15話 怒られて当然だけど





 あれからなんだか雰囲気が柔らかくなったクライスさんたちと一緒に、守護都市に帰ってきました。


「無事だったのね……」


 ギルドに戻るとアリスさんに出迎えられ、開口一番ほっとした様子でそう言われた。


「すいません、ご心配おかけしました」


 そう笑顔を浮かべて返すと、アリスさんは目を丸くした。


「ちょっとクライス、何やったの?」

「いやっ、なんもしてねーよ?

 つか、俺もびっくりしてんだけど。なんかお前、すげー素直になってない?」

「……いろいろと、生意気ですいませんでした」


 基本ふだんは、こんな感じなんだけどね。その反応はちょっとへこむ。まあいいけど。そう思われて仕方のない態度だったんだから。


「そうね。でもいいの。もう反省してくれたみたいだしね。

 それじゃあギルドカードは一時凍結っていう形にしとくから、もっと大きくなったら取りに来てね」

「「え?」」


 私とクライスさんの呆気にとられた声が重なった。


「……え? あ、心配しなくても大丈夫よ。今日の仕事料は現金で渡すから」

「いや、あの、なんでそんな話になって――」

「凍結なんてしなくていいぞ。こいつなら大丈夫だ。最低でも一年はこっちで面倒見るし、多分そのころには中級下位ぐらいには、なってると思うぞ」

「ちょっとクライスっ!」


 話が違うと慌てるアリスさんを、クライスさんが宥める。

 いや、なんだがびっくりです。

 スキンウルフとの戦闘を見られていたのは知っていたんだけど、庇ってもらえるほど高評価とは思いませんでした。


 やってる方としてはタイトロープをふらつきながら渡り切った感じで、何度も死ぬかと思ったし、そもそもクライスさんなら単独、ステゴロで一方的に虐殺できるような相手だったし。


 まあそもそもスキンウルフに苦戦するようなのは、このギルドの中で私しかいないんですけどね。ははは……。

 しばらくスキンウルフとの戦いを振り返りながら反省点を見つけていく。

 すれ違いざまに斬った時に、傷が浅くてもう一撃加える必要が出たことが何度かあった。

 ナイフに通した魔力量の不足、手首の返しの甘さ、相手の攻撃を確実によけようと、逃げ腰になっていたこと。

 魔力感知で相手の攻撃線は見切っていたのにだ。


 それらを一撃で仕留めていれば、もう少し体力魔力に余裕が残せた。

 それ以外にも上手く出来なかった事はいくつもある。それらを八割がた振り返った頃に、アリスさんとクライスさんの話し合いは終わったようだ。


「わかりました。わかりましたよ、もうっ。最初から私がちゃんと断っておけばよかったんでしょ」

「んな事言ってねえだろ。とにかく、さっさとギルドカード出してやれよ。もう出来てんだろ」

「~~っ! はい、どうぞ。

 あと、絶対に守ってあげてくださいよ」


 はいはいと、おざなりに頷くクライスさんを横目に、私はギルドカードを受け取った。

 銀行のカードと同じ大きさで、


 セイジェンド・ブレイドホーム 6/6/312

 GA 001


 と、刻印されている。


 名前の後は生年月日だ。連合歴312年の6月6日生まれです。

 下は私の登録コード。GとAはガーディンギルド所属、初級アマチュアランクの意味。このギルドで登録処理をすることはめったにないので、001というナンバーを貰いました。


 ちなみに、このコードは現場で管理するためのもので、ギルドのデータバンクにはもっと複雑なナンバーで個別登録されている。

 初級や下級はいいけど、中級は数が多いからランクと3桁の数字だけだと重複する場合があり、でもあんまり長くすると管制とのやり取りとかが不都合だったり、当人が自分のナンバーを覚えなかったりするらしいとのこと。


