20話 約束は大事
さて、長いようで短い農業都市との接続も今日で終わりだ。
グッバイ農業都市。
グッバイ新鮮な野菜。
東の農業都市との接続の日に、また会おう。
……いや、べつに他の外縁都市でも農業ぐらいやってるし仕入れるから、そこまで待つことは無いんだけどね。
楽な狩場の最終日という事でクライスさんたちとギルドで待ち合わせして、いつも通りアリスさんのとこで受付をする。
他にも受け付けの人はいるんだけどクライスさんが他の人を選ばないので、自動的に私もアリスさん以外の受付の人と話す機会が無い。
もちろん別に不満は無いんだけどね。
「あー、ごめんなさい。
ちょっと今日はセージ君に用があって、狩りに出るのは控えて欲しいかなーなんて……、ははは」
受付のカウンターに行ったら、アリスさんが目をキョドらせながらそんなことを言ってきた。
実に怪しいが、さてどうしよう。
「どうする、セージ?」
こちらが相談するより早く、クライスさんにそう尋ねられた。という事は、私が決めて良いという事だろう。
「理由によりますね。働けるうちに働いときたいので」
明日と明後日は守護都市の移動日で都市の外には出れない。
熟練したギルドメンバーは走行中の都市から飛び降りて一狩りし、そのまま走って守護都市に跳び移って帰ってくるなんてNINJAな事もするらしいが、私にはできない。
だって移動中の守護都市の推定最高時速って六十キロくらいあるんだよ。
私が五歳じゃなくても追いつけないよ。
もしも追いつけたとしても守護都市は地上から二十メートル近く浮いてるし、走行中や夜間は出入り口を閉めているからさらに塀の高さ分まで飛ぶか、あるいは塀に張り付いてよじ登らないといけない。
そんなことが出来るギルドの一線級の人たちは人間を辞めてると思う。
一応、日が暮れれば移動を止めるけど、夜間帯は危険な魔物の活動時間にもなるのでそんな中を走って戻るのは危なっかしい。
そもそも私では日中に引き離された距離を取り返すことも出来ないだろうし。
うん。私にはどう考えても無理だ。
クライスさんやロックさんはできるんだけどね。
私が余計なことを考えていると、アリスさんが上目遣いで私の顔を覗き込んでくる。
「ええーと、それなんですけど、その。
できれば二人っきりでお話しできないかな、てへっ♡」
うわぁ。
「おい、アリス。お前もしかして……」
「あんた、そこまで節操無いの?」
「……底なしエロフ」
「セージ、少なくとも五年、いや十年はあいつに近寄るな」
え、アリスさんてそういう人なの?
「ち、違う。ちょっとここじゃあ言いづらいから……って、セージ君本気にしちゃダメだよ。この人たち悪い大人だから。嘘の悪い噂を流してるだけだから」
「――全て真実でしょう。普段の行いを省みなさい、アリンシェス」
新しい人物が割って入ってきた。アリスさんと同じ緑色の髪に長い耳。顔立ちも似通っていて美形な、二十歳ぐらいのお兄さんだった。
「君がセイジェンド・ブレイドホーム君かな?」
「はい。初めまして。セージと呼んでください」
「これは礼儀正しくありがとう。
私はペリエルタ共和国のグリアガから派遣された族長代行だ森の民。君たちからは妖精種のエルフとも呼ばれる種族だよ。
名はアレイジェスだが、クライスたちはアーレイと呼ぶね。君もそう呼んでくれて構わない」
なんか偉い人が出てきた。
いやよくわかんないけど物腰といい喋りといい、なんとなく偉そうというか、育ちがよさそうに思う。
「さっそくですまないが、少し時間を貰えるだろうか。
本来ならば君たちの仕事の邪魔はしたくなかったんだが、現状のまま仕事に出られると困ったことになってね。
相応の謝礼はさせてもらうが、アリンシェスを助けると思って今日のところは控えてもらえないだろうか」
「……なんか結構面倒くせぇことになってるみてぇだな」
「君風の表現を使うなら、そうだね」
「セージ、俺も付き合うから話聞いとけ。
お前らも今日の仕事は無しだ。
後で連絡するから、今日は好きにしていいぞ」
クライスさんの一声で、今日の予定がはっきり決まる。拒否することはできなさそうだ。
まあするつもりも無かったので、私も異論はない。
******
「さて、アリンシェス。君の口から説明しなさい」
場所はうつって以前、ギルドの中にある応接室に来た。以前に親父と共に連れてこられた部屋である。
