25話 王族種





「ブレイドホームさんはこの場からの撤退、単独での帰還を提案させていただきます。

 ただし比較的安全なルートの提示はさせていただきますが、絶対ではありません。教導支援パーティーと相談の上で行動を決定してください」

「はい」


 管制に返事をすると忙しいのかすぐに通信が切れた。

 私はクライスさんに視線を送る。


「他のパーティーが集落のハイオークに見つかっちまった。撤退の支援要請が来てるが……セージは邪魔になるだろうから帰らせろって指示だったな」

「ちょっと、ここから一人で帰らせるの? 守護都市まで何キロあると思ってるのよ」

「……ああ、わかってる。だが連れていくのも危険だ。支援要請は断って、このまま俺たちは帰還しようかとも思うんだがな」


 クライスさんの口が重い。仕事仲間を見捨てようって意見を口にするんだから当然だ。


「僕の事なら気にしないでください。一人で帰るにしてもちゃんと無事に帰りますし、一緒に支援に参加するにしても足手まといにはならないようにします」

「……そう、だな。お前ならやれるか。よし支援要請は受けることにする」

「クライスっ、セージ君はどうするの!」


 ペリエさんが口を挟んで、クライスさんは私の目をじっと見る。


「お前はどうしたい? ついて来るか、それとも帰るか」

「ついていきます」


 即答した。私が選べるって言うならそっちを選ぶ。

 帰り道は魔力感知働かせながら帰ればなんとかなると思うが、それでも魔物とエンカウトするリスクはあるし距離があっても捕捉された場合に逃げきれない相手もいると思う。

 スキンウルフの上位種に当たるデザートウルフなどがそれだ。


 ついて行ってももちろんリスクはある。

 撤退支援という事で無理はしないだろうが、戦力的にはこちらを上回っているという話だし、敵の数が多ければ私を守っている余裕なんかなくなるだろう。

 自分の事は自分で何とかするつもりだが、出来ると言い切れるだけの自信は無い。


 どちらを選ぶにしても、正解はやってみなければわからない。

 それならまあポリシーに従って他のパーティー支援に参加させてもらおう。

 この手の救援要請に応じるとお手当が良くなるんだよね。


「そうか、わかった。

 今回の状況だとお前の援護は十分にできないかもしれねぇ。

 場合によっては放りだして逃げることもあり得る。

 そこらへん理解して、ヤバくなったらちゃんと逃げろ。

 俺の許可も無くていい。

 ただイヤーセットだけは絶対に外すな」

「はい」



 支援に行くと決めてからは早かった。

 私の体力にも気を遣って、軽いジョギング程度の速度で管制に指示されたポイントに向かう。

 ペリエさんはその間、偵察魔法を切って神経を休めつつ走っている。

 周辺警戒はロックさんとドルチさんの仕事で、私は参加していない。


「止まれ。そろそろ見えてくるはずだ」


 クライスさんの指示に従いパーティーの足が止まる。

 場所は高台になっている小高い岩山の頂上だ。

 クライスさんの視線の先に撤退してくるパーティーがいるはずだが、土煙が舞っていてはっきりとは見えない。

 クライスさんには内緒で魔力感知を伸ばしてみる。

 めいいっぱい伸ばしたところで女性を五名とらえた。


 一人は気を失っているようで、おんぶされて運ばれていた。

 その女性パーティーの通過から遅れて一分ほどで、ハイオークを感知した。

 先頭を走っている大柄な一匹だけが明らかに風格が違った。

 体格だけでなく持っている魔力も多く、それを肉体の内側に濃縮させている。

 その量はクライスさん達にも匹敵していそうだ。

 そのでかいハイオークが、大きく息を吸い込んだ。


『グゥオオオォォォオオ!!』


 咆哮が轟き、私の伸ばしていた魔力感知が吹き飛ばされた。


「どうした、セージ」


 いえと、反射で答えた。

 魔力感知を吹き飛ばされはしたものの、ダメージはゼロだ。ただあんなことをされるとは想定していなかったので、かなり驚いている。

 すごいな。どういう原理なのだろう。

 ちゃんとは見ていなかったので再び魔力感知を伸ばし、でかいハイオークを捉えた。


 もう一回やってくれないかと思ったのだが、期待には応えてくれないようだ。

 先ほどのは覗き見をしている私の魔力感知への攻撃では無く、女性たちへの威嚇だったようだ。

 女性たちの走る速度は落ちていないが、内心の恐怖が跳ね上がっていたし、魔力や体力もそれに合わせて過剰に目減りしている。


