22話 荒野デビュー
※暴力描写が始まっていきます。苦手な方はご注意ください※
やって来ました荒野です。
一面はその名の通り荒れ果てた大地で、せりあがった大小の山や崖が視界を覆ってます。
風は砂っぽくて日差しはきつい。
赤いコートとサングラス、ついでに星を撃ち抜ける銃とか欲しい気分です。
いや、最後のは取り扱いが怖いからいらないな。
「ぼーっとしてんなよ、セージ。今日の獲物はハイオークだ。
お前の訓練よりもまずは連携の訓練優先で行くからな。
打ち合わせ通り自分の役割しっかり考えて、危なくなったらすぐにペリエを頼れ」
「はいっ」
声が若干上ずってしまった。じつは少し緊張している。
今日の獲物は中級下位のハイオークだ。
荒野の大地は赤みの差した茶色だが、ハイオークは迷彩色で赤くなったりしてないだろうか。
三倍速も怖いが、紅な色になってたらもっと怖い。それはもうただの
……ボケてみたが、いまいち気持ちが落ち着かない。さんざん下級と中級は違うと脅されてきたからかな。
それに荒野では今までと違って、予想外の魔物とエンカウントする可能性がある。
守護都市から離れれば離れるほどその手のアクシデントの確率は上がるらしいから、近場の今日は大丈夫なんだろうけど。
「セージ君、怖くなったらいつでも言ってね。私が抱きしめてあげるから」
その言葉にこそ背筋が震えた。
「ビビらせてんなよ、ペリエ。さあ行くぞ」
******
理由はまるで分らないが少々機嫌の悪いペリエさんと一緒に荒野を歩く。
隊列は縦一列のドラクエ式だった。
野生の獣を軽くしのぐ危機察知能力保持者のロックさんが最前列を進み、その援護と全体指揮を担うクライスさんが後ろについて、チームで最大火力を持つペリエさんが続いて、視野が広く警戒力の高いドルチさんが最後尾を守るという役割分担だ。
お荷物の私はペリエさんにくっついている。
「荒野は魔力の乱れが強いから、管制の情報や魔力感知があてにならないことが多いの。
この隊列はもっと遠くまで進んだ時のためのもので、今はここまでする必要はないんだけどね」
ペリエさんがそう解説する。
今日の狩りは今後、私という足手まといを連れた状態でどの程度まで荒野の奥に進めるかという試験的な意味合いもある。
最大警戒の状態で狩りに臨み、その中で私がどの程度仕事ができるか試されているのだ。
今後の仕事のためにもここは少しでも役に立っておきたい。
私の最大の武器はやはり魔力感知だ。
進行方向に向けて、感知の幅を広げていく。
荒野の魔力は言われた通り乱れていて確かに見づらいが、まだ近場という事もあるのかわずかに不快なノイズが走る程度しか感じない。
三百メートルほど離れた岩陰に三体ほど大きな魔力反応を見つける。
さっそくペリエさんにそのことを報告した。
ペリエさんは『ほんとうに?』と疑うそぶりを見せながらも、腰に下げたポーチからお札を取り出し、魔力を込めて鳩に変えて飛ばした。
いわゆる探査魔法を使ったことで、パーティーの足が止まる。三百メートルとそれほど離れていなかったこともあって、すぐにペリエさんが声を上げた。
「いたわ。セージ君の言った通り、三体が隠れて待ち伏せしてるわね」
「まじか。どうやったんだよセージ。
ああ、帰ってからでいいや。ちょっと集合。
ドルチは周辺警戒。ペリエ、正確な位置と様子を教えてくれ」
ペリエさんが簡潔に状況を説明する。
探査の鳩はまだ気づかれていないが、私たちの接近には気づいていること。
武装は斧が二匹に槍が一匹で、メイジや弓兵らしき影は無い。
「そうか、ペリエとドルチは周辺警戒に当たってくれ。
セージはこっちにこい。まずは俺とロックで正面から攻めるから、お前は後ろでよく見てろ。
ぼーっとしてると槍なり斧なり投げてくるかもしんねえから、ちゃんと警戒はしとけよ」
「はい」
言われた通り、クライスさん達の後ろに控える。
私の後ろはペリエさんとドルチさんが守ってくれているが、
「セージ君のお尻ってかわいいわよね」