そこでアリスさんにアーレイさん、私とクライスさんで向かい合って座っている。
目の前にお茶とお茶菓子が置かれていて、それと同じものはアーレイさんとクライスさんの前にも置いてある。
しかしアリスさんの前にだけは無かった。
「は、はい。
……あの、セージ君が仕事に出るにはちょっと書類に不備があって。
その、書いてもらわなきゃいけない物が……」
「アリンシェス? 誠意という言葉を知っているかい? 僕たち森の民が最も大事にする理念であるのだけれど」
アーレイさんの言葉に込められた魔力を感じ取り、ゾクリと背筋に悪寒が走った。
私は反射的に身体活性のレベルを引き上げた。
「おや、すまない。君に気付かれるとは思わなかった。
僕もまだ未熟だな。ああ、警戒は解いてくれていい。君を害するつもりはないのだから」
冷や汗を垂らしながらアーレイさんと、そしてアリスさんの顔色を窺う。
アーレイさんの顔色はまるで読めなかったが、アリスさんは目に見えて怯えていた。
アーレイさんの魔力は実のところクライスさんよりも多く、親父を除けば私の知る限りの中でダントツでトップだ。
その魔力が……こう、爆発寸前というか、膨れ上がった風船のように、ギリギリのところで体内に押しとどめられていた。
古めかしい表現を使えば、アーレイさん超マジキレる五秒前。
「う、すいません。せ、せえじくん、っ、ごほんっ! セージ君には謝らないといけないことがあって……」
******
たどたどしく始まったアリスさんの説明の要点をまとめると、どうもギルドに登録した際にしなければならない遺書に関する説明を怠ったことが、アーレイさんに怒られている原因らしい。
遺書をギルドが保管してくれるっていうのは知ってたので、その辺の説明責任を怠ったくらいならそんなに怯えるほど怒らなくていいんじゃないかなーなんて思っていたら話には続きがあった。
ギルド・スタッフには説明責任と同時に、なるべく遺書は書いてくださいって要請する義務もあるらしい。
守護都市では通行税の支払いをけちってか、正規の手段で入らず戸籍を持たない人も多い。
そういった不法侵入したギルドメンバーが死亡した際に、遺産や恩給の配分で揉めることが多いらしい。
ちゃんと戸籍を持っている人にしても、ギルドの仕事のような荒事というか堅気でないというか、とにかく金に困った五歳児がやるようなこんな仕事に就くからにはは脛に傷を持つ人も多くいるのだそうだ。
血の繋がった家族と離縁してたり、事実婚の妻がたくさんいたり、隠し子がたくさんいたり、血の繋がらない家族がいたりとそれぞれに面倒な事情を抱えていて、そうなるとまあやっぱり遺産だなんだの配分が面倒臭い。
という訳でちゃんと遺書を書いてもらって、少しでももしもの時の面倒を減らしましょうって事を、ギルドでは推奨しているのだ。
それでアリスさんは受付事務の人なので、上役からプレッシャーをかけられているらしい。
『ちみの担当のギルドメンバーは遺書の提出率が良くないね。んむー、他の人はもうちょっと良い割合なんだがね、んむー。ちゃんとちみは仕事してるのかな。ああ、いいよ答えなくて。仕事というのは結果がすべてだからねぇ。ちゃんとお給金貰ってるんだから、やっぱり人並みぐらいの仕事はしてくれないとねぇ。んむー。しかし気楽でいいよねぇ。上手くいかなくても命の危険が無いのだから。んむー。私が前線で戦っていた時には一つのミスで自分や仲間の命が危険にさらされたものだけどねぇ……』
まあ半分ぐらい私の妄想も交じっているが、似たような感じでパワハラ紛いのむかつく事を日常的に言われていたらしい。
ちなみに後で聞いた話だが、アリスさん担当のギルドメンバーが遺書をあんまり出さないのは若い男性が多いかららしい。
何と言うかその年代の人たちは、生命保険に入る際に死亡保障をつけるのを嫌がる感覚で、縁起が悪いと思って避けるとのこと。
逆にクライスさん達のような年配の人はだいたい遺書を残してある。
長いことこの仕事をして、仕事仲間が死んだりするのに慣れるうちに、書いといた方がいいなって思ってくるのだと。
それで私がギルドに登録した時を思い出してほしいのだが、アリスさんは私のギルド登録を一時的なものと考えていた。
なので私が狩りに出ている間に適当に遺書を代筆――というか、偽造――して保管していた。