 登録コードの下にはパーティー名を記載する欄があるが、私は当然無記入だ。

 ギルドカードを裏返すと件の複雑で正式な登録コードと住所、そして現在の預金額が記されている。

 すばらしい。これまでの一月分ぐらいの収入が入っている。


「なんか笑い方が気持ち悪いぞ、お前」

「うん、可愛くない……。でもいいの? スキンウルフの討伐料、全部セージ君にあげちゃって」

「ま、今回はなんもしてねえからな引率代だけで十分だ」


 クライスさんはそう言って男前に笑った。


「それでだ、セージ。

 本格的にこの仕事やるなら、まずはその貧弱な装備をどうにかしなきゃな。つか、その前にメシか?」

「着替えでしょ。そんな汚れた服じゃどこにも入れないし」


 クライスさんとそのお仲間の魔法使いのお姉さん(推定三十台半ば)がそう言うが、抜け出してきた身としては打ち上げには参加せず、直帰して家族に謝りたい。

 そろそろ夕暮れも近くて心配しているだろうし。



 そんなことを思っていたら、現れたんだ。



 背筋に絶望的な恐怖が走り抜ける。

 この身に親しんだ魔力が、生まれてからずっと近くにあった穏やかな魔力が、荒れ狂い、一切隠されることなく怒りに猛っている。


 ほとんど反射で、私はギルドの入り口に振り向く。

 クライスさんやそのパーティーメンバー、アリスさんに他のギルドメンバーも、それぞれが私なんかよりも早く反応していて、中には武器に手をかけている者もいた。



 そう、恐怖の大魔王ジオレイン・ベルーガーの出現に備えて。



 ギルドのドアが、ぎぃと、軋んだ音を立てて開かれた。

 そこから姿を現した親父殿を見て、警戒していた半数は、訝しみながらも落ち着きを取り戻した。

 改めて解放されている親父殿の魔力に瞳を凝らせば、この場にいる誰よりもはっきりと大きく力強い。

 この街一番の魔力量になるのに、越えなければならない最後の壁が親父殿でも私は驚かない。


「ジオレイン……?」「ジオだ……」「……誰?」「英雄だよ、竜殺しの……」「引退したんじゃ……」「なんでこんなところに……」「いや、それより……」


 出てきた親父殿を見て、その場がざわめく。

 かつての預金残高の破格っぷりから想像はできていたが、やはり一角の人物らしい。

 いや、そんなことよりも今は大事なことがある。


 親父殿は、すごい怒っている。

 これまでに無いほど怒っている。

 背筋から冷汗が止まらない。足が震える。逃げたい。けど逃げられない。

 出口から真っ直ぐ向かってくる親父殿の目が、動くなと言っている。

 ピクリとでも動けば、何をされるかわからない。


「止まりなさいっ! 誰だか知らないけど、ギルド内で荒事を起こすのは違法です。まずはそこで立ち止まりなさい」

「バカっ、止めろ!」


 アリスさんが受付のカウンターから身を乗り出して警告を発し、まるで弓を射るような構えで親父殿を狙う。

 何も持たないその手には高純度の魔力が集っている。

 風と土の混成魔力で、高密度のそれは私の最大魔力量にも匹敵するほどだ。

 初めて見るが、単発でそれだけの魔力を使うことからしておそらく上級の魔法。

 人に向けるには物騒すぎる魔法だが、向けた相手が悪すぎた。


「うるさい黙れ」


 親父殿が無造作に手をふるう。そこから放たれた超速のナニカが、反応することも許さずアリスさんを襲った。

 衝弾のようなそれは、アリスさんが発動待機させていた魔法を粉々に打ち砕き、そしてその余波だけでアリスさんを吹き飛ばした。

 アリスさんはカウンターの中に転げ落ちながらも、すぐさま起き上った。そしてクライスさんが抱き留めるように押しとどめた。


「あほかっ、死ぬぞバカっ!」

「うっさい、セージ君が殺されちゃうじゃない。どきなさいよっ!」


 恥ずかしげもなくそういうことを言わないでほしいね。まったく。


「ちょっと、セージ君!」


 私がアリスさんと親父殿の間に入ると、慌てた様子でアリスさんが声を上げる。