「それで向こうの様子はどうだ、セージ。見てるんだろ」

「すいません。やけに大きいハイオークがいます。

 魔力量も多くて強そうなのが先頭に。

 全体の数は……百匹超えてますね。ちょっと数えられないですけど、百五十はいなさそうって感じです」


 クライスさんに促されて、そう答えた。


「百、か。ペリエ、急いで確認をとってくれ」

「もう飛ばしたわ。すぐに見えるはず――」


 クライスさんが指示を出すより早く、ペリエさんは新しいお札を出して飛ばしていた。

 百という数は多いと思ったが、私の想像以上に不味い状況らしい。


「――最悪ね。ロード種が前に出て指揮を執ってるわ」

「くそッ、話が違う。相変わらずいい加減な管制だな。追いかけられてるのはケシアナたちで間違いないか」

「ええ。一人気を失って――っ! ダメね。撃ち落されたわ。連中の中にはメイジもいるわよ」


 ペリエさんの簡易使い魔はハイオークの放った魔法で撃ち落とされた。

 クライスさんはその報告を聞いてわずかに苛立たしげに眉を寄せた。

 悩んでいるのは見て取れる。たぶん見捨てて逃げるか、危険を承知で助けに入るかで迷っているのだ。

 あらかじめ管制から聞いていたよりも状況が悪いのは簡単に推測がたつ。


 私が一人で突っ込んでみようか、なんて案が浮かんでくるが、実行には移さない。

 クライスさん達が遠慮なく私を見捨ててくれるようならやってみてもいいんだけど、そうなればきっとこの人たちは私の無茶に文句を言いながらも付き合うだろう。

 だから勝手はできず、クライスさんの判断を待った。


「行くぞ。ただし無理はしない。

 敵の最前列に遠距離から一撃かましたら即座に逃げる。

 ケシアナたちがそれで逃げ切れるかどうかは知らん。

 あくまで俺たちの安全を優先するぞ」



 ******



 高台で待つことおよそ一分。

 ケシアナさんらしき女性パーティーは、姿が視認できるところまでやって来た。

 遠距離から攻撃するのはペリエさんとドルチさん、そして私だ。


 私の目標は最前列を走るハイオークロードだ。

 本来は魔法への有効な対抗手段を持たないハイオークだが、ロード種は特異な力を持つことが多い。

 本命であるペリエさんの魔法を有効に働かせるために、牽制攻撃を仕掛けるのだ。


 そして確実に魔法への妨害能力を持っているメイジ種のハイオークはドルチさんが狙撃する。

 ペリエさんへのフォローになるのもそうだが、遠距離攻撃や支援能力を持つメイジを戦闘不能にできればケシアナさん達の逃亡確率もぐんと上がる。


 初撃は私とドルチさんが同時に行う。ペリエさんは一拍遅れてからだ。

 この後はただひたすらに逃げるだけなので、かなりの魔力をつぎ込める。

 つまり上級魔法を使う絶好のチャンスだ。

 私の役目はあくまで牽制だが、ここでロード種を殺せばハイオークたちは統制を失う。

 上級下位の魔法ならば、中級上位に位置するハイオークロードを狩りうる可能性は十分にあるのだ。


 これはつまり逃げる時間を稼ぐのはいいが、別に倒してしまってもいいのだろう、的なシチュエーションだ。


「……、…………。……ッ!」


 魔法の詠唱には意味がある。

 普段は時間のロス削減と気恥ずかしさで無詠唱を多用しているし、詠唱が必要な時も短縮して一言で済ませているが、今回はそうはいかない。

 魔法の詠唱は自分自身のイメージを定着させるとともに、それを聞いた周囲の人間のイメージを魔法に上乗せし、また言葉そのものにも大気中の魔力への干渉力がある。

 全力の一撃を放つなら恥ずかしいとか言ってる場合では無く、全力で厨二かっこよく詠唱する必要がある。

 ただまあ恥ずかしいものは恥ずかしいので、ここでは表記しません。


 弓の構えから放つのは、地火水風の四大混成魔法だ。

 直線的に迫ってくるソレに気付いたハイオークロードだったが、遅い。

 命中したという私の確信は、しかし裏切られた。

 ハイオークロードは回避せず迎え撃った。

 手に持っていたのは槍と楯。ハイオークロードが使ったのは楯だ。


 その楯でまっすぐ受けていれば、私の魔法は貫通し奴に痛打を与えただろう。

 狙い通り額を貫ければ殺すことも可能だったかもしれない。

 だがハイオークロードは楯を正面では無く横に構え、私の魔法の軌道を逸らしにかかった。


「上手いな」


 無傷では終わっていない。