遺書は十年で保管期限が切れるので大丈夫だろうと、タカをくくっていたそうな。
私が戻って来た時のバタバタですっかり忘れていたそうだが、監査でそれがバレて現在に至るという事だ。
「それで、ですね。セージ君に許してほしいなー……なんて」
「あ、はい。いいですよ」
「ほ、ほんと?」
嬉しそうに表情を輝かせるアリスさんと対照的に、アーレイさんがピクリと眉を動かした。
これまでほぼ表情の変わらなかったアーレイさんだけに、ちょっとした仕草でも独特の怖さがある。
「えっと、アーレイさん。これは単純な好奇心なんですけど、私が許さなかったらアリスさんはどうなったんでしょうか?」
「そうだな。まずは守護都市の法に照らし合わせて懲役か罰金だ。初犯だし他の遺書や文書を偽造した様子は無かったから罰金で済むだろう。あとはギルドの仕事を懲戒解雇されるくらいか」
さらっと重たいことを言われた。
まあ信用問題にもかかわるし、表沙汰になれば厳罰にしないとギルドとしての体裁が悪いのだろう。
遺書を改ざんしたいって思う人は、まあ、あんまり考えたくないけどいるだろうし。
遺産の配分に不満があって……なんてのはミステリーものの題材でもよく使われるし。
そうでなくとも自分が死んだ後の事を信用して遺書を預けているのに、偽造されている事があるなんて公になれば真面目な人ほど怒るだろう。
自分の遺書も適当に扱われているかもしれないと疑う人は出るだろうし、血の気の多いギルドの戦士ならもしかしたら思い込みだけで暴れるのかもしれない。
そう考えるとアリスさんが厳罰に処されるのは見せしめの意味では正しいのだろう。
そうなって欲しいとは思わないが。
「じゃあ僕が被害を訴えなければアリスさんは仕事を失わなくて済むんですね」
「ああ。それで次に僕たち森の民としての処罰だが、耳を斬り落として故郷に送還、そこで改めて族長会議で審問にかけられる。
この場合なら死罪もあり得るだろうな」
は?
「ちょ、まじかアーレイ」
「うん。まじだよ、クライス。許してもらえてよかったよ。まあまだ終わってないんだけどね」
「「え?」」
私とアリスさんの声がはもる。
いつの間にか他人の命運左右してるとか止めてほしいんだけど。
私さっきの許す発言って、実害が無いからけっこう軽く言ってるよ。
アリスさんのやったことは私文書偽造だし、業務成績の違法な改竄だ。
確かに社内規定のみならず刑法にも照らし合わせて罰則が与えられるのはおかしな事じゃあない。
でも怯えてるアリスさんを見れば反省してるのは分かるし、悪意があってやったことではないのもわかっている。
さらに言えばそもそも悪い人でもないことは親父に立ち向ったときに良くわかっている。
なあなあで済ませて良いかなって聞かれたから、良いよーって答えた。それぐらいの気持ちだった。
「セージ君やクライスには十分な理解を得られないかもしれないが、僕たち森の民は約束を大事にしている。
約束に対して、誠意を尽くすことを当然と思っていると言ってもいい。
今回アリンシェスはギルドと森の民が交わした契約を軽んじただけでなく、遺書という、死に逝くものが残す生者への約束を謀っている。
僕たちの価値観で言えば、命を捧げて許しを請うような大罪なのだよ」
アーレイさんの目が、冷たく光る。
アーレイさんの体の中に、荒れ狂うような魔力があった。
親父ほどでは無いにしても、あふれんばかりの魔力がアーレイさんの中で暴れている。
それはアリスさんに向かうものでありながらも、同時にアーレイさん自身を蝕むように暴れていた。
「アーレイさんはご自身を責めてるのですか?」
そんな魔力の流れを見ていたからだろう。つい口に出して聞いてしまった。
「…………顔に出したつもりは無かったが。不思議な子だな、君は」
ふっ、と優しげな笑みを浮かべ私を安心させようとするが、アーレイさんの魔力は変わらず体内で暴れている。
聞かない方が良かったかな。
「……例え被害者であるセージ君が許してくれたとしても、彼女が森の民としての掟を破った罪は変わらない。
ただ僕や一部の者たちはこの精霊都市との交わりの中で、僕たちの種に変化が起きてほしいとも思っている。
多くの人たちと接してきたおかげだろうか、アリンシェスはもっともその変化が顕著な子でね。
今回の件も、どうやら良くない友人に入れ知恵をされた結果らしい」
ああ、なるほど。