「……ペリエ、最近おかしくなってない?」
「今度服買ってあげようかしら。この前一緒に買ってあげればよかったわね。半ズボンとか似合うと思うんだけど、どうかしら?」
「……ねえ、僕の話聞いてる?」
なんだが緊張感が無い。そのうえ守られているという感じもない。むしろ身の危険を感じてしまう。
「集中しろよ、セージ」
クライスさんに怒られた。
理不尽だと言いたいところだが、あの二人ほどの実力が無いのは良く分かっているので反論はしない。
それに二人も無駄口を叩いてはいても、周囲の警戒はおろそかにしていないのだから。
クライスさんとロックさんの戦闘は見事だった。三対二という不利な状況だが、数の差を感じさせない立ち回りだった。
というかロックさんが強い。
ハイオークの攻撃を紙一重で見切りながらザクザク反撃で斬っている。
時代劇の殺陣でも見ているような、あらかじめ決められた動きのようですらある。
無論そんなことは無く、ロックさんとハイオークの技量の差がそう見せているだけだが。
クライスさんは無難に、ロックさんの後ろをとって囲もうとしてるハイオークを突いて牽制するにとどめている。理由はすぐにわかった。
三匹いたハイオークは見る間に一匹に減り、その残る一匹も武器を落とし、足や腕に浅くはない傷を負っている。
「よし、セージ交代だ。あとはお前が仕留めろ。
ただし中級の魔法は禁止。ヤバいと思ったらすぐに言え」
「わかりました」
途中からロックさんもクライスさんもあからさまに手加減して、ハイオークのダメージコントロールに努めていたので、この展開は予想していた。
選手交代で私がハイオークの正面に立ち、逃げられないよう他の四人で周囲を囲む。
クライスさんとドルチさんはいざというときに備えて武器を構えていつでも援護できる姿勢をとっており、ドルチさんに代わってロックさんが周辺警戒とペリエさんの護衛に就いた。
中級魔法がだめなら上級魔法は良いのかな、なんてとんちめいたことを思うが、本当にやったら怒られるのは目に見えているのでやりはしない。
いや酔っ払いエルフのアリスさんに教わったので、試してみたかったんだ。親父にやっても普通にノーダメージだったし。
まあどのみち上級魔法なんて使うと魔力をあらかた使っちゃって、この後がより一層役立たずになるのでそういう意味でも使えないのだが。
最大MP99の状態で消費MP99のメ●オを覚えても、ケ●ルやファ●ラの方が重宝するから使う機会が無いようなものだ。
でも一回ぐらい実戦で使ってみたいんだよね。せっかく覚えたんだし。
まあいいか。もうちょっと成長すれば使える機会もあるだろう。
さて目の前のハイオークだが、敵に囲まれ武器も失い多くの傷を負っている状態で、しかし目はギラついていて戦意に満ちている。
飛べない豚だが、侮っていい豚ではないようだ。
威嚇の声を上げるハイオークに正面から向かっていく。
迎え撃とうとするハイオークに、まずは衝弾の牽制弾。
顔面を襲ったそれをとっさに目を背けて回避するが、甘い。
衝弾を目の前で破裂させハイオークの視界を奪う。
予期していなければ混乱の追加効果もあるはずだ。
まあそこまでの時間は必要なく、衝弾の影から地を這うように回り込んでいた私は、ハイオークの膝の裏を鉈で斬りつけた。
魔力を込めた鉈の肉厚な刃と重量はいともたやすく深い傷を刻み、ハイオークはバランスを失い崩れ落ちる。
落ちてくる首に鉈の刃を当て、私は力を込めて、引いた。
首を断つほどの切れ味は当然ないが、いわゆる頸動脈を切り裂いて盛大な血しぶきが上がる。
返り血で汚れると洗濯が大変だし姉さんが心配するので、大きく飛びのいて避けた。
……しまった。
そのまま絶命するハイオークを見て、大きな失敗に気が付いた。
疾空を使って、空中戦で仕留めたかったのに。
……まあ、いいか。
ふざけると危ないし。
「終わりましたよ、クライスさん」
「お、おう……。びっくり箱みたいなやつだな、お前」
……?
