18話 とれいんなう
胸躍る一日だった。
そうなるはずだった。
◆◆◆◆◆◆
経験を積むためにギルドの仕事を多くこなすという事だったのだが、連日狩りに出るというのは良い事では無いようだ。
狩りと言っても、相手が魔物なので命の危険はどうしても付きまとうものなので、一度狩りに出たら休息日を設けるのが当然とのこと。
上級や中級の方たちは数日の間狩りに出ずっぱになったり、長いときはひと月近く守護都市から遠く離れたところで魔物を狩り続けたりなんかすることもある。
そんな過酷な労働状況だから、月に一回しか仕事に出ないパーティーもあるくらいだとか。
私やクライスさんたちは近場の雑魚をターゲットにしているのでそんなに長い休息は必要ないが、『最低でも二日は間をおけ』というクライスさんの言葉に従い、週休四日以上の労働環境に身を置いてます。
正直もっと狩りに出て稼ぎたいのだが、私が受け持つ下級の狩場は人気スポットらしくそもそも毎日出ると恨まれるそうな。
ちょうど今は守護都市が接続している関係で、結界の外に出ても近場に中級の魔物は出てこない。
これはギルドで中級の魔物を狩っているのと同時に、騎士や兵士で防衛警戒ラインを作って農業都市周辺の危険を丁寧に排除しているからだ。
そして危険度が低く狩られる優先順位の低い下級の魔物を、私や農業都市のギルドメンバーで狩っている。
面倒な話なのだが、守護都市の〈ガーディンズギルド〉と農業都市をはじめとした他の〈ハンターズギルド〉にははっきりとした上下関係があり、同じ狩場を狙えば守護都市に所属している私に優先権が与えられる。
もし私が中級ならまた話は違ったのだが――、
「ハンターズギルドの連中はたいがい雑魚なんだが、あんまり好き勝手やりすぎると守護都市あがりのヤバい連中も出てくるぞ。
それに都市に接続してる間は、その雑魚いハンターたちを引率してくれ、守ってくれ、お勉強教えてやれって、アホみてえな依頼が来るんだが、
そいつらの恨みは買わない方がいい」
と、クライスさんから教えてもらった。
前置きが長くなったが、とにかく今日は休日だ。
******
体力づくりの一環ということで、朝から走り込みをしている。
場所は守護都市の外。荒野とは呼べない青々とした大地だ。
一応ここは結界の外なので、危険がないようにとクライスさんのお仲間の剣士さんが付き合ってくれている。
「遅れてるぞセージ!」
この剣士さん――名前はロック。クライスさんと同年代で渋いおっさん――が、なかなかのスパルタで、ちょくちょく荒い声で急かされる。
付き合ってくれてると表現したが、ロックさんはもともと休日は走り込みをする人で、私の護衛はそのついででしかない。
私も身体活性で底上げしているので、五歳児にしては体力も速度もあるほうだが、鍛えているギルドメンバーと比べられるほどではない。
つまり何が言いたいのかといえば、私の走る速度に焦れたロックさんに急かされながらの走り込みになっている。
……とてもしんどい。
「すいませんっ! っ、右からゴブリン来ますよっ!」
魔力感知に反応が有り、ロックさんに忠告する。ロックさんはほとんど振り向きざまに、飛び出してきたゴブリンを両断した。
手本のような流れる動きからして、忠告なんてしなくても察知できていたんだと思う。
「チッ、タダ働きしちまった」
ボヤくロックさんだが、魔力感知が別のゴブリンを捉える。
一つ二つではない。
ちょっと無理して走る速度を上げて、ロックさんに追いつき声をかける。
「ゴブリンのっ、群れがっ、迫ってますよ!」
「分かんのか。まあ今のはゴブリンの斥候みたいなのだったからな。ほれ、血がついてるだろ」
そう言ってロックさんが先程ゴブリンを斬った剣を見せる。
そしてこの匂いを追ってきてんだよと、笑った。
いや、なんで笑ってんだよ。
「さあ追いつかれないように走るぞ」
って、そういう事か!
