幕間 ギルドのお仕事

17話 ランク査定

 




 現在、五匹のゴブリンと対峙しています。

 ゴブリンというのはあれです。小鬼とも書くあれです。一メートル程度の小柄な体躯で緑色の鬼です。木の棒とか持っています。

 基本的にアホですが好戦的でよく家畜とか女の人とか襲う魔物です。

 ランクは下級下位。群れが大きいと下級中位になります。上位種としてメイジ、ライダー、ロード、ホブゴブリンなどがいます。


 そんなゴブリンさんたちですが、なにやら喚いてます。

 きしゃーとか、きゃひーとか。手に持った棍棒を振り回しながら、その場で踊ってます。

 ダンシングゴブリンです。

 でもキレは全然ありません。体をゆすりながら地団太踏んでるって言った方が正確かもしれないです。

 まあ威嚇してるんだろうなぁと考えながら、中級魔法発動。

 塵は塵に、灰は灰に、ゴブリンも灰に還りました。



 場所は変わって守護都市に帰ってきました。

 今日のお給金をカードに振り込んでもらって、クライスさんたちとテーブルを囲う。

 場所はギルド近くの大衆食堂。少し裏道に入ったところで、クライスさんたち行きつけのお店だとか。

 皆の前には少なからず食事があり、私の前には紅茶がある。


 コーヒーも好きなのだが、一番安い飲み物が紅茶だった。

 それでも家族全員にコロッケを買ってあげられる金額なんだけど、ね。

 ……はぁ。

 付き合いの関係で何も頼まないわけにはいかないので仕方ないんだけど、もったいないなとは思ってしまうのですよ。


「やっぱり中級魔法が使えると、ゴブリンは楽すぎるか」

「まあそうですね。魔力量の関係で数発しか撃てませんけど」


 今回、改めてクライスさんたちに引率してもらって狩りに出た。

 ハゲオオカミとは十分に戦えると分かったので、近場でゴブリンの巣があるエリアを狩り場に指定させてもらった。


「数発か。じゃあ、あの群れ全部はきついか?」

「はい。ハゲオオカミの時のようにフットワークで引っ掻き回して数を減らして、それから一まとめに逃げたところを……っていうのも、綱渡りになるかと」


 ハイになってる訳でもないのに、命がけとか勘弁してほしい。

 もちろん荒事のお仕事なので命がけなのは仕方ないけど、リスクコントロールは大事だよね。


「だろうな。

 つーと、お前の実力は最大攻撃力で下級上位、魔法発動の早さを加味すれば中級下位、ただ基本の攻撃力は下級下位。

 小回りは利くけど耐久力が低すぎるから、やっぱ防御力は下位どころか新人の初級以下だな。

 基礎体力も保有魔力量も低いってことで、トータルはせいぜい下級下位だな」

「他の都市ならいいんだけど、守護都市で仕事するのは辛いわよね」


 今日は私の実力査定という事でまず大方のゴブリンをクライスさんたちが排除、その後で五匹ほどが私の前に連れて来られて、立ち合いをすることとなった。

 その査定結果は下級下位とのこと。

 ど新人の初級よりはマシという事だが、まあ喜ぶ訳にはいかないだろう。


「とりあえず明日は農業都市と接続するから、今のうちになるべく経験積んどくか。

 ランクも明日にはあげとくぞ。いつまでも初級でいても良いことないしな」

「いいんですか」


 ラッキー。初級だと給料が基準値から差っ引かれるので早く上がりたかったんだよね。

 初級から下級下位へのランクアップには先輩のギルドメンバーの推薦か、ギルドの試験を受ける必要がある。

 でも試験の方だとお金がかかるし、クライスさんたちに指導を受けている状況で勝手に試験を受けるわけにもいかなかった。


「ああ。ぶっちゃけ他の都市じゃあ、ゴブリン一匹タイマンで殺せりゃ初級卒業だからな」


 ……あれ?

 だとするともしかして今日の仕事も下級下位で受けられたんじゃない?

 だって同レベルのハゲオオカミたくさん殺してるし。

 ……まあ、いいか。

 前回のは勝手なことしてるし、実績としてはカウントされてなくても。

 ……でもなぁと、皆で囲っているテーブルを見る。


 ギルドの仕事に出る前は食事を軽いもので済ませ、仕事明けにしっかり食事をすることが普通らしい。

 今日は近場で戦闘そのものも早めに終わったからあんまりお腹もすいていないという事だが、テーブルの上にはそれなりの量の食事が並んでいる。

 私の前にあるのは紅茶だけだが。

 もしも今日、下級下位で仕事してればお給金はだいたい三割増しだから食事代ぐらいは……。

 いや、しないな。

 安上がりな大衆食堂といっても、さすがに家で作った方が安く済むし。

 うん。逆恨みはよくない。私は帰ってからご飯を食べる。


「荒野に出ればどうしたって中級以上魔物が相手になる。

 明日は休みにして、明後日からだな。

 お前を後衛に置いて、サブの魔法士として使えるようしねえとな。

 あとは……火力の底上げだな。

 一発か二発でいいから中級中位、できれば上位ぐらいの威力が欲しいんだが、まあそこらへんはペリエと……ペリエ?」

「うん、いえ。セージ君、お腹空いてるの?」

「え、あー……、いえ、まあ、そうですね」


 ちょっと目に出てたかな?

 うん、失敗失敗。食い意地のはった子供に見られないよう気を付けよう。

 私の答えにクライスさんたちは怪訝な顔をする。『じゃあなんか頼めよ、金ならあるんだし』って顔だ。食事代を惜しんでいるとは欠片も思われていない。

 よくよく考えれば不思議な事ではないのだが、私は金持ちだと思われている。

 だって英雄ジオレイン様の息子なんだもの。


 想像してみて欲しい。

 例えばワールドカップで活躍して推定年棒が数億、それもアメリカドルで貰っているファンタジスタなサッカー選手が、引退して十年もたたずに貧困に喘いでいると思うだろうか。

 私が粗末な服装や装備なのは不思議な目で見られるが、それすらも子供の内から道具に頼らないように躾けているとか、無理やりな理屈で納得されている。


 こんな状況にいっそ正直に暴露して親父に恩があるとか、親父を尊敬してるとかのギルドメンバーに金銭支援をお願いしたいのだが、自重している。


 いや、だって、ねえ……。

 本気で尊敬されてるんだよ。

 ギルドに正式に顔を出すようになってまだ数日なのだが、この短い時間に何度も立派で屈強なギルドメンバーから『お前の親父はすごい奴なんだ』と、目をキラキラ輝かせてそれこそ自分の自慢話のように親父の武勇伝を聞かせてもらったのだ。


 そういうのを見ると『いや金勘定もできない馬鹿な親父なんです。でへへ、ちょっとばかし哀れな英雄様の子供に、お心づけってのを恵んでくださいや』とは言えないのだ。

 親父の名誉と、そして私の今後の見られ方キャラクターの為にも。

 今の収入なら十分に生活環境を底上げできるってのも大きいけどね。

 ……まあ、いざとなったら恥は捨てよう。


 少しそれた思考は、ペリエさん――魔法士さん(推定三十台半ばの女性)のことです――から差し出されたサンドイッチに、引き戻された。

 くれるのか。貰ってもいいのかな。

 さっき帰ってから家族と食事しますって言って、料理を頼むの断ったんだけど。

 うん、まあいいか、五歳の子供なんだし、空腹に負けたって。


「ありがとうご……、え」


 サンドイッチを受け取ろうとした私の手は空ぶった。からかわれたのかなと一瞬思ったが、手を避けて目の前に迫るサンドイッチと、続くペリエさんの言葉でその意味を理解した。


「はい、あ~ん」


 その意味を理解してしまった。

 助けを求めてクライスさんを見る。苦笑された。剣士さんと弓兵さんも同様だった。

 空腹は私の脳内で変わらず飢えを訴えている。しかし同時に、数回会っただけの女性からの『あ~ん』を恥じらってもいる。

 背に腹は代えられない。武士は食わねど高楊枝。

 天秤は食欲と羞恥心でぐらぐら揺れて、しかし満面の笑みのペリエさんに決断を迫られて、結局は三大欲求が勝利した。


 がぶり。


 どうせならばと、毒と皿を食らう覚悟で大きく口を開けて、サンドイッチにかぶりついた。

 もっきゅもっきゅと、せいぜい可愛らしくあざとらしく咀嚼して、ごくり。

 そこからの潤んだ上目づかいで、一言。


「おいしいです」


 頬染めて嬉しそうにするペリエさん。

 私はこの日、この時、食欲に負けて大事なものを失った。



 ◆◆◆◆◆◆



 食後のコーヒーを飲みながら、クライスは一息ついた。


「それで、どう思う?」


 クライスが問いかけたのはパーティーメンバーに対してだった。

 この場にはもうセージはいない。あれから次の仕事の予定を確認してから、帰らせた。


「うん。セージ君すごく可愛いよね」

「黙れペリエ」


 そんなことは聞いていないと、クライスは不機嫌な声を出した。


「まあ、確かに可愛かったけどね」


 弓兵、お前もかと、クライスは睨んだ。


「うんまあ、改めて見るとすごい子だったよね。

 ゴブリンに囲まれて威嚇されたら、あれぐらいの子は泣いちゃうんじゃないかな」

「そうねえ。ゴブリンの顔は怖いし、でも泣いてるセージ君も見てみたいわよねぇ」

「本当にそれぐらいにしとけよ。

 たぶんそれはジオさんの威圧で慣れてるんだろう。あの時も割と平然としていたし」


 剣士が言ったあの時とは、ギルドにジオがやってきた時のことだ。

 すさまじい怒気で歴戦のギルドメンバーが委縮している中、ジオとアリスが一触即発となった。

 あの瞬間、アリスをかばいにいったリーダーのクライスを見て、剣士は軽く死を覚悟しながら割って入るタイミングを見計らっていた。


 だがそんな中にセージは平然と立ち入った。

 親子の信頼というのもあるだろうし、ああいった威圧を受けることにも慣れているのかもしれない。

 そうだとしても簡単に殺せるゴブリン如きに怯える胆力ではないのだろう。


「それに中級魔法の発動速度もすごかったよ。

 あのナイフは補助具って訳じゃあないんでしょ? 一昔前に流行ったのに似てるけど」

「ああ。見せてもらったが普通に出来の良いだけのナイフだったな。

 しっかしあの間合いなら、下級魔法ぐらいしか使えねえだろうと思ったんだけどな」


 今日の立ち合いで、クライスたちが本当に見たかったのはセージの白兵戦の技術だった。

 ハゲオオカミとの戦いはたしかに見事だったが、どちらかといえば戦術的な立ち回りの上手さが際立っていたので、単純な戦闘技術を見てみたかったのだ。


「ねえ、クライスは本当にセージ君が下級下位だと思う?」

「あ? じゃあお前はどう思うんだよ」


 それまで涎でも垂らしそうなほど蕩けきっていたペリエが、不意にまじめな顔をして問いかけ、クライスから質問という形で答えを促された。


「まず最大攻撃力だけど、セージ君はゴブリンに合わせて威力を絞ってたでしょ。

 逆に言えば、使える回数を落とせば高威力の中級魔法が使えるでしょうね。

 防御力も身軽さに、ハゲオオカミとの戦いで見せた視野の広さと冷静さを加点したら初級じゃあないわね。

 それに体力は確かに無いんでしょうけど、魔力量は嘘でしょ」

「嘘とは?」


 にやにやしながらクライスが尋ねる。

 やっぱりわざと誤解したのねと、ペリエは呆れたように笑った。

 そんなやり取りに興味をひかれたのは剣士と弓兵だ。

 どういう事だと促されて、ペリエが言葉を続ける。


「クライスはわざと評価に入れてなかったけど、セージ君の魔力制御は異常だと思うのよね。

 正直、私は杖なしであの速度の中級魔法は使えないし。

 まあその制御力を足すだけでも下級下位は甘く見すぎなんだけど。

 ……あれだけの制御力を持っていて、普通に私たちが感じ取れる魔力量で量るべきじゃあないと思うのよ」


 魔力感知では体内の魔力までは見通せない。ただ肉体から魔力は漏れるものだし、その漏れた魔力は、中級に位置し多くの経験を積んできたクライスたちにならおおよその総力を予測しえるサンプルとなる。

 もっとも、その相手がクライスたちよりも格上――例えば、ジオなどならば話は違ってくる。


 高い魔力制御を持つジオは自身の魔力をほぼ全て自身の身の内に収め、魔力感知では察知できない。

 ジオほどではないにしても、上級のギルドメンバーはほぼ制御力の向上のため同様に自身の魔力を日常的に統制している。

 そういった上級の手合いからは大きな魔力こそ感じないが、しかし静かで力強い雰囲気をまとっている。

 そしてセージからも、僅かながらその魔力を統制している独特の雰囲気が発せられていた。


「そもそも中級魔法を数度しか使えないって言ってたけど、それだって身体活性なんかの闘魔術を使う余力を残した上での事でしょうし、それならやっぱり魔力量も下位じゃあないと思うのよねえ」


 ちらりと、ペリエが流し目をクライスに送ると、降参と言わんばかりに両手を上げた。


「ま、そうだな。でもあんまりポンポンとランク上げると、支援打ち切りって話になるだろうからな。仕方ねえだろ」


 クライスがそう言うと、ペリエがそうねと、頷いた。

 本当は、なぜクライスがセージを下級下位と評価したのかまで、ペリエにはわかっていた。

 ただパーティー内での意識統一は必要だから、あえて話題にしたに過ぎない。

 それ以上の理由を上げるとするならば、セージ君はすごいよねという話題で盛り上がりたかったくらいだ。


 ギルドが新人にベテランの支援を要請するのは最長で一年だが、独り立ちできると判断されれば早めに支援は打ち切られる。

 ベテランを下級の狩場に拘束するのも、追加の教育料を払うのも、ギルドにとっては少なくない負担ではあるのだ

 そして独り立ちのタイミングは、当人と支援をしているベテラン、そしてギルドの方でそれぞれ判断することができる。


 アリスがいるのでそうおかしな事にはならないとクライスは踏んでいるが、あまり性急にランクを上げると現場を知らない上役が十分に実力があるとみなし、予算や効率的な人員配置の名目で支援打ち切りを決めかねない。

 セージには知識も経験も必要だが、それ以上に身体が育つ時間こそが何より重要なものだった。




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