27話 気持ちよかった
ハイオークロードと対峙しているセージに一切の余裕はない。
クライスやケシアナたちの動向も、途中からは思考の隅にも入ってきていない。
死を実感している今、セージは極限の集中状態に入っていた。
平常時では発揮できないセージが持ちうる百パーセントの力を出して、それでもハイオークロードには届かない。
脳内で垂れ流される麻薬に酔いながらも、セージは小刻みなステップでハイオークロードの隙を誘う。
繰り出される槍は、決して退かずに前へと踏み込んで躱す。
それに失敗して三度死ぬものの、四度目で槍の間合いの内に入った。
そこから繰り出されてきた短く強靭な足での前蹴りを跳んで躱し、噛みつこうと迫ってくる顔は鉈で横殴りにして逸らした。
その一撃は魔力による防護層は突破するものの、分厚い皮を斬り裂けるほどの威力にはならない。
だが有効打にはなった。
そのまま畳み掛けようとしたが、どうあってもセージは途中で体を掴まれ殺された。
一撃を入れれば、すぐさま逃げるしかない。
何度となく数多の攻め手を試し、その数だけの死を超えてそう答えを出す。
そうして仕切り直し、また槍を潜り抜けるところから始める。
繰り返される打ち合いの中で、セージの精神はガリガリと疲弊していった。
致死のストレスこそ加護の力によって大幅に軽減されているが、潜り抜けた死線の恐怖は加護の範疇外だった。
ハイオークロードが経験から殺害の実感を事前に得るように、セージもまた自分が殺されるという実感を得ている。
寸前で死神の鎌から逃れてはいても、その心労は並々ならぬものだった。
そんな死の実感という恐怖に、しかしセージは嗤いながら向かっている。
余裕は一切ない。
加護によってほとんど無限に湧きつづける魔力を、セージはもう疑問に思っていない。そんなことを考える余裕はない。
ハイオークロードにダメージは積み重ねているが、それでも彼我の能力差は真っ向から打ち合えるには程遠く離れている。
そしてセージ自身の疲労もある。自身の力を最大限に引き出しているからこそ消耗は早く、その限界も近い。
そんな状況だからこそ、セージは嗤ってしまう。
悲観しているわけでは無い。
ただ絶対に勝てないだろう相手を前にしていると、ハイオークロードの大きな体を前にしていると、嗤いがこみ上げ来るのだ。
まるでジオレインに挑んでいるような気がするから。
もちろんジオはハイオークロードよりもよほど強い。
セージが知っている範疇でも容易く超えているし、想像することしかできない本当の実力ならばこのハイオークロードも赤子を捻るように倒してしまいそうだ。
セージはハイオークロードを超えた向こうに、ジオの背中を感じていた。
中級の魔法を牽制に使い、セージは前へと踏み込んでいく。
身体活性でごまかしても、肉体と気力の限界は近い。
熱に浮かされながらも冷静に受け止めているその事実が、セージを前へ前へと駆り立てる。
研ぎ澄まされた神経が迫ってくる槍の穂先を見極める。回避を行うタイミングは刹那の一瞬だ。
遅ければ当然避け損ねるし、早すぎれば逃げた先に合わせられる。
彼我の速度の差を考えれば到底掴みきれないタイミングを、牽制やフェイントで揺さぶり、その上で何度となく
セージに宿る仮神の瞳は感情を読み取る。
それは魔物であっても例外では無く、腕や足に宿る魔力の動きから、向けられる殺意の静から動への変化から、ハイオークロードの攻撃に移るタイミングは見通せている。
だがそれでも足りていない。
セージの瞳は槍を構えるハイオークロードの肉体を余すことなく捉え、魔力と感情の動きに伴う肉体の変化をつぶさに見極めている。
だがそれでも足りていない。
圧倒的に致命的に、彼我の身体能力に差がありすぎた。
百にも届く仮初の致死を体験して、そこからもがくように逃げながらも踏み込んで、ハイオークロードにダメージを蓄積させ続けているが、このままでは倒しきる前にセージの心身が限界を迎える。
それが分かっているからこそ、セージは無茶を承知で短期決戦を挑んでいた。
一方で、焦りに駆られているのはハイオークロードも同じだった。
それも当然のことで、ハイオークロードにとってクライスやケシアナたちはセージとは比べ物にならない強敵だった。