普通に殺したつもりなんだけど、ああ。
確かに衝弾で相手が怯まないと危なかったかな?
私の魔力量はハイオークよりも少し少ないくらいだし、ダメージ的には小さいから我慢が利く。
というか、そもそも基礎能力に差があるのでハイオークからしたら直撃してもそんなに痛くないだろう。
あくまでいきなり目の前に迫ってきて、避けたと思ったら破裂したからびっくりしただけだ。
ただクライスさん達との戦闘を見る限りハイオークが人間同様に視覚を重視しているのは解ってたので、賭けという気はしていなかったし、魔力感知でちゃんと怯んだのも確認して間合いに飛び込んだのだが。
「衝弾って、剣とか槍とか、武器に溜めた魔力飛ばす技だって知ってたか?」
私は頷いた。
初めて衝弾を使った時も、確かに武器――と言うか、木の枝に込めて使ってた。
そもそも衝弾をはじめとした攻撃系の闘魔術は筋力というか、剣を振り下ろす動作というか、ともかく攻撃モーションを上乗せできる技なので、剣に溜めてそっから振り下ろして使う方が強い。
まあそもそも飛ばしたりするよりも、普通に魔力溜めて斬りつけた方が攻撃力は高いので、私は飛ばし技は牽制として使う方が正しいと思っているけど。
ちなみにそれが正しくない例外は英雄な親父。
親父の本気衝弾は溜め無しでこのハイオークを殴殺できる威力になる。
しかもそれを同時に複数放てるのだから卑怯としか言いようがない。
「あー、お前勘違いしてるわ。
武器とか道具に溜めねえと、衝弾って使えねえのが普通なんだよ」
えっ?
あー、そう言えば兄さんたちが衝弾を手とか足から出してるところって、見たことないかも……。
いや、一緒に訓練するようになったのって最近だし、一緒って言っても同じ道場で親父の指導を受けてるってだけで、訓練メニュー違うからそんなに気にしてなかったけど。
しかし親父はその辺のことは全然説明しなかったな。まあ天狗にならないようにとか考えて……いや、無いな。
「まあいいや。
これなら普通のハイオークでも一対一なら勝てそうだな。とりあえず、管制に連絡いれっからちょっと待ってろ。
――管制か。とりあえず、ハイオークを3匹仕留めた。時間が早いから狩りはまだ続ける。回収班よこしてくれ。
――ああ、ああ。
血抜きはやっとくし、回収班が来るまでは待機してるさ。毎度毎度おんなじセリフ言わなきゃいけねえのも大変だな」
管制とやり取りを終えたクライスさんが私を手招きする。
「出る前に説明があったが、ハイオークは死体を持ち帰るのも仕事の内だ。
肉がうまくて、他所の都市に高値で売れっからな。
血抜きやらなんやらはギルドでもやってくれんだが、回収班に頼む場合や帰るまでに時間がかかる場合はこっちでやっとかなきゃなんねえ。
これが出来ねえ奴もいるにはいるが、覚えといて損はねえからしっかり見とけ。
あと同じように持ち帰ると金になる魔物はそこそこ種類があってな。荒野に出てるとそういうのと不意に遭遇することもある。
管制に聞いても教えてくれるが、あいつらけっこうテキトーなこと言うからな。自分でも覚えとけ。
回収班呼ぶのは金がかかるし、ゴブリンみてえに持って帰る価値がねえので呼びつけると給料から差っ引かれるからな。
その時に管制に騙された、なんて言っても金は返ってこねえから注意しとけ」
とってもとっても大事な話を聞きました。
その後は回収班を待ちながら血を抜いたり漏れてきた汚物などを処理した。
血の匂いが広がらないように早めに穴を掘って埋めないといけないとか、同じく大事な話を聞いていたら件の回収班と思わしき一団がやって来た。
回収班は十人ほどで、うち六人が運搬役らしい。
残りの四人は護衛の人で、ギルドメンバーっぽくないきちっとした服装というか、統一された装備に身を包んでいた。
彼らはクライスさんと少し話をした後、手早くオークの死体を荷車に乗せて回収班の人は去って行った。
「今のが回収班だな。
護衛は騎士の連中だ。あー、余計な事かも知らんが、お前の親父さん、ジオさんは騎士の連中――と、いうか騎士と関係が強い名家と仲が悪くてな。
あんまり騎士連中にはジオさんの息子だって言わない方がいいかもしれねえ。
ギルド上がりの騎士も多いから、俺の考えすぎかもだけどよ」
◆◆◆◆◆◆
セージに驚かされるのは何度目だろう。
クライスをはじめ、パーティーの面々はそう同じことを思った。
「セージ、他のハイオークの居場所は解るのか?」
「いえ、わかりません。さっきは進行方向に魔力感知伸ばしたら反応があっただけなので」
魔力感知伸ばすってなんだよと、クライスは混乱した。言葉の意味は解る。
ただそんなことができるという発想が無く、また出来る人間がいるという話も聞いたことが無かったのだ。
さらに魔力場が乱れているこの状況で三百メートル離れた魔力を捉え、三匹としっかり数まで把握しているのは、いっそ異常といえる。
英雄ジオレインの息子だしなと、最近定番になってきた魔法の言葉を頭の中で唱えてクライスは正常な思考に復帰する。
剣士のロックも野生の勘で獲物のいる方角を何となく察したり不意打ちを防いだりするので、それを意識的に使っているのだろうと推測を立てた。
「あー、じゃあ今後は進行方向優先で魔力感知伸ばしといてくれ……って、そもそもそれ常時できるもんなのか」
「できますよ。ただ周りの警戒がおろそかになるので、その辺はフォローして欲しいですね」
あっさりと答えられて、クライスは苦笑した。それが大言壮語でないことは、すぐに証明された。
「クライスさん、反応有りです。五百メートルぐらい先で、五体です。多分こいつらはこっちに気付いてないです」
「ペリエ」
「はいはい」
気心の知れたペリエが、短い言葉で察して偵察用の簡易使い魔を飛ばす。先ほどの戦闘から飛ばしたままなので、追加の札の消耗は無い。
簡易使い魔は便利だが、一度接続を切るとその場で召喚札が燃えて消えてしまうという欠点がある。
接続している状態では他の魔法が使えないので、これまでは戦闘ごとに召喚しなおしていたが、今回はその必要が無かった。
呪錬兵装と同じく、この手のマジックアイテムは使い捨てでもかなり高価な品だ。
セージの能力が本物なら、かなりの経費削減になるかと考えて、クライスは苦笑した。
魔力感知の精度は体調や気力によって左右される。
常態的にセージの魔力感知に頼り切っていてはどこかで落とし穴に落ちるだろう。
それにセージはクライスの仲間では無く、クライスが指導し教育しなければならない新人だ。
訓練の一環としてその力を使わせるのならともかく、その力に頼った狩りをするのは大きな間違いだろう。
「これも大ビンゴね。装備は斧が三に槍が二ね。上手く私たちが風下にいるから、このまま気づかれず近づけそうよ」
ペリエの報告が終わったところで、セージが手を上げる。
「なんだ、セージ」
「僕が先行してきてもいいですか。
奇襲した後、てきとうに逃げてきますのでそこをクライスさん達が待ち伏せして仕留めるっていう感じでどうでしょう。
待ち伏せできそうなスポットもありますし」
「待ち伏せできそうなスポットって……ああ、いやいい。場所はどのあたりだ」
「ハイオークとのちょうど中間あたりで、やや西寄りです。
直線的な道の左右に高い岩壁があるので、その出口で待ってれば簡単に後ろが取れると思います」
「見えた。確かにあるわね。セージ君の言った通りの地形よ。
三人分くらいの横幅の狭い直線の道から急に開けたところに出るから、走って勢いがついてれば止まれずに背中を見せてくれるでしょうね」
なんで魔力感知で地形までわかるんだと言いかけて、クライスは再び魔法の言葉を頭の中で唱えた。英雄の息子だからな、と。
改めて、セージを見る。
気負ったところは多少あるが、荒野に来たばかりの時よりは幾分慣れているようだ。
実際にハイオークと戦ってみて、それぐらいはできると判断したらしい。
危険はある。
直線的な道という事なら、後ろから斧や槍を投擲される危険がある。
さらにハイオークは確かに足は遅いが、体力はある。
セージは高い機動力を持ってはいるが、それは小さな体や増幅を利用した瞬発力によるもので、単純な足の速さや体力はそれほどではない。
僅かな間考えて、やらせることにした。
本人が出来るといっているのだ、リスクはあっても経験を積ませる事の方が大事だとクライスは判断した。
待ち伏せするポイントまで来て、簡単に打ち合わせをする。
セージは岩壁を出て左に走る。
クライスたちは右側で待機し、セージを追って出てきたハイオークに奇襲をかける。念のため弓兵のドルチは崖の上でセージの援護射撃ができるよう待機しておく。
「ねえ、ちょっといいかしら」
セージが先行してからおよそ五分。
ハイオークに奇襲をかけただろう頃合いに、ペリエがそう呟いた。
半眼になっていて目つきが悪いが不機嫌なわけでは無い。
簡易使い魔から送られてくるもう一つ視界があるため、そうしないと現実の視界と混同してしまうらしい。
クライスも一度試したことがあったが、視界が二つあると普通に歩くのも困難になったため、それ以降は試していない。
「セージ君てさ、溜めて魔法撃てば中級上位ぐらいの威力が出せるって言ってたじゃない?」
ペリエがロックに尋ね、頷きが返ったのを見て話を続けた。
「荒野の魔力障害の中なら発動兆候ってばれにくいでしょ?」
「まあそうだな」
それが理由でメイジ系の魔物に奇襲を受けた経験が、クライスたちにもある。
「セージ君の制御力なら、存分に溜めた魔法で奇襲がかけられるのよね」
なんとなく、クライスは嫌な予感がした。
コツンと、石の落ちてくる音が聞こえた。
上を見れば、その石を投げ落としたであろうドルチが、大きくバッテンのジェスチャーをしていた。
「中級下位の魔物を五体ぐらいなら、中級上位の魔法で戦闘不能にできるのよねー」
ペリエがもう一つの視界で見ている光景が想像できて、クライスとロックはため息をついた。英雄の息子だからな。
非常識で当然だ。
◆◆◆◆◆◆
ハイオークは匂いに敏感という事で、風下から近づく。距離が近づいて来てからは匍匐前進です。
高性能魔力感知の力で相手の位置やどこに意識を向けているかまでわかるので、怖さはあんまりない。
ただでしゃばって作戦立案とかしておいて失敗するのは避けたい。
だってハイオークの肉は高級肉なんですよ。知らなかったよ。ハイオークは死体を持って帰るようにってアリスさんに言われた時は、そんなことするんだ、ゴブリンの時はしなかったのにな。まあそもそも持って帰る死体が焼けてなくなってたけど、ぐらいにしか思わなかった。
ここで上手いこと狩りに貢献すれば、お肉を分けてもらえるとか、そんな素敵なイベントが発生するかもしれない。
解体した時に出る、捨ててしまうような部位で良いんだ。
無料でなくても、狩ってきた人特典で安く買えないだろうか。
仕事が終わったらクライスさんに頼んでみよう。
親父と違って世渡り上手なギルドメンバーであるクライスさんなら、こんな時に使える裏ワザとか人脈とか持っているに違いない。
高級豚肉入りの野菜炒めを夢想しつつ、奇襲ポイントに到着。
魔力感知で察していたが、ハイオークたちはお食事中です。口周りをケチャップでは無いもので赤く汚しながら、五匹でご飯を囲んでます。
五匹のうち二匹はこちらを向いていたが、食べるのに夢中なのと私が地面に這っているのが理由で気付かれていません。
チャンスという事で、予定通り奇襲を実行します。
ハイオークの様子を魔力感知で確かめつつ魔力をためる。
周辺にある魔力のノイズに偽装することで、気付かれることない限界ぎりぎりまで威力を高める。
燃やすと味が落ちそうなので、ここは風と水の混成魔法〈アクアバレット〉でロックオン。狙い撃つぜ。
五連射した魔法はしっかりとハイオークの頭部に直撃した。
よし、後は姿を見せて逃げるだけだ……って、あれ?
ハイオークは倒れたまま動かない。
魔力感知で見ると生きてはいる。
でも完全に不意を撃った三匹は昏倒しているし、中でも後頭部を直撃した一匹は死んでる。
正面にいた残りの二匹にも直撃していて、すぐには動けないくらいのダメージがある。
……スーパー魔力感知で見る限り、たぶん頭がい骨が割れてる。
……どうしよう。
まあ、いいか。
どうせ殺さなきゃいけないんだし。
近づいて、怯えた目で私を見上げるハイオークの首に、鉈を振り下ろしていく。
抵抗できない相手を作業的に殺すのは、けっこう後味が悪かった。
******
それから、やる気をなくしたクライスさん達とギルドに戻ってきた。
「聞いてくれよ、アリス。セージの奴がさー。
おとりやるとか言いながら、一人で全部狩っちまったんだよ。
おとりだって言うならわざわざ全部の敵にダメージ与えなくてもいいのによー」
クライスさんがアリスさんに愚痴をこぼしている。帰ってくるまでも散々文句言っていたのに、まだ言い足りないのか。
「ちゃんと謝ったじゃないですか。僕だって予想外だったんですよ。
みんなが中級は凄い凄いって言うから、なるべくダメージ与えようって思ったんです。しっかりダメージ与えないと逃げる時に不安じゃないですか。追いつかれるかもって」
「うわー嘘だー。ぜったい嘘だー。俺があいつらならあんな奇襲受けたら、追いかけて反撃する気力なんて起きねえよ。一目散に逃げ出すよ」
「……何があったのか知らないけど、無事にお仕事終わったみたいだしよかったじゃない。
ハイオークが八匹もとれるなんて珍しいし」
そうなのか。
結構簡単に狩れたんだけど。
まあ確かにゴブリンに比べれば大分頑丈だし、私も簡単に殺しはしているが最初のはハイオークにダメージがありその上で虚をついている。
二回目は完全に奇襲なので楽が出来ていて当然だ。
正面から戦っていれば一対一でも苦戦するだろうし、三匹に囲まれたら私は逃げることを考える。
まあ距離をとればなんとかなるだろうが。
もっともそうは言っても、クライスさん達ならまだまだ余裕で狩れるレベルの相手なので、ちょっと不思議に思った。
「集落とか見つければ別だけどよ、あいつら少数で広い範囲を動き回ってるから見つけるのが大変なんだよ。
それに重くてかさばるから、一回狩るたびに回収班呼ばなきゃいけねえ。
んで、ついでにいうと回収班が忙しくて長いこと待たされることもざらだからな。
一回の狩りで二、三匹ってことが普通だし、とれねえこともあるんだよ」
「へぇ。じゃあ今日は運が良かったんですね」
「……ああ、まあな」
クライスさんがなんだか疲れた顔をしている。
なんだろう。まあいいか。
それよりも豚だ。飛べないけどただの豚じゃない、
「あの、ハイオークのお肉って全部ギルドに回すんですか。ちょっと食べてみたいんですけど、働いてる人向けに安く卸されてたりしてないですか?」
「えっ? ごめん。部署が違うからわからないけど、多分無理かな」
アリスさんに即答で断られた。
だが私には頼りになるクライスさんがいる。
「つーか、熟成させるために寝かすから、今日狩ったのはまだ食えねえぞ」
頼りにならなかった。
そうか。そうだった。
お肉には熟成なんて手順があったんだ。くそっ、ふぁんたじぃのくせに。
「あー、なんだ。まあ今日は……っていうか、今日もあらかたお前が働いてるし、召喚札も節約できたからな。
俺が買ってやるよ。飯をおごるんじゃなくて、家族で食えるように生肉を買えばいいんだろ?」
おおっ。さすがクライスさんっ。頼りにならないとか思ってごめんなさい。
「じゃ、買い物に行く前にシャワー浴びるか。ああ、ちょっとジオさんに話があるから、お前の家に行ってもいいか?」
「はい。もちろんです」
お肉をおごってくれるんだ。貧乏屋敷に招待するぐらいなんの苦にもならない。
……夕飯ぐらいは出そうと思ってるけど、あんまり貧乏くさい料理だと失礼かな。うーん、献立に悩む。
「「…………」」
とある女性二人が無言で何かを訴えかけている気がしたが、きっと気のせいだ。
先日の悪夢は、まだ記憶に新しい。
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