24話 共同作戦





「今日は他のパーティーとの仕事だ。セージはなるべく大人しくしてるようにな」


 ギルドに行くとクライスさんが私の顔をみるなりそう言ってきた。

 初対面のアレがあるので強くは言えないが、そこまで礼儀知らずっていう訳ではないんだけど。


「他のパーティーとって、下級のって事? そんな仕事あったかしら」

「いや、中級だな。ソルトのとこと、アルクとケシアナで、俺たち含めて四パーティーだな。

 確かセージもソルトとは顔合わせはしてるだろ」


 はいと私が頷く前に、ペリエさんが口を挟む。


「ちょっと待って、何の仕事受けてきたの。それセージ君を連れてやるような仕事じゃないでしょ」

「だからじゃない? 普通に新人向けの仕事だと安全マージンが大きすぎるって事でしょ。前回みたいなのはちょっとね。ペリエはまだ役目があったけど、僕なんていなくても良かったぐらいだし」


 いえ、ドルチさんいないと背中とお尻が怖いのでいてくれないと困ります。


「そういうことだ。仕事はハイオークの集落探索だ。

 共同って言っても、探索自体はパーティー単位でやって広い範囲を見るっつー形だ。

 集落にはロードやメイジもいるだろうから、戦闘はなるべく回避だ。

 集落の位置を掴んだら後日攻略チームを編成するから、それにも参加するぞ。

 それでセージ。

 探索はお前とペリエを中心でやってもらうが、あくまで探索だけだからな。戦闘は厳禁だぞ。

 俺たちが他のパーティーと合流しても集落を落とせるだけの戦力にはならねえ。

 万が一俺たちだけで戦闘に突入したら全滅する危険もある。

 いいな、絶対に仕掛けるなよ」


 それはフリでしょうか。だとしてもお断りです。

 安全マージンが減ったと言うだけでもちょっとショックなのに、自分から危険な事とかする気はありません。

 まあ難易度が上がったという事でお手当の方には期待できそうだけど。


 それから他のパーティーと顔合わせをし、そのまま打ち合わせをしたが、私はクライスさんの言いつけ通りに隅の方で隠れて大人しくやり過ごした。

 そんな私には胡乱気な視線だったり、珍妙な動物でもみるような視線だったりが送られていたが、クライスさんが親父の事を話すと一転して好意的なものに変わった。

 こういう時は素直に親父って凄いと思う。



 ******



 ここで今回の仕事と守護都市の役割を説明しようと思います。


 ハイオークの集落を捜して後日戦力を集めて集落を襲撃するという事だったが、これはそこまでしてハイオークのお肉が欲しいわけでは無い。そして集落に特別価値のあるお宝が隠されているわけでもない。


 荒野は作物のできない不毛の土地だが、何故か魔物は多数生息している。

 何を食べて生きているのか、どうやって繁殖しているのか。

 学園都市などで生態の研究は進めているらしいが、はっきりとしたことは分かっていない。

 荒野では無限に魔物が湧きつづけているんだという説があるが、そんなところばかりファンタジーなのは止めて欲しい。


 その不可思議に湧いて出てくる魔物だが、困ったことに自然消滅とかはしてくれない。

 そして数が増えてくると王族ロード種と呼ばれる上位種が群れの中で生まれてきて、さらにそのロードがまとまった軍勢でもって結界の要である精霊都市に攻め込んでくるのだ。

 ひどいときは複数の魔物の軍勢が結託して襲い掛かってくるらしい。


 六つある結界外縁の都市の、荒野との出入り口である大門は原則として閉ざすことができない。理由は知らない。たぶんファンタジーな理由だろう。

 例外が守護都市と接続している時と魔物の軍勢が攻め込んできた時だけだ。門を開けっぱなしで防衛戦とかしんどいので。

 ただし防衛戦の最中でも三日に一度は開放しなくてはならないという制約があるらしく、大規模な侵攻などがあると緊急要請が守護都市に向けて発信され、守護都市はその都市に急行することになる。

 緊急要請が重複する場合なんかはワンマンアーミーな皇剣様が駆けつけて何とかするとのこと。


 そんな緊急時の門代わりにされる守護都市だが、普段は荒野をパトロールして、今回の様にそろそろ群れの大きさが規定値を超えそうな魔物を間引きしている。

 どんな魔物がどの辺で増えてるかは普段やっているエリアを決めた狩りで、実際に狩った魔物の種類や数、位置などの情報を集め、それを過去の統計と照らし合わせて判断しているらしい。

 相変わらずこういう所はふぁんたじぃらしからぬ地道さだ。


 ちなみに襲撃の被害にあいやすいのは東と西の農業都市。

 何を食べているか定かでは無い魔物だが、普通に普通の食事もするっぽい。

 まあハゲオオカミやゴブリンは家畜を襲うとのことだったし、ハイオークもこの前他の魔物を食べてたので魔物にもやっぱりご飯はいるのだろう。


 さて今回はその間引きの前段階として、ハイオークの集落を探すのがお仕事だ。

 過去の例からだいたいの目星はついているらしく、集落候補の四か所をそれぞれのパーティーで偵察する。

 場合によっては集落にいる多くのハイオークやその上位種に追いかけられるので、普段やっている単純な狩りよりも危険度はかなり高い。



「それでセージ、前に言った魔力感知伸ばすってのは警戒がおろそかになる以外のデメリットってのはあるのか?