死を恐れない部下たちがいるからこそ優位に立てていたものの、それがいなくなってしまえば優位であるどころか狩られるだけの獲物に成り下がる。
下僕のハイオークたちが腰が引けながらもクライスたちと戦っていた間はまだよかったが、新手のソルト達に横合いから奇襲をうけて、その下僕は蹂躙される一方になっている。
すぐにでもハイオークロードが指揮を執らなければならない状況だが、それを息もつかせず攻めてくるセージが阻んでいた。
簡単に殺せるはずのセージに足止めをくらい、ハイオークたちはまともに統制も取れず蹂躙されていく。
ハイオークロードを焦りと、そして苛立ちが襲う。
戦い始めた当初こそ得体の知れない恐怖を感じて混乱したが、ハイオークロードにとってセージはやはりとるに足らないザコだった。
一度でも攻撃を当てられれば殺せるという確信はあるし、的は小さいが当てられないほど速いわけでもなく、避け方が上手いわけでもない。
そして何より一つ一つの攻撃が貧弱だった。溜めて撃ってくる魔法にのみ注意していれば、そうそう深手の傷になる事は無い。
だがそんなザコに時間をとられていることが、ハイオークロードの心を焦りと苛立ちで苛んだ。
周囲を見れば、下僕たちは次々に殺されている。
いつクライスたちが踵を返してこちらにやってきてもおかしくは無いと、気が気では無かった。
実際、クライスたちはセージが助けを求めれば、そのサインが見られればすぐにでも駆けつけようと身構えながら戦っていた。
彼らが戦況を互角以上にまで回復させたのにセージの助けに回らないのは、彼らから見てセージが優位に立っているように見えたからだった。
絶妙のタイミングでリーチに勝る槍を紙一重で潜り抜け、的確に一撃、あるいは二撃を与えて、しかしこだわらず冷静に退く。
そんなことを何度も繰り返し、ハイオークロードに無数の傷をつけていた。
そしてそのセージの魔力は衰えることなく猛り、口元には血に飢えた嗤いが浮かんでいる。
それが綱渡りなのはわかっている。
ちょっとしたミスでセージが死んでしまう事もわかっている。
だがそれでもクライスたちはこの戦いの経験が、セージにとって何よりも価値のあるものになると判断した。
そのセージとハイオークロードの戦いは、しかして戦局の変化によって傾くことになる。
ハイオークロードが集中を切らさずに戦っていれば先にセージが限界を迎えていただろう。だがそうはならなかった。
セージをとるに足らない、殺しづらいだけの羽虫のようなザコだと侮った。
クライスたちから向けられる警戒の視線に気をとられた。
そんな無駄な感情を、油断を、セージは決して見逃さなかった。
セージは苛立ちをそのままぶつけてくるような力強くも精彩を欠いた槍を潜り抜け、煩わしそうに蹴り上げてくる足に鉈を合わせて打ち据える。
痛打となったそれに怒り、咆哮を上げようとした口に炎弾を叩き込む。
下級のそれはダメージを与える事は無かったが、しかし視界を奪う事には成功する。
地を滑るように回り込んで、ハイオークロードのアキレス腱を狙う。
その一撃は野生の勘が働いたのか足を上げて回避され、そのまま踏みつぶされそうになったところでその場から飛びのき、仕切り直しとする。
セージは笑った。
何故だが解らないが笑いがこみ上げた。
それは満足げな笑みだった。
この一合は、初めて致死に至ることなく潜り抜けた一合だった。
******
趨勢は決した。
ハイオークたちは散り散りに逃げはじめ、クライスたちは残党狩りをケシアナやソルトに任せ、セージの後ろに付いた。
助けに入らないのは、セージがわき目も振らずハイオークロードとの戦いに集中しているからだ。
そしてその戦いもセージの優位にはっきりと傾きつつある。
ハイオークロードが軽いと侮った一撃も、二十、三十と積み重ねられて無視できないほどのダメージになっていた。
もはや仮神の加護の助けは必要なく、セージは一方的にハイオークロードを痛めつけていた。
その結果、ちょうど仕切り直したタイミングでハイオークロードは背中を見せて逃げ出した。
セージは相手の攻撃を潜り抜ける事だけに神経を注いでいたため、虚を突かれて反応できなかった。
恐怖がハイオークロードの心を満たしているのには気づいていても、逃げだすということが想像できていなかった。