森の民のルールに従って裁かなきゃいけないとは思っているけど、でも個人的には許したいとも思ってる。
それがアーレイさんの心痛の原因か。
ユー、許しちゃいなよ。なんて言っても聞かないだろうな、こういう人は。
「わかりました。じゃあ、許しません」
「えっ?」「ん?」「はぁ!?」
その場にいた三人が同じように驚く。
驚いて、次第に青ざめていったのがアリスさん。
少し面白がるようなしぐさを見せたのがアーレイさん。
そしてクライスさんが、
「お前ふざけんなよセージ! 話聞いてたのかよ!」
キレました。
「落ち着け、クライス。続きがあるのだろう」
む。なんかアーレイさんには見透かされてるくさい。
「いえ、被害届を出すつもりはないのでギルドの罰則は受けてもらわなくていいです。
ただ僕の遺書を勝手に書いたわけですから、その謝罪というか、罪滅ぼしは僕のためにやってほしいんですよね。
それで、代わりにエルフとしての罰は無しにしてほしいんですよ。
だってアリスさんが守護都市からいなくなったあげく処刑なんてされたら、今みたいにクライスさんに怒られるし、場合によっては他の戦士の方からも恨まれて殺されちゃうかもしれません。
すごく損ですよ。僕にとってそれは」
「……ふっ。そうか。そうだね。
たしかに、一理ある。
君に謝罪に来たのに、君を害する一因を作っていては言葉にもとる」
「そうですね。
それに確か相応の謝礼はするとおっしゃて頂きましたので、アリスさんの免罪をもって謝礼としていただければと思います」
私がそう言うと、アーレイさんは声を上げて笑った。
「ははははははははは。
そうだな。
その通りだ。
僕は確かにそう約束した。
はははっ。
困ったな、族長代行である僕が約束を破るわけにはいかない。
森の民の掟でアリンシェスを裁けないのは残念だが、これでは、そう。
これでは仕方がないな」
アーレイさんの笑いの発作が治まるのを待って、改めて話を切り出した。
「これでとりあえずアリスさんは無事に済むんですよね」
「そうだな。監査で引っかかっているから、始末書や減給は免れないが」
「えっ?」
「免れる事は許さないが」
あ、言い直した。
アリスさんも黙ってればいいのに。
「今回の件はアリンシェスと君の間にある個人的な友誼を鑑みて、ついいい加減な対応をしてしまったということで処理することになるだろう。
それでアリンシェスへの罰だが、いったい何をさせるつもりかな?」
「んー、何が良いですかね、クライスさん?」
クライスさんをはっきり指名したのは、アーレイさんだとちょっと怖いから。
「あー……思いつかねえな。セージは何か考えてなかったのかよ」
有り金残部よこせ、ぐらいしか思いつかなかったんだよ。
さすがにそれはちょっとと、思ってしまう。
正直なところ私がお金以外で困ってることって家庭の問題なので、アリスさんに手伝ってもらうようなことでは無い。
かといってあんまり適当なのだとアーレイさんが納得しないだろうし。
いや、納得しなくても一度許すと口にしたアーレイさんは認めてくれると思うんだけど、それはそれで妥協してもらいすぎだろうしね。
森の民じゃなくても誠意って大事ですよ。
そんな訳でまあ適度にアリスさんに苦しんでもらいつつ、私が得をするようなプランを考えないといけないのだが……、
「難しいですね」
「この際、なんだ。
アリスの持ってる金、巻き上げるか?
お前まだ装備買ってないだろ。子供用だとオーダーメイドになるけど、武器ぐらいは買えるんじゃないか?」
クライスさんの発想力も私と同程度だった。
そしてアリスさんが目を見開いている。
それで何となくオーダーメイドの武器の相場とアリスさんの経済力を把握してしまった。
「武器はその、産業都市に父の伝手があるそうなので、そちらでと思っているので――」
「遠慮はいけないな、セージ君。
産業都市との接続は今のところ未定だ。それまでのつなぎの武器は必要だろう。
それに武器だけでは無く、君の服装は戦いに赴くものとしてはラフすぎる。防具も買っておきなさい。
体格的には避けることを主体にするべきだから、靴も適したものに買い替えた方がいいな」
アーレイさんからすらすらと出てきた言葉に、アリスさんが顔色を失っていく。
「ああ、それとセージ君にはこれを」
アーレイさんから厚みの封筒を渡される。なんだ?