 親父殿が近づいてきて、私の頭をむんずと掴み、持ち上げる。

 ははは。痛いよ、親父殿。

 アリスさんとクライスさんが息をのみ、二人がそろって臨戦態勢に入った。

 親父殿は私を持ち上げたまま、カウンターに歩み寄ってゆく。


 強く握られた頭と、体重の負荷がかかっている首がすごく痛い。

 しかしそれはさておき二人に大丈夫だよーと、両手を振って笑顔でアピールしておく。

 ちょっと頬が引きつっているけど許してほしい。

 警戒心をあらわにしながら見つめてくる二人に、親父殿は開口一番こう言った。


「すまなかった。息子が世話になった」

「「は?」」


 呆ける二人に、私は改めて親父殿を指さし、


養父ちちです」


 なぜだか空気が一気に緩くなった。



 *******



 親父殿が私のギルドカードを手に取って見つめる。


「登録は、十五歳からじゃあなかったか?」


 ぽつりと親父殿がこぼすと、アリスさんがびくりと肩を震わせた。


「か、慣例ではそうですが、明文化されたルールは無くて……」


 ふん、とつまらなそうに私を見る。

 あ、うん。そうです。

 口でやり込めました。私が悪いんです。


 現在、私と親父殿とアリスさんとクライスさんで四者面談中です。

 クライスさんたちのお仲間は気付かないうちにフェードアウトしてました。

 アリスさんとクライスさんが二人で大魔王に立ち向おうとした所まではいたんだけど、そこから先はいません。

 素晴らしい危機回避スキルだと思います。

 応接室らしきところで、一つのテーブルを二人と二人で向かい合い、私は一人だけソファーの上に正座しています。


「で、でも大丈夫です。ちゃ、ちゃんと守りましたから。危険なことは一切なかったですよ、なあ・・


 なあ、という部分をやけに強調して、クライスさんが言ってくる。私が相槌を打つより早く、


「嘘だな」


 私とクライスさんが息をのむ。

 親父殿の冷たい視線は、私の服についた返り血や泥の汚れを捉えている。

 実戦経験豊富な親父殿にはそれだけでも何かわかるのだろう。


「セージが大人しくしているものか。

 守ると言われれば、むしろ意地になって一人で先行したんじゃないか?」


 何も言えず押し黙る。まったくもってその通りです。


「……ふん」


 私のギルドカードを手の中でくるくると回す。

 親父殿の魔力感情が、ギルドカードを壊したそうに揺らめいている。ペキリと折るか、グシャリと握りつぶすか。

 出来ればどちらも止めてほしい。再発行するお金なんてないし。


「ちッ!」


 私の考えを知ってか知らずか、でもまあたぶん勘付いて、親父殿は大きな舌打ちをした。

 私たちは三人そろってビクリと震える。


「まあいい、帰るぞ」


 許してくれたというよりは結論を先送りにして、親父殿は立ち上がった。


「世話になった」


 一言アリスさんたちに残して、親父殿は応接室を去って行った。

 今後のことを考えればアリスさんやクライスさんたちとは話をしたいし、帰る前にシャワーとコインランドリーを使いたかったが、そんな余裕はなさそうだ。


「あの人、何なんですか? うちの族長よりも怖かったんですけど」

「ああ、そっか。知らないか。7,8年前に引退した英雄だよ。単騎で……」


 クライスさんたちの話声を後に、私は急いで親父殿の後を追った。


 ギルドを出る際、親父殿に話しかけたそうにするギルドメンバーがちらほらいたが、親父殿のあまりの機嫌の悪さに二の足を踏んでいるようだった。

 そして私にも視線が向けられてくる。


 いや、実のところ視線はずっと向けられていたのだが、その中身が場違いな子供に向けるものから、若手のホープに向けるような微笑ましさと期待に変わっていた。

 なんとなく今後のギルドでの仕事はハードルが上がりそうな気がする。

 まあ親父殿を説得できなければ、そんな今後は訪れないのだけど。



 ******



「セージ。無事だったのね。どこ行ってたの? 服汚れてるじゃない。これ、血? どこか怪我したの? 大丈夫? ねえ、お父さん、何が……お父さん?」