 ハイオークロードの楯は魔法を逸らしきれず二つに割れ、持っていた左腕は手先から肩まで裂傷を負っている。

 ついでにその魔法は後ろのハイオークに突き刺さり、爆散させている。


 牽制としては十分な結果だが、殺すつもりで放ったものを防がれたのは面白くない。

 同時に放ったドルチさんの矢はしっかりとメイジを殺していた。

 そして遅れて発動したペリエさんの魔法はハイオークの先頭集団をしっかりと捉えた。

 火系統の魔法で、サッカーボールくらいの火弾が地面に着弾した後、猛りを上げて高く燃え盛った。

 そうして生まれた炎の壁は、ケシアナさんとハイオークの群れを分断した。


 だがその炎の壁を、負傷したハイオークロードの槍が薙ぎ払った。

 魔法の効果を完全に消しているわけでは無い。

 だが繰り返し槍をふるう事で、どんどん火勢は衰えていった。

 いっそここが荒野でなければ火が燃え広がっていくところなのにと思う。

 やはりハイオークロードは殺しておかなければならなかったと唇を噛んだ。

 嫌がらせを兼ねた牽制でもう一度撃ち込んでやりたいが、そんな魔力は残っていないし、出来たとしても奇襲ではない以上、次は躱されて終わりだろう。


 勢いを失った炎の壁を我先にとハイオークたちが乗り越えていく。

 彼らが目指しているのはケシアナさん達と、そして不意打ちをした私たちだ。


「逃げるぞ。ソルトたちも援護に向かってきてる。後はあいつらに任せるぞ」


 追撃をかけようとするペリエさんとドルチさんを制して、クライスさんが言った。



 ******



 撤退は先頭をロックさんが走り、その後ろを私とペリエさんがついていく形だ。

 クライスさんとドルチさんは後ろを守ると言って、しかしついて来ていない。

 魔力感知でとらえている二人は、その場から動いていない。

 ようやく動き始めた二人はこちらでは無く、ケシアナさん達の方に向かっていって、


 私は、足を止めた。


 何のことは無い。

 クライスさんが迷っていたのは私の身の安全だ。

 きっと私がいなければ四人全員でケシアナさん達の支援に向かっていっただろう。


「セージ、馬鹿なことは考えるなよ」


 そして私以外の三人は、クライスさんの本当の仲間たちは、何も言われなくても何を考えているのか気付いていた。

 人の感情の変化を見通す異能を持っておいて、私は気付かなかった。



 気分が悪い。

 むかむかする。



 クライスさんの人の好さは知っていた。

 違和感は確かに私の胸にあった。

 ケシアナさん達を見捨てて逃げると言ったクライスさんの心中に、後ろめたさは感じなかった。


 私はそれを、こんな仕事を長くやっているから同僚の死を割り切って考えているからだと思った。

 だがそうではなかった。

 見捨てる気が無かったから、下した判断に後ろめたさが混じらなかったのだ。

 私が足手まといだから、私の身を案じているから、危険な賭けはさせられないと、芝居までうって貴重な戦力である二人と共に先に逃がした。


 ……ああ。

 だから私は、ちょっとばかり本気で腹が立っている。


「ええ、馬鹿なことは考えていません。当然のことをするだけです」


 クライスさんは、お前ならやれると言って私を連れてきた。

 状況が思っていたより悪かったなんて理由でその言葉をひっくり返されても困る。

 なによりこういった庇われ方をするのはひどく気に入らない。

 私は誰かを助ける人間であって、人に助けられるべき人間ではないのだから。


「ちょっと文句言ってきます。

 二人は先に帰ってくれて構わないですよ」


 私を止めようとロックさんやペリエさんが伸ばした手を避けて、私は走った。



 ◆◆◆◆◆◆



 状況は悪い。

 百匹以上のハイオークはいくら格下と言っても多すぎる。

 ただ最悪の状況では無い。

 奇襲で数を減らしたし、面倒なメイジは殺せた。

 さらにロードに深い手傷も負わせることができた。


 ふっ、とクライスは笑った。セージの使った魔法はアリスのものだった。

 アリスほどの威力はなく仔細は違ったが、それでもあの年齢で上級魔法の真似事までできるのだから末恐ろしい。

 今見える範囲にハイオークロードはいない。

 おそらく傷をふさぐために引いているのだろうが、あの魔法が多少の劣化をしていてもアリスのものと同種なら回復阻害の呪いが込められているはずだ。

 そう強い呪いではないだろうが、そう簡単に完治することは無いだろう。