 例えば長い時間やってると頭痛がしたり、しばらく魔力の扱いが乱れたりすることは」

「昔はありましたけど、最近だと無いですね。ただ緊張状態で長い時間つかうって経験はあまり無いので、もしかしたら起こるかもしれませんね」


 クライスさんに聞かれたのでそう答えると、私の顔を見ながら昔……、と微妙な表情で呟いた。

 なので私は一年ぐらい前ですと答えた。

 そうね。五歳児が昔って言葉を使ったら違和感あるよね。でもいいじゃないか、人生の五分の一の時間経過を長いと表現しても。


 私たちがいるのは荒野だ。

 守護都市から出てしばらくは四パーティーで移動し、特に会話も無く警戒しながら進み、予定の地点で別れた。

 現在は変わらず周辺への警戒に気を割きつつ、偵察する集落候補地を目指している。


「そうか……そうか。

 じゃあ進行方向に向けて常時魔力感知を伸ばしといてくれ。ただしなにか体調に変化があったらすぐに報告しろ。無理は厳禁だぞ。

 ペリエはいつも通りに頼む。

 セージの魔力感知は優秀みたいだが、どこに穴があるかはまだ分かんねぇから、実地で探りながら使っていく。

 お前の負担を減らす気はないから、そのつもりで頼むぞ」

「はい」

「了解」


 クライスさんの言葉に、私とペリエさんの返事が重なる。



 それからはしばらく無言で進んだ。

 集落の予想地点は岩山が乱立した中にある小さな盆地で、過去にはそこに竪穴式の住居を構えていたそうだ。

 管制室ではペリエさんが使っているのよりもずっと高性能な偵察系の儀式魔法があるらしいが、そちらは荒野のもっと奥で危険な任務に就いている上級の戦士たちのために使われているらしい。