視線で開けることを促されたので、封を開いた。
中から出てきたのは見た事もない札束だった。
「遺書を勝手に書いてしまった件は交換条件という事で落ち着いただろう。
しかしこの場に呼びつけ、今日の仕事を無理に休んでもらったお詫びがまだだっただろう。これはその分だ」
「いや、でも、これは多すぎます」
仕事に出てもこの三分の一も稼げないよ。
っていうか、私としては森の民のルールを曲げてもらうことが謝礼のつもりだったんだけど。
「仕事だけを換算すればそうだろう。
だが今日君が得るはずだった経験を加味すれば、僕は少なかったかもしれないと思っているよ」
アーレイさんはあらかじめこの封筒を用意していた。
事前にこんなものかなって準備していた金額が少なかったかもなんて言うのは、実際に私と話して高く評価してくれたこと……、だと思う。
ここで『たしかに少ないですね』なんて冗談でも言ったらさらっと財布からもう一束お札を出してきそう。
それはそれで涎が出そうな光景だが、怖くて言えない。
だって今日一日の経験分で見積もられた金額ですよ。いくらなんでも高すぎる。
「まあアリンシェスは実際に迷惑をかけた当人だからね。少なくともこれよりは君にお金をかけてくれるはずだよ」
そしてにっこりと鬼畜発言。
アリスさんは今にも泣きだしそうな顔になっている。
勤続二年の受付嬢からすれば、それこそ一月分の給料ぐらいあるんじゃないだろうか。
そのアーレイさんが不意に居住まいを正してこちらに意識を向ける。
もともと背筋がピンと伸びている人だったが、座っている姿によりはっきりと緊張感が増した
「覚えておいて欲しい。
森の民の族長代行としての謝罪はここに終えたけど、僕個人としては君に何のお礼もしていない。
馬鹿な妹の命を救ってくれたこと、頭の固い異種族に誠意を見せた事。
どちらも恩義を感じるには十分すぎるほどだった。
だから覚えておいて欲しい。
この僕、アレイジェスが君に感謝をしていることを。
いつか僕の力が必要になったら、気兼ねなく言ってきてくれ。必ず力になると約束しよう」
……あ、アリスさんってアーレイさんの妹だったんだなー。
いや、ごめんなさい。
なんかすごく真剣な顔で言われたので、ちょっと現実逃避してしまった。
うん、はい。ちょっと気圧されてるけど、しっかり頷いて応えた。
◆◆◆◆◆◆
「あ、アレイジェス代行様」
買い物は早速、明日行くという事で話がまとまり、セージとクライスは退出した。
セージはこれから改めて別室で遺書を残すという事だったが、前科もちでこれから始末書を書かないといけないアリスと、それに付き合ったアーレイはスタッフ用の事務室に移っていた。
「なんだい?」
「お、お金貸してください」
アーレイは若干遠い目をした。せっかく命の危険が去ったというのに、残念な妹だ。
「……次の給料日に返すなら」
アーレイはそう答えた。
族長代行であり、守護都市で重要な役職についていることもあって、アーレイの収入は裕福な部類に入る。
さらにエルフという種族の特性からか欲が薄く持っている金銭を使う機会も少ない。
同じエルフで、似たような血を受け継いでいる妹は浪費家だったが。
だから貸したお金が返ってこなくてもアーレイの懐はまるで痛まないのだが、それでは妹の教育に悪いだろうと思った。
「……………………くそあにき」
ひどい暴言だ。
エルフとして先進的で革新的な妹は時折、良くないことも覚えてきてしまう。
今回の件もそれが原因だというのに。
「では、貸さなくていいという事で」
「すいませんごめんなさいおにいさまっ!」
即座に謝るアリスから誠意は感じなかったが、それもいいかとアーレイは思った。
エルフの常識から大きく外れた破天荒な妹だからこそ、セージのような子との縁もできた。
弱冠五歳で実戦を経験し、ベテランのクライスに才能を認めさせた、あのジオレイン・ベルーガーの子供。
アーレイとジオには多生の縁がある。
良い縁とは言えないが、悪い縁だとは思っていない。
アーレイが昔、人間を劣等種と思っていたころに、その高く歪んだ鼻っ柱を折ったのがジオだった。
そのジオの息子とアーレイの妹との間に、縁が生まれている。
世の中とは不思議なものだなと、アーレイは思った。
※作中蛇足~~アリスの仕事明け~~※
ペリエ「私も行くから」
アリス「え?」
ペリエ「私も行くから」
アリス「え、いらない……」
ペリエ「……今度ご飯おごってあげる」
アリス「…………にか――、さ、三回分で」
ペリエ「……………落ち着くまでいつでも食べに来ていいから。元気出しなさいよ」
アリス「(泣)」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます