていた。
ミルク代表とアリスさんも一足遅れで中のメッセージカードを読んで、目元を潤ませていた。
「なんだよ。歳をくうと涙もろくなんだよ。ちっ、笑いたきゃ笑えよ」
拗ねたように、クライスさんが言った。
いや、メッセージカードに泣かせるようなことは書いていない。一年間色々とお世話になって、その思い出を交えて、ありがとうございますって書いただけだ。
特別な事は何も書いていない。
うん。
でもまあ、泣かれて笑う気もない。
メッセージカードなんて気恥ずかしいと思ったけど、まあ書いて良かったってことだよな。
「一年間、本当にお世話になりました」
「――おう」
◆◆◆◆◆◆
セージがギルドに入ってから、一年が経とうとしていた。クライスたちにとって、この一年はあっという間に過ぎ去った。
今は寂しいような、晴れやかなような、複雑な気持ちだった。
英雄ジオレインの息子で、不世出の鬼子。そして物怖じしなくて礼儀正しくて気配りができて、ケチで家族思いな、そんな不思議な子供だった。
「そうか。引退するのか」
「ええ。俺たちももうそろそろ五十路ですからね。
近いうちにと前々から話は出てたんですけど、良い切っ掛けをもらいました」
その英雄ジオとグラスを交わしながら、クライスは言った。
セージには三十半ばと見えていたクライスたちだが、実際の年齢は一回り以上多い。
セージは前世の知識に当てはめて年齢を推測していたが、クライスの様に守護都市の一線で働く者たちは総じて高い魔力を持ち、若い肉体を保っていることが多い。
そういう意味ではクライスたちはまだまだ十分現役で通じるし、実際に荒事から完全に手を引くという訳ではない。
ここで言う引退とは、守護都市を降りるという意味だった。
生まれも育ちも守護都市であるジオには実感を持ちづらいが、守護都市は生活していく上では不便な都市らしいと最近になってわかってきた。
それというのもセージがたびたび新鮮な野菜が手に入りにくいだの、調味料が高くなっているだの、子供向けの教育本の入荷が無いだの、色々と子供らしくない愚痴ばかり零すからだった。
ジオは昔、守護都市を降りていくギルドメンバーをまるで理解できなかった。
強い魔物がいて、旨い酒があって、女がいる。
かつてのジオに必要なのはその三つだけだった。
マギーを拾ってから、人間はその三つだけでは満たされないのだと教えられた。
セージを拾ってから、おぼろげながらソレが何なのかを教えられた。
「そうか。……気が向けば、家に来い。セージが喜ぶ」
「……ふ。そういってもらえると、嬉しいっすね」
そう言ってどちらともなくグラスを合わせ、響かせた。
ロック、ドルチ、ペリエはそれぞれ生まれ故郷の町やその近くの都市へと帰る。守護都市で三十年近く経験を積んだ三人は引く手数多だろう。
ペリエは結婚して子供を産みたいと夢物語を口にしていたが、五十路前のいき遅れをもらってくれる奴なんていねぇと正直に言ったロックは殺されかけた。
見てくれは美人の部類に入るし、新人のハンターたぶらかせば何とかなるんじゃないかなと、クライスは思っている。
そのクライスは政庁都市で騎士教導士官として働くことになっている。
生まれ故郷はとっくに捨てた身の上のため、アリスに就職先を斡旋してもらった結果だ。
教導士官はエリートの部類だが、クライスの経歴からすれば妥当なところであった。
「それで、セージの事なんですが……」
「ああ、俺も聞いてみた。やはり中級に上がる意思は無いようだ」
「……はぁ、やっぱりっすか」
二人が言っているのは、セージのギルドランクの事だった。
現在のランクは下級上位。登録して一年という事を考えればかなり高い部類に入る。
各都市の精鋭が集まる守護都市では、ハンターズギルドの上級にガーディンズギルドの下級上位が与えられる。
各都市の精鋭ともいえる下級上位となった彼らが中級に上がるのには平均で三年はかけているし、中には中級に上がることもできない者もいるほどだった。
守護都市で登録して一年のセージが、中級になれていないのはむしろ当然の事ではある。
「それで、用意はしてあるのか」
「はい。保護者で特級のジオ様に推薦いただければ、ギルドの審査は通ります」
新たに声をかけたのはギルドの受付事務を担当している
取り出した書類にサインをもらうと、セージに見つからないうちにすぐにしまった。
「でもいいのかしらね。セージ君は嫌がってるんでしょ?」
心配そうにペリエが声をかけると、
「大丈夫だろ」
「大丈夫だよ」
すぐさまロックとドルチが返した。
六歳という事で能力的な偏りこそあるものの、総じた純粋な戦闘力はすでに中級下位に至っており、さらにセージには特異なスキルがあった。
本人が魔力感知と呼ぶ異質な能力でいち早く魔物を察知し、そして気付かれることなく接近する技術も持っている。
警戒スキルの低いハイオークなどには、ほぼ百パーセント奇襲を成功させているし、逆に奇襲を得意とするサンドリザードなんかにもいち早く気づき、決して不意を突かれる事を許さなかった。
マーキングの跡を見たり風の流れを読むような普通の手段ではないためギルドの審査項目に当てはめるのは難しいが、中級中位を与えてもいいくらいだとクライスたちは判断していた。
セージははっきりと口にしないが、このままクライスのパーティーに入りたそうな様子もあった。
それが嫌なわけではない。
むしろ喜ばしいくらいだったし、本音を言えば歓迎したかった。
しかしだからこそ引退を決意した。
たかだか一年余りで追いつかれるようなパーティーに、セージを引き留めてはいけないと思ったのだ。
中級に推薦したのも、自分たちのように安全に狩りをすることに専念して、その才能と可能性に蓋をして欲しくないからだ。
無論、危険はある。
中級に上がったことで、危険な狩場に赴いたことで、命を落とす危険は十分に考えられる。
その時の責任をクライスたちは当然とれやしない。
それはジオやアリスも同じだ。
それでも、セージには遥か高い処に羽ばたいて欲しいと願っていた。
「ちょっといいですか?」
そのセージに声をかけられて、クライスは物思いにふけるのを止めた。
どうしたと聞けば、ペリエの友人で商会の代表をクライスたちの側に立たせた。
本当になんだと思っていると、不意にセージは頭を下げた。
「一年間、ありがとうございました」
その言葉が理解できるまで、クライスは、いや、クライスたちは呆けてしまった。
礼を言われるようなことをクライスたちは出来ていない。
そもそも初めて会った時はいっそ死んでくれれば楽なのにと、見捨てようとしたぐらいなのだ。
それからだって、むしろクライスたちの方がお礼を言いたいくらいの、ドタバタで賑やかな楽しい時間だった。
セージは何を思ったか、クライスたちの手に小さな箱を押し付けてきた。赤い紙で綺麗に包装され、変わった花で飾ってある。
感謝の品か。
ジオさんの息子なのに律儀な奴だなと、そう思った。
それからは、まあ、なんだ。
セージの指導役になれたことは、きっとクライスたちの余生の中で大きな誇りになるのだろうと、そう思った。
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