 帰ってそうそう、姉さんに矢継ぎ早に尋ねられるが、親父殿も雰囲気の違いに眉根を寄せた。

 親父殿はもう怒っていない。

 機嫌は確かによくはないが、アリスさんとの折衝から、段々と落ち着いてはきている。

 ただし落ち着いているといっても感情自体はぐちゃぐちゃに入り混じっていて、珍しく考え込んでいる様子だった。


「マギー、セージと話がある。先に夕食の準備と風呂を沸かしておいてくれ」


 何だと。

 私と、その場にいた兄さんが目を見開く。

 夕食は塩味だけでいいというのか親父殿。

 今後のためにもしっかり食べて、身体作りに取り組んでいこうと思っていたのに。

 いや、でも汗かいているし、お腹空いているから塩分過多でも大丈夫か。


「いいけど、セージの怪我は……」

「怪我はしていない、…………。行くぞ、セージ」


 うん、いいけど。親父殿、怪我はしていないって言った後、小さい声で、『今はな』って、言ったよね。

 兄さんが生暖かい目で『がんばれー』って顔してるから、聞き間違いじゃない。

 ははは、結構疲れてるんだけどね。魔力も多少回復したけど、いつもよりだいぶん減ってるし。



 ******



 親父殿について行った先は道場でした。

 うん、本気でぼろ雑巾になる覚悟ぐらいはしておこう。


 その道場で、親父殿と向き合う。

 いつもの子供用の木剣を渡されたので、隅の方に持っていたナイフを置いた。いや、転げまわった拍子にお腹にグサッとか、ギャグみたいな死に方したくないし。

 親父殿は目を細めたが、何も言わなかった。

 お互いに木剣を持ち、しかし構えるでもなく向き合って、しばし。

 親父殿が不意に口を開いた。


「ダストは、死んで当然だった」


 は?

 言われたセリフが理解出ず、一瞬呆けてしまう。


「もう一度言おうか?

 ダストは死んで当然だ。弱い奴は簡単に死ぬ。

 あいつは弱かったから、死ぬのも早い。

 それだけの話だ」


 ああ、そうか。だから死んでも当然だって。お前に責任なんてないって、そう言いたいのか。


「そうですね。でも、そうではなかったかもしれません」


 例えばもっとちゃんとした食事を毎日摂っていれば、病気にもかからなかったかもしれない。

 あるいは私がもっと魔力感知を、生命の力を見るこの異能を深く理解し使いこなしていれば、もっと早くに医者を呼んで治療できたかもしれない。

 不意に衝弾が私を撃った。

 訳も分からず吹き飛ばされ、天井を見上げる。


「馬鹿め。

 ダストの魔力が低いのは、お前の方がよく見えただろう。あの子はお前やセルビアとは違う。そもそもの生きる力ってものに乏しかった」


 痛いな、この野郎。

 私が起き上がって睨むと、親父殿は馬鹿にしたように鼻で笑った。


「確かに僕や妹だけじゃなく、他の子と比べても弟の魔力は少なかったけど、でも魔力が少ないから死んで当然って理屈にはならないでしょう」


 再び衝弾が私を襲いかかり、それを斬り払って親父殿を睨み据えた。


「ふん。じゃあ、お前。今日はスキンウルフを何匹殺した」

「なんですかそれ、今は関係ないでしょう」

「ある。お前が弱ければスキンウルフは死ななかっただろう。

 それと同じだ。強い奴には殺す生かすの権利があって、弱い奴にはその権利が無い」


 無茶苦茶だ。殺し合いの理屈を日常生活に持ち込むなよ。


「親父殿、それはちが――」

「違わないさ。ダストは死んで当然だった」


 再度、衝弾が撃ち込まれ、同じく斬り払う。

 いい加減にしろよ、話してる最中にチマチマと。

 私にも忍耐の限度が――


「誰かに守られなければ生きていけない命に、何の価値がある。

 弱いダストは、死んで当然の塵屑クズだ」

「――ふざけるなよ……」


 私は木剣に、魔力を込めた。




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