しばらく
これがホントの鬼ごっこだ。
なんてボケてみても元気は出ず、ジリジリと身体活性で減っていく魔力が枯渇する前に中級魔法で迎撃しようとしたが、ロックさんに『それやると減点だぞ』と止められた。
減点ってなんだよと思いつつ走り続けること二十分。
ゴブリンも諦めればいいのにと思いながら、
「ロック! テメエまたか!」
そんな声を上げたのは第三者。
私とロックさんが走り着いた先にいた人達の中で、はっきりと魔力量が多い一人だった。
「おう、悪いな。ゴブリン連れてきたから一緒に狩ろうぜ」
「この野郎……。分け前は七三だぞ」
「五分じゃねえのかよ、ケチくさい」
気安く二人に、おずおずと声をかける人がいた。
「あの、ソルトさんその人たちは」
「……ああ、結界の外で走り込みしてる馬鹿だ。
ギルド通さず魔物狩っても金になんねえから、魔物に補足されるとこうやって顔見知りのとこになすり付けにくんだよ」
ロックさん、常連の
殺してはないみたいだけど。
いやそれよりも私がその迷惑な一味に加えられている。
「僕は、違うん、ですけど」
息も絶え絶えに弁明したが、誰も聞いてくれなかった。
「いいじゃねえか。どうせ魔物探すのも面倒だったろ。連れてきてやったんだから感謝しろよ」
「索敵も含めて勉強だっつーの。
それよりあの数だとこっちのハンターどもには任せられねえぞ。俺は護衛を優先させるから、お前がきっちり働けよ」
ベテランふたりが慣れたやりとりで打ち合わせをする中、ソルトさんの教育対象らしきハンターさんたちが声をかけてくる。
「……きみ、大丈夫? ソルトさんが守ってくれるって言うから、こっちにおいで」
「え? ああ、いや、大丈夫です。ロックさん、もう反撃していいんでしょ?」
「おう、思いっきりやちまえ」
「……ロック?」
まったく。お金のためだというなら、先に言ってくれればいいのに。
さて私の超高性能魔力感知は、迫って来るゴブリンを正確に捉えている。
数は四十弱。
中級魔法で全てを補足するのはやや辛いが、ここまで走ってきたことでうまいことゴブリン達の隊列が縦に伸びてまとまっている。
全力でやれば、なんとか捉えられそうだ。
距離を詰められるまでは時間があるので丁寧に精神を集中し、詠唱をする。
そしてロックさんへの恨みを込めて、今、必殺の中級魔法を発動。
ゴウッとうねりを上げ、螺旋状の炎がゴブリン達に襲いかかる。
いつぞやよりも威力を二段階以上引き上げているそれは、先頭のゴブリンを灰も残さず燃やし尽くし、続く後ろのゴブリン達にも襲いかかる。
避ける暇など当然なく、最後尾まで突き抜けていった。
一番後ろの方までいくと、炎も随分と減衰されていて、最後尾にいた二匹は火傷を負った程度だった。まあその手前までは炭化しているんだけど。
「……すげえな」
逃げ出す二匹のゴブリンを目で追いながら、ロックさんが呟いた。
掛け値なしの称賛は気持ちいいが、しかし彼には言っておくべきことがある。
「分け前は七三ですよ」
◆◆◆◆◆◆
今年も守護都市がやって来た。
西の農業都市〈ピオルネ〉はちょっとしたお祭りのように沸いていた。
農業都市は東と西にありそれぞれに特徴はあるが、どちらも多種多様で新鮮な食材を生み、それを求めた一流の料理人が集うことで知られている。
さらにはそんな一流を目指して多くの料理人が研鑽を積んでおり、農業都市は美食都市とも呼ばれる事があるほどだった。
そんな食の楽しみに満ちた都市に接続することを心待ちにしている守護都市の住民も多く、この国で最も高給取りが多いその都市の来訪を歓迎して農業都市ではそこらかしこに屋台が並び客引きの声が後を絶たない。
年に一度か二度ある、恒例の光景だった。
そんな浮かれた街の雰囲気に同化して、とある若者たちのグループがはしゃいでいた。
彼らは農業都市の新人ギルドメンバーだった。
新人と言ってもリーダーである青年はギルドに登録して三年、それ以外の者も最低で二年以上の経験を積んでいる。
これはギルドには十五歳以上でかつ、四年に一度開かれる感謝祭の開催年かその翌年に登録するのが通例であるため、感謝祭を経験していないギルドメンバーを一括りに新人と呼んでいるのが理由だ。