 あれの支援があるときは大分楽なんだけどなと、打ち合わせの時にクライスさんがぼやいていた。



 予想地点の五キロ手前まで来て、魔力感知に反応があった。

 ここに来るまでおおよそ三十分かかっている。

 なんの反応も無い状態が続いていたので、すこし安心した。

 ペリエさんという本職の人がいるので私の魔力感知はそれほど期待はされていないのだろうが、それでも仕事を任された以上はやはり結果は出したい。


「反応がありました」「見えたわ」


 偶然にもペリエさんと声が重なる。クライスさんが苦笑した。


「頼もしいけど、張り切りすぎるなよお前ら。それで内容は? まずはセージから」


 クライスさんに促されて、口を開く。


「進行方向真っ直ぐ、五百メートルぐらい先にハイオーク二体ですね」

「私の方はハイオーク三体よ。進行方向からは右手に三十度、距離は四百メートルってところね」

「わかった。ペリエ、セージが見つけたのも見てくれ。二つのハイオークたちは連携をとってそうか?」


 クライスさんからの追加の指示が下り、ペリエさんは『了解』と呟いて目を細めた。

 私も一応ペリエさんの言っていたほうのハイオークたちを探ろうとするが、


「セージはちょっと休憩しろ。お前の魔力感知がどういうものだかまだ良く分かんねぇけど、ペリエの方は魔力や精神にそれなりに負担がかかってくる。

 お前のもおそらくそうだろう。休める時はちゃんと休め。んで、あとでペリエを休めるようにしてやれ」


 そう諭されたので、止めた。

 魔力感知をいつもの状態に戻すと、ふっと肩から力が抜けた。

 軽く頭も痛い。緊張の糸を切ると、はっきりと疲労が自覚できた。

 クライスさんがはっきり休めといったのは、もしかしたら自分でも気づかないような疲労が表に出ていたからかもしれない。


 体調の変化があればすぐに報告しろと言われたのを思い出して、ちょっと反省する。

 自分の疲労も自覚できていなかったなんて、未熟な証拠だ。

 腰のポーチからクッキーを取り出し、口に入れる。ついで水筒も出して一口水を飲んだ。

 ポーチはクライスさんに言われて持つようにしたものだ。


 小柄な私が身に付けられるものなので、大したものは入らない。

 栄養価の高い非常食が少しと水筒、それに呪錬されたさらしの余りを入れている。

 独り立ちするときには、切り札になる使い捨てのアイテムを持っておけよと言われている。


「見たわよ。どちらも同じ集落のハイオークだろうけど、特に連絡を取り合ってるようすは無いわね。たまたま近くにいただけじゃあないかしら」

「たまたまか……。集落が近いんなら、そういう事もあるわな……」


 ペリエさんが偵察を終えて報告し、それを受けてクライスさんが考え込む。


「いざ撤退って時になって、そいつらと鉢合わせるのが怖い。ここは狩るぞ。

 ペリエはそのまま警戒を続けてくれ。とくに集落からの応援部隊に注意してくれ。戦闘の方はロックとドルチに任せる。俺はペリエの護衛につく。

 セージは周囲の警戒。伸ばしてないときの魔力感知で警戒したとして、有効範囲はどれくらいになる?」

「三十メートル……、いえ五十メートルまでなら問題なく知覚できます」

「変な無理はすんな。三十メートルあれば十分に奇襲には対応できる。

 ただし警戒の範囲外から弓や魔法で狙撃される危険がある。その時はお前の無詠唱魔法で撃ち落せ。それが出来ないならでかい声を上げて注意を促せ。できるな?」

「はい」

「よし、いい子だ。背中は任せた。

 ――じゃあ行くぞ」



 クライスさんの短い指示を受けて、パーティーが動く。そこからは早かった。

 私は全力で周囲に気を張って魔法をいつでも発動できる状態にして置いたのだが、特に何も起きなかったため活躍の場は無かった。

 まあ奇襲は受けないのが一番だし、私の出番が無いのはむしろ良いことだ。ちょっとさみしいけどね。

 前回のドルチさんの気持ちがちょっとわかった。


 ともかく戦闘は速やかに終わった。

 まず二匹組の方だが、ドルチさんが頭を狙撃して一匹死亡。

 ロックさんが飛び込み、驚いた相手の大ぶりな一撃をあっさりと躱して、一閃。

 ハイオークの首がポトリと落ちた。


 三匹の方はドルチさんが狙撃でまず一匹殺し、あえて姿を見せてもう一矢。

 それは腕に傷を負わせるにとどまったが、怒って向かってきたハイオークを岩場の陰に隠れていたロックさんが後ろから強襲して瞬く間に切り刻んで殺害した。

 最期の一匹は逃げようとしたところをドルチさんに射抜かれた。


 解っていたことだが、やっぱり強い。

 私の教育に気を使っていた今までと違い、敵を殺すことに専念しているからはっきりとそれが感じられる。

 いや三匹の殺し方は前回私が提案した作戦に似ているので、まったく教育に気を向けていないわけでもないだろう。

 それはそれで頭の下がる思いだが、それでも敵を殺すことに専念した際の動きの良さは流石に中級上位のギルドメンバーだった。


 こうして死体となったハイオークだが今回の仕事は狩りではなく調査なので、回収班を呼ぶことなく穴を掘って埋めた。


「セージはスコップ持ってきてねぇから不参加かと思ったけど、ああ、お前はそういうやつだよな」

「なんで呆れてるんですか。折り畳みのスコップだって、僕には大きすぎるんですよ。魔法で穴を掘った方がファンタジーしてるじゃないですか」


 ファンタジーしてるってなんだよと、クライスさんがぼやく。


「セージ君、荒野の地面に魔法を通すのって難しくなかった? 私もできなくはないけど、無駄に魔力使って疲れるから男衆にやらせてるんだけど」

「んー、まあ確かに魔力がこもってるのでやりづらいですけど、薄めのところもありますから」


 穴掘りは見学派のペリエさんに聞かれたので、そう答えた。

 荒野は大気中にも大地にも強めの魔力がこもっている。

 でも魔力自体はそもそも守護都市の中にだってあるし、農業都市の近くにだってあった。

 荒野だとそれが濃密すぎてしかも荒れているから魔法を作用させるのが難しいのだが、ちゃんと見れ・・ば魔法を作用させやすい所が分かるので、何とかはなる。


 まあそれでもクライスさん達の様に強化した肉体でスコップ使う方が効率がいいとは思うけど。

 でも折り畳みとは言えスコップ携帯する余裕は私にはありませんよ。


「魔力の無駄遣いは避けた方がいいから、負担になるようならちゃんと言えよ」

「はい、大丈夫です」


 そう答えたところで、耳に違和感が走る。

 支給されている管制との連絡用のイヤーセットが魔力を発した。

 基本的に管制とのやり取りはクライスさんが仕切っていたので、今まではイヤーセットをつけた時と仕事を終えてギルドに帰るまでしか出番のなかったアイテムだが、珍しく私に連絡が来た。


「登録ランク下級下位、ブレイドホームさんですか」

「はい、セイジェンド・ブレイドホームです」


 耳に手を当て言葉を返す。

 横目で見ればクライスさんにも連絡がいっており、そのクライスさんはハンドサインでドルチさんとロックさんに周辺警戒を指示していた。


「緊急事態です。別行動中のパーティーが集落を発見したものの、察知され追撃を受けています」


 管制官からもたらされた情報に身と心が引き締まる。

 どうやら今回の仕事は楽には片付かないようだ。





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