呆気にとられたのも一瞬の事で、セージはすぐさま追いかけようと動き出して、しかしすぐに止まった。
自発的に止まったのでは無く、足が動かずそのまま崩れ落ちるように地に膝をついた。
ハイオークロードが逃げたのだと認めたことで、緊張の糸がわずかに緩んでしまった。
その僅かな緩みだけで動けなくなるほど、セージの肉体は限界に来ていた。
セージの心に情けなさやらがこみ上げてきて、それを振り払うように気合を入れ直して周囲に気を配る。
こんな状態では普通のハイオークどころかゴブリンの相手だって辛い。
余裕のなさは変わらず、危機意識を働かせた。
そんなセージの頭に、手が置かれた。大きくて暖かい手だった。
その手のぬくもりと込められた
「よくやったな、セージ。悪いが止めはこっちでやっちまうぞ」
そう言ってクライスは魔力を冷酷な殺意に変えて、槍を構える。
それに気づいたのだろうハイオークロードの感情にも変化があった。
クライスが投擲の構えを見せてハイオークロードの背中を見定める。
例えハイオークロードが警戒していたところで、クライスの槍は狙いをたがわず貫くだろう。
クライスの魔力からはその自信がうかがえる。
セージの肉体は間違いなく限界にきている。
これ以上の戦闘は間違いなく不可能だ。
だが肉体が限界に来ていても、魔力だけは潤沢に残っていた。
「ぅおおおおぉぉぉぉおおっ!!!!」
だからクライスが槍を投げた瞬間に合わせて、セージは咆哮をあげた。
ハイオークロードはクライスの投擲の瞬間に動きを見せようとした。
迎撃か回避かはわからない。だがどちらも行えないまま、無抵抗にクライスの槍を心臓に迎え入れることになった。
「皮肉の効いた最後だったね」
セージは満足げに笑い、皮肉って何だと自分の口から出た言葉に疑問を持った。
◆◆◆◆◆◆
体が痛い。
冗談じゃなく体が痛い。全身の筋肉が引き裂かれてますってくらい痛い。
そして重い。
とてつもなく体が重い。徹夜明けの方がマシってくらい体とそして頭が重い。
「偵察任務でなんでロード狩っちゃうんですか。予定が狂うじゃないですか。何てことしてくれるんですか」
そんな状態で聞くお説教はキツイものがあります。
場所は変わってギルドの中。帰り道はクライスさんにおんぶしてもらって帰って来ました。
その間についつい寝てしまったのだが、目が覚めれば体は痛くてアリスさんは怒っていて、なかなかに難儀な状況です。
さて私はハイオークの集落を襲うのは、略奪目的では無く間引きのためと言いました。
ただ最優先の目的は確かにそうなのだけど、手に入るものは手に入れておきたいというのが偽りのないギルドの心情で、ハイオークの上質で高く売れるお肉を得る機会を失ったことになったのが怒られている理由だ。
百匹以上のハイオークの死体を持ち帰る余力は私たちには当然なく、下処理も行えず、回収班もそんなに多くの空きは無いという事でペリエさん筆頭にした魔法使い勢で焼いて処分した。
一応、可能な範囲で持って帰っては来ているけど、ギルドの予定は大分狂った。
さらにはハイオークに限らず、大概の魔物は統率者であるロード種が死ぬと集落の場所を変えるという事で、そこに溜めこまれていたであろう武具や希少品――ハイオークロードの持っていた槍のようなものが溜めこまれているかもしれなかったとのこと――を手に入れる機会を失ったという事で、
「ハイオークロードは見逃せばよかったじゃないですか」
怒られてます。
「いや、悪い悪い。なんかノリでさ……」
ついやっちまった。今は反省してると、クライスさん。
アリスさんは天を仰いで恨みごとのようなものを零している。減給がどうとか、査定がどうとか……小さなその声はきっと聞き間違いなので、気にしないことにした。
「まあいいじゃないの、アリス。
そんなことよりセージ君を連れて帰ってあげたいから、もう終わりにしていいかしら」
「そんなことって……うん、いいけど。あっ。セージ君、起きたんだ。ケシアナたちがお礼を言ってたよ。おかげで助かったって。大活躍だったみたいね」
ケシアナさん達はこの場にいないようだ。
重傷者もいたし、それ以外の人たちも大なり小なり怪我をしていたので病院に行ったのだろう。まあ今はそれよりも言わないといけないことがある。