五人ほどのグループである彼らは完全武装し、農業都市の出入り口である西の大門に向かっていた。
今は守護都市によって塞がれているその門は荒野へと続く守りの要所であり、平時であれば歴戦の騎士たちが鎮座している。
その物々しさは到底、青年たちのような新人が近づける雰囲気ではない。
だが今日は違う。
守護都市と行きかう人たちの為に解放されているというのもあるが、それ以上に青年たちにはその道――荒野へと続く道を歩ける資格があった。
「……ようやくだな」
大門が近づいてきて、興奮も隠せずリーダーの青年が言った。
「うん、でもよく予約がとれたね」
青年のパーティーメンバーが相槌を打った。
彼が言っている予約とは守護都市のギルドメンバーの指導の下、結界の外で経験を積めるというとても貴重なものだった。
かつて守護都市に身を置いていた戦士を、彼らも数人は見知っている。
その数人は例外なく段違いの実力を持っていて、口を揃えてこう言っていた。
守護都市じゃあ俺たちなんて中堅どころにも届かない、と。
尊敬できる大先輩が認める実力者が自分たちの住む都市にやってきていて、普段は出ることのできない結界の外を見せ、また指導も行ってくれるという。
競争率が高いのは当然の、青年たちからすれば夢のようなイベントだった。
数多くの農業都市のギルドパーティーが希望したこの数限りある希少な席に、彼らは選ばれた。
ジャンケンや籤では無く、ギルドがこれまでの経歴などを審査して、選ばれたのだ。
それは彼らが農業都市のハンターズギルドから将来を期待されているという証でもあった。
「はっ、もちろん俺の日ごろの行いがいいからだよ。
感謝しろよお前ら」
青年が言えば、とたんにパーティー全員がヤジを飛ばす。だが前述の事は彼ら全員が分かっていることだっだ。
その声は口汚い言葉を発しながらも、心から楽しげで、誇らしげなものだった。
農業都市に生まれたなら畑仕事覚えて当然だなんて言葉に反発して目指してきた道が、間違いでは無かったと言ってもらえた気がしたのだ。
******
「引率のソルトだ。よろしくな」
待ち合わせ場所に着くとそれらしい人物が近づいてきて、眠そうな顔で挨拶してきた。
「はいっ。俺――いえ、自分は〈剣の皇子〉リーダーで――」
「ああ、良いよ名前は。とりあえずギルドの紹介状見せてくれるか?」
青年がわずかにムッとしつつも言われた通りに紹介状を渡すと、ソルトは気にした様子もなくその文面に軽く目を通す。
「オッケーオッケー、間違いなし。それじゃあ、さっさと外に出るか」
大門は守護都市が塞いでいるので、脇の小さな門から外に出た。
青年たちにとって初めての荒野の外は、拍子抜けするような光景だった。
草木が生えて木々がある。
養成校で習った剥き出しの大地や乱立する岩肌をさらした山脈は、そこには無かった。
もちろん青年たちもそんな荒野の光景が結界のすぐそばには及んでいないと、知識では知っている。
だがそれでも初めて見る結界の外は、夢に見ていたその景色は、やはり荒野であって欲しかったのだ。
「ぼうっとしてんなよ。外に出たら一定の緊張感はちゃんと持っとけ。掃除が終わってるっつても、運が悪けりゃ中級が一匹、二匹抜けてきてることもあるからな」
そう言われて青年たちはハッとする。
青年たちも中級の魔物を狩ったことがあるが、それはハンターズギルドが定める中級の魔物だ。守護都市とは判断基準が大きく違う。
青年たちが上級と呼ぶ魔物が、ソルトたちにとっては下級上位と呼ぶものなのだ。
つまるところ青年たちが見た事も無い凶悪な魔物がどこかに潜んでいるかもしれないのだ。
表情をこわばらせ、全身を固くさせる青年たちを見ながら、そんなに厳しい言い方だったかなと、ソルトは頭をひねった。
そんな青年たちの緊張を馬鹿にするように、何事もなく探索は進んだ。
「魔物、いませんね……」
「まあ朝早いしな。巣にまで行けば寝顔が拝めるかもしれないぞ」
ソルトとしては冗談を言ったつもりだったが、一分一秒も無駄にしたくないと朝早くを指定した青年たちは、肩をこわばらせた。
魔物の生態も勉強してないのかと咎められた気分だった。
顔色で察したソルトは、子供って面倒くさいなーと声には出さず天を仰いだ。
「まあ魔物はそこらにいるんだがな。例えばそこの茂み、よく見ろよ。ホーンラビットがいるぞ」
青年たちが見れば、茂みがわずかに震えた。
よく見ても分からず、武器を手に身構える。ホーンラビットは下級下位、青年たちの基準でも下級の魔物だが、油断できる相手ではなかった。
そんな緊張感が伝わったのか茂みは大きく震え、角の生えたウサギがそこから飛び出した。
青年たちは臨戦態勢をとるが、ホーンラビットは青年たちに見向きもせず一目散に逃げ出した。
呆気にとられそうになる暇もなく、青年たちの横を一陣の風が走る。
風はそのままホーンラビットを襲い、いともたやすくその首を撥ねた。
青年たちが振り向けば、面倒臭そうな顔をしたソルトが、得物である大鉈を腰に戻しているところだった。
「緊張感を持てって言ったけど、何も出来ねえほど固くなれとは言ってねえよ。
そもそも俺の仕事はお前らの護衛とアドバイスだぞ。自分らで出来ることはきっちりやれよ」
ソルトがそう言えば、青年たちはシュンと肩を落とした。
さてどうしようかと、ソルトは思う。
ソルトの仕事は確かに護衛なので青年たちをこのまま無事に返せば仕事は完遂したことになる。
ただこの仕事は同時に未熟なハンタ-たちの教育も兼ねている。
特段のノルマがあるわけではないし、あくまで護衛が優先なので懇切丁寧に指導する義務もないのだが、何かはしなくてはいけない。
ソルトの技は青年たちが未熟すぎて教えられない。
魔物を見つけた方法も、教えようと思って教えられるものではない。
ソルトはパーティーの中で索敵などは不得手とする方だが、何となく勘で先ほどの様に見つけることはできる。
これはソルトやロックのような前衛特化型の戦士には良くある事で、魔力感知を文字通り感覚的に使っており、鍛えられた鋭敏な
教えようと思って教えられる技術ではなかった。
どうすっかなー、面倒くせえなー、とりあえず小腹も空いたしホーンラビットの捌き方でも教えながら焼いて食おうか。
匂いでゴブリンかハゲオオカミあたりが釣れるだろうし。
ソルトがそんなことを考えているとは知らず、ホーンラビットの死体に向かって歩いていくその背中を、青年たちはじっと見つめていた。
悔しさや恥ずかしさはあった。
だがそれでもやはり守護都市の戦士は凄いと、その目の奥には憧れの光が宿っていた。
ソルトが何をしたか、まるでやる気のない姿勢で放った技が青年たちにはまるで分らなかった。
出会った当初から軽く見られているのは感じていた。
その事への怒りを吹き飛ばすだけの実力差を、ようやく青年たちはソルトから肌で感じた。
目の前の戦士は尊敬する大先輩たちに決して劣らないのだと。
だが同時に悔しさも確かにあった。
壮年のソルトは魔力量も多く、きっと実際の年齢は見た目よりも十歳以上高いだろう。
すぐにとは言えずとも、いつかは追いついて見せる。
憧れの宿る瞳の中で、その火は静かに燃えていた。
青年たちが見つめる背中が急に立ち止った。
何かあったのかと訝しんでいると唐突に、木々のざわめきが聞こえてきた。
藪をかき分ける音も。何かが走っている。
少ない数では無い。
それはこちらに向かってくる音だった。
「気付いたか。俺の後ろにいろよ」
振り向かずにかけられた言葉には緊張感があった。
ソルトの実力を認めたからこそ、その緊張はたやすく青年たちに伝播した。
いや、青年たちに伝わり生まれたのは緊張では無く、得体のしれない恐怖だったかもしれないが。
青年はふと子供のころに読んでもらった物語を思い出した。
〈魔人伝〉。
奴隷の子が幼くして独り立ちし、正義を標榜する国から虐げられていた異種族を纏めあげ、闘争の果てに国を立ち上げる物語だ。
その中でその主人公である魔人が初めて戦うシーンがある。
いつも奴隷だった主人公を守っていた強い兄貴分が悪漢に殺され、怒りに燃えた主人公は秘められた力で報復を果たすというものだ。
状況はちょっと、いや大分違うが、もしここで現れる何かにソルトが倒されれば、などと現実逃避気味に不謹慎な妄想をしていた。
しかし現れたのは想像もできない凶悪な魔物では無く、ソルトと同年代の剣士と、何故か幼児ともいえる小さな子供だった。
駆けてくる二人を見て、やけに足の速い子供だなーと青年は場違いなことを思った
「ロック! テメエまたか!」
ソルトの荒げながらも呆れの混じった声音を聞いて、どうやら危ない人ではないと青年は思った。
「おう、悪いな。ゴブリン連れてきたから一緒に狩ろうぜ」
「この野郎……。分け前は七三だぞ」
「五分じゃねえのかよ、ケチくさい」
危ない人だった。
魔物を引き連れて他所のパーティーに無理やり合流するなんて頭がおかしいとしか言えない。
もちろん命からがら逃げだしてきて助けを求めてくるという事はある。
だが目の前の剣士はとてもそうは見えなかった。
「あの、ソルトさんその人たちは」
「……ああ、結界の外で走り込みしてる馬鹿だ。ギルド通さず魔物狩っても金になんねえから、魔物に補足されるとこうやって顔見知りのとこになすり付けにくんだよ」
おずおずと、危ない人を刺激しないように声をかけると、予想以上におかしな答えが返って来た。
いや予想できなかった答えでは無い。
おかしいと感じたのは、ソルトがまるで何でも無いような口ぶりだったからだ。
青年の常識で言えばギルドカードをはく奪されかねない蛮行だが、守護都市では違うと言うのだろうか。
「僕は、違うん、ですけど」
息も絶え絶えに幼い少年が言った。しかしソルトも剣士も聞いていない。
青年はぐっと気持ちを引き締めた。経緯はまるで分からないけど、この子はただ逃げ出して来ただけのようだ。
「いいじゃねえか。どうせ魔物探すのも面倒だったろ。連れてきてやったんだから感謝しろよ」
「索敵も含めて勉強だっつーの。
それよりあの数だとこっちのハンターどもには任せられねえぞ。
俺は護衛優先させっから、お前がきっちり働けよ」
青年はその話を聞きながら少年に近づいた。
確かに相手が最弱である下級下位のゴブリンとは言え、十匹以上の数に囲まれれば青年たちでは辛い。
怪我をするぐらいで済めばいいが、下手をすれば誰かが死ぬかもしれない。
だから護衛をしてくれるのは素直に嬉しかったが、その中に少年が入っていないような気がして青年は静かな憤りを感じた。
仕事でなければこんな幼子を見捨てるのかと。
もっともそれは剣士に頭を下げさせようというソルトのちょっとした悪戯心からのポーズでしか無かったのだが。
「……きみ、大丈夫? ソルトさんが守ってくれるって言うから、こっちにおいで」
「え? ああ、いや、大丈夫です。ロックさん、もう反撃していいんでしょ?」
青年の差し出す手を振り払うように少年は背を翻し、いまだに迫ってくる足音に向き直った。
「おう、思いっきりやちまえ」
「……ロック?」
直後、青年たちの未熟な魔力感知でもはっきりわかるほど大きな魔力のうねりが起きた。
それまで何の魔力も感じないただの少年だったというのに、唐突にその体からは大きな魔力が発せられた。
そしてそれを呼び水に大気の魔力が変化を起こしている。
青年たちもよく知る魔法の発動兆候だが、その規模は今までに見たことが無い規模だった。
ソルトですら目を剥いたその光景に、青年たちは度肝を抜かれる以外の反応はできなかった。
そうしてゴブリンが姿を見せるのを待ってから、少年はその魔法を発動した。
結果は、ひどいものだった。
放たれた火の魔法は直線状に延び、その果ては青年には見通せなかった。
草木が生い茂る視界の中で、その魔法の通り道は黒く焼け落ち、舞い散る煤がそこにも草や木があったのだと主張した。
当然、生きている魔物の姿なんてあるわけが無かった。
過去の大災害によって生まれた荒野だが、その荒野が回復しないのは上級や皇剣と呼ばれる戦士たちの戦いで今なお荒れ続けるからだという説がある。
馬鹿馬鹿しいと思っていたが、守護都市の人たちならやりかねないと、青年はこれを見て思った。
少年は剣士の人と何かを言い合っており、それに混ざってソルトも笑っている。
まるでこれが日常だと言わんばかりの光景を見て、青年はぽつりと零した。
「帰ったら、畑仕事手伝うわ」
青年たちはこの日、戦士の道を諦めた。
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