21話 買い物はストレス
日も高くなり始めた午前十時ごろ、待ち合わせをしていたギルド近くの喫茶店で贅沢にもコーヒーを飲んでいると、アリスさんと何故かペリエさんもやって来た。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう、セージ君。
武具の案内だとアリスじゃあ不安だから、私も来たわよ」
私が訝しんだのが伝わったのか、ペリエさんがそう説明してくれた。
「わざわざすいません。ありがとうございます」
確かにアリスさんは受付事務の人だから、実際に使う武具の見立てができるペリエさんがいるのは心強い。
クライスさん達と仕事する際の私はペリエさんの補助的な立ち位置になるらしいし。
……なんでアリスさんは微妙な表情をしているんだろう。
ともあれ時間をつぶす必要もなくなったので、会計を済ませ店を出ようとすると、アリスさんが伝票をとった。
「今日は私が払うから」
「え、あ、いえ。装備品を買ってもらえるだけでも十分ですから」
昨日はあれから普段はあまり出歩かないミリタリーショップの区画で装備品の相場を調べてきた。
なかなか――というか、とってもいいお値段でございました。
あれをさらにオーダーメイドだと辛いんじゃないかな、なんて思ってしまう。
いや、アリスさんの給料なんて知らないけどさ。
ともかくあんな高価なものを買ってもらう訳だから、それ以外の食事なんかの出費はむしろ私が払おうと思っている。
やけに大きな臨時収入もあったことだし。
「いえ、今日はびた一文セージ君にお金は使わせません。たとえコーヒー一杯だろうとお家のお使いだろうと、セージ君はお金を使ってはいけません。いいですか」
「え、あ、はい」
目が据わってて怖いです、アリスさん。
早速だが、武器を見てみることにした。
「セージ君は魔法の才能がずば抜けてるから専用の杖でいいとは思うんだけど、これ接近戦には難があるのよね。
クライスはオールレンジで戦闘が出来るような武器にした方がいいって言ってたから、剣や槍の呪錬兵装にしましょうか」
そう言って、ペリエさんはいくつかの武具を持ってくる。
おかしいな。昨日下調べした武具よりどれも数字のゼロが一つか二つ多い。
「お客さん。子供の練習用に呪錬兵装ってのはどうでしょうかね。
暴発の危険もありますんで、あんまりおススメはできませんよ」
「あの、すいません。呪錬兵装ってなんですか?」
店員さんに声をかけられたので聞いてみる。価格の桁が違う理由は間違いなくそれだろう。
「えーと、簡単に言うと魔法の力を持った装備品の事だよ。魔力を通しやすかったり、魔法の力を強くしたり、あるいは簡単な魔法が発動できたりするんだ」
へー、そりゃ高いわけだ。
アリスさんが目が諦めきった虚ろなものになるくらいだし。
「すごいですね。でも僕が使うには全部グリップが太すぎますよ。女性用とかの小さめの武器って無いですか?」
出来れば魔法の力とか入ってない奴で。
ペリエさんが持ってきたものはそもそも握りの細いものだったが、これでも太すぎると言い張って別のものを持ってきてもらった。
店員さんの持ってきたその武器を、ペリエさんが品定めする。
「だめね。
子供用って言っても練習用が欲しいわけじゃあないわ。最低でも中級の魔物を狩れる武器を出してちょうだい」
そして全部突っ返した。店員さんの頬がちょっと引きつる。
なんか、ごめんなさい。
結局、私がまともに取り扱えそうな武器の中に呪錬されたものは無く、不満そうなペリエさんを、『あくまでつなぎの武器ですから』と宥めて納得してもらった。
買ったのは軽くて丈夫な鉈だ。
軽いと言っても今までのナイフよりは重いし、刃渡りも倍以上の長さになっている。
帰ったら親父で練習しよう。
次いで防具を選んでいくが、子供用の防具は本当に練習用のかさばって動きづらいものしかなかった。
ただでさえ体力が無く足も遅い私にそんなものならいらないし、オーダーメイドしても数か月したらどうせサイズが合わなくなる。
なので防具は無しで良いと言ったのだが、アリスさんとペリエさんに反対された。
結果、買ったのは呪錬処置された布だ。
十センチ程度の幅の長い布で、魔力を通すと硬化し、衝撃を緩和してくれる効果がある。
手首や足首、あとはお腹にまいたりして使うさらしのようなものだ。
って言うか、さらしだ。
あとは同じく呪錬兵装の額あて。
金属で守られているのは額部分だけだが、布の部分がバンダナのように大きく広げられ、頭を全て覆う事が出来る。この布にもさらしと同じ効果があった。
この二つなら体が大きくなっても使い続けられるだろう。
それに家においておいても実戦向けの防具っぽくないから、姉さんや次兄さんに変な疑いを持たれずに済む。
ただ買ったのはさらしと額あてなのに、金額が鉈を大きく超えた。
呪錬兵装高すぎだろう。アリスさんが泣くぞ。
そしてペリエさんはこんな安物使わせるなんてと、不満そう。
かつての親父もそうだが、ギルドの一線で働いている人は金銭感覚がおかしい。
******
「後は靴よね。セージ君は他に欲しいものはある?」
「あ、いえこれだけで十分です」
「だめよ。まだくそあに――ゴホンっ。
アレイジェス代行に言われた額より少ないし、セージ君は遠慮なんかしないでいいんだからね」
うん。出来る事ならそうしたいんだけど、なるべく笑顔で表情を崩さないようにしているアリスさんの
強がったそのセリフには、不覚にも涙が出そうになる。お金が無くなるのって辛いよね。
「足りないものというと手袋かしらね。手袋も靴も呪錬されたものが良いんだけど、サイズが合わないでしょうから一般の物で間に合わせましょう」
「なんであなたが決めるの……」
「決めてあげたのよ。予算からしてもそれくらいがちょうど良い所でしょ」
あ、ペリエさんはそういう意味でも付いて来てくれたんだ。
よかったよかった。
てっきりアリスさんが苦しんでるのを見て喜んでるのかと思ったよ。
という訳で靴の専門店で採寸とかしてもらった。
ここでは私の意見は全部却下で、ペリエさんが全て決めた。
店頭に並んでいる靴には目もくれず、職人さんを呼びつけてあれやこれやと指示を出している。
子供のくせに靴をオーダーメイドとかなーと、思ってたらちょっと説教された。
荒野を出ている最中に足をくじいたらどうするのとか、荒野には毒性があったり魔物化した植物もあるから、足はしっかり保護しておかないと危ないのとか、そんな感じで靴は大事だっていう話をしっかりと。
まあ登山するときにサンダルはあり得ないとか、出来ればスニーカーよりも専用の登山靴が望ましいとか、そんな感じなのだろう。
それ以上は何事もなく、アリスさんも何事もなさそうな体で支払いを終えた。
受け取りは明後日という事で、靴屋を出た。
手袋が欲しいという事で、ホームセンターっぽい雑貨屋を訪れる。
「あれ、セージ。どうしたの?」
そして兄さんと遭遇。うん。いつもの商会の雑貨屋さんです。
「手袋を買いに来たよ。二人はアリスさんとペリエさん。
こっちは僕の兄で、アベルです」
「初めまして、アベルです。
そういえば弟の仕事道具を買ってもらえるとかで……すいません。無遠慮な弟で」
兄さんにはアリスさんが遺書をうんぬんという説明をしていないので、私がたかった事になってるっぽい。
「あ、いえ。もともと私が悪いので、これくらいですんでセージ君には本当に感謝してるんです」
ぱたぱたと手を振って兄さんの言葉を否定するアリスさん。
兄さんが何したの? って感じの視線で問いかけてくる。
私は後で話すよって感じに微笑んでおいた。
「それよりアベル君。ここで働いてるの? 悪いけど、案内頼めるかしら」
「あ、はい」
頷いて、兄さんがペリエさんを先導する。
一瞬目配せしてお前、案内とかいらなくない? って語り掛けてきたので、そういう趣味の人なんだ苦笑して返した。
そうしたら絶妙のタイミングでペリエさんが振り返ったので、ちょっとビビってしまった。
「じゃあ、行きましょうか」
「あ、はい」
奇しくも、兄さんと同じ反応をしてしまった。
******
手袋は簡単に見つかった。
昔の職場なので在庫も商品もある程度把握している。
ペリエさんが案内とかいらなかったわね。ふふふ~と言っていたが、嬉しそうなのでまあほっといていいだろう。
買ったのは滑り止め加工されたレザー製の手袋だ。
子供が買うものとしては贅沢だが、これまで買ったものの数々に比べれば大分おちついた金額だった。
「それじゃあ買い物はこれで終わりね。良い時間だし、お昼ご飯にしましょうか」
「え」
アリスさんの顔が凍り付く。私もこれ以上気疲れするのは御免こうむりたい。
「ここからは私がおごるから」
「それはとてもいい提案ね。行きましょう」
アリスさんがここにきて初めて心からの笑顔を見せた。眩しすぎるその笑顔を、私は直視できなかった。
「セージ。外で食べるなら代表がベネットさんのとこにいるはずだから、そこにした方がいいと思うよ」
ベネットさんのところか。
女性人気も高いおしゃれなオープンカフェだから、ちょうどいいか。
兄さんに仕事がんばってねーとお別れを言って、お店を出た。
「よう、セージ。今日は随分綺麗どころを連れてるな」
カフェに着いた途端、チンピラに絡まれた。
「ん? お前、今変な事考えなかったか?」
カフェに着いた途端、やけに察しの良い超絶美人なミルク代表様にお声をかけられた。恐悦至極にいたり天にも昇る心地です。
「……変なこと考えてないか、お前」
ちょっと嫌そうに私を見るミルク代表。
「挨拶が遅れたな。
ここいらで仕事してるポピー商会の代表をやっているミルクだ。
セージが世話になっているようだな。ゆっくりくつろいでいってくれ」
「あ、ギルドで受付事務をやってるアリスです」
「ペリエよ。
あれ? ペリエさんの言葉に、若干のとげを感じましたよ。
同じものを感じたのか、ミルク代表の頬がわずかに引きつった。
「そうか。私もセージの事はわが子のように思っていてな。危ない仕事だろうが、なるべく怪我をしないでくれれば良いと思っている」
「それは無理でしょうね。こういう子は、周りが止めても自分から怪我をしに行くものよ。
そうして怪我をした分成長して帰ってくるの。止めない方がいいのよ」
「そうだとしても、怪我はして欲しくないもんさ」
そう言って、代表はカフェの一席に座る。
ペリエさんもその対面に座った。
……えーと。
アリスさんと顔を見合わせる。
これは私たちも座らないとまずい流れだな。
「店長、料理を四人前出してくれ。内容は任せる」
恐る恐る同じテーブルに座ると、代表がベネット店長に無茶振りした。
「お酒はあるのかしら」
「ワインを用意しよう。他に欲しいものがあれば遠慮なくいってくれ。ここは私が奢ろう」
「いえ、いいわ。ここの食事は私が奢るって約束してるの」
躊躇なくアルコールを要求するペリエさんに、淀みなく答えるミルク代表。
なんだかわからないが二人の間でおかしな火花が散っていた。
******
それから、二時間後。
出された料理は当然食べ終わってます。
おいしそうな料理だったんだけど、全然味がしなかった。
っていうか、食あたりとかではない理由で、胃がキリキリと痛む。
「あの時セージ君は言ったのよきりっとして、こう、さすがは森の民だって。
私の事調べてから登録に来てるんですよ。それなのに何も知らないふりして」
「ああ、こいつはそういうところがあるな。
他人の心配なんてゴミみたいに思ってやがる。英雄殿も自由人だったと聞くが、やはり親子なのだろう」
「ええ、ええ。
最初の戦闘も素晴らしかったわ。
狩りの技だけなら下級を超えているハゲオオカミを、立ち回りの上手さであしらったのよ」
「あははっ、ペリエそれ何回目。でももう一回聞きたい」
すっかり出来上がった三人が、私をダシにして盛り上がっている。
アリスさんは仲間だと思ってたんだけどなー、ワイン二杯で簡単にあっち側に行った。
いい加減逃げ出したいんだけど、タイミングが難しい。
「あのミルク代表、次のお仕事は良いのですか?」
恐る恐る、店長が話しかける。
いいぞ。がんばれ。
カフェで酒盛りするようなのは追い出してしまえ。
守護都市でお昼からお酒飲むのは珍しくないけどそんなの関係ない。私はまだ五歳だから飲めないんだちょっとくらい気を使え。
「構わない。全部キャンセルだ。しかしあまり長く居座っても迷惑か、三人とも店を変えようか」
えっ。私は数に入ってるの?
もう三人で飲みに行けばよくない?
「さあ、行きましょうかセージ君」
ペリエさんに抱きかかえられた。いや五歳児なんでおかしな構図ではないと信じたいけど、これは恥ずかしいよ。
「あの、自分で歩くのでおろしてください」
そして隙を見てフェードアウトするから。
「そうですよペリエ。わたしだってセージ君抱っこしたいです」
「いや、セージを雇ったのは私が先だ。ここは私に優先権があるはずだ」
そしておかしな事を言い出す酔っ払い二人。
…………結局、解放されたのは夕暮れ時だった。
やっとの思いで家に帰ると一人だけ美味しいもの食べてきてずるい、なんて家族からの無言のプレッシャーを浴びる羽目になった。
金輪際あの三人とは買い物に出かけないと、私は心に強く誓った。
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