「あはは……すいません。でしゃばったみたいで」
私がそう言うと、アリスさんがキョトンとした顔になった。ああ、言葉が足りなかったな。やっぱり頭が重い。考えや言葉がちゃんとまとまっていない。
「えーと、わたし……いえ、僕のせいで迷惑をかけたみたいで、勝手な事をしてすいませんでした」
「えっ、あ、聞いてたの? ごめんごめん、セージ君が悪いんじゃないのよ。悪いのはクライスだから」
「なんでだよ。いや、確かに俺が止め刺したけど。悪いっつーなら群れの長でいられなくしたセージも同罪だろ」
そうだよね。
いや、私はクライスさんの参戦を決定づけただろうから、ハイオークロードを殺すことになったことを謝ったのだけど。
しかし思い返してみれば、私と一騎打ちを始めた辺りからハイオークロードを見るハイオークたちの感情は微妙なものに変わっていた。
それまでは、俺たちのロードアニキってちょーすげー、みたいな感じだったのが、
あんなガキに手こずんの? ロードアニキ(笑)マジありえないんですけど、ウケるんですけど、って感じに変わっていった。
……何か違う気がするけど、きっとだいたいあってると思う。
クライスさんの言い分から察するに、群れの長では無くなったハイオークロードが生き延びたところで集落は変えるんだろうと思う。
ケシアナさんたちを助けられているので悪いという表現は語弊があるが、とにかく怒られている責任の一端は私にあるのだろう。
「あー……悪い、冗談だ。つーか、俺もお前も悪くねえよ。ヘマしたケシアナと、正確な情報を渡さなかった管制の落ち度だろ。あの状況だと行きつくところまでやっちまうのは仕方ねぇんだよ」
「それはそうですけど、わかってますけど……。
はぁ。それで管制が情報を間違えたって言うのは……ああ、いえ、またにしましょうね。
セージ君、今日はもう帰っていいから」
いいのか。いや、ちょっと気になる話題ではあったんだけど、今は眠いしお腹空いたしで早く帰りたいので、アリスさんの言葉はありがたい。
ああでも、帰る前にシャワーか。
服も返り血でだいぶん汚れてるし。ちょっとしんどいけど、まあそれぐらいなら体も動くか。
「そうね、それじゃあセージ君。まずはシャワー室で体を洗いましょうね」
そう言ってペリエさんが、ぐてーっと伸びている私を抱きかかえた。
「……え?」
どういうことだろう。いや。想像はできているんだけど、想像したくないというか、答えを出したくないというか。
「セージ君は今、体が動かないでしょ。私が洗ってあげるわね」
「えっ、いえ、大丈夫です。それぐらいなら特に問題ないので――」
「無理しちゃだめよ。お医者さんに診せたけど、体中の筋肉が随分ひどいことになってるって言ってたわよ。ああでも安心して、今日一日ご飯をしっかり食べて大人しく寝てれば、日常生活には問題ないっていう話だから。
身体活性は良いけど、治癒魔法は使っちゃダメって言うのはわかってるわよね。お仕事も一週間はお休みして、それから様子を見ましょう。
とにかく今日は絶対安静だから、ね」
わかるわよね、なんて感じの問いかけに逃げ場のなさを察してしまう。
実際、身体を動かすのがしんどいのは事実で、他人に介護をしてもらう方が正しいとは思う。
でもそれが女性のペリエさんとなると恥ずかしさと、そして一抹の不安を抱いてしまう。
「しゃ、シャワールームは男女別ですよ……」
「大丈夫よ、セージ君はまだ子供だから」
無駄な抵抗なのはわかっていた。わかっていたけど、今は自分の若さが憎い。
いっそシャワーを浴びずに……いや、ダメだ。
こんな有様なだけでも姉さんたちに心配かけるのに、その上返り血で汚れたまま帰るわけにはいかない。
「ペリエ、ちょっと待って」
アリスさんが声を上げた。
そうだ、子供だからなんて理由で男女の垣根を簡単に破ってはいけない。
それに体は子供でも私の心は大人。
他の女性利用者のプライバシーを守るためにも、ギルドスタッフとしてしっかりと声を上げてください。
「もう少しで私、休憩に入れるから」
…………………………きゅうけいにはいれるから、なんだというのだろうか。
私に味方はいなかった。
******
それから、ペリエさんとアリスさんと、そして何故か居合わせたシャワールームの利用者に、
いや、綺麗にはなったんだけど、確かになったんだけど、念入りにキレイキレイされたのが特定の一部分だったのはなぜだろうか。
最初はマッサージだったんだ。
一通りきれいに洗ってもらった後、マグロになっている私を見て、筋肉ほぐしてあげた方がいいんじゃないって声が出てきて、ちゃんとしたマッサージだったのは短い時間で、治療云々を終えたケシアナさん達がやってきてからはお礼がどうのとか、サービスがどうのとかって事で……。
……深く考えるのは止めよう。
うん。
私が普通の五歳児だったら女性恐怖症になりかねない体験だったんだけど……、いや、もう本当に考えるのはよそう。
野良犬にかまれただけだ。
気にしてはいけない。
あらかじめロッカーに置いておいた服に着替えて、汚れた服はコインランドリーで洗って袋に詰めた。
その袋は私と一緒にクライスさんが背負って家路をたどっている。
自分の足で歩いて帰れると言いたかったが、強がりにしかならないので好意に甘えて素直に背負われている。
ちなみにロックさんとドルチさんとは別れて、ペリエさんが連れ添ってきている。
クライスさんの大きな背中でうとうとしながら、頭の中では今日の戦いが鮮明に繰り返し流れている。
焼き付くような光景が、その時の熱を思い出させる。
死を感じる瞬間は何度もあった。
ほんの少し踏み込みのタイミングが違えば、ほんの一瞬回避に移るタイミングがずれていれば死んでいたなんてのは何度もある。
ハイオークロードがわずかに砂で足を滑らせたなんてのに救われたこともあった。
そもそも最初の奇襲でいくらかのダメージを与えていなければ、あるいはクライスさん達が周囲のハイオークを狩って気を逸らしていなければ、どれほどの幸運に助けられても私は死んでしまっていただろう。
下級下位の私に、中級上位のハイオークロードと戦う力が無いのは当然だ。
クライスさんだってスペック的には負けてないけど、実際に戦うとすれば安全マージンの観点から最低でも二人以上であたるだろう。
そんな相手に勝てなくても仕方がないのは当然だ。
だがそれでも――
「気持ちよかったな……」
――そう、私は呟いた。
熱に浮かされた今回の戦いと似たような経験はある。ハゲオオカミとの戦いもそうだし、親父に挑んでいるときだってそうだ。
前世でも歳を経るごとに頻度は減っていったが、あの言いようのない苦しさと楽しさを感じた事はあった。
緊張で胃がキリキリ痛んで逃げ出したいのに、すごく楽しくていつまでもこうしていたいと思ってしまう矛盾。
今回は命の危機というわかりやすい理由もあったからか、今までに無いほどの感覚だった。
延々と思い返してしまう生きるか死ぬかの綱渡りな戦いの記憶に、自然と私の頬が吊り上がってしまう。
「お前はやっぱりジオさんの息子なんだな」
クライスさんがそう言った。
失礼な。
私は戦闘狂というわけではありません。勝負事が好きなだけです。
……ん?
なにかおかしい。いやおかしいのは私では無く、クライスさんとペリエさんだ。
クライスさんはにやにやしてて、ペリエさんはやや頬を染めながら目を怪しく輝かせている。
…………もしかして気持ちよかったって、変な意味で捉えられている?
「クライスさん変なこと考えてませんか」
「いや、考えてないぜ。いやー、なんだ。やっぱりちみっこくても男はそうじゃなきゃな」
くっ、確定か。
「違いますからね。変な誤解しないでくださいね」
私がそう言ってもクライスさんはクックッと、喉の奥を鳴らして笑うだけだ。
なんだか腹が立つのでぺちぺちとクライスさんの頭を叩いた。
「クライス、代わりなさい。今すぐ代わりなさい」
「はっ、性犯罪者に子供を触らせられるかよ。それにもうすぐ着くんだからいいじゃねえか」
「あれはちょっと悪ノリしただけよ。変なこと言わないでよね」
クライスさんを叩くのもすぐに疲れてしまう。やっぱり疲労の溜まりようが半端じゃない。
今日はぐっすり眠れそうな、でも変な夢を見そうな気がする。
っていうか、今からでも気を抜けば寝てしまいそうなくらいに眠い。
その眠気に抵抗できず、ハイオークロードとの戦いの
「……ああ、ちゃんとわかってるよ」
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