 ハイオークの群れが撤退していないことを考えればいずれ戦線に復帰しては来るのだろうが、クライスたちにはあまり関係のない話だ。


「あの子は死なせちゃいけないよね」


 クライスに付き合って貧乏くじを引いたドルチがそう言って、矢を放つ。

 呪錬された矢はハイオークを貫き、そして爆発する。

 爆風に巻き込まれて周囲のハイオークにも手傷を与えていく。

 ドルチの切り札だが、高価なその矢の残り本数は多くは無い。


「ああ、そうだな」


 クライスは応えて、高台から駆け降りる。

 ケシアナたちは逃げるのを止めて陣形を整え、防戦の構えを見せている。

 このまま逃げながら背中を襲われるよりも、一匹でも道づれにしてやろうという気概にあふれていた。

 あの連中も気を失ったやつを放り出せば逃げれたかもしれないのにな、とクライスは思った。

 そして何があろうともケシアナはそれを選ばないだろうとも思った。

 クライス達だって同じ立場に立てば、同じ選択をするのだから。


 ただケシアナたちも生きる希望を投げ出したわけでは無い。


 炎の壁を越えたハイオークのうち三割がクライスたちに向かってきており、残り七割がケシアナたちに向かっている。

 中級のパーティーならばハイオークに囲われたとしても、三十体までならばまだ対処できる数だ。

 接敵即殺害で囲まれる前に数を減らし続ければ、そこにソルトたちが奇襲をかければ、助かる可能性はある。

 もっともそれはハイオークロードが出てこなければの話だが。



 クライスは槍をハイオークの血で染めて戦い抜く。

 ケシアナたちと合流する気はない。

 そもそもここで死ぬつもりも無い。

 足の遅いセージとペリエの為に時間を稼いだらさっさと逃げるつもりだ。


 もっともハイオークロードがこちらにくればそうそう上手くはいかないし、たった二人では三十匹どころか十匹に囲まれた段階で詰みになるので楽観できる状況ではまるでないが。


 主にドルチの弓でもう十匹以上のハイオークを屠っているが、それでもハイオークたちの勢いは衰えず執拗にクライスたちを殺そうと迫ってくる。

 ロード種がいる時の魔物の恐ろしさがこれだ。

 普段はまっとうな生き物と同じく、死ぬことも傷つくことも恐れる魔物たちがみな決死の覚悟をもって襲い掛かってくるのだ。


 その勢いにクライスたちは次第に押されていく。

 ロード種の影響下にあるハイオークたちは、その覚悟の力か普段よりも強い力を発揮する。

 そしてハゲオオカミの様に自身の命よりも群れの利益のために献身的な働きを見せてくる。


「ここら辺が潮時だな」

「そうだね、そろそろ逃げよう」


 弓をあらかた使い果たし、得物を剣に持ち替えたドルチが答えた。

 あまり長く粘ってハイオークロードに出て来られても困る。


 それにセージたちも少し心配だ。

 想定外の魔物との遭遇戦になってもロックがいれば十分に前衛として敵を抑えられるし、距離を詰められなければペリエがどうとでもするだろう。


 ただセージはすこし仕事で張り切りすぎるきらいがあるとクライスは見ている。

 ロックの邪魔をするようなことは無いだろうが、危険な魔物が現れた際には前に出過ぎるかもしれない。


 最後に、クライスはケシアナたちを見た。

 一人が気を失って戦線離脱し、それを庇いながら戦っている彼女たちの様子は芳しくない。

 すでに限界である三十匹のハイオークに囲まれ、手傷を負っている者も少なくない。

 管制が言うにはソルトたちが駆けつけるまであと十分以上あるそうだが、そのころにはハイオークロードの参戦を待たずに致命的なダメージを負うだろう。


 一人か二人、生き残ればいい方かと、クライスは思った。

 無理をして助けようとは思わない。

 同じパーティーの仲間ならともかく、別のパーティーのために命を捨ててまで戦おうとは思わない。

 この仕事を長く続けてきたクライスには、はっきりとした線引きが出来ていた。


 それにそもそもこの状況を正確に把握していれば、クライスは撤退支援の要請を断っていたくらいなのだ。

 クライスが管制から聞いたのはケシアナたちがハイオークの集団に捕捉されているので、円滑な撤退のため支援して欲しいというものだった。


 この場合のハイオークの集団とは十匹以下を指すし、円滑な撤退を支援というのは退路にいる魔物やごく一部の足の速い魔物に足止めをくらわないようにして欲しいという意味だ。

 集落の長であるロード種率いる百体以上の魔物の軍勢を何とかしてくれと言う意味では、決してない。


 本来は助けなど来ないはずだったのだ。

 それを指揮官であるロード種に手傷を与え一時的な撤退に追い込み、炎の壁で態勢を整える余裕を作り、迫ってくる魔物の数も奇襲で減らした分を含めれば四割以上削った。



 十分すぎる支援だ。

 後ろめたさを感じる理由など無い。

 ただしかし英雄ジオレインなら、彼のような力があったのなら、別の選択をしただろうなと思うだけだ。



 クライスはケシアナたちから視線を逸らそうとした。

 一緒に酒を飲んだこともある知り合いが死ぬところを見たい訳ではないし、そろそろ本格的にこちらも限界が近い。

 近接戦闘も行えるドルチだが、本職ではないためやはり負担が大きい。

 迫ってくるハイオークを一突きし、さあ逃げようという段階で信じられないモノを見た。


「なにやってるんだ、あいつ……」


 それはハイオークの囲いを突き破って、ケシアナたちに合流しようとするセージの姿だった。

 走ってきたことで体力を失い、魔力も尽きているであろうセージの動きは鈍い。

 反射的に助けに駈け出そうとするクライスだが、距離がありすぎる。


 クライスは混乱しながらも、よってくるハイオークを躱しながら走る。

 その視線の先で、セージはあっけなく、ハイオークたちに切り刻まれて絶命した。



 ◇◇◇◇◇◇



「なにやってるんだ、あいつ……」


 見たものが信じられなくて、クライスはそう零した。

 ここまで走ってきたことで体力は失っているのだろうが、その魔力にはいささかの衰えも無い。

 無詠唱の魔法を乱発して、セージはケシアナたちに群がるハイオークたちの包囲網に穴をあける。

 そして当然のようにそこに飛び込み、ケシアナたちと合流した。



 瞬間、クライスは違和感を覚えた。

 セージは上級の魔法を使った。魔力が足らず劣化したそれを放ったことで、セージの魔力は底をつきかけていた。

 残っているのは身体活性分ぐらいだったろう。それも先に逃げさせた理由の一つだ。

 ここまでの間に回復したにしても、この魔力量はおかしい。



 クライスの思考にノイズが走り、立ちくらみのようなものに襲われる。

 目の前には剣を振りかざしたハイオークが迫っていた。反射的に体が動き、その剣を捌いて反撃に転じた。

 戦場で余計な事に気をとられたようで、肝を冷やす。

 何を考えていたかも思考の彼方に捨てて、今考えるべきことに集中した。

 三度の打ち合いを経て目の前のハイオークを仕留めたところで、ドルチが寄ってくる。


「……さすがは英雄の息子だよね、ちょっと迷惑だけど。どうする? 助けなくてもペナルティは無いはずだけど」

「はっ。そうだな。そのとおりだ。まったく面倒臭い新人の教育役になっちまったもんだぜ」


 悪態じみた事を零すドルチだが、表情と声音は楽しそうだ。

 クライスの心も決まっている。それと同じなのだと言葉ではない部分で伝わった。

 遅れて、管制から通信が入る。

 ペリエからの伝言で、セージ君が無茶しに行ったから、助けに行ってくるわ、だった。


「はっ、そうだよな。

 力があるから英雄なんじゃない。

 英雄だから力を得ていくんだよな」


 気持ちよくクライスは笑った。

 小さな英雄という大きな援軍を得たケシアナたちの士気は目に見えて上がっている。

 ここでクライスたちが合流すれば十分にハイオークたちに拮抗できる。

 あとはソルト達が来るまでロード種が出てこなければと、そう思った矢先――



「グゥゥォォオオォォォオオ!!!!」



 ――大気に轟く咆哮をあげて、ハイオークロードは現れた。




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